Masuk「……何もかもを、捨てられたらいいな」リビングを掃除していた桜を自分の部屋に入れ、改めて抱きしめる龍之介。「でも……皆さん困りますよね。龍之介さんがいなくなったら」「皆さん……か、」ふふ…っと笑う龍之介に、少しだけ抗議したくなって見上げれば、優しい視線にとらわれて、動けなくなる。「2年で、何とかする」「……2年」「志田川組の強化と独立をさせて、麗香と離婚する。……西龍会若頭は、蔵之介に譲る」こういった組織を抜けるのは、決して容易いことではないと聞いたことがある。それは……映画やドラマだけの話なのだろうか。「待てるか?」甘い視線に、わずかな不安が宿るのがわかった。……強さと美しさを兼ね備えた龍之介のような人が、自分をそんな目で見るなんて、改めて信じられないと思う。「待ってます。……ずっと、龍之介さんだけを思って生きます」真剣に伝えたのに、フッと軽く吹き出すなんて……ちょっと意地悪が過ぎるような気がした。「笑ってごめん。可愛くてな」頬に指先を這わせ、優しくなでる龍之介。「俺は……お前しか抱かないから」「でも……」「お前以外無理だろうし、その気になれるはずがない。だからお前も、俺以外に触れさせるな」本当にそんなことが可能なのだろうか。正直なところ、いくら形式的な結婚だとしても、子供を望まれることは十分考えられる。麗香が、というより組織が、跡継ぎを望んだとしたら……そこまで考えて、胸が激しく痛んだ。……嫌だ。龍之介がほかの女性に触れるなんて、絶対に耐えられない。自分から龍之介の胸に飛び込み、広い背中に腕をまわす。ありったけの力を込めて、しがみつくように抱きしめた。気持ちを理解してくれたのか、抱きつく桜を包み込むように腕のなかに閉じ込める龍之介。「本当は、お前を家政婦として働かせたくねぇよ。だが志田川組も出入りするようになって、全員に役割が必要なんだ」自分のような若い女が、役割も持たずに屋敷をうろついていれば……龍之介や蔵之介との関係を想像させてしまうということだろう。「わかってます、大丈夫。……何もしないでお金をもらうようなこと、私にはできないので」「あぁ。桜らしいな」「頑張って、この屋敷を綺麗にしますね」ビー玉のような瞳で見上げる桜の頭をクシャと撫で、髪に、おでこに……キスを落とす龍之介。やがて貪るように桜の唇を
「……意外と女らしい部屋でしょ?」龍之介の部屋に帰った桜を訪ね、麗香は自分の部屋に彼女を招いた。「意外と、っていうわけじゃないですけど、女性らしい落ち着いた部屋ですね」おしゃれな家具と観葉植物、見たことのある絵画が壁を飾っていて、上手にベッドを隠している配置は素敵だと思った。この部屋でもお茶の用意ができるようで、麗香は香り高い紅茶を淹れてくれた。「どうだった?齋藤専務は」「あ……落ち着いた大人の方で、あの…私みたいな人の手助けをするボランティアをしているって言ってました」知ってるはずの情報を改めて伝えてしまった……麗香は嫌な顔ひとつせず、優しくうなずいてくれる。「桜ちゃんは、しばらくここで働いたらいいと思う。……龍之介は自分の専属家政婦とかバカなこと言ってたけど、そうじゃなくて、屋敷の家政婦として」「……はい、ありがとうございます」美紀に借りたお金を奪われて、返金しなくてはならない。だから仕事をしてお金を得る必要があった。けれど外に働きに行くことは、龍之介や麗香だけではなく、西龍会に迷惑をかけることになりかねないと……さっき自覚したばかりだ。「わかってくれて嬉しい」それとね……と、紅茶をひとくち飲んで、麗香が続ける。「結婚式の日取りを、決めることになったの。私……龍之介と結婚する」「……はい」「愛があるわけじゃないよ。お互いの組のため。……っていうか、どっちかって言うと志田川組が助けてもらうためかもしれない。だから私は、龍之介と結婚する必要があるの」蔵之介のことを口に出すことは出来なかった。こういう決断をしたということは、必然的に諦めたということだから。「それからこれは……桜ちゃんにしか言わないけど」迷いを含んだ言い方に、桜の伏せた瞳が上がる。「龍之介は、計画的に私との結婚を終わらせるつもりでいる」「それは……計画的離婚のことですか?」「そう。龍之介は、2年かけて離婚するって言ってる。でもね、結婚したら……親が出てくるのよ。うちの父親、志田川組の組長が、娘婿になった西龍会の若頭を離すかどうか……」少しずつ、取り巻く環境に手足をとらわれる龍之介が見える気がした。「だから、離婚がそううまくいくかは、約束してあげられない」……返事はできなかった。それは仕方のないことで、自分に何かできるわけではないとあきらめるしかないのに
