Share

第1101話

Auteur: 佐藤 月汐夜
雅彦は、目の前にいる佐俊のやつれた姿を見ても、心はまったく動かなかった。ましてや、今は怪我人だ。たとえ万全の状態だったとしても、雅彦にとって彼のような取るに足らない存在の意見など、何の価値もない。

そんなもの、ただ踏みつぶしてしまえば済む話だ。

唇の端を冷たく吊り上げると、雅彦は迷いなく足を上げ、佐俊を思いきり蹴り飛ばした。

佐俊の身体は背後の病床に激しくぶつかり、隣のテーブルと一緒に倒れた。上に置かれていた器具や書類が床に散らばり、部屋の中は見るも無惨な状態だった。

もともと傷を負っていた佐俊は、雅彦の一撃で床に倒れ込み、裂けた傷口から鮮血が滲み出し、病衣を真っ赤に染めた。

騒ぎを聞きつけた看護師が駆けつけてきたが、張り詰めた空気に気圧されて、思わず悲鳴を上げる。

だが雅彦は、まるで何も聞こえなかったかのように、桃の腕を掴んでそのまま強引に連れ出した。

桃は必死に抵抗したが、相手になるはずもなかった。周囲の人々も異様な視線を向けてきたが、雅彦の「近寄るな」と言わんばかりの冷たい表情を見て、誰もあえて口を挟もうとはしなかった。

桃はそのまま引きずられるようにして車へ押し込まれた。雅彦は一切容赦せず、彼女を乱暴にシートへと放り込む。

そして、口を塞いでいたネクタイを引き抜くと、今度は彼女の両手をきつく縛り上げた。「……気でも狂ったの?今度は私を監禁するつもり?」

「正解だな」雅彦は、桃の目に浮かんだ憎しみの色をじっと見つめながら、ふっと笑った。

――そうだ。彼女は、完全に自分を憎んでいる。いや、もうとっくに敵として見ている。なら、自分も無理に感情を押し殺す必要などない。

あんなことをされても、どうしても桃を完全には手放せなかった。ならいっそ、無理矢理でもそばに置いてしまえばいい。彼女の気持ちなど、もうどうでもよかった。

どうせすでに恨まれているのだ。今さら少し増えたところで、何が変わるというのか。

なら、自分の思うままにしたほうがいい。他の男と笑い合い、何の遠慮もなく抱き合う姿など、二度と見たくなかった。

桃の焦りに、雅彦は気づいていた。彼女もようやく悟り始めていたのだ――もし彼が本気で監禁しようとすれば、自分には抗う術がないのだと。

「お願い、放して。お母さんの看病をしなきゃいけないの。あなたとこんなくだらない時間を過ごしてる余裕なん
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 植物人間の社長がパパになった   第1101話

    雅彦は、目の前にいる佐俊のやつれた姿を見ても、心はまったく動かなかった。ましてや、今は怪我人だ。たとえ万全の状態だったとしても、雅彦にとって彼のような取るに足らない存在の意見など、何の価値もない。そんなもの、ただ踏みつぶしてしまえば済む話だ。唇の端を冷たく吊り上げると、雅彦は迷いなく足を上げ、佐俊を思いきり蹴り飛ばした。佐俊の身体は背後の病床に激しくぶつかり、隣のテーブルと一緒に倒れた。上に置かれていた器具や書類が床に散らばり、部屋の中は見るも無惨な状態だった。もともと傷を負っていた佐俊は、雅彦の一撃で床に倒れ込み、裂けた傷口から鮮血が滲み出し、病衣を真っ赤に染めた。騒ぎを聞きつけた看護師が駆けつけてきたが、張り詰めた空気に気圧されて、思わず悲鳴を上げる。だが雅彦は、まるで何も聞こえなかったかのように、桃の腕を掴んでそのまま強引に連れ出した。桃は必死に抵抗したが、相手になるはずもなかった。周囲の人々も異様な視線を向けてきたが、雅彦の「近寄るな」と言わんばかりの冷たい表情を見て、誰もあえて口を挟もうとはしなかった。桃はそのまま引きずられるようにして車へ押し込まれた。雅彦は一切容赦せず、彼女を乱暴にシートへと放り込む。そして、口を塞いでいたネクタイを引き抜くと、今度は彼女の両手をきつく縛り上げた。「……気でも狂ったの?今度は私を監禁するつもり?」「正解だな」雅彦は、桃の目に浮かんだ憎しみの色をじっと見つめながら、ふっと笑った。――そうだ。彼女は、完全に自分を憎んでいる。いや、もうとっくに敵として見ている。なら、自分も無理に感情を押し殺す必要などない。あんなことをされても、どうしても桃を完全には手放せなかった。ならいっそ、無理矢理でもそばに置いてしまえばいい。彼女の気持ちなど、もうどうでもよかった。どうせすでに恨まれているのだ。今さら少し増えたところで、何が変わるというのか。なら、自分の思うままにしたほうがいい。他の男と笑い合い、何の遠慮もなく抱き合う姿など、二度と見たくなかった。桃の焦りに、雅彦は気づいていた。彼女もようやく悟り始めていたのだ――もし彼が本気で監禁しようとすれば、自分には抗う術がないのだと。「お願い、放して。お母さんの看病をしなきゃいけないの。あなたとこんなくだらない時間を過ごしてる余裕なん

