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第1042話

Auteur: 佐藤 月汐夜
桃は天井を見つめながら、さまざまなことを考えていた。

いっそ警察に通報しようかと思いついたこともあった。もしかしたらスキャンダルが世間に広まり、世間から笑い者にされるかもしれない。それでも警察に調べてもらった方がマシだとすら思えた。

しかし、すぐに思い出したのは、かつて莉子を自殺に追い込んだと疑われ、警察に連行された時のことだった。あの時、彼女は巧妙に罠にかけられ、身も心もズタズタにされた。警察は彼女に有利な証拠を何一つ見つけることができず、かえって彼女を「悪い女」と断罪したのだった。

もしも、あの時の莉子の策略の裏にも、麗子が関わっていたのだとしたら――今回も、彼らが長い時間をかけて周到に仕組んできた罠だとしたら――その計画はきっと隙のないものになっているはずだった。

事を荒立てたくない、誰にも嫌われたくないと考える警察に、自分の無実を証明できるのだろうか?

答えはわからなかった。というより、まったく自信が持てなかった。いや、正直に言えば、まったく信じていなかった。

では、自分に何ができるのか……

桃は奥歯を噛みしめ、頭を横に振って、興奮した気持ちを落ち着かせようとした。その拍子に視線の先にいた雅彦の姿が目に入った。

男は一言も発せず、ただ静かにそこに座っていた。表情には怒りも悲しみも浮かんでいなかった。ただ、無感情に桃を見ていた。

桃はどこか皮肉な気持ちになった。彼がすでに自分の裏切りを確信していることが、彼女にはよくわかった。あれほど精密に仕組まれた証拠の数々の前では、どんな反論も無力にしか見えないのだろう。

「私をどうするつもり?」

桃はかすれた声で、口を開いた。

雅彦は彼女が先に口を開くとは思っていなかったのか、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに目をそらした。

彼にもわからなかった……

常識的に考えれば、桃を屋敷から叩き出し、徹底的に復讐すべきだった。裏切りには相応の代償を払わせるべきだった。

だが……

それができなかった。心は彼女の裏切りでズタズタにされているというのに、どうしても彼女との関係を断ち切ることができなかった。

「まだ考えていない。考えがまとまるまで、ここにいろ。大人しくしてくれ」

雅彦は桃とどう向き合えばいいのか分からず、一言だけ言い残すと、そのまま立ち上がって部屋を出ようとした。

桃は、彼の背中を
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