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死を決意した後、遅すぎた愛が押し寄せた

死を決意した後、遅すぎた愛が押し寄せた

By:  金星鈴里Completed
Language: Japanese
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朝、朝倉未月(あさくら みつき)と婚姻届を提出した。 夫婦になったのは、ほんの数時間だけだった。 昼過ぎには、今度は離婚届を書くために役所へ連れて行かれた。 二通の受理証明書を握り締めたまま、俺はその場で立ち尽くす。周囲では、未月の友人たちが遠慮なく笑い声を上げていた。 「未月、真斗のひと言だけで、本当に高城秀樹(たかしろ ひでき)と結婚して、その日のうちに離婚までしちゃったの?」 「見てよ、高城の顔真っ青!今にも泣き出しちゃいそうじゃん!」 未月はそんな声など意にも介さず、義理の弟の藤本真斗(ふじもと まさと)の胸へ飛び込むと、甘えるように見上げた。 「これで結婚も離婚もしてきたよ。もう笑ってくれるよね?」 次の瞬間、それまで冷え切っていた真斗の表情に、ようやく笑みが浮かんだ。 俺は問い詰めようと一歩踏み出した。 だが、その腕を三人の姉が力任せにつかみ、動きを封じる。 社長を務める長姉・高城鈴華(たかしろ すずか)は眉をひそめた。 「真斗を笑顔にできるのは未月だけよ。少しは思いやりを持ちなさい」 女優の次姉・高城佳澄(たかしろ かすみ)は俺を睨んで、冷たく言い放つ。 「真斗はつらい生い立ちなの。あなたは何不自由なく育ったでしょう。女一人くらい譲ってあげなさい」 生物学教授の三番目の姉・高城結花(たかしろ ゆか)も険しい顔で口を開く。 「未月はもともと真斗と結ばれるはずだったの。これ以上、二人につきまとわないで」 三姉妹は抵抗する俺を無理やり車へ押し込み、自分たちが何より大切に思う人の幸せを邪魔させまいとした。 そのとき、長い間まったく反応のなかったチートシステムが、ようやく姿を現す。 (プレイヤー、任務の達成を確認しました!ただちに元の世界へ帰還しますか?) 俺は後部座席に身を預け、窓の外をぼんやり眺める。そして、思わず笑いがこみ上げそうになった。 任務のためだけに演じ続けてきた、この報われない恋の芝居も、これで終わりだ。 これから先、あいつらの愛憎劇に俺が付き合うことは、二度とない!

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Chapter 1

第1話

(高城家の三姉妹、およびヒロインの好感度が95%に到達しました。朝倉未月との結婚任務も完了しています。おめでとうございます。すべての任務を達成しました!)

(プレイヤーの肉体が死亡すれば、元の世界へ帰還し、ボーナスの一億円を受け取れます!)

胸の奥から込み上げてくる喜びを、俺は必死に押し殺した。

ようやく帰れる!

鈴華と結花は真斗のそばに残り、次姉の佳澄が俺を家まで連れ帰ることになった。

俺は隣に座る佳澄へ、何気なく目を向けた。

車に乗ってからというもの、彼女はずっと不機嫌そうに口を閉ざしている。

けれど、真斗から連絡が届いた途端、その顔にはやわらかな笑みが浮かんだ。

俺の視線に気づくと、佳澄はすぐに画面を消し、眉をひそめた。

「何?まだ諦めてないの?未月と真斗の邪魔をするつもり?

真斗はまだ若い。それに、今までずっと苦労してきたの。どうしてそっとしておいてあげられないの?」

俺は指が白くなるほど強く握り締め、乾いた笑いを漏らした。

年齢だけなら、俺のほうが真斗より一つ下だ。

俺の顔色がよほど悪く見えたのか、佳澄は不意にため息をついた。

「今回のことは、真斗に謝りなさい。いつまでも意地を張らないで」

佳澄が俺の頭へ手を伸ばす。俺はそれを静かに避けた。

「どうして俺が謝るんだ。俺の何が悪かった?」

伸ばした手を止めたまま、佳澄は苛立った声を上げる。

「秀樹、いい加減にしなさい!」

俺はそっと目を閉じた。たとえ任務のためだったとしても、長い年月を一緒に過ごしてきた。

そこに何の情もなかったとは言えない。

姉たちの態度に、心から傷ついたことだってあった。

けれど、それももう終わった。

「真斗の今回のコンテストが終わったら、私たちと一緒に謝りに行くのよ」

俺は返事をせず、心の中でシステムに問いかけた。

(この肉体が死亡すれば、元の世界へ帰れるんだな?)