麗香に言われて出かけた桜が屋敷に戻ってきたようだ。……遠目に俺を見て、立ち尽くしている。「帰りは夜になる」すれ違いざま声をかけると、弾かれたように、通り過ぎる俺を振り返る桜。…優しい視線を感じる。…しばらくして、今度は俺が振り返った。白いワンピースの裾を揺らし、薄茶色のロングヘアをなびかせて歩く桜を、俺は花を愛でるような気持ちで見つめた。……齋藤という松白屋の専務と会ってきたのだろう。麗香にそう言われたときは、ただの嫉妬が心に渦巻いた。まるでガキと一緒だ。「ちゃんと、話をしよう。龍之介」桜が出ていって、麗香に腕を掴まれた。まだ、桜との未来を諦めてはいなかった。この時は……まだ。「親に、式の日取りを決めろって言われてる」「蔵之介を諦めて……組のために俺と結婚するって決めたのか」「うん。決めた」……深いため息を漏らす俺に、麗香がこれ以上ない本音を打ち明けた。「やっぱり似てるから。蔵之介の面影を乗せて、龍之介を見てる。多分それで私…結婚生活やっていける」「俺は桜以外、抱けねぇぞ」本音に本音をぶつければ、麗香は諦めたような笑みを浮かべた。「適当に欲望を発散する手助けをしてくれたらいいわ」「そんなこと…ごめんだな」「…ひど」本気で言っているわけではないことはわかったが、俺がどこまで譲歩するか確認している気がした。「計画的離婚についてはどうだ?式を挙げて1年後までに志田川の組織を変えるつもりだ。うちの後ろ盾がなくてもやっていけるようにする」「…うちの組長がどう言うか…」「組織を強くして、文句なんかねぇだろ」タバコに火をつけ、唇の端で咥えながら続けた。「志田川組を独立させたら、さらに1年後までに、俺たちは離婚」「晴れて、桜ちゃんのもとに行けるってわけ?」「うちの組織と組員、蔵之介の力があれば可能な計画だ。お前に話をつけたら、うちの組長に伝えようと思っている」自分の質問に答えない俺を見上げ、意味深に笑う麗香。「……桜ちゃんを離さないつもり?」「どうしてそんなことを聞く?」「あの子のためにならないからよ」…それは何度も頭をよぎったことだった。離してやるのが桜のためで、自分のような極道のそばに置くことは、静かな幸せから遠ざけることだと…十分すぎるほどわかっている。過去……百合にも同じことをした。結果あいつは病気になり、
「家庭環境に恵まれず、進学を断念したり夢を諦める若者の支援をしています」「そう…なんですか。あの、麗香さんとは……?」「松白屋のお客さまです。そのお付き合いで担当者が何度か櫻川へ行ってまして、あなたの美しさに魅了されたようです」意外な話の流れに、頬を染める桜。「いえ、私なんてまったくの素人で…お恥ずかしいです」「担当者が麗香さんにあなたの話を聞いて…私に伝えてきました。それで、あなたを指名して櫻川へ行ったのですが…」担当者は、齋藤がボランティア活動をしていると知る、数少ない人物だったそうだ。桜はちょこんと頭を下げる。「すみません。私は櫻川に出なくなったあとでしたね…」齋藤は緊張をほぐすように笑った。「桜さんに支援が必要な時は、ぜひ連絡をしてください。私は社会的立場もあり、決して怪しいものではありませんから」「…はい」ありがとうございます…なんて言っていいのか。桜の迷いに寄り添うように、齋藤は明るく言った。「さぁ、冷めないうちにコーヒーとケーキをどうぞ」齋藤は、押し付けがましさがなく、終始落ち着いた紳士で、育ちの良さを感じさせる人という印象。そんな彼との間に不思議な縁があることがわかったのは、コーヒーを飲み終えた頃のこと。「櫻川の前は、どんな仕事をなさってたんですか?」「室井酒店というお店で働かせてもらってました」「……室井?」