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#2

last update publish date: 2026-09-26 12:23:40

目元を指で優しくなぞられる。

不思議に思って顔を上げた時、一筋の雫が伝った。

「……っ」

俺、泣いてる?

まさかと思って自分の頬に触れると、確かに涙でぬれていた。

「貴方は俺の為に、自分の気持ちを殺してるようにしか見えないんです」

だけど、それが一番つらい。透夜は引き攣った笑顔を浮かべた。

「世間体とか将来のこととか、俺が幸せになれるよう考えてくれてるのはすごく嬉しいです。でもその未来に宙さんがいないなら、俺が望んだ世界じゃない。……俺は貴方と一緒に生きることを夢見ていたんだから」

「透夜……」

こんな、何でもない日に聞いていいプロポーズじゃないのかもしれない。

どう反応したらいいか分からず目を泳がせていると、透夜は突然頬を赤らめ、俺の両手をとった。

「それに言わせていただくと、宙さんはご自分が思ってるより俺のことを好きだと思います」

「は!?」

思わぬ流れに、つい声を荒らげてしまった。

だって普通に恥ずかしい。俺が本当は、透夜のことが好きで好きでたまらない、とでも言うような。

いや……実際、そうなんだけど。認めちゃいけない。

「いい加減認めてください。でないと、好きでもない男を自分
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  • 欠けるほど、光る   #3

    心ない言葉と石は同一だと思う。人の心が家だとして、悪意ある人間はその家の窓に石を投げる。割れた破片を片付けるときは手を切る危険があって、新しい窓を取り付けるには労力がいる。普段は足元に転がっていて、その存在に気付きもしないのに。拾った相手によって凶器に変わる。かと思えば、汚れて蹴飛ばされるもの、高い値がついて飾られるものもあったり。そういう格差のある部分は人と似ている。この世には守られる人と、守られない人がいるから。出会ったばかりの頃……乳白色の石を店のペンダントライトに透かして言うと、宙さんは露骨に驚いていた。「透夜くんって意外とシリアスなこと言うよね。何でもポジティブに捉えてると思ってた」「元はネガティブですよ。それを上手く隠してるだけです」同級生からはやっかみされ、父は体の弱い母を残していなくなった。正直言って、川の中に沈んでる石ころみたいな人生だ。何の価値もない、人目にも触れられないような……。彼の隣に並んで石を眺める。店内には透夜以外客はおらず、スタッフも宙さんひとりだった。束の間の二人だけの空間が最高に心地よく、また、誇らしい。女性向けのショップを貸し切ることの何が誇らしいのか自分でも謎だが、その理由は話してるうちに段々分かってきた。「攻撃されたら戸惑うし、味方が誰もいない時は目の前が真っ暗になるけど。他人を攻撃する人はどこに行っても一人はいる」だから自己防衛しないとね、と宙さんは腰に手を当てた。「石は凶器じゃない。守られる存在でもない。石そのものが御守りとなって、俺達を悪い人から守ってくれる」エプロンのポケットからキャンディを取り出し、宙さんは俺の口にハイ、と入れた。「ま、気の持ちようって言われたら何も返せないんだけどね。そんな時はいつでもここにおいで」舌を動かすと石のようにカラカラ音が鳴って、ちょっと恥ずかしい。喋れない俺の頭を優しく撫で、彼は微笑んだ。「大丈夫だよ。俺はずっと透夜くんの味方だから」「……っ」喉が鳴る。なにか言わなきゃ、と思ったときには、彼は踵を返してレジへ戻ってしまった。舞い上がる塵がライトに照らされ、彼が歩いた跡が光の道のように伸びている。「……」理由は分からないけど、手が少し小刻みに震えている。落としたらまずいと思い、石をトレイに置いた。けど今度は胸が熱くなった。鼓動は速まり

