LOGIN「呼び出すには……こういうことをすればいい」蓮はもう一度凛花にキスをして……「ほら来た……」蓮の目には何かが映っているようだ。けれど凛花には何も見えない。そこへ看護師が通りがかり、凛花は慌てて離れた。「鈴原先生なんですが、今眠ってらっしゃるようなんです。できれば起こさないように……」「わかりました。寝顔をひと目見て、帰りますので」蓮と2人、そっと病室に入ると、確かに父は静かな寝息を立てている。「……お父さん、蓮さんが来てくれたよ。……って、来たら怒るかな。でもね、私はやっぱり彼と離れられないよ。きっと、解決してみせるから、待ってて」凛花は小さくそう言って病室を出た。改めて、決闘を心に誓いながら。そんな凛花に変化が訪れたのは、それからしばらく過ぎてからのこと。(……証明せよ、)オフィスの自分のデスクでパソコンを叩いている時、頭の中に突然響いた声。ハッとして、とっさにあたりを見渡した。いつも通りのオフィス、社員たち。凛花のデスクの背後にある課長の席で、蓮もパソコンを見つめていた。……今の声、誰?男性の声だった。けれど蓮の声ではない。もっと低く、冷たい声……もしかしたらこれは、コンタクトが取れたということかもしれない。死神最高幹部の方から?仕事を続けながら、ひと言の意味がわからず考え続けてしまった。証明せよ……って、何を証明するんだろう。答えは訪れないまま夕方になり、ぼんやり考えていたので、無意識にチラチラ蓮を見ていたのだろう。オフィスに訪れた部長が、蓮の席に向かったことにいち早く気づいた。「中村さん、ちょっといいか?」「はぁい…!」アミルを呼ぶ蓮。……なんだか嫌な予感がする。「明日の朝イチから出張に同行してくれるか。……他に2人くらい…」「はいっ!神西課長っ!鮫島くんと私が行きますっ!」指名される前に立ち上がる。腕を真っすぐ伸ばして。「え、僕も?」たまたまそばを通りかかった鮫島が、突然名前を出されて驚いている。けれど蓮のそばにいる部長がホクホク顔で言った。「いいメンバーなんじゃない?あの2人にもちょうどいい機会だからね」アミルは何か言いたそうにしたが、私たちの同行はあっさり決まった。(……いいね、)またも頭の中で声がした。なに?積極的になれってこと?証明せよ、という言葉のあと、アミルが蓮さんの
「……いい?あなたが戦うのは、あくまで死神の頂点にいる最高幹部。あなたが勝てば、蓮と結ばれる可能性が出てくるわ。そしてお父さんの寿命も変わるかもしれない」「……なんだかフワッとしてますね。こんなに雷が鳴って、雰囲気満点なのに」「だって天使二世なんて初めて会うんだもの。もちろん幹部に戦いを挑む人を見るのも初めてよ?」そんなことより……と、めぐみは続けた。「雷雨はやめてくれない?もうすぐ退勤時間なのに、足元が濡れちゃうじゃない」そう言われて凛花がため息をつくと、やがて激しい雨がやみはじめ、黒い雲が切れはじめた。「……すご。本物ね、あなた」急に目覚めた能力者のようだが……凛花に自覚はまったくない。「とりあえず、どうしたらいいんですかね……」戦うと決意してめぐみに宣言したものの、この先の展開がわからない……電話やメールで呼び出すわけにもいかないし。この日は結局、めぐみに宣言しただけで終わった。「お前、何やってるんだよ」「あ、蓮さん……」再び父の病院に訪れた凛花を、蓮が待ち構えていた。父が倒れて早退したくせに、めぐみを訪ねるために出社した凛花の話を聞いたらしい。腕組みをして見下ろす蓮の表情に浮かぶ心配。そしてわずかな呆れと怒りまで見える。それでも、あなたと結ばれるために、死神と決闘すると決意して、それを宣言しに行ってたなんて、恥ずかしくて言えない。……足元の石を蹴る私に近づいて、蓮は続けた。「お父さんは、大丈夫なのか?」「はい、とりあえずは……でも、また倒れる可能性があるみたいで、それでアミルさんにもカマを振り下ろすとか言われて……」「アミルに?」見上げると、蓮は険しい目つきを返してきた。「あの……アミルさんが婚約者だというのは、本当ですか?」「あぁ。本当だ」「あっさり認めますね……婚約者がいながら、私にちょっかい出して、蓮さんは悪い男だったんですね?」蓮はやや首を傾げる。「悪い男か?……凛花のことは、可愛く思ったから近づいたんだが?」「浮気だったってことですか……」「このまま冥界に戻れば、自動的に結婚させられる相手がアミルだというだけだ」……だからそれを人間は浮気たと言うんだよっ!……と捨て台詞を吐いて駆け出したくなる。でも不意に掴まれた腕が引き寄せられ、たくましい胸に顔を埋めることになった。「……こうしたい