  • 植物人間の社長がパパになった   第1100話

    雅彦は顔を青ざめさせ、桃が見せた決然とした表情を前に、感情を抑えきれず、声を荒げた。「忘れるな。裏切ったのはお前のほうだ。俺がそれを蒸し返さなかったのは、許したからじゃない。何度も俺の限界を踏みにじって……母親としての自覚はないのか?二人の子どもが、どれだけ恥をかくと思ってる!」子どもたちのことを持ち出された瞬間、桃の中で何かがぷつりと切れた。「私が恥をかかせる?だったら、人殺しの祖母の存在のほうがよっぽど恥でしょう。自分の家族だけを守ろうとするあなたに、父親を名乗る資格なんてない。いつかきっと、子どもたちを取り戻して――こんな冷たい人たちから引き離してみせる!」その怒声は室内に響き渡り、雅彦の心を鋭く抉った。――この女、自分が何を言っているのか、わかってるのか?裏切ったのは彼女の方なのに、悔いの色も見えない。むしろ次はどうやって子どもたちを連れ去り、自分の前から消えるか――それしか考えていない。その顔には怒りも悲しみもなかった。ただ、ふたりの間に決定的な断絶を刻み込むような、冷たい無表情だけがあった。その距離は、もはや手を伸ばしても届かない。次の瞬間、雅彦の中に、桃をこの場で殺してしまいたいという衝動が、激しくこみ上げた。できることなら彼女を自分の中に取り込んで、二度と逃がさないようにしたい――そんな執念にも似た感情が、理性を押しのけてあふれ出す。本能が理性を追い越した。桃が何か言おうと口を開いたそのとき、彼は突如、彼女の両頬を強く掴んだ。「黙れ」これ以上、聞きたくなかった。どんな言葉が続くか想像するだけで、胸がえぐられるようだった。だからこそ、彼はあまりにも暴力的な方法を選んだ。桃は何かを言おうとしたが、雅彦の指はまるで顎の骨を砕くかのような力で彼女を締め上げた。そして、ためらいもなくネクタイを引き抜くと、それを桃の口に無理やり押し込み、一方の手で彼女の両手首を掴んで、力任せに引きずりながら部屋を出ようとした。桃はもがき、必死に抵抗したが、雅彦の腕力にはまったく敵わなかった。ただ引きずられるようにして、連れていかれようとしていた。その一部始終を病室のベッドから見ていた佐俊は、ついに黙っていられなくなった。「雅彦さん……誤解があるのかもしれませんが、女性に手を上げるなんて……」青ざめた顔に、病人特有の弱々しさ