  • 欠けるほど、光る   #2

    目元を指で優しくなぞられる。不思議に思って顔を上げた時、一筋の雫が伝った。「……っ」俺、泣いてる?まさかと思って自分の頬に触れると、確かに涙でぬれていた。「貴方は俺の為に、自分の気持ちを殺してるようにしか見えないんです」だけど、それが一番つらい。透夜は引き攣った笑顔を浮かべた。「世間体とか将来のこととか、俺が幸せになれるよう考えてくれてるのはすごく嬉しいです。でもその未来に宙さんがいないなら、俺が望んだ世界じゃない。……俺は貴方と一緒に生きることを夢見ていたんだから」「透夜……」こんな、何でもない日に聞いていいプロポーズじゃないのかもしれない。どう反応したらいいか分からず目を泳がせていると、透夜は突然頬を赤らめ、俺の両手をとった。「それに言わせていただくと、宙さんはご自分が思ってるより俺のことを好きだと思います」「は!?」思わぬ流れに、つい声を荒らげてしまった。だって普通に恥ずかしい。俺が本当は、透夜のことが好きで好きでたまらない、とでも言うような。いや……実際、そうなんだけど。認めちゃいけない。「いい加減認めてください。でないと、好きでもない男を自分の家に住まわせる小悪魔になりますよ?」「おい、言い方……。その提案をした時は、可愛い弟と思ってたから……」「これだけ俺が、貴方を恋愛対象として好きと言ってるのに? そこまで警戒心ないんですか?」「……っ!」痛いところを突かれてるけど、全て彼の言う通りだ。強引な人間なら襲ってきたっておかしくないだろう。「透夜は、そんなことしないって信じてるから」「信じないでください。宙さんはあまり意識してないみたいだけど、俺はもう何も知らない高校生じゃない。大人の男ですよ」そんな風に言われると、急に不安や恐怖が顔を出す。彼の言ってることは当たり前だ。歳月で人は変わる。高校生だった頃の彼はもういない。でも、それでも俺は……。「一緒だよ。四年前からずっと変わらない……俺の大好きな透夜だ」大粒の涙が溢れる。それは堰を切ったように零れ落ち、膝をぬらした。透夜が大好きな気持ちも、押し留めることなんて不可能なんだ。鬱陶しい前髪を払って嗚咽すると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。「やっと聞けた」ちょっとムッとしたけど、透夜は心底嬉しそうに俺の顔を引き寄せ、唇を塞いできた。「貴方もずっ

  • 欠けるほど、光る   #1

    唇に人差し指を当てられる。見上げた俺は、どんな顔をしていただろう。多分、相当真っ赤になってるはずだ。目が合った透夜が、これ以上ないほどニヤけていたから。「宙さん。大丈夫だから、隠さないで」向かい合い、テーブルの下でつま先が触れる。「どんな小さな感情も俺に伝えて。嬉しい時も、怒った時も、悲しい時も。昔と違って、全部まるごと受け止めるから。心配しないで、さらけ出してください」彼は立ち上がり、再び目の前に佇んだ。片手を取られるのと同時に、胸元に引き寄せられる。息が当たりそうなほど近い距離で覗くと、彼の瞳は宝石のように揺らめいていた。「お前、確かに男前になったよ」 「ありがとうございます。惚れ直してくれました?」「……うん。計算高くもなったけど」軽く笑って、前に倒れる。顔をうずめようとしたが、顎に手を添えられ、上向きにされる。ほのかにワインの香りがして、こっちまで酔ってしまいそうだった。「宙さん。明日は雨ですから……無理しないで休んでくださいね」「そっ、か」スマホを取り出し、天気予報をチェックする。彼の言うとおり、今週は雨続きだった。「いつも心配かけてごめんな」透夜の仕事を知る前から、彼は俺の体調を気にかけてくれていた。いいや、四年前から知ってたじゃないか。駅で告白されたあの日から。いつしか彼方に追いやられた記憶。これはとてもすぐに拾いに戻れる距離ではない。透夜にとって、俺が知らない四年間はどれほど長かったんだろう。広くて小さい背中に手を回し、肩に顔を乗せた。数年ぶりに感じる温もりに、目頭が熱くなる。今はもう独りじゃないんだ。「透夜」それは全部、弱い自分を待っててくれた彼のおかげ。「俺、お前に色んなもん貰ってばっかだろ。でも俺はお前にあげられるものが何にもないんだ」恋愛経験ないし、仕事を変えてまぁまぁ生活きついし、家は狭い賃貸だし、車はボロいし。こんなに好いてもらっても何もあげられない。「だから……だから俺の人生をやるよ。雨の日は必ず支えてくれるお前に、晴れの日の俺は、全部お前にやる」 ちょっと日本語変だったかな。不安に思っていると、透夜はうーん、と唸って床に膝をついた。「それだと三百六十五日俺に捧げることになりますよ? 俺は元々、晴れの日の貴方も独り占めするつもりなんだから」「そうか」「そうです」無言で見つ

