キジも鳴かずば撃たれまい!

キジも鳴かずば撃たれまい!

last updateZuletzt aktualisiert : 07.07.2026
Von:  北園れらGerade aktualisiert
Sprache: Japanese
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Zusammenfassung

アクション

殺し屋

バディ

コメディ

現代

主従

年の差

逆転

成長

ひょんなことから組織から追放された引きこもり気質の陰気な殺し屋・賽原花火。 社会復帰を目指すも日常的に殺し屋から命を狙われている元極道の詐欺師・一色豹虎。 殺し屋ライセンスを巡る巨大な陰謀に巻き込まれた二人は、利害の一致からバディを組むことに。 目的はシンプルに、「二人で人生をどん底からやり直す」こと。 ただし、お互いの最大の武器である「殺し」と「ウソ」は絶対禁止という制約付きで──!? 現代日本のアンダーグラウンドを舞台に、最強(凶)バディが頭脳と暴力で駆け抜ける痛快アクション&ダークヒーローエンターテイメントの開幕! さあ、ふたりでふたりをやり直せ!

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Kapitel 1

ハローニューエンド 1

氷室彩葉(ひむろ いろは)は力なくベッドに横たわり、冷たい器具が、鈍く痛む下腹部を滑っていく感触に耐えていた。

「赤ちゃんは……大丈夫ですか……?」震える声で尋ねると、医師は憐れむように溜息をついた。

「切迫流産です。残念ながら……お子さんの心音は、もう聞こえません」

その瞬間、彩葉はシーツを強く握りしめた。心臓が氷の手で鷲掴みにされたように、軋む。

「仮に心音が確認できたとしても、出産は推奨できませんでした。火災で大量の有毒煙を吸い込まれている。胎児への影響は計り知れません」

二時間前──氷室グループ傘下の新エネルギー研究室で火災が発生し、彩葉は開発中の最新チップを守るため、躊躇なく炎の中に飛び込んだ。

チップは守れたものの、彼女自身は濃い煙に巻かれて意識を失ったのだ。

救急室に運ばれた時、体は擦り傷だらけで、下半身からは血が流れ、目を覆いたくなるほどの惨状だったという。

家庭と仕事に昼夜を問わず奔走し、心身ともに疲れ果てていた彼女は、この時になって初めて、自分のお腹に新しい命が宿っていたこと──妊娠二ヶ月だったことを知った。

「あなたはまだ若い。きっとまた授かりますよ」

医師はそう慰めながら、「今は安静が第一です。ご主人に連絡して、付き添ってもらってください」と告げた。

身を起こすことすら億劫な体で、彩葉は夫である氷室蒼真(ひむろ そうま)に電話をかけるのを躊躇った。

二日前、彼は息子の氷室瞳真(ひむろ とうま)を連れてM国へ出張したばかりだ。

「プロジェクトの商談だ」と彼は言っていた。仕事中の彼が、邪魔をされることを何よりも嫌うことを、彩葉は知っていた。ここ二日間、彼からの連絡は一切ない。それほど忙しいのだろうか。

その時、携帯の短い振動が静寂を破った。

画面に表示されたのは、異母妹である林雫(はやし しずく)の名前。

震える指でメッセージを開いた彩葉は、息を呑んだ。

そこに添付されていたのは、一枚の写真。雫が息子の瞳真を抱きしめ、二人で笑顔のハートマークを作っている。そしてその隣には、眉目秀麗な夫・蒼真が静かに座っていた。

結婚写真すら「くだらない」と撮ろうとしなかった彼が、その写真の中では、薄い唇の端をわずかに上げ、滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべていた。

その姿は、まるで幸せな三人家族そのものだった。

【お姉ちゃん、今ね、蒼真さんと瞳真くんとミュージカルを観てるの。「ナイチンゲールの歌」って、お姉ちゃんが一番好きな作品よね?お姉ちゃんの代わりに、私が先に観ちゃった!】