(はい、そうです)

俺はゆっくりと息を吐き、窓の外へ目を向けた。周囲に人がいないことを確かめる。

誰も巻き込まない。そう判断した瞬間、俺は扉の鍵を外し、勢いよく開け放った。

それまで一方的に話し続けていた佳澄が、悲鳴を上げる。

「秀樹、何をしてるの!」

答えることなく、俺はためらわず車外へ身を投げた。

冷たい風が頬を切りつけ、体が宙に浮く。

目を閉じても、不思議と恐怖はなかった。

だが次の瞬間、腕を強く引かれた。

誰かに抱えられ、道路脇の茂みへ倒れ込む。

天地がひっくり返るような感覚の中で、苦しそうな声が聞こえた。

何度か地面を転がり、ようやく動きが止まる。

俺を抱えた佳澄の体には木の枝が食い込み、服のあちこちに血がにじんでいた。

それでも、俺には傷一つない。

顔を上げると、青ざめた佳澄と目が合った。

俺は静かに告げる。

「離せ」

佳澄は、まるで何事もなかったかのような表情の俺を見つめ、声を荒らげた。

「少し注意されただけで、車から飛び降りるなんて!私たちがあなたを甘やかしすぎたのね!

どうせ、また私たちの気を引きたかったんでしょう。そんな子どもじみた真似はやめなさい!」

俺は何も答えず、佳澄の手を退かした。

立ち上がって辺りを見回す。

そのとき、こちらへ向かって走ってくる一台の黒い車が目に入った。

「俺からぶつかりに行ったんだから、車の修理代は払っておいて、頼んだ」

それだけ言い残し、俺は車道へ飛び出した。

「秀樹!」

佳澄の悲痛な叫びが響く。

けれど、立ち上がろうとした彼女が追いつくことはなかった。

今度こそ死ねる。俺はすがるような気持ちで、その瞬間を待った。

元の世界へ戻ったところで、俺の命は長くない。

それでも、この世界にはもう一秒たりともいたくなかった。

甲高い急ブレーキの音が響く。

黒い車は、俺の目の前でどうにか止まった。

俺はよろめきながら後ろへ下がり、そのまま駆け寄ってきた佳澄の方へ倒れ込んだ。

「何を考えてるの!秀樹、本当に気が狂ったの!?」

目を真っ赤にした佳澄が、震える指で俺の頬や肩に触れる。

「ぶつかってない?痛いところは?ねえ、答えて!」

また死ねなかった。

俺は落胆し、静かに目を伏せた。

視線の先には、佳澄の足があった。

ズボンの裾はすでに血で濡れ、今もぽたぽたと地面へ落ちている。

かなり深い傷なのだろう。

以前の俺なら、胸を引き裂かれるように苦しみ、代われるものなら代わってやりたいと願ったはずだ。

けれど今は、何の感情も湧かなかった。

俺は視線をそらし、ぽつりと言った。

「死ぬことまで、姉さんたちの許可が必要なの?」

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第1話
(高城家の三姉妹、およびヒロインの好感度が95%に到達しました。朝倉未月との結婚任務も完了しています。おめでとうございます。すべての任務を達成しました!)(プレイヤーの肉体が死亡すれば、元の世界へ帰還し、ボーナスの一億円を受け取れます!)胸の奥から込み上げてくる喜びを、俺は必死に押し殺した。ようやく帰れる!鈴華と結花は真斗のそばに残り、次姉の佳澄が俺を家まで連れ帰ることになった。俺は隣に座る佳澄へ、何気なく目を向けた。車に乗ってからというもの、彼女はずっと不機嫌そうに口を閉ざしている。けれど、真斗から連絡が届いた途端、その顔にはやわらかな笑みが浮かんだ。俺の視線に気づくと、佳澄はすぐに画面を消し、眉をひそめた。「何?まだ諦めてないの?未月と真斗の邪魔をするつもり?真斗はまだ若い。それに、今までずっと苦労してきたの。どうしてそっとしておいてあげられないの?」俺は指が白くなるほど強く握り締め、乾いた笑いを漏らした。年齢だけなら、俺のほうが真斗より一つ下だ。俺の顔色がよほど悪く見えたのか、佳澄は不意にため息をついた。「今回のことは、真斗に謝りなさい。いつまでも意地を張らないで」佳澄が俺の頭へ手を伸ばす。