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幕間:探偵たちの休日②

Autor: 久遠遼
last update Data de publicação: 2026-05-24 12:57:37

澪の希望で立ち寄ったのは、セントラルモール内の大型書店だった。

フロアの一角には、文芸から専門書、漫画まであらゆるジャンルが整然と並び、静謐な空気が流れている。

「お、おい、広くねぇかここ……?」

陸が圧倒されたように呟く。彼は普段、本とはあまり縁がないらしく、店内をぐるりと見渡すだけでやや落ち着かない様子だった。

「漫画コーナー、向こうだったよな。俺ちょっと見てくるわ」

そう言って、彼はふらりと階段を降りていった。

一方の俺は、入口近くの新刊コーナーで気になるタイトルに足を止めながら、何となく澪の姿を探す。

(……澪はどこだ?)

気づけば、隣にいたはずの澪の姿がない。特に声をかけられた覚えもないし、何か言い残した様子もなかった。

(まさか、もう行ったのか?)

軽く店内を見回すと、奥にある棚の陰――「哲学」と書かれたプレートの下に、彼女の見慣れた後ろ姿があった。佇む姿はまるで物音ひとつ許さぬほどに澄んでいて、他の客とは別の時間を生きているようにも見えた。

澪は、装丁の落ち着いた一冊をそっと手に取ると、真剣な表情でページをめくり始めた。その表情には、学校で見せる分析的
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  • 正しさの選択   第四章:沈黙の向こう側②

    放課後、推理部部室。「……以上が、今日の昼休みに話した内容だ。佐倉は如月先輩が犯人の可能性であることを強く否定していた。姉の親友だったから、そんなことをするはずがないと」 俺は椅子にもたれながら、佐倉との会話をかいつまんで報告した。「本人とちゃんと話せばわかる、って言ってたね」 澪が横で言葉を重ねる。その表情はいつも通り淡々としているが、どこか佐倉に対する共感が感じられた。 佐倉が語った姉への想い――そして、犯人をどうしても許せないという言葉の奥にある強い感情を、陸は黙って聞いていた。少しの沈黙のあと、椅子にもたれかかりながらぽつりとつぶやく。「……正直、思ったよりずっと重い話だったな」 口調はいつもとそんなに変わらないが、その目はどこか遠くを見ていた。「家族を失っただけじゃなくて、誰かのせいで奪われたって思ってるわけだ。それを信じてここまで来てるってことは……俺ら、簡単に中途半端なことは言えねぇよな」 そして、ほんの少しだけ笑ってみせた。「ま、だからこそ燃えるけどな!優衣ちゃんが信じてくれるのなら――こっちも、本気で応えなきゃ筋が通らないってもんだろ!」 気負った様子もなく、だがどこか熱を帯びたその言葉に、澪はそっと頷き、俺もまた心の奥で同じ想いを噛みしめる。 陸は一拍置くと、窓際の机に腰をかけたまま、手の中のメモを指先で軽く弾いた。 ——パン、と小さな音が部屋に響く。「で――報告の続き、いくか!」 陸がそう言い部室の空気が、再び引き締まる。「まず――真希先輩と佐倉先輩の口論。これさ、佐倉先輩が屋上から飛び降りる前日だったらしい。口論する声が聞こえたって子がいるって聞いたぜ」「前日……?」 俺は思わず言葉を漏らした。それは偶然とは考えにくい。「……何かあったんだろうね」 澪も目線を伏せながら呟く。声に感情はほとんどなかったが、その眉間にはかすかな影が落ちていた。「演劇部の部室、窓の外からだったから、内容までは聞き取れなかったらしい。ただ、かなり言い合ってたらしくて、険悪な雰囲気なのは確かだったみたいだぜ?」 俺たちの間に、しばし沈黙が流れる。それを打ち払うように、陸は次の話題へ移った。「次、小池。小池は――やっぱり、佐倉先輩に気があったらしい。前からそれっぽい話はあったけど、今回は確かな話だぜ。んで、綾野と佐倉先輩が