チケットは常に完売で、手に入れることすら困難な人気の演目。

いつか一緒に観に行きたい、と何度も蒼真に伝えたが、いつも冷たく突き放されるだけだった。

「今忙しいんだ。それに瞳真もまだ小さい。また今度だ」

……忙しいんじゃなかった。ただ、自分と行きたくなかっただけなんだ。

元々張り裂けそうだった胸に、鋭い杭を打ち込まれたような激痛が走る。

それでも諦めきれず、病室に戻った彩葉は腹部の痛みに耐えながら、蒼真に電話をかけた。

数回のコールの後、低く、それでいて芯のある冷ややかな声が鼓膜を揺らす。

「……どうした」

「蒼真……ごめんなさい、体調が悪くて、病院にいるの。少しだけ、早く帰ってきてもらえないかな……?」彼女の顔は蒼白で、声には力がなかった。

「こっちはまだ商談中だ。戻るのは二日後になる。家のことは山根に任せろ」蒼真の態度は、どこか冷めていた。

彩葉はスマホとを握りしめる。「……ねえ。もしかして、雫と一緒にいるの?」

その問いに、蒼真の声は露骨な苛立ちを滲ませた。「彩葉、そんな詮索に何の意味がある?もう五年だぞ。雫は妹のようなものだと何度も言ったはずだ。仮に一緒にいたとして、それがどうした。

最近のお前は、仮病まで使って同情を引こうとするようになったのか?」

「パパ、声大きいよ!僕と雫の邪魔しないでよ!」

電話の向こうから、瞳真の高い声が響いた。「もうママなんてほっときなよ!本当にうざいんだから!」

彩葉が何かを言う前に、通話は一方的に切られた。

ほんの少しの時間すら、彩葉のために割いてはくれない。

がらんとした病室で、彼女は布団を固く握りしめ、体の芯から冷えていくのを感じていた。

三日後、彩葉は無理を言って退院した。

研究開発部の仕事が、まだ山のように残っていたからだ。

特に今回の新製品発表会は、蒼真も期待を寄せている。そして自分にとっても、この二年間心血を注いできたプロジェクトを、成功させたかった。

夕方、疲れ切った体を引きずってブリリアージュ潮見の自宅に戻ると、リビングから楽しげな笑い声が聞こえてきた。

息子の瞳真と、雫の声だ。

胸がどきり、と嫌な音を立てる。彩葉はとっさに身を隠し、鉢植えの影からリビングの様子を窺った。

ソファには、氷室父子の間に座る雫の姿があった。テーブルの上には、バースデーケーキ。そして彼女の首には、赤いルビーのネックレスが輝いていた。それは某高級ブランドの世界限定品だ。

先月、ショーウィンドウで見かけて心惹かれたものの、目を見張るような値段に諦めた、あのネックレス。

それが今、雫の胸元を飾っている。

「蒼真さん、素敵なプレゼントをありがとう。すごく嬉しいわ」雫はペンダントに優しく触れ、潤んだ瞳で男の端整で凛々しい顔を見つめる。「でも、こんな高価なもの……これからは無理しないで。気持ちだけで十分嬉しいから」