  • 欠けるほど、光る   五石

    仕事終わり、買い出しをしてから自宅へ向かう。アパート前の駐車場を歩いているとちょうど見覚えのある人物が見えた為、ゆっくり声を掛ける。「透夜。おかえり」「宙さん! ただいま」仕事帰りの透夜は、こちらを認めると小走りでやってきた。「買い物に行ってたんですか? お疲れ様です」「おー。これお土産。北海道の物産展やっててさ、色んなチーズ売ってたから買っちゃった。ワインもあるし、たまには飲みな」「わ、すごい美味そう。ありがとうございます」透夜は目を輝かせて家に入った。食べることが大好きな彼には、ついつい珍しい食材を持ってきたくなる。彼が笑うと、こっちも自然と笑みがこぼれる。嬉しくなる。「俺、今本当に幸せです」「…………」恋人ではなく、あくまで友人。それでもこんなに……。こんなにも心が満たされるものなのか。全身が温かくて、優しくなりたいと思えて。もっともっと笑ってほしい、と強く願うものなのか。分からない。この想いの正体を知ってはいけない気がしていた。「俺も。独りが当たり前だったのに、お前が来てから毎日、し……幸せだよ。仕事も体調も問題ばかりなのに、こんな風に楽しんじゃって良いのかな」そう零すと、彼は強い口調で告げた。「もちろん。宙さんは、今までが辛いことばかりだったんですから……それに幸せになるのは誰にとっても当然の権利です」真剣な眼差しに息を飲む。優しい、心地いい言葉を返してくれる人は確かにいた。それでも、同じ言葉でもこれほどまでに心を揺さぶってくれる人は、彼の他にいない。「ありがとう」それほど彼が特別ということなんだ。おつまみ用にチーズを並べ、彼の為に手頃なテーブルワインを注ぐ。俺はお茶にして、席についた。「俺は、苦しいのが普通だからさ。楽しいことばかり続くと、そのうちバチが当たる気がして」足を伸ばして天井を仰ぐ。昔からなにかを望むと悪いことが起きた。楽しいことと悲しいことは常にセットで、前者のみは有り得ない。その刷り込みこそ、この弱さの代償かもしれない。目を細めてため息をつくと、目の前に回った透夜が俺の額に触れた。「じゃあ、おまじないをしましょう。悪いことから身を守るおまじない」「そんなんあるのか?」「ええ。ちょっと目を閉じてください」言われるまま瞼を伏せる。一体どんなおまじないだろう。ワクワクして待っ