  • 植物人間の社長がパパになった   第1099話

    車が病院の前に止まったとき、雅彦はようやく気づいた。ここはかつて佐俊が運ばれた病院だったのだ。その瞬間、彼の整った顔にわずかな緊張が走った。だが、雅彦は自分に言い聞かせた。もしかしたら、桃は母親をここに運んだだけで、決して彼女がまだ佐俊とつながり続けているわけではないのだと。しかし実際に桃が佐俊の腕に抱かれている姿を目にした途端、その希望は無残に打ち砕かれた。彼は勢いよくドアを開けた。その音に桃は驚いて身体を震わせた。突然の雅彦の登場に、桃はまったく警戒していなかった。肩をすくめると、自分たちが、まるで恋人同士みたいに見えていたかもしれないと、ようやく気づいた。慌てて佐俊から距離を取って立ち上がった。「どうしてここに?」桃は体勢を整えながら眉をひそめて雅彦を見つめた。雅彦は怒りを含んだ笑みを浮かべつつ、その声は冷たく凍りつくようだった。「来ちゃいけなかったか?母親のことで動揺してると思ったけど、そうでもないみたいだな。浮気相手とイチャついて、ずいぶん気楽そうじゃないか」そう言い放ち、雅彦の視線は鋭く佐俊に向けられた。もし許されるなら、その場で彼を叩き潰してやりたかった。雅彦にとって佐俊の存在は耐え難いものだった。たかが少し佐和に似た顔立ちをしているだけで、桃をここまで夢中にさせるなんて――それが許せなかった。母親のことすら放り出して。桃は最初は驚いていたが、雅彦の一方的な非難に、ついに怒りを爆発させた。「黙って!あなたに母のことを語る資格があると思ってるの?母が今の状態になったのは、あなたの母親のせいでしょう?その母親をかばって夜中にこっそり国外に逃がしたくせに、よくもまあ今さら関心があるふりなんてできるわね。雅彦……あなたがこんなに吐き気がする人間だったなんて、今まで気づかなかったわ」――吐き気?つまり、もう自分の存在すら不快だということか?雅彦の拳がぎゅっと握り締められた。次の瞬間、大股で桃に近づくと、肩を乱暴に掴んで引き寄せた。「俺を見ると気持ち悪い?だったら今まで黙ってたのはなぜだ?それとも――顔が佐和に似てるから、あいつを見てると何もかも忘れられるってことか?あいつを見るだけで、そんなに楽しいのか?」強く肩を掴まれ、桃は骨が砕けそうな痛みを感じた。雅彦の整った顔は歪み、恐ろしくなっていた。――これが彼の本

  • 植物人間の社長がパパになった   第1098話

    桃は遠回しな言い方をせず、はっきりと聞きたいことを切り出した。佐俊は一瞬、表情を曇らせた。まさか彼女がこんなにも簡単に自分の本心を見抜くとは思っていなかった。彼女の鋭さは想像以上だった。しかし、たとえ相手が桃であっても、真実を語るわけにはいかなかった。もし話してしまえば、これまでの努力はすべて無駄になり、何より母が危険にさらされるかもしれない。だからこそ、佐俊は胸の中に罪悪感を抱えながら、わざと知らんふりを続けた。「何の話だか、さっぱり分からないよ」それを聞いた桃の怒りが一気に爆発した。「とぼけないで!あの日、あなたが死にかけていたとき、はっきり言ったでしょ?『母を頼む』って。なのに、今彼女はどこにいるの?まさか麗子を信用してるんじゃないでしょうね?本気で、あの女が言った通りにあなたの母親を守ってくれるなんて思ってるの?」「断言できるわ。麗子は約束を守ったことなんて一度もない。彼女のために動いたって、結局は利用されて終わるだけ。価値がなくなれば、あっさり捨てられるのよ」「でも……他に方法がなかったんだ」佐俊は虚ろな笑みを浮かべた。「桃……君もわかっているだろ?私たちは菊池家の前じゃ、どれだけ無力か。母がどこにいるのかさえ、私にはわからない。逆らえば母は命を奪われる。もし君が私の立場なら、どうする?」「……」桃は言葉を失った。佐俊は苦笑した。「ほらね?君だって同じ選択をするだろう。……あの時は本当に悪かった。君に何かできることがあれば、全力で助けたい。でも、もし麗子を敵に回せって言われても、それは無理だ。母の安否がわからないうちは、そんなリスクを負うわけにはいかなかった……」「でも、あなたのその選択のせいで、私の母は……もう二度とベッドから起き上がれないかもしれないのよ!言葉も交わせず、一生そのままかもしれない。そして私の子ども……あの子たちにいつ会えるかもわからないの!」桃は感情を爆発させ、佐俊の胸ぐらを掴んで叫んだ。言葉を重ねるたびに絶望が深まっていく。佐俊は、麗子の正体を探るための唯一の手がかりだった。しかし、この態度では彼の口を割らせることも、協力を求めることもできなかった。ようやく見つけたかすかな希望は、音を立てて崩れ去った。それは、絶望よりもずっと残酷な感覚だった。苦しみに歪んだ桃の顔を見て、佐俊の胸も張

