LOGINShare
第162話
Latest chapter
植物人間の社長がパパになった 第1111話
桃は奥歯を噛みしめ、無言のままお椀を握りしめると、スプーンを手に取って、ゆっくり一口ずつ口に運んでいた。お粥はとろとろに煮込まれていて、味も悪くない。でも今の桃には、食べる気なんてこれっぽっちもなかった。それでも、隣でじっと自分を見つめている雅彦の視線を感じて、無理にでも食べきるしかなかった。最後の一口にたどり着くころには、吐き気が込み上げてくる。それでも、胸のむかつきを抑えながら、残さずすべてを喉へと流し込んだ。桃が黙ってすべて食べ終えたのを見て、雅彦は再び薬を差し出した。「これも飲んで」それが何の薬かはわからなかったが、考える気力もなく、桃は黙って受け取ると、そのまま口に入れて飲み込んだ。薬をきちんと飲んだのを確認すると、雅彦は満足げにうなずき、彼女の頭を軽くぽんぽんと叩いた。「よくできたな。そう、それでいいんだ。これからも、ちゃんとこうやって言うことを聞いてくれ」その言葉には、いつになく柔らかい響きが混じっていた。けれど桃には、それが優しさとはまったく感じられなかった。むしろ、背筋を這うような寒気を覚えた。この男の話し方は、対等な人間に向けるものじゃない。まるで、よく調教された小動物にでも話しかけているようで、どこか不気味さを感じさせた。だからこそ――雅彦が優しければ優しいほど、ぞっとする。内側から滲み出るような、得体の知れない恐ろしさがあった。雅彦が何か言いかけたそのとき、彼のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、かけてきたのは美穂だった。今桃が美穂に強い憎しみを抱いていることを知っているため、余計な問題を起こさないよう、部屋を出て行った。雅彦はドアを閉めてから、電話に出た。電話の向こうから、美穂の声が聞こえた。「雅彦、昨夜ずっと帰ってこなかったけど、何かあったの？」もちろん、昨日海外から桃を連れ戻してきたことなんて言えるはずもない。「いや、ただの飲み会だよ。久しぶりに友達と会って、ちょっと飲みすぎた。だからそのまま泊まって……」その返事を聞いて、美穂は少し安心したようだった。雅彦がようやく外で友人と過ごす気持ちになれたことが、彼女にとっては前向きな変化に思えたのだろう。過去の恋に引きずられているより、よっぽどいい。「でも、今度はちゃんと連絡してね？子どもたちも心配するから」その言葉に、雅彦は少
植物人間の社長がパパになった 第1110話
「ゲームはもう始まってる。終わりを決めるのは君じゃない。俺が飽きたときに、やっと君は解放されるんだよ。邪魔者を置いとく理由なんてないからな」雅彦は、頑なに屈しようとしない桃の姿を見て、歯を噛みしながら毒のような言葉を吐き捨てた。桃はそっと目を伏せた。もう、彼の顔を見たくなかった。どんなに完璧な顔立ちでも、今の彼を見ると、胸の奥に嫌悪と反吐がこみ上げてくるだけだった。彼女が視線を逸らすしぐさが、なぜか雅彦の神経を逆なでした。だが、そのやつれた顔、熱を帯びた肌の気配に気づいた彼は、それ以上強くは出ず、手を放した。そばに置かれていたお粥を手に取り、温度を確かめる。まだ冷めていなかった。ちょうど良い。雅彦は目線だけで早く食べるよう促した。だが、桃はまるで見えていないかのように無反応だった。食欲もなければ、気力もない。身も心も、すっかりすり減っていた。そんな様子を見て、雅彦は不機嫌そうに眉をひそめた。「自分の立場を理解してるなら、大人しく食べろ」「……食べたくない」桃は顔を背け、頑なに応じようとしなかった。その態度に、雅彦は冷ややかな笑みを浮かべた。「絶食して脅しになるのは昔の話だ。今さら俺が気にすると思ってるのか？……じゃあ、これでも見てみろ。自分がどうするべきか、少しは分かるはずだ」そう言って、雅彦はスマートフォンを取り出し、ある番号へと発信した。数秒後、ビデオ通話がつながる。そして、何の説明もなくスマホをベッドに投げると、桃の目の前にある光景が現れた。彼女は画面をちらりと見ただけで、目を見開いた。画面の中には、以前、雅彦の部下によって連れ去られた香蘭の姿があった。ベッドの上に横たわり、鼻には酸素チューブ、体には点滴など複数の管が繋がれていた。顔色こそ悪くはなかったが、桃は病院の設備に詳しく、映像の背景から、そこがこれまでの病院ではない見知らぬ場所だとすぐに察した。「……お母さん、今どこにいるの？どこへ連れて行ったの？」桃は拳を強く握りしめ、映像の中の母を見つめながら、胸が裂けるような痛みに襲われていた。あのときと同じだった――彼女は母を守れず、明に好き勝手されて、何もできなかった。そして今もまた、自分のせいで、植物状態となった母を見知らぬ場所へ連れ去られた。すべては、自分が呼び込んだこの男のせいだった。桃は