蒼真は淡然とした表情で言った。「金などどうでもいい。お前が喜んでくれるなら、それが一番だ」

「ねえねえ雫、お目々閉じて!」瞳真がはしゃいだ声で言った。

雫が素直に瞳を閉じると、瞳真は小さな手で、色とりどりのクリスタルが繋がれたブレスレットを彼女の腕に通した。

「もう開けていいよ!」

「わぁ、綺麗!」雫は驚きの表情を見せた。

瞳真はへへっと笑い、頭を掻く。「これね、僕が一つひとつ選んで、糸に通したんだ。雫への誕生日プレゼント!」

「ありがとう、瞳真くん。一生大切にするわ」雫が身をかがめて瞳真の額にキスをしようとした、その時。

瞳真は自ら顔を上げ、ちゅっ、と音を立てて雫の頬にキスをした。

瞳真は父親に似て、どこか冷めた子供だった。実の母親である彩葉にさえ、ほとんど懐こうとしなかったのに。

自分が喉から手が出るほど欲しかったものを、雫はこんなにもたやすく手に入れてしまう。

嫉妬と絶望で、胸の奥がキリキリと痛んだ。

瞳真はキラキラした目で雫を見つめ、真剣な顔で言う。「雫は体が弱いから、これからは僕とパパが守ってあげる。だから安心してね」

「ふふっ……ありがとう。頼りにしてるわね」雫は恥じらうように頬を染め、ちらりと隣の男に視線を送る。

蒼真は切れ長の瞳を細め、自らケーキを一切れ切り、雫の手に渡す。

血の気が、すうっと引いていく。立っていられなくなりそうだった。

全身全霊で愛した夫は、他の女の誕生日を祝い、命がけで産んだ息子は、母親からすべてを奪った女を守ると誓う。

彩葉は、赤く染まった目で静かに笑った。そして踵を返すと、五年もの間自分を縛り付けた結婚という名の牢獄から、毅然と歩み出した。

自宅の外は、冷たい雨が降っていた。

全身ずぶ濡れになりながら、彩葉は道端に立ち、久しぶりにかける番号を呼び出す。電話の向こうから、懐かしい声が聞こえた。

「お嬢!お久しぶり!元気か?」

「えぇ、元気よ」彼女は微笑んだ。その美しい瞳には、かつてないほど冷徹な光が宿っていた。

「離婚することにしたの。だからお願い、離婚協議書を用意してちょうだい。なるべく、早くね」

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10 Kapitel
ハローニューエンド 1
さつ─じん【殺人】:①人を殺すこと。「殺人罪は死刑または無期もしくは五年以上の拘禁刑に処する」②ヴィーガニズムの視点での肉食。「動物性食品の大量生産は無差別殺人に等しい重罪だ」 ③裏社会において一定の条件を満たすと免罪符が付けられる行為。転じて、日常茶飯事。 ──────────────────── 現実は銃で、たまに暴発する。 意気揚々と他人事に首を突っ込むのは知性ある人間の特権であり娯楽だ。食い扶持にもならない些事《さじ》に飛び込み、仕切り、罵倒し、集《たか》り、やがて満足感という名前の無を取得する。 身に有り余るほどの無を取得した者の残り寿命はオーバーフローを起こし、やがてアンダーグラウンドから死神が靴音を響かせてやってきた。 人はそれを殺し屋と呼ぶ。 「……はぁ、はあっ、クソッ!」 貸し倉庫はこの手のやり取りに最適だった。一人が物を預け、もう一人が物を取り出す。あくまでも葉っぱではなく鍵を扱う売買。 悪くないしのぎのつもりだった。たった一晩で壊滅した組に残留するよりはマシな夢が見れる。 はずだった。 「なんで、なっ、俺が、こんな目に……!」 じたばたとはためく薄っぺらいモッズコートにはすでに風穴が開いていた。男は運良く避けたつもりだったが、殺し屋にとっては警告の証だ。 外れたのではなく、外したのだと。 「かんっ、関係ねえだろ俺はよ!? 他にも売人やってるやついくらでもいるって!」 「それがそうもいかねんだ」 殺し屋は一見してどこにでもいる中年男性の顔つきだった。しかし服装は黒いシルクハットに葉巻を燻らせたタランティーノ映画じみた格好で、愛銃にはハリー・キャラハンと同じ44マグナムが込められていた。 「口封じが俺の最後の仕事でな。しみったれた役回りだがそれなりに満足してる」 「待てよ、なあ……! なにを」 「あばよボウズ」 スミスとウェッソンが火を噴き、男の額の風通しが少し良くなる。最後から数えて二番目の仕事を終えた殺し屋はふうと紫煙を吐いた。 リボルバーを収めて携帯電話に持ち替える。 「俺だ。次であんたともお別れだと思ってな」 体温が失われていく手の甲に葉巻をぐりぐりと押し付けて火を消した。殺し屋は端的に言葉を交わし終えると、東京の海に沈む