俺はそれを静かに避けた。「どうして俺が謝るんだ。俺の何が悪かった?」伸ばした手を止めたまま、佳澄は苛立った声を上げる。「秀樹、いい加減にしなさい!」俺はそっと目を閉じた。たとえ任務のためだったとしても、長い年月を一緒に過ごしてきた。そこに何の情もなかったとは言えない。姉たちの態度に、心から傷ついたことだってあった。けれど、それももう終わった。「真斗の今回のコンテストが終わったら、私たちと一緒に謝りに行くのよ」俺は返事をせず、心の中でシステムに問いかけた。(この肉体が死亡すれば、元の世界へ帰れるんだな?)(はい、そうです)俺はゆっくりと息を吐き、窓の外へ目を向けた。周囲に人がいないことを確かめる。誰も巻き込まない。そう判断した瞬間、俺は扉の鍵を外し、勢いよく開け放った。それまで一方的に話し続けていた佳澄が、悲鳴を上げる。「秀樹、何をしてるの!」答えることなく、俺はためらわず車外へ身を投げた。冷たい風が頬を切りつけ、体が宙に浮く。目を閉じても、不思
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第2話
佳澄は信じられない表情のまま、その場で立ち尽くしている。俺は小さく鼻で笑い、佳澄の横を通り過ぎると、まだ文句を言い続けている運転手のもとへ向かう。「修理代は、あとで振り込んでおいて」そう言って佳澄を振り返ると、彼女は拳を強く握り締め、目尻を赤く染めていた。俺は少し驚き、それから思い出したように口を開く。「ああ、ご心配なく、高城家のお金は使ってない。自分で稼いだお金だから……」「秀樹!」佳澄が耐えきれずに俺の言葉を遮る。だが、その顔には怒りだけではなく、どこか傷ついたような表情も浮かんでいる。「あなたは高城家でたった一人の跡取りよ。高城家のすべてをあなたに譲れと言われても、私は何も惜しくない」思わず笑ってしまった。佳澄の目を見つめながら問い返す。「本当?」その一言に、佳澄の肩がぴくりと震えた。ようやく思い出したのだろう。今、高城家の跡取りとして扱われているのは真斗だ。本当の跡取りである俺は、妄想癖のある厄介者として世間に知られているだけ。笑っているはずなのに、涙だけが頬を伝って落ちていく。昔は佳澄と離れることなんてなかった。仕事へ行くときも、いつも俺を連れて行ってくれた。それなのに今では、何かあるたびに「真斗に譲りなさい」と言われる。佳澄は俺を車へ乗せると、うつむいたまま静かに言った。「真斗が物理学賞を受賞したら、公表するわ。本当の跡取りはあなたなんだって……これまでのことは全部、誤解だったって……」俺は答える気にもなれず、窓の外へ視線を向けた。流れていく景色は、あっという間に遠ざかっていく。元の世界での俺は、身寄りのない子どもだった。健康診断で骨肉腫が見つかり、激しい痛みに耐えきれず病室で意識を失った。次に目を覚ましたとき、俺は六歳の子どもの姿で、この世界に立っていた。そのとき、頭の中に声が響く。(高城家の三姉妹と朝倉未月の攻略度を80%まで上げ、朝倉未月と結婚してください。達成すればボーナス一億円を獲得し、元の世界へ帰還できます)そのあと激しい雑音が流れ、声は途切れた。夢でも見たのかと思った。それでも、もう一度生きられるのなら悪くない。健康な体まで手に入ったのだから。……車は静かに走り続ける。佳澄は俺の手首を握ったまま、昔と同じように
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第3話