  • 正しさの選択   第四章:沈黙の向こう側①

    遠い記憶の中の夕暮れだった。校舎の裏手にある小さな花壇のそばで、小学生の澪がうつむいたまま立っていた。「……ごめん、悠馬……」 その声は小さく、かすかに震えていた。だが顔を上げた澪の表情は、涙ひとつ浮かべていなかった。目元には曇りガラスのような静けさがあり、口元は感情を閉じ込めるようにわずかに結ばれていた。 長い沈黙のあと、まるで「泣いてはいけない」と言い聞かせるように、彼女は無理に笑おうとした。だが、その笑顔はうまく形にならなかった。 その様子を見ていた幼い俺は、ただそばに立ち、言葉を探した。「……澪は悪くない。誰も、悪くなんかないんだ」 俺の声もまた、少し震えていた。 彼女は何も答えなかった。ただ一歩だけ、俺のそばへと寄ってきた──。 目を覚ますと、朝の光がカーテン越しに差し込んでいた。時計の針は、まだ登校までには少しだけ余裕のある時刻を指している。 ぼんやりと天井を見つめながら、俺はしばらく動けなかった。 あの夢は、久しぶりだった。もう何年も前のことで、忘れたつもりだった。 それでも、あのときの澪の顔は、今も心のどこかに残っている。 悲しい記憶のはずなのに、誰も泣かない。誰も責めず、ただ黙って、耐えていた。 それが俺たちにとって、あの出来事の唯一の受け止め方だったのかもしれない。 そして今も、おそらく変わっていない。感情の置き場を見つけられないまま、それでも俺たちは、何も言えずに前へ進むしかなかった。*** 週明け月曜日の昼休み、旧校舎の中庭に面したベンチに、俺たちは三人で腰を下ろしていた。 今日は、佐倉に来てもらっている。先週の調査を踏まえて、これまでの状況を報告しつつ、あらためて彼女の姉・佐倉先輩について話を聞くためだ。 陸には別ルートで動いてもらっている。生徒たちの交友関係や噂を中心に、校内での聞き込みを頼んでいるところだ。「……何か、進展はありましたか?」 佐倉が口を開いた。その声音には張り詰めたものがある。焦りではない。待ち続けている者の覚悟に聞こえた。「少しずつではあるが、捜査は進んでいる。今は、何人か疑わしい人物は見えてきてはいる。 だが……まだ決定的な証拠はない。だから、今は名前については伏せてさせてもらう」 俺がそう言い終えたときだった。「……何人か?」 佐倉の声が少しだけ低くなっ

  • 正しさの選択   幕間:探偵たちの休日②

    澪の希望で立ち寄ったのは、セントラルモール内の大型書店だった。 フロアの一角には、文芸から専門書、漫画まであらゆるジャンルが整然と並び、静謐な空気が流れている。「お、おい、広くねぇかここ……?」 陸が圧倒されたように呟く。彼は普段、本とはあまり縁がないらしく、店内をぐるりと見渡すだけでやや落ち着かない様子だった。「漫画コーナー、向こうだったよな。俺ちょっと見てくるわ」 そう言って、彼はふらりと階段を降りていった。 一方の俺は、入口近くの新刊コーナーで気になるタイトルに足を止めながら、何となく澪の姿を探す。(……澪はどこだ?) 気づけば、隣にいたはずの澪の姿がない。特に声をかけられた覚えもないし、何か言い残した様子もなかった。(まさか、もう行ったのか?) 軽く店内を見回すと、奥にある棚の陰――「哲学」と書かれたプレートの下に、彼女の見慣れた後ろ姿があった。佇む姿はまるで物音ひとつ許さぬほどに澄んでいて、他の客とは別の時間を生きているようにも見えた。 澪は、装丁の落ち着いた一冊をそっと手に取ると、真剣な表情でページをめくり始めた。その表情には、学校で見せる分析的な冷静さとはまた異なる、どこか柔らかな集中の色が宿っている。 思わず少し見とれてしまった俺は、気配を察した澪に軽く振り返られて、慌てて視線を逸らす。「……見つけたのか?」「うん。面白そうなのがあったから」澪はそう言いながら、ゆっくりとページを閉じた。「……ニーチェ。『解釈こそ真実』」 澪が小さく呟く。「また難しそうなものを選んだな」 俺は苦笑するが、澪はお構いなしに話し始めた。「これはね、人間が真実だと思っているものは、結局すべて自分の解釈でしかないって話」「真実が……解釈?」 俺が聞き返すと、澪は珍しく熱を帯びた声で続けた。「例えば――同じ出来事を見ても、Aは正義だと感じて、Bは悪だと感じる。事実はひとつでも、それをどう捉えるかは人それぞれ。だから、真実っていうのは存在しないとも言える」 俺は眉をひそめる。「なら、俺たちが信じてるものは全部ウソだということか?」「嘘じゃない。 でも、本物とも限らない。人は自分に都合のいいものを真実だと思い込むんだよ」そう言って、澪は隣の棚からもう一冊を取り出す。「こっちはボードリヤール。『虚構が現実を超える』」 俺