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-06
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ハローニューエンド 2
殺し屋にも寮がある。裏社会の人間は普通に部屋を契約することができないため、組合に所属する者には格安で住まいを用意してもらえる。 1K六畳が花火の楽園。家具は布団とノートパソコンとルーターぐらいしか無く、クローゼットを開けると六丁の拳銃と三丁のライフル、それと散弾銃が一丁。弾薬とともに保管されていた。 それらを全部引き払い、これまでに殺しで稼いだ貯蓄をかき集めた金は一億にも満たなかった。 対して花火が組合に請求された金額は二十億。 「お、終わった……」 正しい箸の持ち方の代わりに効率のいい人の殺し方を教わってきた花火は、ツヤツヤぷるぷるの脳みそで計算を弾き出した結果ワンチャン返し切れると踏んでいたのだが結果は残酷である。優しくて気のいい話し相手から債権者に代わった組合職員の取り立てが終わると手元に残ったのは、 「……千円札一枚と、スマホだけ」 このスマートフォンでさえ組合が契約したものだ。GPSは常時起動され、もし花火が許可なく切ると数十分で組合職員が飛んでくる。つまりは「お前の生死は我々が握っている」という連中からのメッセージに他ならない。 「や、やっべー……」 笑うしかないが笑ってる場合でもない。花火は汗の滴る頬を指で摘んで口角の歪みを押さえた。 殺し屋カビ──賽原花火は現時刻を持って組合との契約を解除された。 有り体に言えば追放である。原因はライセンスの転売という重大な契約違反および違約金の債務不履行。大日本殺合組合は無一文になった花火をライセンス非所持の〈野良〉の殺し屋とみなし、「粛清されないだけありがたいと思ってください」と強制的に一つの依頼を受理させた。 殺し屋ライセンスを巡る事態の収束だ。 報酬は花火のライセンスの再発行。つまり花火の殺し屋としての正式復帰。要は自分の尻を自分で拭えば晴れて組合に戻してやると言うのだ。 もちろん花火にとっては全く身に覚えのない汚れであるのだが。 「いやいやいや無理に決まってんじゃん。うーわやった、終わったわマジで」 赤羽駅を意味もなくウロウロしながら花火がぼやいた。家も銃も金もないのにどこをどう探せばいいのだ。花火が盗まれた殺し屋ライセンスは何枚も複製されて格安で売り捌かれているらしい。それを全部回収して元締めをぶっ飛ばせば解決するのだろうか? 「……お腹、空い
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ハローニューエンド 3
「間違いないな?」 「ええ、財布に個人番号も見つかりましたから」 やっぱりちょっとカード持ち歩くの怖いな、とマスターは薄ぼけた意識の中で思った。免許証やら他の身分証は偽造できるかも知れないが、個人番号となると話は変わってくる。 「ヒョウにトラで豹虎《ひょうご》くん、ねえ」 襲ってきた男たちはよく見れば三人組だった。マスターを攫った男二人と、運転手の少年。揃いも揃ってオリーブ色の目出し帽を被っているので知り合いかどうかもわからない。 「……誰やお前ら」 「殺し屋って言ったら笑う?」 今回に関しては笑えない冗談だった。さっきの家出少女と違って既に危害を加えられた後だからだ。マスターは人通りの少ない路地に放り込まれ三人の男に囲われている。 「車が汚れるから外で殺そう」という極めて私的な理由で、マスターは車の外に投げ出された。 「前任者が殺られたらしくてね、下っ端の俺たちにも仕事が回ってきたんだ」 「そらよかったな。チンピラ」 「俺のことは? 覚えてるよな?」 チンピラの一人がわざわざ目出し帽を脱いで顔を見せた。ドレッドめいたパンチパーマに殴られすぎて細くなった目、喧嘩慣れした潰れ耳。一度見たら忘れられないような醜悪な面構え。 「……いや誰やねん」 「俺はお前のことを知ってる。人見のクソガキが子飼いにしてた詐欺師だ」 神奈川の暴力団関係者は大抵二つに絞られる。一年前に解散した人見組と、今なお存続し姉埼を牛耳っている阿座上組だ。古き悪き暴力の時代を継承し、今は名を変えて地下に潜った犯罪組織。二つの組織の末端同士が触れ合うと誰かが死ぬ。そういう関係だった。 そして、一色豹虎はその人見組にいた。 「だったら何や。別に隠す気ないわ」 「消えた二十億の在り処を教えろ」 「あ?」 毛深い手がマスターの白髪を引っ張って無理に目を合わせた。男の目は血走ってクスリの臭いがきつい。どこの世界に人を拉致する前に覚醒剤打つ奴がいるんだ。しかし残念なことに確かに昔の阿座上組にはこんな感じのやつがいたのを思い出し。 「なんやそれ」 「俺だって知らねえ。だからこうやって知ってそうな連中を総当たりしてんだ。ボスの命令でな」 「効率悪っ……」 知り合いから聞いたことがある。質の悪い薬物で夢を見ながら、足洗組と敵対していた人