システムのその一言に、危うく涙がこぼれそうになった。俺は慌てて目元をぬぐう。そのとき、佳澄が俺のそばへ歩み寄ってきた。何かを言いかけた、その瞬間だった。「佳澄姉さん、そのけが……!どうしてそんな――」真斗が慌てて佳澄に駆け寄ってくる。最後まで言わせることなく、俺は拳を振り抜いた。鈍い音が響いた。真斗は赤く腫れ始めた頬を押さえ、信じられないものを見るように俺を見つめた。ほぼ同時に、横から強いビンタが飛んでくる。ぱぁ――顔に鋭い痛みが走る。「秀樹!」鈴華は怒りに震えながら俺を指差す。「本当にあなたを甘やかしすぎたわ!真斗に謝りなさい!」口の中に広がった血を吐き出し、俺はゆっくり顔を上げる。「謝る?俺が何をしたっていうんだ?妻を奪われたんだぞ。相手を殴ることすら許されないのか?」その言葉に、鈴華の表情はいっそう険しくなる。「何を馬鹿なこと言ってるの!真斗と未月は最初から両思いだったのよ。それなのに無理やり割って入ったのは、あなたでしょう!どうしてこんな恥知らずな弟に育ってしまったのかしら!」俺は声を立てて笑った。「恥知らず?未月は最初から俺の婚約者だった。それなのに、俺が邪魔者になるのか?」未月は冷え切った目で俺を見据える。「婚約なんて、とっくに解消した。私はあなたみたいな評判の悪い遊び人とは絶対に結婚しないわ」三番目の姉、結花が俺の腕を乱暴に掴んだ。「秀樹、謝りなさい、早く」俺は何も言わず、一人ずつ顔を見渡した。鈴華の目にあるのは冷たさだけ。結花は露骨に嫌悪を隠そうともしない。未月は俺が消えてしまえばいいと思っているような目をしている。佳澄だけは唇を噛み締めていたが、結局何も言わなかった。一年前もそうだった。真斗が佳澄と行動を共にすることが増え、熱心な追っかけだと騒がれたことがある。見かねた佳澄は、真斗は自分の弟で高城家の跡取りだと自ら公表した。その代わり、本当の跡取りである俺が、すべての非難を背負うことになった。「あなたには常にボディーガードが何人かついている。でも真斗には誰もいないでしょう?」あのときも俺は納得できず、何度も訴えた。それで返ってきた視線は、今日とまったく同じだった。もう疲れた。言い返す気力さえ残っ
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第4話
俺は眉をひそめ、静かに言った。「俺からしたら穢れたもの同然だから、捨てちゃダメなのか?」結花の肩が大きく上下する。その目には怒りと痛みが入り混じっていた。次の瞬間、結花は床に落ちたお守りを何度も強く踏みにじる。「秀樹、本当に甘やかされすぎたのよ!恩も情も分からない最低の人間ね!だから未月も、あなたじゃなくて真斗を選んだのよ!」「結花!」鈴華が低い声で制した。結花は目を赤くしながら俺を見つめる。少しでも後悔した顔をするんじゃないか。少しでも悲しそうな表情を見せるんじゃないか。そんなふうに確かめるような視線だった。だが、俺の顔に浮かんでいたのは何の感情もない静けさだけ。結花は怒りに震え、声を荒らげる。「秀樹!そのお守りは真斗のものよ!一時的に貸していただけ、あなたに捨てる権利はないわ!」俺は驚くほど冷静だった。「じゃあ賠償するよ」その一言が、結花の怒りに火をつけた。「まだそんな態度を取るの!だったら今すぐ新しいお守りをもらってきなさい!千段の石段を一段残らず登ってね。一段でも足りなかったら認めないわ!」鈴華が何か言おうとしたが、結花が目で制すると、それ以上は何も言わなかった。二人とも、これは俺の性根を叩き直すいいチャンスだと思っているのだろう。胸の傷は命に関わるほどではなかった。俺が気を引くために大げさな真似をしただけだと、本気で信じていた。神社へ着いた頃、雨が降り始めた。石段は雨に濡れ、冷たく滑りやすくなっている。俺は一段ずつ進んでいった。雨が傷口に染み込み、焼けつくような痛みが全身へ広がる。それでも足は止めなかった。これで最後。これで結花への借りも返せる。ただ、それだけを繰り返し自分に言い聞かせる。どれほど時間が過ぎたのか分からない。ようやく新しいお守りを受け取った頃には、全身びしょ濡れで、熱に浮かされたようだ。意識がぼんやりしたまま、高城家へ戻った。玄関を開けると、そこでは盛大な祝賀会が開かれていた。真斗は大勢に囲まれ、物理学賞のトロフィーを抱え、誇らしげに笑っている。俺が姿を見せた途端、その和やかな空気が凍りついた。最初に口を開いたのは鈴華だった。「秀樹、その格好は何なの?高城家の人間としての自覚はないの?」一斉