  • 正しさの選択   幕間:探偵たちの休日①

    少し湿った風が頬をなでる、梅雨入り前の土曜の朝。 駅前のロータリーに足を踏み入れた俺は、先に到着していた二人の姿を見つけた。 陸は薄手の白シャツに、グレーのカーディガンを羽織ったラフな格好で、スマホをいじりながらあくびをしている。 対する澪は、落ち着いたネイビーのワンピースに、薄手のベージュのカーディガンを羽織り、白いスニーカーを履いていた。 私服姿を見るのはこれが初めてじゃないし、それなりに見慣れている――はずなのに。 その柔らかな色合いと季節感のある服装が、今日はやけに新鮮に映った。 (……なんか、雰囲気違うな) 普段の無表情と知的な言動のせいで、澪は近寄りがたい優等生という印象が強い。だが今の彼女は、どこか自然体で、穏やかで――思わず、一瞬だけ目を奪われてしまった。「お、来たな。悠真」 陸が軽く手を上げて近づいてくるその横で、澪も小さく会釈を返した。「すまない、少し遅れた」「いや、予定通り。……というか、遅刻したら強制的にカラオケだったけど?」「……それはさすがに避けたいな」「じゃあ、さっそく行こうか」 澪が言い、俺たちは三人で並んで歩き出した。 金曜の放課後、推理部としての調査を終えたばかりだったが、今日は事件の話は禁止――というのが、陸と澪の決定らしい。「なあ悠真、まさか今日もノートとか持ってきてないよな?」 陸が横から覗き込んでくる。「……少しだけ、資料を……」「やっぱりかよ!」 澪が小さくため息をつきながら、澄ました声で告げる。「休息も計画のうち。……私はそう思うけど」「わかってるが……事件のこと、どうしても頭から離れなくてな」「……だからこそ、今日は息抜き」 陸が前を向いたまま、片手をポケットに入れながら言う。「しっかり遊ぶのも、推理部の大事な仕事ってことで!」「推理部、そんな部だったか……?」「今日だけはな!それに捜査の資料を普通こんなところに持ち出したらダメだろ?オマエ普段は切れ者なのに、そういうとこ抜けてんな」「悠馬は、昔から熱が入ると陸でもわかることが、頭から抜け落ちる……」「く……陸に指摘されるとくるものがあるな……」「どういうことだよ!」 俺たち三人は笑いながら歩き出す。季節の風と、街のざわめきが、事件の空気を飛ばして俺たちを普通の高校生にしてくれた。***

