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126:お願い

last update publish date: 2025-12-03 11:07:44

※R18シーン

 智輝が結菜にプロポーズをして、しばらく経った後のこと。

 智輝がふと思い出した、という様子で言った。

「実は俺、来週が誕生日なんだ」

「えっ!」

 突然の告白に、結菜は驚いた。

「そうだったのね。お祝いしなきゃ!」

 素直な喜びを見せる彼女に、智輝は肩を抱く。

「大げさなことは必要ないよ。一つお願いを聞いてくれればいい」

「ええ、いいわよ。何でも言って」

「では――」

 智輝は結菜の耳元に口を寄せて、囁いた。

「そりゃあ何でも聞くと言ったわよ。でも、それはない!」

 誕生日当日の夜。昼間は樹を交えてお祝いをして、幸せな時間を過ごした後。

 樹がしっかりと眠ったのを確認した後、結菜の寝室で2人は抱き合っていた。

「君は約束を破るのか」

 智輝は笑みを噛み殺している。

「簡単なことじゃな

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  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   157

    「それは……」 結菜は言葉に詰まった。 思わず手をきつく握り合わせる。 反論しなければならない。道楽ではないと。 大企業のCEO夫人という肩書きが、どうしても「恵まれた立場の人間による慈善活動」という色眼鏡を生んでしまうのだ。「決して道楽などではありません。私自身、以前は市立図書館で……」「本日はここまでにしておきましょう。お話は伺いました」 女性は事務的にそう告げると、一方的に通信を切断した。 モニターが真っ黒になり、結菜の顔が映り込む。 その顔は、自分でも驚くほど青ざめていた。「難しいな……」 ぽつりと呟いた結菜の背後で、書斎のドアが開いた。 振り返ると、マグカップを2つ持った智輝が立っていた。 在宅ワーク中の彼は、ノーネクタイのラフなシャツ姿だ。「お疲れ様。通信が切れる音がしたから、終わったのかと思って。コロンビアの深煎りだ」 智輝はデスクの上にマグカップを置き、結菜の背後に回って肩を揉みほぐした。「ありがとう。……聞いていた?」「少しだけね。手厳しい意見だったみたいだ」 智輝の長い指が肩の凝りを的確に捉えて、結菜はわずかに目を細めた。 温かいコーヒーの香りが、こわばった体を少しずつ解きほぐしていく。「私の熱意だけじゃ、伝わらないみたい。KIRYUという看板が大きすぎて、どうしても警戒されてしまうの」「新しいことを始める時は、反発はつきものさ。特に現場で長く苦労してきた人ほど、外部からの突然の介入を嫌う。焦る必要はないよ。実績で証明していくしかない」 智輝はそう言いながら、自分のマグカップを手に取った。 窓からの光が彼の銀灰色の瞳に反射し、理知的な光を放っている。「佐藤のチームが開発しているマッチングアプリのベータ版、来週にはテスト運用に入れそうだ。UIも直感的で、スマートフォンに不慣れな年配のボラ