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第5話
魂だけになった俺は、宙に浮かびながら部屋の様子を見下ろしている。扉の前に立つ全員が、その場で凍りついたように動きを止める。最初に我に返ったのは佳澄だった。ふらつきながら駆け寄ると、震える手で俺の手首を必死に押さえる。顔からは血の気が失せ、声はかすれている。「秀樹……お願い、こんなことでお姉ちゃんを怖がらせないで……!医者を呼んで!早く!」激しく動いたせいで脚の傷口が開き、血がにじんでいる。だが佳澄はその痛みに気づきもしない。ただ助けを求めるように鈴華を見つめている。鈴華もようやく現実を理解したらしい。廊下で待機していた使用人に向かって叫ぶ。「家庭医を呼んで!早く秀樹に止血を!」医師が慌ただしく部屋へ飛び込んでくる。何重にも包帯を巻いていくが、真っ赤な血はすぐに布を染めていった。医師は額の汗をぬぐいながら俺の首筋に手を当てる。そして、慎重に言葉を選んだ。「鈴華様……秀樹様は、もう……」鈴華の目は真っ赤に充血していた。傷口を見ることもできず、医師を睨みつける。「黙って!車を出して!今すぐ病院へ!」結花はその場に立ち尽くしたままだった。俺の手首から流れる血を呆然と見つめている。やがて力が抜けたように膝をつき、小さく首を振った。「違った……演技なんかじゃなかった……秀樹は、本気だったんだ……」最後に部屋へ入ってきた未月も、その光景を目にした瞬間、冷静な表情が崩れた。一方、真斗は焦った表情で駆け寄ってくる。「秀樹兄さん……どうして……全部僕のせいだ……もっと早くちゃんと話していれば、こんなことには……」真斗が近づこうとしたその瞬間。結花が突然彼に平手打ちをした。「真斗!あなたが言ったのよ!あなたを優先して、秀樹を突き放せば、あの子は任務を諦めて、この世界に残るって!なのに、どうしてこんなことになったの!秀樹をこんな目に遭わせたのは、あなたじゃない!」結花の怒鳴り声が部屋に響く。真斗の顔はみるみる赤くなり、口を結んで何も言っていなかった。泣き声。怒鳴り声。悲鳴。部屋は混乱に包まれている。俺は結花の言葉の意味を考える気にもならない。ただ、うんざりしている。せっかく死ねたのに、どうしてまだここにいるんだ。元の世界へ戻れたら、こんな欠陥だらけ
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第6話  
医師たちは俺を何度も検査に連れ回し、本当に異常がないと確認してから、ようやく退院を許してくれた。俺が真っ先に向かったのは銀行だった。口座に並んだ長い数字を見つめ、ようやく安堵の息を吐く。そのとき、再びシステムの声が頭の中に響いた。(プレイヤー、私はもう行きます。まだ明かしていない真相がありますが、知りたいですか?)俺はキャッシュカードを指先でこすりながら、何も答えなかった。この欠陥だらけのシステムは、俺を別の世界へ放り込んだきり、十五年間も音沙汰がなかった。それでも、俺に二度目の人生を与えてくれたのは、ほかでもないこいつだ。しばらく考えた末、俺は静かにうなずいた。(本来、あの世界の主人公だった高城秀樹は、不慮の事故で亡くなりました。そのため、世界の核が崩れ、あの世界そのものが崩壊しかけたのです。そこで私たちはやむを得ず、並行世界の中から、主人公の代わりになれる人物を探しました。主人公と同じ名前を持ち、末期の病に侵され、命が尽きかけていたあなたが、最も条件に適していたのです)無機質なシステムの声には、どこか申し訳なさそうな響きがあった。(申し訳ありません。しかし、世界の崩壊を防ぐことが、私たちの任務なのです)俺はわずかに目を見開いたが、すぐに納得した。(気にしてないよ。少なくとも、俺は健康な体と報酬を手に入れられたんだから)システムはほっとしたようだった。だが次に口を開いたとき、その声には珍しく、怒りがにじんでいる。(それから、藤本真斗は普通の人間ではありません。