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ハローニューエンド 4
正直、花火《はなび》にはさっぱりわからなかった。 傷つけられ、痛めつけられ、踏み躙られてなお「こいつらを殺せ」などと微塵も口にしなかったこの男の心境が。 「え、本当にあいつら全員殺してくれたの!? はっははは、ざまあ!」 「ありがとうございます……やっと解放される」 「おお、おお、よくやった。あの狸ジジイがくたばれば我が政局は安泰だろう」 花火が人を殺す度に誰もが喜んでくれた。 ある者は自分の彼氏とその浮気相手の女を、ある者は謂れのない性暴力を振るってきた上司を、ある者は自分にとって都合の悪い権力者を。 世間が短気なのかゴミクズばかりなのか、殺してやりたいほど憎む相手はごまんといるらしい。 花火が所属していた大日本殺合組合は、表向きには特殊清掃業を取り扱う法人ということにされている。自分たちがやっているのは社会に必要なゴミ掃除なのだと教わって育った。誰一人それがいけないことだと言う大人はいなかった。 だからだろうか。 (……おもしろっ) わからないから、知りたくなった。 そしてやがて深呼吸をして、殺し屋カビは微かに口角を上げながら敵を見据える。ここからは殺し屋の流儀に則っていかせてもらおう。 一言に殺し屋と言っても三種類に分かれる。 ひとつはライセンスを所持し組合や組織から依頼を請け負う自由業《フリー》。もうひとつは特定の団体に属さず誰にも従わない実力主義の野良《ストレイ》。そして最後にもう一つ。 ああ、こいつなら悪くないかも知れない。 「マスター下がってて。あとペン貸して」 「へ?」 「いいから任せなさい」 カビはマスターのシャツの胸元からボールペンを一本だけ抜いて逆手に構えた。 「俺馬鹿だからよくわかんねえけどよ……とりあえず全員殺したらいいんじゃねえかなぁ!」 「その口調で正論言わない奴いるんだ」 目測、ボス級と思しきドレッドヘアは百九十センチ近い巨漢。筋肉は薬物がステロイドの影響を受けたのか異様に膨れ上がった赤ダルマ。体重も百キロはくだらないだろう。 カビより頭一つ分は余裕で大きい。体重に関しては二倍では済まない。大人と子供以上の差だ。まず正面から戦って勝てる相手ではない。組み付かれでもしたらその時点で確実に殺される。 さて、このクズをどうしてや
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ゲーミングチェア・ディテクティブ 1
きっさ─てん【喫茶店】:①コーヒーや紅茶といった飲み物や菓子・軽食などを提供する飲食店。②儲からない店の象徴。大手チェーンが競合相手になる割に客単価も回転率も悪く、良くも悪くも夢とロマンに溢れる業種。「誰もが人が来ないのになぜか潰れない喫茶店を経営したがっている」 ────────────────────「そういえばこいつら妙なことを言ってたな。『前任者が殺された』『下っ端にも仕事が回ってきた』とか」「……マスターってもしかして大物?」「あ? なんでや」「それどうしてもあなたを殺したい奴がいるってことだよ」 花火は豹虎をまっすぐ見つめて言った。 困ったことに心当たりしかない。豹虎は自分が詐欺師かつヤクザの金庫番だった頃の記憶を遡った。詐欺、脱税、借金の踏み倒しにマネーロンダリング、とにかく色々なことに精を出していた。 輝かしい青春時代だ。朝まで飲んで河川敷で垂れ流したゲロに偶然架かった虹とよく似ている。「犯人に心当たりとかないの? ほら、詐欺師の頃に騙した相手の家族とか友達とか」「お前は自分が殺した人間の身内まで全員把握しとんのか?」 花火はこめかみを触ったまま動かなくなった。「……つまらん冗談や。つまりアレか、こいつらが仕留め損なったから俺はまた狙われてまうと」 豹虎が親指でドレッドを指すと花火は「その通り」と頷いた。「それってチャンスじゃない? 二十億争奪戦のカギは向こうから寄ってくる」「ああ。