ANMELDENひょんなことから組織から追放された引きこもり気質の陰気な殺し屋・賽原花火。 社会復帰を目指すも日常的に殺し屋から命を狙われている元極道の詐欺師・一色豹虎。 殺し屋ライセンスを巡る巨大な陰謀に巻き込まれた二人は、利害の一致からバディを組むことに。 目的はシンプルに、「二人で人生をどん底からやり直す」こと。 ただし、お互いの最大の武器である「殺し」と「ウソ」は絶対禁止という制約付きで──!? 現代日本のアンダーグラウンドを舞台に、最強(凶)バディが頭脳と暴力で駆け抜ける痛快アクション&ダークヒーローエンターテイメントの開幕! さあ、ふたりでふたりをやり直せ!
Mehr anzeigenかそうみぶんそうさ【仮装身分捜査】:捜査員が仮装の身分を用意して捜査対象者と接触するなどして、情報・証拠の収集を行う捜査の手法。欧米諸国で利用されていた手法だが、近年の闇バイト増加に伴い二〇二五年から日本の警察庁でも導入が進められ、実行役の逮捕実績も確立している。 ────────────────────「いいか二兎《にと》、二兎だ。一兎だけを追う人生に期待するな。リスクを避けてわずかなリターンを優先する日本人的思考は闇の政府が電磁波を通して国民に植え付けたプロパガンダだからな」 陰謀論に傾倒する祖父から名付けられた名前の由来に関しては尋ねるべきではなかった。 ちょうど恐怖の大王が降りてくるはずだった一九九九年に認知症を患った祖父は二年後に二兎が生まれてもまだ世界の終わりに傾倒していた。両親は不仲で顔を合わせることもない転勤族であったため、祖父の住む山奥の家屋などつゆ知らず、二兎は自分の名前の由来に気づくことなく大人になった。 真《ま》壁《かべ》二兎という平凡な女子大生が改めて祖父の山小屋を訪ねたのは、二兎が警察官になる覚悟を固めてからのことだった。 弱者を救い悪を挫く、有り体に言えばヒーローのような存在。決して他者から救われることのない人生を生きた二兎の中には誰よりも誰かを救いたいという強い欲求がひしめいていた。 古武術に精通し、老いて朦朧としてなお素手で猪を捕獲できる馬鹿げた運動神経を持った祖父のもとで長期休暇を過ごした二兎は、やがて立派な神奈川県警捜査二課の一員となり、「お前ここに来る前は何してたんだ?」「……ふ、普通の会社員です」 今はその輝かしい身分を偽装して闇バイトに応募し、ドラッグの違法取引に加担している。「ふーん。会社員ってどんなことすんの?」「えと……営業とか経理とか」 二兎は草壁《くさかべ》一《いち》果《か》という仮装身分を警察署で発行して潜入していた。所属する捜査二課は詐欺や薬物犯罪、闇バイトといった知能犯の捜査を行っている。毎日が非日常で普通の生活を知らないから、返事の内容は浅かった。「へえ、営業って?」 ドライバーは図体こそ大きいがまだ声変わりもしていないように聞こえた。顔つきも妙に幼い。 未成年だ。それも小中学生くらいの少年。「お世話になってる会社に挨拶回りしたりとか、えと……メーカーなので自社で作って
「やっぱり辞めないか」と青年が言い出したのはバンに乗り込んでしばらく移動してからだった。「今更何言ってんだよ」「そりゃあ俺だって金無くて困ってたけどさ……でも知ってるんだ」「何を?」「強盗殺人で捕まったやつがどうなるか」 多額の報酬の使い道とえも言われぬスリルへの高揚が充満した車内の温度が一気に下がった。「知ってるか? 強盗殺人は日本で二番目に重い罪なんだ。捕まったら無期懲役か死刑しかない。俺たちは一生塀の中から出られない」「捕まったらの話だろ。そんなの」「捕まらなかったら? 時効まで逃げ切れば」 口々に言うが、青年は白髪を掻いて一蹴した。「殺人に時効はない。それに、今は指名手配犯がネットに晒される時代だぞ。一生捕まらないなんてことはまずあり得ない」「……」 全員が目出し帽を被っていた。目出し帽の中で自分だけが知っている自分の顔写真が世界中に拡散されるのを想像した。「……お、俺さ」 最初に口を開いたのは運転手だった。「俺ほんとは雇われなんだ。お前らと同じバイト受けて、この車渡されて送迎の仕事任された」「おいお前……」「だ、だから」「だから?」「こ……このまま逃げちゃ駄目かな」 運転役一人、実行犯三人。二対二だ。多数決が拮抗してしまえば「みんながやると言ったから」が通用しなくなる。「逃げよう。やっぱりやっちゃ駄目だよこんな」「……なんか俺も怖くなってきた」「いやいや、馬鹿かお前ら」 唯一反対していたのは皆の身分証を集めていた〈監査役〉と名乗る男だった。「何の冗談だ。お前ら状況わかってんのか?」「状況わかってないのはあなたじゃないか」「……あ?」「実行役がいないと強盗《タタキ》は成立しない。人手不足に困ってたから闇バイト呼んだんでしょ?」「それは……いや、別にお前らじゃなくても」「まあまあまあ。そうだ、この辺りにいい喫茶店があるんですよ。お話ならそこで聞きますから」 青年は口車に乗せたかと思えば「その信号過ぎたところで左折ね」と運転手に指示まで始めた。 看板娘が欠伸しながら突っ立っている喫茶ケチャップの前で、バンのスライドドアが開いた。「はい降りて降りて」「てめえ、何を。いい加減に」「よし花火、今や」 ぞろぞろと降りてきた闇バイトをかき分け、黒髪ショートボブの看板娘が監査役の男の胸に飛び込んだかと
