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第一章 第23話 悲闘、ベルフェゴール

作者: 輪廻
last update 最終更新日: 2025-05-13 05:00:31
三日後──

王都に辿り着いたセラフィナたちの目に飛び込んできたのは、原型を留めぬほどに破壊され、瓦礫の山と化した街並みだった。

上空には巨大な暗雲が渦巻き、風の哭く声が、雷鳴に混じって聞こえてくる。全てを拒絶するかの如く、天よりひらひらと舞い降りる雪は、本能的に死を連想させた。

至る所に転がる瓦礫の所為で、足場が非常に悪い。これより先は徒歩で進む他ないだろう。

「──馬はここに置いていくよ、シェイド。必要な武器と信号弾だけ持って、なるべく装備を身軽にして」

そう言うや否や、セラフィナはマルコシアスを伴い、軽やかな動きで馬そりから飛び降りると、王都の中心を目指して足早に駆けてゆく。

「了解──セラフィナ」

言われた物を素早く用意すると、シェイドはセラフィナの背に続いた。

王都の中心へと近付くにつれて、風が少しずつ強くなってゆく。それに混じって、人間ではない何者かの視線を感じるようになった。進めば進むほどに、こちらを見つめる何者かの数は増えてゆく。雪で視界が悪く、残念ながら相手の姿を確認することは出来ない。

ただ、こちら側に対する明確な殺意と敵意だけは、向けられる視線からひしひしと伝わってきた。

ふと、セラフィナが足を止めた。無表情のまま、正面をじっと見つめている。

「──どうした?」

シェイドが尋ねると、セラフィナは無言で、自らの視線の先をそっと指差した。

雪でぼんやりと霞む視線の先──黒い襤褸きれの如きローブを纏った、痩せ細った男が音もなく姿を現し、こちらへと向かってくるのが見えた。背には巨大な黒い翼を生やし、頭上には光輪(ヘイロー)を戴いている。

男はセラフィナとシェイドの顔を交互に見やると、口角をわずかに上げて笑みを浮かべながら、

「遠きハルモニアの地より、よくここまで辿り着いた。招かれざる者たちよ、死天衆の犬どもよ。だが──」

刹那──男の双眸に、怒りの焔が宿る。

「──この地に足を踏み入れる者は、全て敵だ。我が恩人キリエの安らかなる眠りを妨げる者よ、唾棄すべき邪悪の具現よ。お前たちのその命……このベルフェゴールが貰い受ける」

臨戦態勢に入るベルフェゴール……敵意を剥き出しにしており、話し合いは出来そうにない。そんな彼の動きに呼応するかの如く剣を按じながら、セラフィナが一歩前に進み出た。

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コメント (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
ベルフェゴールとセラフィナの闘い、加減をしていたのにも関わらずセラフィナの圧勝でしたね。やはり、キリエの為に使っていた術の為にベルフェゴールの力はそれ程までに消耗していたんですね。 二人の闘いの結果に拍手を送る何者か……。 何だか嫌な予感が……。
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