「……お父さんっ!」案内された扉を勢いよく開けると、ベッドに横たわる父の姿が目に飛び込んできた。「あぁ……凛花、わざわざ来なくてもいいのに」ここは父が勤める総合病院。父が勤務中に倒れたと会社に連絡が入り、急いで駆けつけてきたところだ。「鈴原先生のお嬢さんですか?……これはまた、可愛らしい、」主治医だろうか。医師と看護師が入ってきて挨拶をしてくれたが、表情が……固い。それは父の病状が、というより、私があまりにみすぼらしい姿だったからだろう。褒める言葉を一生懸命は探しているのがわかって、心苦しい。「いつも、父がお世話になりまして……あの、父はどうして倒れたんでしょうか?」「あぁ、これはたいしたことはないんだ。要するに、寝不足と過労が祟ったんだろう」主治医をさしおいて、自分で説明する父。私が来るまで眠っていたのか、目をショボショボさせながらも、顔色は悪くない。「ならいいけど、心配させないでよね……」「あはは、悪かったな。せっかくだから入院させてもらって、あちこち調べてもらうことにするよ」「うん。ぜひそうして。……あの、父をよろしくお願いします」頭を下げる凛花に、主治医と看護師は笑顔になる。……そこへ昼食が運ばれてきたので、3人でいったん病室から出た。「鈴原先生のお嬢さん、凛花さんと言いましたか、少しお話をよろしいですか?」「……あ、はい」主治医に説明を受けて驚いた。「心臓に、疾患が?」「はい。検査をしてみないと、詳しくはわかりませんが……」「父は、気づいていないのでしょうか?」専門は外科だ。医者とはいえ、父が自分の体の中で起きていることを詳細に理解しているとは限らない。「いえ、多分わかっておいでだと思います。……ただ、凛花さんに心配をかけたくないのでしょう」「そうですか……」「検査の結果、手術が必要になることもあります。……それから、また倒れるようなことがあれば、それはかなり、危険な状態であると言わなければなりません」ホッとしたのも束の間……父の突然の体調不良に、凛花は両手をギュッと握りしめた。その後、もう一度父の病室に向かい、食事を取る姿を見守った凛花。……母が亡くなって今日まで。10歳だった私を、父は医者として忙しい日々を送りながら、愛情深く育ててくれた。そんな父に、隠れた病が進行していたなんて。ふ
「今日から皆さんと一緒に働かせていただくことになりました。中村と申します」……華やかな美人だった。年齢はめぐみさんと同じくらいか、少し下。確実に自分より年上には見えるけど……そもそもめぐみさんはいくつなのだろう。「……原」いや、年齢という概念がないのだった。死神には……ふと視線を上げた先に、美人を伴ってこちらに歩いてくる蓮が目に入る。「……お前、名前変わったのか?」「は……」名前が変わったって?……なにそれ、結婚したって思われてる?「まさか……!私、結婚なんてしてません。こんな気持ちのまま、結婚に逃げるように見えますかっ?」「……なにを言ってるんだ?」切れ長の瞳の奥に「心配」という文字が見える。「……何度も名前を呼んだのにボケっとしてるから……お前、本当に大丈夫なのか?」「はぁ、大丈夫です」ここはオフィスで、蓮が皆を集め、女子社員を紹介したところだと思い出した。……皆が自分に注目していることにも気づく。蓮の少し後ろで、何が面白いのか、ニコニコしている美人。「今日入社した、中村さんだ。社内のことと、仕事について教えてやれ」「よろしくお願いします!凛花さん」綺麗な姿勢でお辞儀され、凛花も慌てて頭を下げながら、ふと抱く違和感。凛花って……どうして下の名前を知っているのだろう。「じゃ、頼んだぞ?」瞳の奥の「心配」が消えないまま、蓮は踵を返し、行ってしまう。同時に中村さんもくるりと後ろを向いて、蓮の後に続いた。……後ろで束ねた彼女の長い髪が、動くたびに甘やかな香りを漂わせる。「……え、あのぉ、ちょっと」自分に任されたというのに、中村さんは席に戻る蓮について行こうとしている。「あ、ごめんなさい!間違えちゃった」ニコッと笑った彼女に、男性社員が注目しているのがわかった。鼻の下を伸ばした顔、顔、顔。……きっと中村さんは、我がマーケティング部の人気者になるのだろう。「早速なんですけど、お手洗いってどこにあるんですか?」「あぁ…こちらです」廊下を少し歩き、角を曲がったところにWCの文字。案内しながら、つい一緒に入ってしまった。「ありがとうございます。ちょっと鏡を見たかったんですよね」そう言って鏡を覗き込む中村さん。……髪1本乱れていないけどな。そういえば私は、鏡なんてずっと見てない。そう気がついて、何気なく前