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   156:結菜の新しい夢2

     夜更けの桐生邸。書斎のデスクランプだけが、結菜の手元をオレンジ色に照らしていた。 パソコンの画面には、全国の児童養護施設や絵本の読み聞かせボランティア団体から回収したアンケート結果が並んでいる。 結菜はマウスをクリックし、寄せられた声に一つ一つ目を通していった。『寄付で本はたくさん頂きますが、読み聞かせをするスタッフの人数が足りません』『子供たちの反応が薄い時、どう読めばいいのか不安になります』『どんな絵本を選べば、子供たちが会話に参加してくれるのか分かりません』 切実な悩みの数々に、結菜はふうと息を吐き出した。(やっぱり、そういう悩みが多いのね) 長いこと目を凝らしていたため、モニターの光で目がしばしばする。こめかみを指の腹で揉みほぐした。 本を届けるだけでは不十分だ。読み手となる大人を支援し、子供たちとの対話を生み出す技術を伝える必要がある。 それが結菜の立ち上げる財団の核心だった。 デスクの端には、分厚い児童書のカタログや、結菜自身が図書館勤務時代に書き留めていた読書記録のノートが山積みになっている。 結菜はペンを手に取り、新しいノートに書き込みを始めた。(まずは、『結菜セレクト・対話が生まれる絵本箱』のリスト作りね) 単に名作を揃えるのではない。 ページをめくるたびに「次はどうなるかな?」「どっちに隠れていると思う?」と子供たちに問いかけやすい構成の本を選ぶ。 例えば、動物のしっぽだけが描かれていて、次のページで正体が分かる仕掛け絵本。 文字が少なく、絵の隅々に小さな虫や妖精が隠れていて、それを一緒に探せるような絵本。 司書としての記憶の引き出しを次々と開け、タイトルを書き連ねていく。 ノートの上にインクの滑る音が、静寂の部屋に心地よく響く。 やりがいのある作業だ。 疲れよりも、自分の知識がどこかの子供の笑顔に繋がるという期待が勝っていた。◇ 翌日の午後。

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   155

    「ハコモノを作って満足するのは、古い企業のやり方だ。結菜の言う通り、現場に血の通った支援でなければ意味がない」「は、はい。申し訳ありません」 佐々木が慌てて頭を下げる。 智輝は結菜に向き直り、柔らかく微笑んだ。「結菜。君のやりたいことを、もっと具体的に彼らに教えてやってくれ。KIRYUの技術は、君の理念を実現するための裏方にすぎないんだから」 結菜は深く深呼吸をした。 予算の大きさに気圧されてしまったが、大事なのはお金だけではない。 智輝の信頼に応えるため、結菜は言葉を紡いだ。「はい。私がやりたいのは、現場で頑張っているボランティアの方々を支援することです」 結菜はテーブルの上の分厚い企画書を脇に押しやり、身を乗り出した。「どう読めば子供が喜ぶか、専門家としてノウハウを教えるワークショップを開きたいです。それから、ただ本を送るのではなく、子供と対話が生まれやすい絵本を私自身が厳選して届けたい。そして……本を読んでほしい施設と、読み手であるボランティアを繋ぐ仕組みを作りたいんです」 若い佐藤が目を輝かせて身を乗り出してきた。「それなら、マッチングアプリの開発が有効ですね! ボランティアの需要と供給を可視化して、ノウハウを共有するオンラインコミュニティを作れば、全国規模での支援が可能です」「ええ、それです! そういうシステムがあれば、現場はとても助かります」 結菜と佐藤のやり取りを見て、佐々木もようやく状況を理解したように頷き始めた。「なるほど……。ハードではなく、ソフトの支援。さらにITによるインフラ構築を行う、総合的な事業です。確かに、我が社の強みを活かした新しい形の社会貢献と言えますね」 智輝が満足げに頷く。「決まりだな。佐々木、佐藤。ゼロベースで企画を練り直してくれ。この財団の理念は『本を通じた対話で、子供たちの心と未来を育む』だ」「承知いたしました。すぐに新しいチームを編成し、結菜代表の知見をシステムに落とし込みます」