なんでか知らんけど俺の命狙っとる」「だからマスターにはつよつよボディーガードが必要。殺し屋を返り討ちにできるくらいのやつ」「そんでお前には当面の衣食住と協力者が必要」「利害の一致だね、マスター?」 命を狙われた元詐欺師と追放された元殺し屋。二人が組むのはいちおう合理的でお互いのギブアンドテイクが成立している。「……せや、お前どこで店《うち》のこと知った?」 しかし偶然にしては都合が良すぎる。豹虎は流石に第三者の存在を疑わずにはいられなかった。「なんかテレグラムにメッセージ来てて」「怪しすぎるやろ……お前よく今まで詐欺とか遭わんかったな」「騙されたら追い回して殺してたから」「騙されてはいるんかい」  その前にまずは目の前の問題に対処すべきだ、と花火がわざとらしく咳払いをした。「そうだ、もうすぐ到着すると思う」「あ?
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ゲーミングチェア・ディテクティブ 2
「マスターって友達いるの?」「一人だけな。いや……二人にしとくか」「数でマウント取ろうとしてる?」 煙草を買う金すら惜しくなったようで、マスターは美鶴を見送ってとぼとぼ喫茶ケチャップに歩き出した。花火はそのどこか哀愁漂う背中について歩く。「ねえマスター」「俺別にお前の主人ではないねんけど」「喫茶店のマスターではあるから」「はあ……」「というか、フルネーム知らない」「一色豹虎。覚えといて」「いっしき、ひょうご」 まあマスターでいいか。なんか落ち着くし。「あ、さいはらはなびです」「知っとるが?」 姉崎の街並みは良く言えば賑やかで悪く言えばどこか煩雑としていた。駅から南東に位置する通りに並び立つ商店のうちの一つが喫茶ケチャップだ。保護者から口汚く存在を否定された遊具たちが撤去され滑り台とブランコだけが取り残された公園が目の前にあり、たまにサッカーボールが飛んできて店の窓という窓が叩き割られると豹虎がぼやいた。 その喫茶ケチャップの前に立ち、豹虎は玄関に「CLOSED」の札を立てた。「今日は店じまいや。なんせ営業する資金も無いからな、は、ははは」「マスター目が笑ってない」「別に心も笑ってないが」 店内に入るとコーヒー豆の香りが鼻を突いた。面接に来た時も思ったが、店の隅々まで丁寧に清掃が行き届いている。手の届く場所に消毒スプレーと清潔な掃除用布巾《ダスター》が常備されていた。「階段上がる前に靴脱いどけよ」「はーい」 喫茶店は一階のみで、二階は居住スペースになっているようだった。言われるがままに靴を脱いで階段を進んでいる時、花火は靴下の替えが無いことを思い出した。「花火、そういえば荷物は?」「何もない」「あーなんか引き払ったとか言うてたな……」 二階にはバルコニーがあり、シャワールームとトイレは別でユニットバスも付いている。花火が住んでいた六畳ワンルームと比べれば雲泥の差だ。「ここや。元は物置きだった部屋みたいでな、落ちてるもんは好きに使ってくれたらええ」「お、おお……!?」 案内されたのは八畳ほどある空間で、古いブラウン管テレビやエスニックな雑貨が放置されていた。何より目を引くのは柱に刺さっているフックに繋がれた赤褐色のハンモックだ。「なんや、こういうの好きなタイプか? なら良かった」「……!」「おい飛び込むな
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ゲーミングチェア・ディテクティブ 3
 儲からない店が潰れないのは理由がある。 簡単に言えば、儲からなくてもいいくらい金を持っているからだ。老夫婦が自宅を改造してタダ同然の食堂を開くのはそんな真似をしても困らないだけの貯蓄をこれまでの人生で稼ぎ切ったからで、道楽商売というのは案外身近に存在する。 それで言うと、喫茶ケチャップが潰れないのは灘子がオーナーとしてある程度の資金を援助しているからだった。裏社会専門の私立探偵。響きだけは美しいが、花火の第一印象はと言えばなんか汚い金持ちに他ならなかった。「……うーん、悪くない。悪くないが何かしらの法に抵触している気分だ」「なんとかリフレってやつ?」「そういう言葉は忘れなさい」 持病で足を悪くしているらしく、灘子は激しい運動を医者から禁止されていた。文字通りの安楽椅子探偵を風呂場に連れて行き髪やら背中やらを洗ってやるのは自然と同性の花火の仕事になった。その間にマスターは汚部屋を片付けている。「灘子さんっていくつ?」「二十九」「え、もうちょっと若いと思った」「褒め言葉はいくらでも受け付けるよ」「あー紫外線に当たらないから肌が綺麗なんだ。