ふと考え込み、齋藤は愉快そうに言った。「もしかしたらオーナーは、室井昭仁…ですかね?」「え、昭仁さんをご存知なんですか?」「はい。大学の同期で、今も連絡を取り合ってますよ」携帯に収められた写真を何枚か見せてくれた。それはよく知る昭仁に間違いない。「恋人ができたって言ってたなぁ…」…美紀ちゃんのことだ。なんだかとても嬉しくなった。「一緒に働いていた女の子のことです。美紀ちゃんと言って、とても優しい人で…」「…そう!それならぜひ今度、4人で食事でもしましょう!」「はい、ぜひ!」2人に会えるとしたら、こんなに嬉しいことはない。坂上や父親が雲隠れしている今、1人で出かける事も2人に会う事も危険かもしれないが……。齋藤と別れ、屋敷に向かう。出てきた時と同じ裏門に近づくと、中にいた男性が桜に気づき、門を開けてくれた。「和哉さん、ありがとうございます」「おかえりなさいまし…桜さん」「あ
「どうしてお前が勝手に決める……?」「櫻川を私に任せるって言ったのは龍之介でしょ?せっかく大企業の御曹司と接点ができたのに、これをビジネスに変えなくてどうするのよ」「その御曹司とやらに、どうしても桜を会わせると言うなら、俺も同席する」「だめよ」2人のやり取りをハラハラする思いで見守る桜。…龍之介さんにこんな風に意見ができるのは、麗香さんと…蔵之介さんくらいだろう。「龍之介が出ていったら、櫻川は西龍会と繋がってるって思われるわ。あの店は、もう私のものよ?西龍会とも志田川とも一線を引いた……私の店なの」そこまで言われ、さすがの龍之介も黙った。「確かに経営は譲った。それぞれの組がバックにあるなんて知られちゃあ、うまくないわな」こちらに視線をよこす龍之介に気づき、桜も隣にいる龍之介を見た。……どことなく悲しそうに見えるのは、気のせいだろうか。「桜ちゃん、裏の門から出て…大通りにある『川北珈琲』って店に行ってくれる?そこで齋藤専務が待ってるから」「はい…わかりました」そう答えたものの、そんな大企業の偉い人が、自分にどんな話があるというのだろう。「齋藤専務…すごくいい人よ。…とは言っても、坂上の裏の顔を見抜けなかったんだから、信用できないか…」裏門まで送ってくれた麗香が、桜の肩に手をかけながら自嘲気味に笑う。桜も曖昧に笑顔を返して、門を出ようとした時…「桜ちゃんは、もっと外の世界を知った方がいい」「……え?」「龍之介のことが好きな気持ちはわかる。……でも、あいつと一緒にいるってことは、わかるでしょ?普通の幸せから遠ざかることなんだよ?」もしかしたら、麗香さんは。「2人の邪魔をするつもりはない。でも龍之介は……最終的に私に任せて」「それは……どういう意味ですか?」「もう1人、支えてくれる人を作っておくの。龍之介と別れたあとに、支えてくれる……男を」返事を待たず、行きなさい…と、そっと背中を押された。若い衆の1人が飛んできて、門を開け、通してくれた。振り返った麗香の顔は…決して意地悪なわけではない。多分今の自分と同じような表情。どうしようもなく悲しくて、どこか諦めがまじって……さっき龍之介さんも、同じような表情をしていたっけ。喉の奥に涙のかたまりを秘めながら、桜は言われた通り大通りに出た。川北珈琲というカフェは、すぐに見つかっ
「私は、こっちで寝かせてもらいますね」 柔らかい毛布を手に、ソファに座る桜。 「ダメだ。…こっちへ、ベッドへ来いよ」 「ダメです…」 頑なな表情…そんな顔をされればされるほど、俺の心は燃えていくのに。 「麗香を気にしてるのか?」 細い手首を引くと、瞬間的に抵抗されたが、力の差があるのはわかりきっていること。 「だったら心配するな。…俺が愛しているのは桜だと知っている。あいつに邪魔はさせない」 引き寄せ抱きしめれば、その力は呆気なく抜けていく。…キスをかわし、唇の柔らかさに、己を見失うのは容易かった。 「龍、いるの?」 しばらくして、背中越しに麗香の声が聞こえた。…ドアの鍵は閉まっている。リビングのソファに桜が着ていたドレスをかけておいたから…彼女がここにいることはわかるはずだが… 「…ねぇ、龍?…ちょっと、話できない?」 