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   154

     隣の佐藤がタブレットを操作し、大型モニターにスライドを映し出した。「まず目玉となるのが、全国の児童養護施設や小児病棟への『年間十万冊の絵本一斉寄贈プロジェクト』です。KIRYUの強力な物流網を使えば、あっという間に全国へ本を行き渡らせることができます。マスコミへのPR効果も絶大です」 スライドが切り替わり、今度は近代的な建物の完成予想図が映し出された。「さらに、KIRYUの最先端技術を集結させた『スマート児童図書館』の建設。顔認証での貸し出しや、AIによるおすすめ本案内など、話題性抜群のハコモノです。総予算は……」 佐々木が誇らしげに数字を並べ立てる。 しかし、結菜の気分は少しずつ重くなっていった。膝の上のスカートの生地を、半ば無意識に握りしめる。 確かにすごい計画だ。大企業でなければできない規模の支援だろう。 けれど、結菜の心には少しも響かなかった。(本を10万冊ばらまいて、立派な建物を建てるだけ。……それは私がやりたいことじゃない) 結菜は隣に座る智輝をちらりと見た。彼は無表情のまま、結菜の反応を待っているようだった。 結菜は1つ咳払いをして緊張を追い払うと、勇気を出して口を開いた。「佐々木部長。素晴らしいご提案ですが……少し、私の考えていることとは違います」 佐々木は言葉を遮られて、目をぱちくりと瞬かせた。「違います、と申しますと? 予算規模にご不満が?」「いいえ、お金の問題ではありません。本を10万冊寄付しても、それを子供たちに読んであげる人がいなければ、本はただの紙の束になってしまいます」 結菜の声のトーンがわずかに高くなる。 司書としての現場の記憶が、彼女の言葉に熱を帯びさせていた。「AIが本をおすすめしてくれても、それだけでは足りないんです。読み聞かせというのは、大人が一方的に本を読み上げる作業ではありません」 モニターの綺麗な完成予想図から視線を外して、結菜は佐々木の目を見据えた。

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   153

    「あのね、智輝さん。私……」 言うべきか悩んだ。 今の生活に不満があるわけではない。 智輝の妻としての立場を全うしたいし、樹と柚葉の母としてしっかり向き合いたい気持ちもある。 でも。「うん?」 智輝は結菜を見る。 その愛情深い表情に背中を押されて、結菜は思い切って続けた。「もう一度、本に関わる仕事がしたいの。司書として、図書館で……」 口に出してしまうと、それはひどく自分勝手な願いに思えた。 今の結菜は、KIRYUホールディングスのCEO夫人だ。 海辺の町にいた頃のような、ただのシングルマザーではない。 近所の図書館にパートタイムの司書として応募したところで、警備や体面の問題で桐生家にも迷惑がかかる。 智輝の妻としての立場がある。それは十分に理解しているつもりだった。(でも、この気持ちに嘘はつけない) 智輝はコーヒーを一口飲むと、カップをテーブルに置いた。結菜の顔をまっすぐに見つめる。「いいじゃないか。結菜がやりたいことなら、俺は全力で応援するよ」「でも……私がこの辺りの図書館で働くのは、現実的じゃないでしょう? お義母様たちにも心配をかけてしまうし」「なら、自分で作ればいい」 智輝は事もなげに言った。「自分で?」「ああ。結菜の豊富な知識と経験を活かせる、『児童書読み聞かせ財団』を立ち上げよう。KIRYUホールディングスのCSR活動、つまり社会貢献事業の一環としてバックアップする。それなら、セキュリティも資金も何の問題もない」「えっ」 突拍子もない話に、結菜は目を見開いた。 手に持っていたカップの湯気が頬に当たり、我に返る。 財団の立ち上げなど、想像もしていなかった規模の話だ。「そんな……。私なんかが、会社の力を使って財団のトップに立つなんて。身の丈に合っていないわ」

