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第7話 親衛隊副隊長と俺

last update Date de publication: 2026-04-11 18:16:53

 生徒会専用フロアは、学園の中でも切り離された、特別な場所だ。

 一番奥が冴の部屋。その向かい側が俺。

 俺の隣が玲央で、玲央の向かいが苑真。たった四部屋だけ。

 その代わり、部屋の広さは一般生徒の三倍近くあって、ベッドも机も収納も、生活家電まで最初から揃っている。

 談話室も自販機もないけれど、不便だと感じたことは一度もなかった。

 ただひとつ。「おはよう」から「おやすみ」まで、冴と鉢合わせる可能性が常にあることを除いて。

「美森様。夜分遅くに失礼します」

 控えめなノックが二回。その直後、廊下の静けさを乱さないよう配慮された低い声が続いた。

「ご相談させて頂きたいことがあります」

 時計に目をやると、すでに日付が変わる直前だった。この時間帯に訪ねてくる人物は限られている。内心で察しながらも、俺はドアへ向かう。

 扉を開けると、予想通りの人物がそこに立っていた。

 俺の親衛隊、副隊長――黒瀬くろせだ。

 隙のない佇まい。廊下の照明を受けて、眼鏡の奥の瞳が静かに光る。

「あれ? 羽鳥はとりは?」

 何気なく親衛隊長の名を出すと、黒瀬は一瞬だけ視線を落とした。その沈黙は、ほんの刹那だったはずなのに、なぜか気になる。

「取り込み中で……代わりに、俺が来ました」

 それ以上の説明はなく、必要最低限の言葉だけが返ってくる。

 部屋へ招き入れると、黒瀬は一歩も踏み込みすぎない位置で立ち止まった。距離感が正確すぎて、逆に意識してしまう。

 背筋は伸び、無駄な動きは一切ない。表情は相変わらず淡々としていて、感情の起伏を読み取るのは難しい。

 物静かで、クール。それなのに――俺に向けられる視線だけは、いつも真っ直ぐだ。

「敬語じゃなくていいよ、二人きりの時は」

「……親衛隊の掟なので」

 黒瀬の実家は、母親同士の縁が深い茶道の家元。

 冴や苑真、玲央よりも小さいころから顔を合わせる機会は多くて、親同士が夜遅くまで話し込むと、黒瀬がうちに泊まるのもよくあることだった。

 同じ飯を食べて、一緒に風呂に入って、ひとつの布団に寝る。一個下の黒瀬は、俺にとっては弟みたいに可愛い存在だった。

 けれど、小学生の内にあっさり身長は追い抜かれ、きっと学力も黒瀬の方が成績はいい。

 一年の中でも、毎回三位以内に入るとかなんとか。そもそもの隠れファンも多いらしい。なのに、黒瀬は俺の親衛隊の副隊長なんかを担って、甲斐甲斐しく世話を焼きに来る。

 正直、親衛隊長より話しやすいし、素をみせられる相手だから、俺はいいのだけれど。

 特別好きでもないし、他の人間より嫌いじゃない。

 ただ、それがどういう種類の感情なのかまでは、自分でもよく分からない。

 黒瀬の用件は、親衛隊内の人員配置や、来週以降の警備スケジュールについてだった。内容は実に事務的で、感情の入り込む余地はない。要点だけを確認して頷くと、黒瀬はそれで納得して一礼した。

「では、失礼します」

 踵を返し、ドアへ向かった黒瀬が、ノブに手をかけたところで、ふと動きを止めた。

「……美森様」

 先ほどまでと変わらないはずなのに、その声はどこか迷いを含んで聞こえた。

「顔色があまり優れませんね」

「え?」

 間の抜けた声が漏れる。そんなこと、考えたこともなかった。

「ご実家で、あまり休めませんでしたか?」

「……いや。そんなこと、ないけど」

 反射的に言い切った。でも、それははっきりとした嘘だった。

 あの家は静かで、広くて、完璧だ。誰から見ても理想的な環境なのに、そこにいると呼吸が浅くなる。心から休めた記憶なんて、一度もない。

 黒瀬は、それ以上踏み込まなかった。否定も、追及もせず、ただほんの少しだけ口元を緩める。

 一歩、距離が縮まる。そして、躊躇うように――指の背で、俺の頬に触れた。

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