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第一章 第22話 決戦の刻、迫る

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-05-12 19:00:02

地下へと通じる螺旋階段を、堕天使ベルフェゴールは無言で黙々と降りてゆく。ただ足音だけをコツコツと虚しく響かせながら、ゆっくりと、ゆっくりと。

度重なる実験ですっかり痩せ細り、最早骨と皮しか存在しないようなその両腕には、まだ目を覚まさぬ第一王女キリエがしっかりと抱かれていた。

「…………」

シェムハザ率いるグリゴリの天使たち……彼らが、大精霊モレクの封印を解き、支配下に置いたのは全くの想定外だった。モレクの放った火球により、一瞬にしてこの世から焼滅してしまった王都近郊の街並みの様子を思い出し、ベルフェゴールの表情は暗くなる。

若し、グリゴリの天使たちがモレクを支配下に置いたことを知らないまま、彼らと矛を交えていたならば、キリエの身を危険に晒していたかもしれない。

事前に知ることが出来たのは僥倖と言えたが、それと同時にグリゴリに対する自らの認識の甘さをこれでもかと痛感させられた。

城地下に存在する拷問部屋……その中央に位置する台座に、慎重な手付きでキリエの華奢な身体を横たえる。ここならば流石に、モレクの火球も届かないだろう。

勿論、爆発に伴う振動で壁や天井が崩落する恐れはあるのだが。その対策も既に、ベルフェゴールは編み出していた。

「──"水よ、彼の者の身を護り給え"」

ベルフェゴールがキリエの身に手をかざすと、仄かで暖かな光を放ちながら、水で出来た防御結界が構築される。わずか数秒ほどで、キリエの周囲には幾重もの強力な水のヴェールが形成された。

「……些か、寝心地は悪いだろうが、今はこれで我慢して欲しい、キリエ。お前の身に、何かが起こってからでは余りにも遅い……私はあの日、それを痛感させられたのだ。口から大量の血を流し、変わり果てた姿で床に倒れ伏すお前を見て、な」

キリエの身体にそっと毛布を被せ、黒蝶真珠を思わせる艶やかな前髪を優しく撫でながら、ベルフェゴールは悲しそうな笑みを湛えつつポツリと呟く。

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Comments (1)
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憮然野郎
キリエとベルフェゴールの深い絆が伝わってきました......
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