「あの2人、きっと離れられないと思うんだよね」蓮が突然やって来て、酔いつぶれた夜から数日後、今日は鮫島とデートで水族館に来た。長いこと人間界で暮らしながら、こんな観光地に来たのは初めてで、実は楽しみすぎて昨夜あまり眠れていない。「そう?……どうして、そう思うの?」「だって、たった一夜でめっきり老け込んじゃったんだもん。鈴原さん、出社してもぼんやり座ってるだけだし、あのままじゃ給料泥棒って言われてクビになるって!」「それは……まぁ、心配ね?」鮫島も心配そうにため息をつき、続けた。「……目の下のクマもバッチリ真っ黒で、あのままじゃまた、倒れてしまうと思う」「そう……ねぇ」めぐみは大きなガラスの向こうを悠然と泳ぐ魚の群れを見ながら思った。……本当はね、手がないわけではないのよ。2人が離れなくてもいい方法が、ないわけではない。それは蓮が、実は凛花が天使の娘であると口走ったのを聞いて閃いたこと。確か昔……聞いたことがあるのだ。蓮と凛花の問題を突破する方法を。けれどそれはまだ、鮫島にも言うつもりはなかった。1度、私からコンタクトを取ってあげようかしらね。めぐみは隣にいる鮫島の手に触れた。「ん?どうした?」それは……一点の曇りもない爽やかな笑顔を惜しげもなく自分に向けてくれる彼と、一緒にいられると教えてくれたあの子。長年のライバルであり、仲間でもある死神だ。力は衰えつつあるけど、今ならまだきっと、呼び出せるはずよ。「……食事も、のどを通りませんで、」ケホ……っと咳き込む姿を見て、めぐみは顔をしかめた。「あなた、すっかりお婆さんね?……そんな姿でいたら、とんでもない目にあうわよ?」「はぁ……死ぬ?ってことですか?蓮さんと触れ合えないのなら、私の人生はもうおしまい、ってやつです」凛花がコーヒーをズズっとすすると、まるでカップにヒビでも入ってるように見える。……鮫島に聞いてはいたが、これは予想以上だ。「呼び出したのは他でもないわ。神西蓮のことだけど」名前を出した途端、怖いくらいにカッと目を見開いて、めぐみを見る。「……もしかしたら、」死んだ魚のような目に悲しみを浮かべ、コーヒーカップをその場で離してしまう。ガシャン……っという音と共に、砕け散るカップ。「……ちょっと、何してるのよ?!しっかりしなさい!」「大丈夫。俺、片
「そう。凛花さんと、そういう結論に行き着いたのね」「あぁ、守るためだ。……仕方ないだろ」「そうね。きっと彼女もつらかったんじゃない?」そう言われて、別れ際に見た凛花の涙を思い出した。……拭ってやれなかったな。凛花を置いて1人で帰ってきて……めぐみに一応報告してやる気になった。「それで、大丈夫なの?」「……なにが?」話すうち……目の前がやけにぼんやりしてきた。気を緩めれば、次第に何も映らなくなりそうだ。「気持ちはわかるけど……酔ってここで寝ないでもらえるかしら?」「酔ってなんか、ないさ」「そう?じゃあ足元に転がってるこの缶はなに?あなたが買ってきたものよね?」確かに、足元にビールの缶が転がっている。……俺はわざとそのひとつを蹴り上げ、壁に当ててやった。めぐみの隣には鮫島がちんまり座って、ここからは見えないが、手を腰に回しているのがわかったからだ。人が愛しい女と別れてきたっていうのに。「いいじゃないか。……今は飲ませてあげようよ。課長がこんな姿になれるのは、僕たちの前でだけなんだから」「鮫島ぁ……」上から物を言われた気がして腹が立った。……人間はこれを、八つ当たりという。「次はお前らの番だからな?めぐみと離ればなれになったらどうするか、今から考えておけよ」「えっ?離れる気ないですけど」めぐみに抱きつき、こちらに顔を向ける鮫島の表情が、やけに余裕があるように見える。……そして幸せそうだ。「人間界での修行が終われば、俺は冥界へ戻される。当然……指導、監視役のめぐみも同じ運命だ」ザマーミロ、と片方の目の下を人さし指で下げて見せる。するとめぐみが眉をハの字にさせ、驚きの発表をした。「蓮、ごめんなさい。私……死神を卒業するのよ」「……はぁぁ?」驚いて、酔いが一気に冷める。……なんちゃって、なんて言ったら背中のカマを振り下ろすが?「実は私、もうかなり長い間死神をやっていて、あなたのような落ちこぼれの指導、監督もずいぶん務めてきたの。……ということは、人間界に長い間いるということで、少しずつ死神としての力が衰えてくるのよね。それで知ったの。私はそろそろ死神というより人間に近くなって、卒業するってこと」「……それっ、どれくらいかかるんだ?人間になるまで、どのくらいかかった?」そんな道があるとは知らなかった。めぐみが人間になれ