植物人間の社長がパパになった 第1109話
桃は勢いよく起き上がろうとしたが、体の奥を突き刺すような鋭い痛みに耐えきれず、そのままベッドに崩れ落ちた。その様子を見ていた使用人は、困ったようにため息をついた。「桃さん、お伝えした通りです。お体が弱っているんですから、無理はなさらないでくださいね。お粥を作りましたので、少しだけでも召し上がってみてください」食欲なんて、あるはずがなかった。無理やり閉じ込められ、こんなにも屈辱的な思いをさせられて……しかも、母の様子もわからないまま。桃は顔を背け、「いらない。持って行って」と冷たく言い放った。彼女の頑なな態度に、使用人もどうしていいかわからず立ち尽くしていた。――そのとき、扉が静かに開き、雅彦が姿を現した。使用人が困ったようにお粥を手に持って立っているのを一目見て、雅彦はすぐに状況を察したようだった。「心音、下がっていいよ。ここは俺がやる」そう告げられ、中野心音（なかの・ここね）は軽く会釈した。正直、彼女もこの「お嬢さま」の相手には手を焼いていたのだ。「桃さんのお薬はテーブルに置いてあります。お食事のあと、指示通りに服用してください。それでは、失礼いたします」そう言い残し、心音は足早に部屋を後にした。主家の問題に深入りするつもりは、毛頭なかった。雅彦の姿を見た瞬間、桃の体が反射的にこわばった。今やこの男は、彼女にとって恐怖を感じる存在だった。何をしでかすかわからない、その狂気じみた言動に、心の底から怯えていた。雅彦は静かに桃を見つめた。彼女の顔色は青白く、乾いた唇には熱の気配が残っていた。桃は彼と目を合わせようとせず、視線を逸らした。もう話す気も、言葉を交わす気もなかった。部屋の空気は痛いほど重く、沈黙だけが支配していた。やがて雅彦がベッドのそばに歩み寄ると、桃の肩がびくっと震えた。その反応は、彼女の意思とは関係なく、体が記憶していた恐怖が勝手に動いたのだった。雅彦の目がかすかに陰る。あんなことをしておいて、こうなるのは当然だ――彼女に嫌われ、恐れられることは覚悟していた。けれど、実際に目の前で怯える姿を見ても、そこに満足感などなかった。胸の内に広がるのは、言いようのない空虚感だった。だが、雅彦という男は、一度決めたことは絶対に曲げない。それが壁であろうと崖であろうと、前にあるものをものともせず突き進む。
植物人間の社長がパパになった 第1108話
美乃梨は唇をぎゅっと噛みしめた。桃が雅彦と一緒に戻ったというのが、どういう意味か分かっている。桃の性格からして、母親を置いて一人で去るなんて絶対にありえない。きっと、無理やり連れて行かれたに違いない。だから、美乃梨には、香蘭が目の前で連れていかれるのを、黙って見ていることなんてできなかった。それじゃ桃は、ずっと人質のような状態で、そこから抜け出すこともできない。そんな未来、友達として絶対に見たくなかった。「……ダメよ。おばさんを勝手に連れて行かせるわけにはいけない。どうしてもというのなら、私を倒してからにして」美乃梨はまっすぐ男たちを睨みつけ、両腕を大きく広げて香蘭の前に立ちはだかった。その姿に、男たちは困ったように顔を見合わせた。どうやら彼女が清墨の知り合いだと知っているらしく、無理やり排除するのは気が引けるようだった。そして視線を揃えて清墨の方を見た。清墨は、普段は自分に従順な美乃梨がこんなふうに反抗してきたことに、どこか不機嫌そうな表情を浮かべていた。「……もういい、美乃梨。どいてくれ」「どけない。清墨、あなたも医者でしょ？わかってるはずよ。おばさんの体は、こんなふうに引き回されて平気なはずがない。それを娘への脅しの道具に使うなんて……それが本当に正しいと思ってるの？」清墨は黙り込んだ。医者としては、美乃梨の言っていることが正しいとわかっていた。だけど――これは雅彦のやっていること。親友として、彼に味方したかった。納得はしていなくても、助けに来たのはそのためだ。清墨はゆっくりと美乃梨に歩み寄った。彼女が何か言いかけた、その瞬間だった。彼の手が一閃し――刹那、美乃梨の首の後ろに手が叩き込まれた。「……！」言葉を発する暇もなく、美乃梨の視界が一気に暗くなる。最後に彼女は、深く失望したまなざしで清墨を見つめた。その視線に、清墨は一瞬たじろいだ。だがすぐに無表情で、崩れ落ちる彼女の体を支えた。――ただの「仮の妻」。家族を安心させるために連れてきただけの存在。なのに、どうしてだろう。あの目を見た瞬間、胸がどうしようもなく締めつけられた。何度も首を振る。感情なんて、あの人と一緒に捨てたはず。他の誰かに心を揺らされるなんて、あるはずがない。そう言い聞かせながら、清墨は意識を失った美乃梨を抱き上げ、菊池家の護衛たちに視線