彼もまた、別の攻略者です。彼の任務は、あの世界の重要人物たちが持つ運を奪うことでした。あなたをあの世界へ送り込んだ直後、詳しい事情を説明する前に、私は彼のシステムからウイルスを送り込まれ、強制的にスリープ状態へ陥りました】俺は目を伏せた。今になってあの頃を振り返ると、まるで前世の出来事のように遠く感じられた。見知らぬ世界へ突然送り込まれたのだから、不安にならないはずがなかった。けれど、三人の姉たちが注いでくれた愛情と、未月の優しさが、そんな俺の不安をすべて和らげてくれた。思い出すと、胸の奥がわずかに痛んだ。あの頃の幸せが偽物だったわけではない。けれど、そのあとで受けた傷もまた、すべて本物だった。(た
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第7話
俺は、自分が育った児童養護施設を訪れた。杉山先生が亡くなってから、この施設は資金不足のため閉鎖されてしまった。かつては子どもたちの笑い声であふれていた小さな建物も、今ではすっかり荒れ果てている。塀には青々とした苔が広がり、鉄門は赤茶けた錆に覆われていた。門の前に立つと、自然と目頭が熱くなる。まだ幼かった俺は、この施設の前に捨てられていた。そんな俺を見つけて連れ帰り、家族として育ててくれたのが杉山先生だった。先生は、俺の人生でたった一人の家族であり、唯一のぬくもりだった。けれど俺が大学生になった頃、病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。何一つ恩返しができないまま、この世で唯一の家族を失ったのだ。先生はいつも俺に言っていた。「秀樹くん、心に光を持った人になりなさい」その言葉は、何年経った今でも胸の奥に残っている。だから今度は、俺がそのぬくもりを守っていこうと思った。三か月をかけて、閉鎖された施設を全面的に改修した。そして、新しい名前を付けた。――陽だまり園。先生がかつて俺の人生を照らしてくれたように。今度は俺が、身寄りのない子どもたちの光になりたい。少しずつ孤児たちを迎え入れていった。おどおどしながらも、どこか期待を秘めた子どもたちの瞳を見るたびに、昔の自分の姿が重なる。俺も杉山先生のように、毎日子どもたちと向き合い、一緒に過ごした。園には、いつも隅で一人うずくまっている女の子がいた。ある日、その子が一枚のクレヨン画を恥ずかしそうに差し出してきた。絵には、たくさんの子どもたちと、その真ん中に少し背の高い男の子が描かれている。その横には、まだたどたどしい字で、【秀樹お兄ちゃんとわたしたち】と書かれていた。女の子は小さな声で言う。「秀樹お兄ちゃんの家族になれて、とってもうれしい」その一言を聞いた瞬間、俺はもう涙をこらえきれなかった。目頭が熱くなり、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。三年ぶりだった。ようやく俺にも、帰る場所ができた。自分自身で選び取った、大切な家族ができた。……園の隣に、新しく花屋がオープンした。店主の名前は鈴木優菜(すずき ゆうな)。物腰が柔らかく、笑顔がよく似合う女性だった。彼女は剪定したばかりの花束を持って、よく園へ立ち寄
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第8話
言い終えるより早く、あの懐かしい浮遊感が全身を包み込んだ。強い力で引き寄せられるような感覚に襲われ、視界は真っ白に染まる。次の瞬間、俺は病院の集中治療室の前に立っている。廊下には消毒液の匂いが充満し、思わず吐き気を覚える。ガラス越しに見えたのは、見覚えのある、けれどもう他人のようにも思える身体だった。――この世界の高城秀樹の身体。血の気を失った顔は紙のように白く、全身には無数のチューブがつながれている。生命維持装置だけが、その身体がまだ「生きている」と告げている。ベッドの脇に寄り添っていたのは、見る影もなくやせ細った一人の女性だった。