コンコン…っとリズミカルにノックされ、それが妙に…自分に火をつけた。 「あの…出た方が良くないですか?私も、麗香さんに挨拶をしないと…」 「…そんなの、いいから」 細い肩に口づけながら言う。手は脇の下からのびて、柔らかな双丘を揉みしだいていた。 ぷっくりと固くなった頂を指でつまめば、必死に声を押し殺し、桜はゴクリと喉を動かす。 声を我慢する仕草が、さらに俺を滾らせた。…足の間に指を滑らせれば、すでに潤みきっている。…まだ続くノックの音を聞きながら…中指で何度か擦ってやれば、桜は自分から足を開き、腰をくねらせた。 「桜…欲しいか…」 耳にキスをしながら吐息で問いかけたのは、聞き耳を立てる麗香に聞かせないため。 「…んっ…んあっ…」 抵抗なく俺の指を呑み込む彼女の秘部は、先端の突起が存在を主張していて… 「龍之介、桜ちゃんもそこにいるの…」 聞いたことのない麗香の暗い声…それを聞いて、俺は後ろから自身を桜に突き立てた。 感じやすい桜を頂点に持っていくのは簡単だ…律動を繰り返しながら、固くなった突起を撫でてやれば… 「…んっ…んんっぅ…ッ」 瞬間的に、撫でている手とは反対の俺の手を取り、指先を口に入れる桜。 キュッと噛みながら、達する彼女の妖艶な美しさに、自分もたまらず愛を放った。 …気づけばノックは止み、静かになっている。 俺たちは裸のま
「わかったよ。…何が言いたいの?」自分が職を失っても、美紀のために…と言う桜に、少し心を動かされたらしい昭仁。ようやく聞く耳を持ったようだ。「まず、冷たい言い方と小難しい言い方はやめてください。…バカにされているようで、やる気をなくします」「…冷たく言ったつもりはなかったけど。まぁ、わかった」「それぞれの役割があることはわかっていますが、できるだけ助け合う気持ちを持ってほしいと思います。重い瓶のお酒は一緒に出してもらうとか…その代わり店内のポップは美紀ちゃんが作ってくれるし、事務作業も彼女ならわかってます」熱弁を振るう桜に、昭仁は先ほどまでとは違う笑顔をこぼす。「…もう桜さん
「あ…ありがとうございます。でも、いいんですか?」人使いの荒い昭仁が仕切る酒屋での仕事は思いのほかハードで…疲労困憊して帰宅した桜。アパートの入り口で、ちょうど帰ってきた坂上に会い、挨拶をしたところで…また、左手にぶら下げる可愛らしい袋を差し出されてしまった。「ケーキ…この前とは別のクライアントさんからの差し入れでもらったんだ。良かったらまた、食べてくれない?」疲れた体が甘い物を欲している…桜は困り顔の坂上から、ありがたくケーキをいただくことにした。「あの…よろしければ、夕飯でも一緒にどうですか?」「え、ホントに?…冷蔵庫に何も入ってないなぁって、気づいたとこだったんだよね!」
「…本当にそっくりだね。…ヤバっ」「それ、もう2度と桜に言うなよ。自信がないならもう会わせない」「なによそれっ!せっかく女の子の友達ができそうなのに…」桜と坂上という男がアパートに入っていくのを、恨めしい気持ちで見つめる龍之介。「あの男だろ。いつか言ってた弁護士って」「そうそう!今日もちょっと相談があって行ったの。…で、桜ちゃんらしき女の子の話を聞いたから、くっついてきたわけ!」「わざとじゃねえのか、桜と坂上が隣の部屋って…」「わざとじゃないよ!本当に偶然!」運命かもね〜、と言う麗香を睨み、当たり前のように一緒に車に乗ってきた麗香にため息をついた。「ねぇ、もう夕ご飯の時間だ
目を凝らしてスモークガラスを見てみると、窓の向こうに2人の人影。龍之介は腕を伸ばし、桜の側のドアロックを確認した。「…外へ出るな。俺が出たらすぐにロックしろ」耳元で言われ、ハッとして龍之介を見上げると、素早く自分側のドアを出ていく。…チラリと桜に目をやって。言われた通り、ロックをかけながら、不安で胸がドキドキする。…誰なんだろう。まさか、ここで事件が起きたら…不安になった瞬間…車の外でドッと笑い声が起きた。途端に緩む緊張感。…え、どういうこと?スモークガラスの向こうは、人影が4つになっている。気付いた瞬間、窓を軽くノックされ、ロックを外してみると…「…いたぁ!君が滝川桜ちゃん