植物人間の社長がパパになった 第1107話
どれほどの時間が過ぎたのかもわからないまま、ようやくすべてが静まり返った。桃は必死に抗おうとした。けれど、どれだけ抵抗しても、雅彦の執着には敵わなかった。結局、力ずくで抱かれることになってしまったのだ。雅彦はゆっくりと立ち上がり、乱れたシャツのボタンを一つずつ留めていく。その足元に横たわる桃は、すでに意識が朦朧としていた。彼の手によって刻まれた傷が、身体のあちこちに生々しく残っている。赤く腫れた肌、噛まれた痕……まるで、自分の存在を刻みつけることに執着していたかのようだった。恋人同士の親密な行為――とてもそうは呼べない。それはむしろ、激しい戦いだった。二人のあいだに、もはやぬくもりも愛情も残ってはいない。ただ互いの憎しみをぶつけ合う、獣のような争いが繰り返されていた。そして桃は、最後まで彼に抗いきれず、傷だらけのまま意識を失ってしまった。雅彦は、これで復讐の快感を得られるはずだと思っていた。だが――いざ目の前にいる桃の姿を見ると、思っていたような満足感などまるで湧いてこなかった。桃の蒼白な顔を見つめながら、ふと、ぼんやりとした感情に囚われる。乱れた髪が顔にかかっていたので、それを指先でそっと払おうとした。すると、指先に触れたのは濡れた頬だった。――泣いていたのか。あれほど苦しめても、声一つ上げなかった桃。だからこそ、彼は苛立ち、さらに追い詰めようとした。けれどその裏で、桃は黙って涙を流していたのだ。それほどまでに、彼女はつらかったのだ。何とも言えない感情が胸に押し寄せる。これが罪悪感なのか、自分でもよくわからない。ただ――裏切った女にこんな感情を抱くなんて、自分でも滑稽に思えて仕方なかった。これ以上、心をかき乱されてたまるか。雅彦は無言で毛布を手に取り、桃の身体にそっとかけた。そして機内のキャビンアテンダントを呼び、彼女の身支度を頼むと、自分は静かに前方の座席へと去っていった。桃はまだ意識を失ったままだった。手当てを受けても、目を覚ます気配はない。まるで壊れかけた人形のように、誰かの手に身を委ねながら、されるがままになっていた。……同じ頃。病院にて――清墨は、雅彦から知らされた住所を頼りに、病院を訪れていた。病室に入った瞬間、彼は目の前の光景に眉をひそめた。数人の男たちが、香蘭を連れて行こうとし
植物人間の社長がパパになった 第1106話
桃は声を殺していたが、それでも堪えきれず、小さくうめいた。雅彦は、必死にこらえるような桃の表情を見つめ、胸の奥にじわりと広がる、言葉にしがたい興奮を感じていた。「どうした？ さっきまではずいぶん素直だったのに、もう一回聞かせてくれよ」桃はかすかに首を振り、苦しげに彼を見上げた。怯えと拒絶が、はっきりとその瞳ににじんでいる。ようやく気づいた――この人は、自分が思っていた以上に、どこか狂っている。それでも雅彦は容赦しなかった。彼女の傷口から滲んだ血を指先でぬぐい、そのまま何も言わず舐め取った。血の匂いが口の中いっぱいに広がり、その瞬間、彼の冷ややかな漆黒の瞳に、かすかに紅の色が差した。桃は、彼の狂気じみた表情を見て、思わず身体の奥底から、ぞっとするような恐怖に襲われた。咄嗟に腕を伸ばし、彼の頭を強く押しのける。このままじゃ、本当に殺されるかもしれない――その確信めいた妄想が、現実味を帯びて全身を駆け抜けた。この男は――まさに悪魔だ！雅彦は油断していたのか、桃に思いきり突き飛ばされ、よろめいて床に倒れ込んだ。プライベートジェットの床には分厚いカーペットが敷かれていたため、ケガはなかった。桃はその一瞬の隙を逃さず、近くにあった上着を身体に巻きつけると、誰かの気配を感じた方向へ走り出そうとする。けれど、数歩も進まないうちに足首を掴まれ、無理やり引き戻されてしまう。「逃げたいのか？ 他の男の前じゃあんなにおとなしくしてたくせに、俺の前じゃよくもまぁ、そんなにうまく演じられるもんだな」低く冷ややかな声。そこには執着の色が滲んでいた。この男からの逃げ道はない――桃はそう悟る。「やめて……お願い……誰か……助けて！」桃は言いようのない恐怖に襲われていた。雅彦に押さえつけられて身動きひとつ取れなかったが、それでも必死に声を張り上げて助けを求めた。けれど雅彦は彼女の叫び声に苛立ちを募らせ、ためらうことなく顔を近づけ、その聞きたくない言葉をすべて封じるように、彼女の唇を強引に奪った。熱く、容赦のない唇。そこには優しさのかけらもなく、ただ彼女を傷つけるためだけのキスだった。唇の痛みに、桃はさらに恐怖を募らせ、必死に彼の胸を叩いた。しかしその力はあまりに弱く、ほとんど意味をなさなかった。やがて唇は首筋へと移り、その細い
You may also like
