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第6話:採られない理由

Author: fuu
last update Petsa ng paglalathala: 2026-06-10 20:00:43

「採用は、リスク管理ですから」

 転職エージェントの担当者は、申し訳なさそうに、けれど迷いなくそう言った。私の中で、何かが固まった。

「率直に申し上げますと、今は槻木つきのきさんを推薦しにくい状況でして」

「理由を、伺っても?」

「前職への照会や、業界内での確認で……少し、懸念が出ていまして」

 懸念。聞き返さなかった。聞き返せば、もっと言葉を濁す。

「窃取の事実なんて、ありません。立証もされていない。なぜそんな扱いに?」

「採用は、リスク管理ですから。グレーな案件は、企業さんも避けたがるんです」

 グレー。私は白だ。けれど世間は、白を証明する手間より、グレーを避ける合理を選ぶ。担当者を責める気にはなれなかった。この人もただ仕事をしているだけだ。私を遠ざけることが、この人の正しい仕事なのだ。それが、一番こたえた。

 帰り道、ようやく元同僚から電話がかかってきた。何度かけても出なかった相手だ。

「ごめんね、なかなか出られなくて」声に、後ろめたさがあった。

「いいの。それより、会社で私がどう言われてるか、教えて」

 しばらく黙ってから、ためらいがちに口を開いた。

「あのね……経費処理が、ずっと怪しかったとか。情緒が不安定だったとか。お金にだらしないところがあったとか……そういう話が、回ってて」

 足が止まった。

 横領犯にされただけじゃなかった。「元々もともと問題のある女」という物語を、上から作られていた。経理として無能で、人格的にも危うい。そういう人間なら横領くらいするだろう、と誰もが思うように、丁寧に下地を塗られていた。

「でね……」元同僚が、最後に小さく言った。「社長、すごく残念がってたよ。かばいきれなくて、申し訳ないって」

 その一言で、私の中で、何かが切れた。

 あの男は、私を社会から消した上で、被害者の顔までしている。残念がっている。庇いきれなかった。優しい社長の顔のまま、私の人生を踏み潰している。

 夜道で、私は笑ってしまった。怒りが大きすぎる時、人は笑う。乾いた、声にならない笑い。街灯の下で、しばらくそうしていた。

 無実を証明したい。それは今までの願いだった。でも、それだけじゃ足りなくなった。今、私が望んでいるのは、もっと具体的なものだ。

 あの男を、潰したい。

 帰宅して、ノートを開いた。メモ。メール。日付。支払先名義。コピーした書類。全部を整理し直した。バラバラだった断片を、一つのまとまりにする。表紙に、タイトルを書いた。

「三崎関連」

 書いた瞬間、紙の意味が変わった。被害の記録が、追う者の資料になった。

 並べ直して、初めて気づいたことがある。あの男が打ってきた手は、全部「日付のある記録」として残っていた。閲覧権限が消えた日。事前確認の日。非通知の着信履歴。「黙っていれば、悪いようにはしない」というメッセージの受信時刻。

 向こうは、私の信用を消せる。でも、この時刻は消せない。送信ボタンを押した瞬間に、向こうが自分で刻んだ時刻だから。

 あの男は、証拠を消すのがうまい。けれど、私を追い詰めようと動くたびに、消せない時刻を一つずつ残している。――数える側に回れば、それは全部、こちらの弾になる。

 初めて、ほんの少しだけ、口角が上がった。泣くためじゃなく、数えるために、この紙はある。

 ただ、私は冷静だった。怒りだけでは人は潰せない。証拠は断片だけ。金もない。味方もいない。倒れた人間は、誰のことも追えない。まず、立っていなければならない。

 スマホで口座を開いた。残高は相変わらず少ない。数字はうそをつかない。今月を越えられても、来月は越えられない。復讐ふくしゅうは、家賃を払わない。

 そのとき、スマホが光った。柏木かしわぎ沙耶さや。以前、単発の仕事で知り合った女性だ。

「事務っぽいこと、できるって言ってたよね。紹介できる店、あるよ」

 少し置いて、もう一行。

「普通の店じゃないけど。金の流れが見える子は、別の値段がつくの。あんた、それかもしれない」

 別の値段。安く買いたたかれてきた人生だった。パートだから。女だから。後ろ盾がないから。私にはずっと、安い値段しかつかなかった。

 別の値段がつく。そんなことが、あるのだろうか。

 潰すには、まず近づかなければならない。あの男の金が流れる場所へ。表の世界は私を閉め出した。だったら、表に出せない金が動く場所のほうが、むしろ近い。

 私は打ち返した。「仕事内容を、聞かせてください」

 ――その「別の値段」をつける男が、すでに私の名前を調べ始めていることを、私はまだ知らない。

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