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   152:結菜の新しい夢

     桐生邸のサンルームには、明るい陽光がたっぷりと降り注いでいる。 結菜は柔らかな毛足の絨毯の上に座り込み、厚紙でできた仕掛け絵本を開いていた。 膝の上には、1歳になった娘・柚葉がちょこんと座っている。 結菜は絵本のページをめくり、紙のつまみを引き出した。「ほら、柚葉。うさぎさんが、ばぁ!」「きゃあ!」 茂みの絵柄から飛び出したウサギに、柚葉は弾けるような笑い声を上げた。 小さな両手を叩き、ふっくらとした頬をピンク色に染めている。 結菜は娘の柔らかな茶色の髪を撫でた。ベビーローションの甘い匂いが鼻をくすぐる。 穏やかで、満ち足りた午後だ。窓の外では、美しく手入れされた庭園の木々が風に揺れている。 結菜はふと、絵本から顔を上げて壁際を見つめた。 そこには天井まで届く大きな本棚がある。エドワードの蔵書である洋書や雅臣の植物図鑑の隣に、結菜が少しずつ買い集めた児童書がずらりと並んでいた。 絵本のページをめくるたびに、インクと新しい紙の匂いが立ち上る。 その匂いを嗅ぐと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、懐かしい感覚を覚えた。(……本に囲まれた場所で、また働きたいな) 海辺の町の市立図書館で司書として働いていた日々が、鮮やかに脳裏に蘇る。 カウンター越しに、利用者と会話を交わした。 彼らにぴったりの本を探して、書庫に入り浸ることもあった。 書庫のひんやりとした空気とカビ臭さも、今は懐かしい。 子供たちに絵本を読み聞かせた時、たくさんの瞳がきらきらと輝いていたのを思い出す。 柚葉の出産を機に東京へ越してきてから、結菜は育児と家庭のことに専念してきた。 樹の小学校の行事の他に、桐生家の一員としての付き合いもおろそかにはできない。忙しくも充実した毎日だった。 けれど柚葉がよちよちと歩き始め、少しだけ手がかからなくなった今。 結菜の心の底に眠っていた「司書としての自分」が、熱を帯びて目を覚まそうとしていた。

  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   71

     母親の口座まで指示したのは、母・鏡子であれば、智輝の名義の口座を動かせるかもしれない。そう考えてのことだった。「かしこまりました」 調査結果は、翌日の夕方には智輝の元に届いた。自社の調査部門が出した報告書は、玲香の嘘を木っ端微塵に粉砕する、完全な証拠の数々だった。【調査報告書(抜粋)】1.金銭授受に関する調査結果:5年前の指定期間内において、桐生智輝様、桐生鏡子様、綾小路玲香様、及び早乙女結菜様の個人・関連口座間で、報告された3000万円に該当する、あるいはそれに類する不審な資金の移動は一切確認されませんで

    last updateLast Updated : 2026-03-26
  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   64

     専門知識を持つ結菜が外れたことで、古文書のデジタル化作業は滞っていた。 プロジェクトルームに集められた臨時スタッフたちは、高解像度モニターに映し出された古書の画像の前で頭を抱えている。「この『みぎは』って、どういう意味だ?」「前後の文脈からすると、季節のことのようだが……」 ミミズが這ったような崩し字と、現代では使われない独特の言い回し。彼らの知識では、解読は不可能に近かった。「なぜ、こんなに時間がかかっているんだ」 報告を受けた智輝は、苛立ちを隠さずにプロジェクトル

    last updateLast Updated : 2026-03-25
  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   108

     エドワードの登場に、その場の空気が、一瞬にして凍りついた。 先ほどまで智輝を糾弾していた役員たちが、まるで幽霊でも見たかのように目を見開き、一斉に椅子を引いて立ち上がる。その動きは、まるで軍隊の号令にでも従うかのように、一糸乱れぬものだった。 彼らは皆、若き日のエドワードのカリスマ性と厳しさを知る世代。その創業者を前に、彼らは会社の重役ではなくただの平社員へと戻っていた。 鏡子もまた、完璧なポーカーフェイスを崩していた。信じられないものを見たように唇をわずかに開く。(お父様がなぜ、ここに……?)

    last updateLast Updated : 2026-03-31
  • 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない   140:不思議の国のお話

     5歳の樹は、今は東京の桐生の家で暮らしている。 4歳までは海辺の町で母親の結菜と二人暮らしだった。 突然現れた「おじさん」が実はパパだったと知らされて、最初は驚いたけど、ママが幸せそうに微笑んでいるのを見て、樹も受け入れたのだ。 それからしばらくは、パパとママと樹の三人で海辺の町で暮らしていた。 パパ――KIRYUホールディングスのCEOである智輝はいつも忙しそうだったが、少々無理をしてでも結菜と樹との時間を大事にしてくれた。 そうしているうちに、結菜の妊娠が発覚。 智輝の多忙さもあり、結菜は樹を連れて東京の桐生の家で暮らすことになった。◇「ねえ、ひいおじいちゃん。今日もイ

    last updateLast Updated : 2026-04-05
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