道理で。これがオタクホワイト」「やっぱり少し黙ろうか」 シャンプーを付けて洗ってを三度繰り返して皮脂や汚れを取り、コンディショナーにぬるま湯を軽く掛けて乳化させる。マスターの指示通りに髪を洗い流すと艶々の茶髪に水が滴っていた。「わたしが居ない時はどうしてたの? お風呂」「豹虎くんが色々と世話を焼いてくれた」「……マスターとはどういう関係?」「色々と、だよ」 煙に巻かれた気分だった。灘子の経歴も何もかもが謎だ。豹虎と違ってどこまで嘘をついているのかさっぱりわからない。「花火くんも入りなよ。お姉さんと一緒に」「入浴する習慣のないアラサーと同じ湯船に浸かるのはちょっと」「今のは本気で傷ついたなあ」 身体に付着した泡を流すと、灘子はバスタブの湯船にゆっくり浸かって息を吐いた。「始末屋の杉下を殺してからずっとろくな休めていないだろう? 一息ついたらどうだ」「……は?」「元依頼人」 灘子はジップロックに入れて風呂場に持ち込んでいたスマートフォンをこれみよがしに見せた。海外発の暗号化メッセージアプリのアイコン。 自分をここまで誘導した謎の人物は、目の前で一週間ぶりの湯船に感嘆のため息を吐いてい
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-07
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ゲーミングチェア・ディテクティブ 4
 闇バイトが「使い捨て犯罪者」とかだったらこの国の犯罪率にどれだけ貢献できたのだろう。 信じられないくらい馬鹿な人間とそいつらを見下しながら金のために仕方なくやっているという自認のやはり馬鹿な人間。闇バイトに手を出しているのはそういう連中だけだ。賢い奴は馬鹿を操ってもっと大きな金を稼ぐか、真面目に働いてそもそも犯罪に関わらないか。 自分も含めて見境なく冷笑し続けていた少年はそんなことを考えながら小包を運ぶ。偽造免許証でハイエースを動かしていた少年はわずか十一歳だった。学校にも行かず、かといって家で腐ってゆくのも嫌で夜の街に飛び出し、今や運び屋として使い道もわからないほどの金を得ていた。 使い捨て犯罪者には夢がある。実績を出せば使い捨てから〈仲間〉に格上げされる。あいつらは人情だけは持っていて、必死に働くガキを手前と勝手に重ねて可愛がってくれた。財布や金庫から抜き取られている札の枚数も知らずに。 ざまあみやがれ。いつか金を貯めて地球の裏側にでも高飛びしてやる。「……」 少年の脳裏にふとよぎったのは昼間の出来事。 鉄砲玉《・・・》と拳銃を運ぶバイトは失敗した。ドレッドが返り討ちに遭ったからだ。仮に死んでなかったとしても、この世界で二度と顔を見なくなった人間の末路はどれも同じだ。 ドレッドを倒した黒猫みたいな女。 たぶんガキだ。俺と同じ。「は、なび……花火……?」 確か、そんな名前が聞こえた気がした。あいつも裏社会に取り残された仲間《こども》か? 背が低くてドブ色の髪と目をしていた。 また会えるだろうか。 深夜一時を過ぎた頃、ハイエースを路肩に止めた。車の運転はゲームみたいで面白かった。他の子供よりいくぶん背が高くて肌が浅黒いせいか、見た目で警察に勘付かれることもない。人は見かけで判断するから、表社会の人間は米兵とのハーフの少年とトラブルになるのを避けようとして話しかけたがらない。「ここか」 姉崎市臨海部。ディープ・サウスと呼ばれる古い街並みの中にある何もない場所。錆びたトタンや二度と開かないシャッターに囲まれ一つの社会的意義も持たない地点が荷物の受け渡し場所だ。 警察も悪党も寄り付かず、少年は薬や銃の受け渡しで頻繁に通っていた。いつもは中身のことを聞きやしないし興味も無かったが、下世話な自称元ホストがレターパックを養生テープでフタし直し
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ゲーミングチェア・ディテクティブ 5