  • 正しさの選択   第三章:影を追って⑦

    ◆ 現時点の犯人候補 ・小池陽太 ・如月真希 ・綾野奏斗「順番に整理しよう」 俺はマーカーを握り、三人の名前の下にメモを書き足しながら話し始めた。 まずは、小池陽太。 「蛇のような印象。好きな色は青。それに、佐倉先輩に淡い感情を持っていた可能性も高い」 俺は指折りながら言う。 「淡い恋心があったのであれば、むしろ守りたいはずだ。……にも関わらず、あの態度……。何か、隠しているとしか思えない」 「まあ、限りなく怪しいけどな」 陸が小さく鼻を鳴らした。 次に、如月真希。 「演劇部。サロメ役。蛇に例えられる存在。青のイメージカラーをまとう役でもある」 澪が冷静にまとめた。 「しかも、佐倉先輩と口論していた。それが引き金になった可能性も……なくはない」 「でも、先輩、思ったことすぐ口にするタイプだろ?悪気はなかったけど、キツい言い方になってただけかもしれないぜ」 「……そうだな、その可能性もある」 そして最後に、綾野奏斗。 「生徒会副会長。完璧な優等生像。表向きは誠実で清廉。だが、裏の顔があると噂される。仮面(生徒会の顔)も、青(生徒会のイメージカラー)も、両方を兼ね備えている」 俺の言葉の後に、澪も重々しく続ける。 「生徒会っていう立場で、佐倉先輩に圧力をかけることもできたかもしれない」 「うちの生徒会は、学校の特徴的に他の学校と比べたら権限あるよな?……やっぱ、綾野も十分すぎるほど怪しいって」 陸が腕を組みながら唸る。 俺たちはホワイトボードの文字をじっと見つめる。・小池陽太。 ・如月真希。 ・綾野奏斗。 それぞれが、それぞれの形で『青い蛇』の暗示に繋がる。一見、すべてが符合している──そう見えた。 だが、胸の奥で、微かな違和感が芽を吹いた。推理とは、理屈だけではない、違和感、直感、説明できない引っかかり──そういうものが、時に真実への扉を開く。 俺は、無意識のうちにペンを止め、ホワイトボードをじっと見つめた。 それでも、まだ言葉にはできない。今の段階では、ただの不確かな感覚に過ぎなかった。*** ──夜が、深まっていく。 どこかも知れない薄暗い空間に、ただ一人、座り込む影がある。 窓はない。時計もない。時の

  • 正しさの選択   第三章:影を追って⑥

    問い詰めるような声音になった瞬間、小池の目が一瞬だけ泳いだ。その動揺はごくわずかだったが、 俺の目は見逃さなかった。 「なんの話だい……?」 曖昧に返す小池。だが俺の空気が明らかに変わったのを察したのだろう、小池の肩がわずかに硬直する。 「人が死んでいるんだ。これは遊びじゃない。……ふざけてないで真面目に話せ」 低く抑えた声だったが、怒りと焦燥がにじんでいた。その言葉に小池の表情も変わる。 しかし、気圧されることなく、真っ直ぐに俺を見返してきた。 「ふざけてる? 僕は……ひとつもふざけてなんかいない」 冷ややかに返された言葉。俺たち二人の間に鋭い空気が走り、一瞬空気が張り詰める。 「お、おい……二人とも、落ち着けって」 陸が慌てて割って入る。 「悠真、お前ちょっと熱くなりすぎだ」 その言葉に、俺ははっと我に返り、深く息を吸い、静かに吐き出す。 「……すまない。少し感情的になりすぎた。悪かった、小池。情報提供には感謝している」 すると小池もわずかに表情を緩めた。 「あ、ああ。こちらこそ……少し熱が入りすぎたようだ。謝罪するよ」 緊張の糸がわずかにほどけたが、疑念の火種が消えたわけではなかった。 俺は最後に声をかけた。 「そういえば、小池。個人的なことなんだが」 「……なんだい……?」 「好きな色は、何色だ?」 不意の質問に、小池はほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにまた微笑みに戻る。 「青かな、落ち着くからさ。俺には似合わないかもだけど」 青いペンを指に絡めたまま、彼は軽く笑った。全てが、何かを裏付けている気がしてならなかった。 俺たちは無言のまま、部室を後にし、推理部の部室へと歩き出した。*** 推理部の部室へ戻ってきてすぐ、陸が俺に声をかけてきた。 「……珍しいな。お前があそこまで感情的になるなんて」 陸が、半ば呆れたように言った。 「……ああ。でも少し挑発してやったらやつの態度が変わった。確実に何か関係してるような反応だった」 「わざととかよ! ……ひやひやさせんなよ!」 陸が眉を釣り上げて前のめりになりながら言う。 「いや、実際あの軽薄な態度には本気で腹が立った。だが、思いがけない反応だったから引くに引けなくてな。……結果的には助かった」 そう言いながら視線

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