  • 植物人間の社長がパパになった   第1097話

    空港の駐機場。風が唸る中、一機のプライベートジェットがゆっくりと着陸し、タラップが開いた。そこから、長身の男性が姿を現した。すらりとした体つきはまるでモデルのようで、どんな服も完璧に着こなしている。シンプルなシャツの上のボタンが数個外れていて、繊細な鎖骨と引き締まった胸元がわずかに覗いていた。その顔にはうっすらと疲れの影があり、顎には無精髭が伸びている。まともに休めていないことは明らかだったが、それがかえって彼にどこか哀愁を帯びた魅力を与えていた。ただそこに立っているだけで、誰の目も惹きつけて離さない――そんな強烈な存在感を放っている。搭乗していた客室乗務員たちも、その完璧な容姿に思わず見惚れていたが、誰一人不用意に近づこうとはしなかった。それほどまでに、彼の瞳は冷たく、まるでその周囲には冷気が漂っているかのようだった。「雅彦様、お迎えが遅くなって申し訳ありません。少し渋滞しておりまして……」運転手が慌てて彼のプライベートジェットまで迎えに来て、遠慮がちに事情を説明した。雅彦は軽く眉をひそめたものの何も言わず、足早に車へと乗り込んだ。助手に桃の居場所を確認させると、彼女が病院にいることがわかり、即座に冷たく命じた。「その病院へ行け」「かしこまりました、雅彦様」車に乗り込むと、雅彦は外のまぶしい日差しを見てサングラスを取り出し、かけた。先週、美穂と二人の子どもを連れて帰国し、すぐに滞在先を手配した。本当なら最短でこちらに戻るつもりだったが、美穂は疑い深い性格で、国際線の移動で体調も崩したため、結局数日間の滞在を余儀なくされた。ようやく落ち着き、プライベートジェットで戻ってきたのだ。桃は何度も香蘭のことは気にしないで、来ないでほしいと言っていた。しかし、かつて香蘭には世話になったこともあり、雅彦としては無視できないことだった。それに――彼女の近況を知りたいという気持ちもあった。複雑な思いが胸に渦巻いている。確かに、彼と桃の関係は今や気まずく距離ができてしまった。だが彼女が自分の生活から完全にいなくなった今、その喪失感は予想以上に大きく、心に空いた穴は何をもってしても埋められなかった。ただ、少しだけ彼女の様子を見ておきたい。それだけだった。……その頃、桃は佐俊の病室を見つけ、静かにドアを開けて中に入った。

  • 植物人間の社長がパパになった   第1096話

    一生をかけて君を守るとか、家族を大切にするとか、もう二度と傷つけないとか――あの言葉たちは、結局すべて嘘だった。桃の手が、小さく震えていた。雅彦の顔をペンでぐちゃぐちゃに塗り潰したあと、彼女はその場に崩れ落ちた。もう、あの男の言動にいちいち心を乱されることなんて、ないと思っていた。……でも、やっぱり無理だった。抑えきれないほどの憎しみがこみ上げてくる。それと同時に、自分を責める気持ちも止められなかった。もし、あのとき母の忠告を聞いていれば、最初から佐和と真剣に向き合っていれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。けれど、今さら悔やんだところで、もう遅い。桃はしばらく床に座り込んでいたが、やがて脚の感覚が薄れてきたので、ゆっくりと立ち上がった。部屋を見渡し、雅彦に関わるものを一つ残らずかき集め、大きなゴミ袋に詰め込んでいく。それをそのまま玄関先のゴミ箱に投げ入れた――まるで、彼との思い出ごとすべてを捨て去るように。全てを片づけ終えると、桃は気持ちを切り替え、部屋の整理を続けた。大切なもの、思い出として残しておきたいものだけを選び、小さなスーツケースに丁寧に詰め込むと、部屋を後にした。玄関を出て、長年暮らした場所を遠くから見つめる。名残惜しさを、最後のひとかけらまで振り切るように、桃は静かに背を向けて歩き出した。歩きながら、不動産会社に電話をかけ、売却の手続きを頼む。スーツケースを引きながら病院に戻ると、桃は無理に笑顔を作り、美乃梨に「すべてうまく片付いた」と伝えた。転院の手続きが済み次第、すぐにここを離れられると説明した。どこか空元気なその様子に、美乃梨は胸を痛めながらも、そっと寄り添うように言葉をかけた。「大丈夫だよ、桃ちゃん。家に戻ってから、ゆっくりやり直せばいいんだよ。私は、桃ちゃんが無実だって信じてる。どんなことにも、必ず痕跡は残るはず。いつかきっと、真実が明らかになるよ」桃は、かすかに微笑んだ。励まそうとしてくれているのは、ちゃんと伝わっていた。どれだけ望みが薄くても、自分から動かなければ、浮気や不品行の汚名を一生背負うことになる。それが、子どもたちの未来にまで影を落とすかもしれない。しかし今の麗子の用心深さを考えると、決定的な証拠を掴むのは容易ではない。桃が思案に沈んでいたそのとき、不意にある

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status