「やっぱり辞めないか」と青年が言い出したのはバンに乗り込んでしばらく移動してからだった。「今更何言ってんだよ」「そりゃあ俺だって金無くて困ってたけどさ……でも知ってるんだ」「何を?」「強盗殺人で捕まったやつがどうなるか」 多額の報酬の使い道とえも言われぬスリルへの高揚が充満した車内の温度が一気に下がった。「知ってるか? 強盗殺人は日本で二番目に重い罪なんだ。捕まったら無期懲役か死刑しかない。俺たちは一生塀の中から出られない」「捕まったらの話だろ。そんなの」「捕まらなかったら? 時効まで逃げ切れば」 口々に言うが、青年は白髪を掻いて一蹴した。「殺人に時効はない。それに、今は指名手配犯がネットに晒される時代だぞ。一生捕まらないなんてことはまずあり得ない」「……」 全員が目出し帽を被っていた。目出し帽の中で自分だけが知っている自分の顔写真が世界中に拡散されるのを想像した。「……お、俺さ」 最初に口を開いたのは運転手だった。「俺ほんとは雇われなんだ。お前らと同じバイト受けて、この車渡されて送迎の仕事任された」「おいお前……」「だ、だから」「だから?」「こ……このまま逃げちゃ駄目かな」 運転役一人、実行犯三人。二対二だ。多数決が拮抗してしまえば「みんながやると言ったから」が通用しなくなる。「逃げよう。やっぱりやっちゃ駄目だよこんな」「……なんか俺も怖くなってきた」「いやいや、馬鹿かお前ら」 唯一反対していたのは皆の身分証を集めていた〈監査役〉と名乗る男だった。「何の冗談だ。お前ら状況わかってんのか?」「状況わかってないのはあなたじゃないか」「……あ?」「実行役がいないと強盗《タタキ》は成立しない。人手不足に困ってたから闇バイト呼んだんでしょ?」「それは……いや、別にお前らじゃなくても」「まあまあまあ。そうだ、この辺りにいい喫茶店があるんですよ。お話ならそこで聞きますから」 青年は口車に乗せたかと思えば「その信号過ぎたところで左折ね」と運転手に指示まで始めた。 看板娘が欠伸しながら突っ立っている喫茶ケチャップの前で、バンのスライドドアが開いた。「はい降りて降りて」「てめえ、何を。いい加減に」「よし花火、今や」 ぞろぞろと降りてきた闇バイトをかき分け、黒髪ショートボブの看板娘が監査役の男の胸に飛び込んだかと
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バーニング 1
かそうみぶんそうさ【仮装身分捜査】:捜査員が仮装の身分を用意して捜査対象者と接触するなどして、情報・証拠の収集を行う捜査の手法。欧米諸国で利用されていた手法だが、近年の闇バイト増加に伴い二〇二五年から日本の警察庁でも導入が進められ、実行役の逮捕実績も確立している。 ────────────────────「いいか二兎《にと》、二兎だ。一兎だけを追う人生に期待するな。リスクを避けてわずかなリターンを優先する日本人的思考は闇の政府が電磁波を通して国民に植え付けたプロパガンダだからな」 陰謀論に傾倒する祖父から名付けられた名前の由来に関しては尋ねるべきではなかった。 ちょうど恐怖の大王が降りてくるはずだった一九九九年に認知症を患った祖父は二年後に二兎が生まれてもまだ世界の終わりに傾倒していた。両親は不仲で顔を合わせることもない転勤族であったため、祖父の住む山奥の家屋などつゆ知らず、二兎は自分の名前の由来に気づくことなく大人になった。 真《ま》壁《かべ》二兎という平凡な女子大生が改めて祖父の山小屋を訪ねたのは、二兎が警察官になる覚悟を固めてからのことだった。 弱者を救い悪を挫く、有り体に言えばヒーローのような存在。決して他者から救われることのない人生を生きた二兎の中には誰よりも誰かを救いたいという強い欲求がひしめいていた。 古武術に精通し、老いて朦朧としてなお素手で猪を捕獲できる馬鹿げた運動神経を持った祖父のもとで長期休暇を過ごした二兎は、やがて立派な神奈川県警捜査二課の一員となり、「お前ここに来る前は何してたんだ?」「……ふ、普通の会社員です」 今はその輝かしい身分を偽装して闇バイトに応募し、ドラッグの違法取引に加担している。「ふーん。会社員ってどんなことすんの?」「えと……営業とか経理とか」 二兎は草壁《くさかべ》一《いち》果《か》という仮装身分を警察署で発行して潜入していた。所属する捜査二課は詐欺や薬物犯罪、闇バイトといった知能犯の捜査を行っている。毎日が非日常で普通の生活を知らないから、返事の内容は浅かった。「へえ、営業って?」 ドライバーは図体こそ大きいがまだ声変わりもしていないように聞こえた。顔つきも妙に幼い。 未成年だ。それも小中学生くらいの少年。「お世話になってる会社に挨拶回りしたりとか、えと……メーカーなので自社で作って
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-07
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