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永遠に、お前を失った
永遠に、お前を失った
Penulis: 黒紅嵐樹

第1話

Penulis: 黒紅嵐樹
九条冬真(くじょう とうま)と結婚して、もう十年になる。

その間、彼が浮気してきた相手――歴代の「彼女たち」とは、全部顔を合わせてきた。

彼が飽きて新しい子に乗り換えたくなったとき、私の存在はいつも便利な口実だった。

「結婚したら、君も彼女みたいになるよ。慣れすぎて、何のドキドキもなくなる」

まるで見せしめみたいに、私を指してそう言う。

結婚記念日の今日、私は彼が振ったばかりの大学生の子の涙を拭いてる。

プレイボーイと結婚するには、修行が要る。手元のティッシュがどんどん薄くなっていくのを見ながら、ふとそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

目の前の女の子、名前は朝倉凛花(あさくら りんか)。まだ大学四年生らしい。

ここに来てから、もう二時間も泣きっぱなしだ。

そもそも、彼と付き合ってからまだ一ヶ月しか経ってない。

そこまでメイクぐしゃぐしゃにして泣くような間柄じゃないはずなんだけどなあ。

何か声をかけようとした瞬間、彼女が目を赤くしながら私を見た。

「彼、言ってたの。私ってあなたにちょっと似てるって……こうして見てみると、確かに似てるかも」

私は一瞬固まった。

今まで冬真の彼女たちがそんなこと言ってきたことは、一度もなかった。

凛花は鼻をすすりながら、目元を拭った。

その口調には、痛々しい嘲りすら混じっている。

「慰めなんていらない。あなたのほうが、よっぽど可哀想よ」

……まあ、そうかもしれない。

浜市じゃ誰でも知ってる話だ。冬真って、すっごく「良い奥さん」貰ったんだって。

浮気されても黙ってて、しかも彼の元カノたちを慰める。

彼が次々に手を出していた子たちのことを、私はいつも「元カノ」と呼んでた。

その度に、私は正妻のプライドなんて地面に落としてたんだ。

テーブルに置いたスマホがブルブル震える。

画面には、冬真の名前。

【まだ終わらないの?映画もうすぐ始まるよ】

……映画、ね。

私はスマホを伏せて、真っ赤な目をした凛花と視線を合わせた。

「何か補償が欲しいなら、言って。私が話を通すから」

このセリフ、何度も口にしてきた。

今ではすっかり慣れた口調。まるでリストラ担当の人事部みたいだ。

凛花は鼻で笑って、勢いよく立ち上がる。

「何もいらない」

私はため息をついた。

「せめて、何かもらっときなよ」

お金でも、車でも、家でも――ちゃんと手に残るものを。

でも、彼女の目はどこまでも冷たくて。

そして、次の瞬間。

彼女は、手元の冷えきったカフェオレを、ゆっくり私の頭からぶちまけた。

「……妊娠してるの。私は、産むつもりだから」

私は呆然と彼女を見つめたまま、何も言えなかった。

慰めの言葉も、もう浮かばなかった。

……それにしても、冬真。

あなたがくれた約束――一つも、果たされてないね。

髪からしずくが落ちるまま、びしょ濡れで助手席に座り込んだとき、冬真は電話の最中だった。

隠そうともせず、相手が誰かはすぐに分かった……また、新しい子がいるんだ。

私は無意識にシートベルトをぎゅっと握りしめてた。

指先が痛くなるほど力が入っていた。

電話の向こうで何か言われたのだろう。

冬真は目尻にしわを浮かべるほど笑って、言った。

「はいはい、今夜は君のところ行くから」

電話を切ると車のエンジンをかけ、ふと私に目を向けた。

けれど、ハンドルを握る手が急に強くなって、顔もみるみるうちに険しくなる。

「……あれ、あいつにやられたのか?」

私はもうティッシュを引き抜いて、頭を拭いていた。

黙っていると、彼が身を寄せてきて、そのティッシュを取り上げた。

「動くな」

思わず体をそらすと、冷たい声とともに、ぐいっと腕を引かれて抱き寄せられた。

冬真は無言で、でも丁寧に私の髪を拭いてくれる。

その眉間には深いしわが寄っていて、顔つきも険しいままだ。

「お前さ……ただ黙って座ってるだけで、あんなのぶっかけられたのか?

稲留(いなどめ)、お前、昔は俺に噛みつく勢いだっただろ?その元気はどこ行ったんだ?」

昔――そう言われて、さっきから胸の奥に広がっていた虚しさがさらに深く染み込んでいく。

私は彼の腕からするりと抜けて、冷たく言った。

「妊婦に怒鳴り散らすような人間にはなりたくなかったのよ……あなたは、どう?」

冬真はばつが悪そうな顔をして、それでも無言で髪を拭き続けた。

その後、車内には言葉がなくなった。

彼は黙々と運転し、私はずっと窓の外を見ていた。

でも、視線の端にはちゃんと映ってた。

彼が、時折こちらをちらちら見てくることが。

心の中で、波紋が静かに、けれど確かに広がっていく。

もう失望すら通り過ぎた――ただ、何も感じなくなっていた。

映画は、ほとんど覚えていない。

彼は終始スマホをいじって、誰かとメッセージをやり取りしていた。

「結婚記念日」なんて言葉は、スクリーンが暗くなる頃には完全に忘れ去られていた。

いや、最初から存在してなかったのかもしれない。

それでも私は、エンディングの後、彼の隣に座って「夫婦のふり」を続けた。

滑稽だけど、それが今夜の役目だったから。

招かれたのは、親族と昔なじみばかり。

冬真の実家からの招待状は、半月も前に届けられていたらしい。

会場では、グラスが交わされ笑顔が飛び交う中、彼は相変わらず軽やかに立ち回って――その合間に、私のために器用にエビの殻を剥いてくれた。
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