  • 欠けるほど、光る   #5

    「宙さん! この間は気が回らず申し訳ありません。お身体の具合はどうですか?」「三澄さん。おかげさまですっかり良くなりました。ご心配おかけしてすみません……」週が変わり、久々に三澄さんと顔を合わせた。彼は終始心配そうにしてくれていたので、意を決して本当のことを打ち明けた。自分は気象病を持っていて、それがきっかけで前の仕事を辞めたこと。晴れの日しかヘルプには来れないこと。呆れられないかとびくびくしたけど、三澄さんは苦しそうに顔を歪め、首を横に振った。「お辛い想いをされていたんですね」「いえいえ! これが俺の中では普通なので、今さらなんてことはありません」強いて言うなら、この苦しみが肥大したのは透夜に出会ってからだ。自分だけが苦しいなら、いくらでも耐えられる。だが自分より大切な人を巻き込み、負担を強いることになるのが一番苦しい。透夜はもう、自分の人生より大切なんだ。彼は俺の知らないところで、俺の為に大切な時間をつかっていたから……。「誰だって、人には言えない事情を持ってます。だから、その人の苦しみもその人にしか分かりません。偉そうなことを言って申し訳ないんですが……あまりご自分を責めないでくださいね」「三澄さん……ありがとう、ございます」彼も本当に優しい人だ。それと同時に、とても強いひと。感謝の気持ちで胸の中がいっぱいになっていると、彼は思い出したように手を叩いた。「あぁでも、宙さんには頼れる人がいましたね。才木透夜さん、でしたっけ」「あ、ええと……はい」まさか透夜の話になるとは思わず、少し歯切れの悪い返事をしてしまった。「医療職って仰ってましたよね」「はい。理学療法士で……俺の病気を知って、目指してくれたみたいなんです」そう言うと、三澄さんは露骨に驚いた顔をした。「それはすごい……宙さんは、その……本当に」「?」「あい……じゃない、えっと。だ、大事に想われてるんですね」三澄さんらしくもなく、言葉を濁している。どうしたのか不思議だったけど、素直に受け取って微笑んだ。「ええ。でも元々優しい子だったので。身近に俺みたいな危なっかしいのがたまたまいたから、指標になったんですかね?」「いやぁ……もっと大きな理由があると思いますけど」彼は気まずそうに鞄をわきに抱え、真面目に悩み出した。「宙さんにとって、才木さんは後輩……なん

  • 欠けるほど、光る   #4

    三澄さんは屈託のない笑顔で手を差し出した。「……」透夜はその手を取り、握りはしたものの、低い声で笑った。「ありがとうございます。……せっかくですが、今日はご遠慮します。宙さんは体調が良くないみたいなので」「えっ」三澄さんは俺の方を見て、心配そうに尋ねてきた。「そうだったんですか? すみません宙さん、そうとは知らずに……!」「い、いえいえ。大丈夫ですよ!」思わず即答して手を振ったが、何故か透夜から凄まじい視線を感じて口を閉じた。でも確かに、透夜の視線を抜きにしても寒気がする。足元が不安定で、気を抜いたら風が吹いただけで倒れてしまいそうな感じ。湿度が上がっている。これって、まさか。「ご心配なく。これでも医療職なので……責任持って、彼は連れ帰ります」「あ、えぇ……。どうぞ宜しくお願いします。宙さん、それではまた」「は、はい! 本当にすみません!」透夜に肩を支えられ、ホームを後にした。だだっ広い駅の中は人混みに酔いそうになる。透夜はふと足を止めると、俺の方に振り返り、そして手を掴んだ。「ほんと貴方ってひとは……何が大丈夫なんですか。そんな、今にも倒れそうな顔して!」「う。透夜、耳元で大声出さないでくれ。マジで倒れそう」ほんの少しの間に、みるみる具合が悪くなってきてしまった。壁際に移動し、近くの柱に手をつく。人の話し声に吐き気を覚えるようじゃ終わりだな、と思った。「今日雨だったっけ……?」「急に変わったんです。外はそれなりに降ってますよ」下を向いていると、通りゆく人達の靴と長傘が目に入る。気付かずあのまま三澄さんと出掛けていたら、間違いなく迷惑をかけていた。「休めるカフェとかあればいいんですけど、どこも混んでてすぐ入れそうにないんですよね。ごめんなさい……」「お前が謝ることなんか何もないよ。むしろ巻き込んでごめんな。俺はここでちょっと休むから、先に帰ってな」そう言うと、透夜は拗ねた子どものように頬を膨らました。「俺が貴方ひとりを置いて帰ると思ってるんですか? そんっ……な無責任な男じゃありません! 見くびらないでください」「み、見くびってるわけじゃないです……」反射的に敬語で返し、それでも申し訳なさに彼の胸を押した。「俺が辛いんだ。俺のせいで、お前を振り回すことが辛くて仕方ないんだよ……!」たくさんの人が行き交うと

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