三番目の姉、結花だ。いつも清潔な白衣を着こなし、穏やかな笑顔で研究室の出来事を話してくれた彼女は、もうどこにもいない。髪はぼさぼさに乱れ、額に張りつき、ぶかぶかになった白衣が、やせ細った体を痛々しく包んでいる。彼女はベッドに身を伏せたまま、眠る秀樹の手首を強く握りしめ、生命維持装置のモニターだけを虚ろな目で見つめている。まるで魂まで抜け落ちてしまったようだ。俺が病室へ入ると、結花が勢いよく顔を上げる。口を開いたものの、声にならない。壊れかけた吹子のようなかすれ声が、喉の奥からようやく漏れた。「……秀樹?」震える声で、おそるおそる問いかける。「あなたなの……?本当に、秀樹なの……?」俺は静かに息を吐いた。「ずいぶん痩せたな」その一言だけで、結花の涙があふれ出した。彼女は慌てて机の上に置いてあった菓子箱を手に取り、震える両手で俺へ差し出す。「秀樹が好きだったお菓子よ……都内のお店を全部回って集めたの。お願い、一口だけでも食べて……」俺は箱を受け取ると、そのまま脇へ置いた。「甘すぎる。もう子どもじゃないから、好きじゃない」結花の手がぴたりと止まり、涙はいっそう激しくこぼれ落ちた。俺は気に留めることなく言う。「鈴華と佳澄、それから未月も呼んでくれ。話がある」三人はすぐに駆けつけた。慌ただしい足音が廊下に響く。佳澄は杖をつき、片脚を引きずるように歩いている。顔色は結花以上に悪く、隠しきれない疲労と憔悴がにじんでいる。かつて華やかな舞台で輝き、いつも俺を守ってくれた佳澄の面影はもうなかった。そして鈴華。どん
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第9話
未月が絶望に満ちた声で叫んだ。「違う!そんなはずない!あなたは戻ってきたじゃない!私たちの研究所は成果を出したの!真斗のシステムだって切り離せたのよ……!」俺は鼻で笑い、その言葉を遮る。「お前たちの『研究』は、人をもっと残酷な方法で苦しめてきただけだ。自分たちを傷つけ続けて、罪悪感から目を背けていただけじゃないか」そのときだった。病室のドアが乱暴に開き、一人の男が包丁を振りかざして飛び込んできた。「高城秀樹――!全部お前のせいだ!お前のせいで俺がこんな姿になった!」俺は目を見開いた。そこに立っているのは、見覚えがありながらも、まるで別人になってしまった真斗だった。顔中には無数の醜い傷痕が走り、片方の目は完全に潰れている。空洞になった眼窩は、見る者の背筋を凍らせた。真っ先に動いたのは未月だった。真斗が俺に飛びかかるより早く、彼女は思い切り胸を押し飛ばす。「ぐあっ!」真斗の身体は床へ激しく叩きつけられた。虐待で衰弱しきっていた彼は口から血を吐き、それでも俺を睨み続ける。「秀樹……お前なんか……地獄へ落ちろ……俺の人生を壊した……あいつら……全部、お前が――」最後まで言い切ることはできなかった。そのまま力尽き、動かなくなる。未月は一度も振り返らなかった。ただ俺だけを見つめ、震える声で言う。「秀樹……あなたの仇は取ったよ……」俺は静かに笑った。「俺を傷つけたのは、お前たちじゃないのか?」その一言だけで、四人の顔から血の気が引いた。俺は視線をベッドへ向ける。「システム。生命維持装置を止めてくれ」次の瞬間。ピーーーーッ。長く途切れない電子音が病室中に響き渡る。その音は、彼女たちが最後まで抱き続けた希望を、容赦なく打ち砕いた。誰もが信じられないという表情で俺を見つめる中、俺は静かに口を開く。「高城秀樹は、もう死んでいる。魂のない身体だけを無理やり生かし続けても、この世界を崩壊させるだけだ」しかし未月だけは黙ったままだった。その瞳に宿る執着は、むしろさらに濃くなっていく。「秀樹……私はあなたを行かせないわ」そう言ってポケットから手のひらほどの装置を取り出し、迷いなくスイッチを押した。同時にシステムが警報を鳴らす。(警告)(未
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