闇バイトが「使い捨て犯罪者」とかだったらこの国の犯罪率にどれだけ貢献できたのだろう。 信じられないくらい馬鹿な人間とそいつらを見下しながら金のために仕方なくやっているという自認のやはり馬鹿な人間。闇バイトに手を出しているのはそういう連中だけだ。賢い奴は馬鹿を操ってもっと大きな金を稼ぐか、真面目に働いてそもそも犯罪に関わらないか。 自分も含めて見境なく冷笑し続けていた少年はそんなことを考えながら小包を運ぶ。偽造免許証でハイエースを動かしていた少年はわずか十一歳だった。学校にも行かず、かといって家で腐ってゆくのも嫌で夜の街に飛び出し、今や運び屋として使い道もわからないほどの金を得ていた。 使い捨て犯罪者には夢がある。実績を出せば使い捨てから〈仲間〉に格上げされる。あいつらは人情だけは持っていて、必死に働くガキを手前と勝手に重ねて可愛がってくれた。財布や金庫から抜き取られている札の枚数も知らずに。 ざまあみやがれ。いつか金を貯めて地球の裏側にでも高飛びしてやる。「……」 少年の脳裏にふとよぎったのは昼間の出来事。 鉄砲玉《・・・》と拳銃を運ぶバイトは失敗した。ドレッドが返り討ちに遭ったからだ。仮に死んでなかったとしても、この世界で二度と顔を見なくなった人間の末路はどれも同じだ。 ドレッドを倒した黒猫みたいな女。 たぶんガキだ。俺と同じ。「は、なび……花火……?」 確か、そんな名前が聞こえた気がした。あいつも裏社会に取り残された仲間《こども》か? 背が低くてドブ色の髪と目をしていた。 また会えるだろうか。 深夜一時を過ぎた頃、ハイエースを路肩に止めた。車の運転はゲームみたいで面白かった。他の子供よりいくぶん背が高くて肌が浅黒いせいか、見た目で警察に勘付かれることもない。人は見かけで判断するから、表社会の人間は米兵とのハーフの少年とトラブルになるのを避けようとして話しかけたがらない。「ここか」 姉崎市臨海部。ディープ・サウスと呼ばれる古い街並みの中にある何もない場所。錆びたトタンや二度と開かないシャッターに囲まれ一つの社会的意義も持たない地点が荷物の受け渡し場所だ。 警察も悪党も寄り付かず、少年は薬や銃の受け渡しで頻繁に通っていた。いつもは中身のことを聞きやしないし興味も無かったが、下世話な自称元ホストがレターパックを養生テープでフタし直し
儲からない店が潰れないのは理由がある。 簡単に言えば、儲からなくてもいいくらい金を持っているからだ。老夫婦が自宅を改造してタダ同然の食堂を開くのはそんな真似をしても困らないだけの貯蓄をこれまでの人生で稼ぎ切ったからで、道楽商売というのは案外身近に存在する。 それで言うと、喫茶ケチャップが潰れないのは灘子がオーナーとしてある程度の資金を援助しているからだった。裏社会専門の私立探偵。響きだけは美しいが、花火の第一印象はと言えばなんか汚い金持ちに他ならなかった。「……うーん、悪くない。悪くないが何かしらの法に抵触している気分だ」「なんとかリフレってやつ?」「そういう言葉は忘れなさい」 持病で足を悪くしているらしく、灘子は激しい運動を医者から禁止されていた。文字通りの安楽椅子探偵を風呂場に連れて行き髪やら背中やらを洗ってやるのは自然と同性の花火の仕事になった。その間にマスターは汚部屋を片付けている。「灘子さんっていくつ?」「二十九」「え、もうちょっと若いと思った」「褒め言葉はいくらでも受け付けるよ」「あー紫外線に当たらないから肌が綺麗なんだ。道理で。これがオタクホワイト」「やっぱり少し黙ろうか」 シャンプーを付けて洗ってを三度繰り返して皮脂や汚れを取り、コンディショナーにぬるま湯を軽く掛けて乳化させる。マスターの指示通りに髪を洗い流すと艶々の茶髪に水が滴っていた。「わたしが居ない時はどうしてたの? お風呂」「豹虎くんが色々と世話を焼いてくれた」「……マスターとはどういう関係?」「色々と、だよ」 煙に巻かれた気分だった。灘子の経歴も何もかもが謎だ。豹虎と違ってどこまで嘘をついているのかさっぱりわからない。「花火くんも入りなよ。お姉さんと一緒に」「入浴する習慣のないアラサーと同じ湯船に浸かるのはちょっと」「今のは本気で傷ついたなあ」 身体に付着した泡を流すと、灘子はバスタブの湯船にゆっくり浸かって息を吐いた。「始末屋の杉下を殺してからずっとろくな休めていないだろう? 一息ついたらどうだ」「……は?」「元依頼人」 灘子はジップロックに入れて風呂場に持ち込んでいたスマートフォンをこれみよがしに見せた。海外発の暗号化メッセージアプリのアイコン。 自分をここまで誘導した謎の人物は、目の前で一週間ぶりの湯船に感嘆のため息を吐いてい