تسجيل الدخول卒業旅行で、私たち三人はオーロラを見るためにアイスランドを訪れていた。 吹きすさぶ強風に、親友の中島愛美(なかじま まなみ)のマフラーが奪われた。私の彼氏、梅田真(うめだ しん)はとっさに自分のマフラーを外すと、彼女の首元を包み込むようにしっかりと巻きつけた。それから振り返って、私に言った。 「なあ、愛美のマフラー拾ってきてくれ。あいつの一番のお気に入りなんだ」 凍てつく風の中を、私は懸命に追いかけた。ようやくマフラーを手にして顔を上げた時には、オーロラはすでに空から消え、ふたりの姿もどこにもなかった。 届いたメッセージは、たった一言。 【遅すぎ。愛美が寒がってたから、先に戻ってる】 異国の道端に立ち尽くし、車を待つこと6時間。20台以上の車に手を振り、ようやく1台が止まって乗せてくれた。 ホテルに帰り着いた頃には、もう深夜を回っていた。 体の芯まで凍えきった私の目に映ったのは、1枚の毛布にくるまって身を寄せ合いながら、今日撮った写真を見せ合って笑うふたりの姿だった。 写真のこと、オーロラのこと――弾む会話は、私が決して入り込めないものだった。 真は私に気づくと、わずかに眉をひそめて言った。 「遅かったな。お湯、用意しておいたから。ちゃんと温まってきなよ」 コップに触れると、中のお湯はとっくに冷めきっていた。 ずっと胸の奥に押し込めていた疲れが、堰を切ったようにあふれ出す。 もう、いいや。 帰りの便を一番早い便に変更し、予約していたホテルもキャンセルした。 手の届かないオーロラなら、もう追いかけなくていい。
عرض المزيد悠斗は、2年近く私にアプローチし続けた。深川市で出会ってから私が実家に戻っても、インターンから正社員になっても。母は、彼の方が真より頼りになると褒めた。父は何も言わなかった。でも悠斗が家に食事に来るたび、父はいつも料理を多く作った。ある日、悠斗が残業で、私ひとりで実家に帰ったことがあった。父は食卓に並んだ箸を見て、ふと手を止めた。悠斗の分まで用意してしまったことに気づいたのだ。数秒黙り込んだあと、その一膳をそっと引っ込めた。それ以来、父が箸を余分に並べることはなくなった。でも悠斗が来る日は、決まって彼の好物を一品多く作ってくれた。一度、私が熱を出して仕事を休んだことがあった。悠斗が何度も電話をかけてきて、出なかったら、直接会いに来た。母がドアを開けると、彼は薬の袋と熱さましシートの箱を提げて、玄関先で少し息を切らしていた。うちのマンションにはエレベーターがなく、部屋は4階だ。たぶん、走って上がってきたのだろう。彼は薬をテーブルに置くと、私の額に熱さましシートを貼ってくれた。斜めにずれて、半分ほど眉毛にかぶさっていた。私は熱でぼんやりしながら言った。「もっとちゃんと貼ってよ」彼は「ごめん、緊張して手が震えて」と言った。そしてもう一枚貼り直したけど、やっぱり斜めだった。私はベッドで2日間寝込んだ。悠斗は3回来てくれた。1回目は薬を届けに。2回目は、父が作った野菜粥を運んできてくれた。父が作って、彼が運ぶ係だった。彼が運んできた時、粥の表面はまだ湯気を立てていた。一口食べて、気づいた。父の味じゃない。父の粥は程よく粒の形が残っている。でもこの1杯は米が溶けきっていて、野菜も細かく刻んであった。「これ、誰が作ったの」と聞くと、彼は「俺が作った。おじさんが横で指導してくれて」と言った。「どれくらい時間かかったの」「そんなにかからなかった。4回焦がしただけ」そうして、ある冬、私は彼と付き合うことになった。特別なことは何もなかった。ただ、彼がわざわざマフラーを1本、用意してきてくれただけだった。悠斗は私を連れて、ムルマンスクへオーロラを見に行った。私たちは3晩、そこで待ち続けた。オーロラ予報でその夜の確率が高いと出て、彼はレンタルした厚手の防寒コートにくるまって
半年後、私の後ろには、いつもくっついてくる男がひとり増えていた。「綾華さん、俺どこに泊まればいいっすか。荷物持つよ」私は少し呆れながら、前を歩いていた。森野悠斗(もりの ゆうと)は、深川市で知り合った男だ。私たちは同じ年に大学を出たばかりで、しかも実家が同じ街だったこともあって、すぐに親しくなった。彼は私より数か月年下で、毎日私の後をついて回っていた。悠斗は私の後ろで、ぺちゃくちゃとしゃべりながらマンションの敷地に入ったところで止まった。「綾華さん、この辺、木、多いっすね」「綾華さん、あのエンジュの木、樹齢何年くらいなんすか?」「綾華さ――」私は足を止めた。真が、マンションの下にあるあの古いエンジュの木の下に立っていた。少し痩せて、顎には髭剃りでつけたらしい小さな傷があった。私を見つけると一歩前に出て、また止まった。それから、私の後ろにいる悠斗に気づいた。悠斗は片手でスーツケースを引き、背中には私のピンクのリュックを背負っていた。彼の全身黒ずくめの格好とはまるで似合っていない。彼は顔を半分だけ出して、真を見て、それから私を見た。「知り合い?」「昔の」私は言った。真が口を開きかけて、結局何も言わなかった。悠斗は目をぱちくりさせると、スーツケースを壁に立てかけ、ポケットからイヤホンを出して装着し、廊下の入口にしゃがみ込んでスマホをいじり始めた。少しいじってからまた立ち上がり、背負っていたピンクのリュックを下ろして、スーツケースの上に置いた。「綾華さん、俺、先に行ってますね?」「待って、一緒に上がってご飯食べよう。母が、悠斗くんにご馳走するって言ってたから」真は悠斗を見て、それから私を見た。「お前、昔もこうだったな」彼が口を開いた。「何が」「昔もこうやってぺちゃくちゃしゃべってた。俺が実験室に行く時、隣でずっと喋り続けてたよな。『今日の学食のおかずしょっぱすぎた』『ゼミの先生、髪型変えてた』『道でノラ猫見た』――何でも話してた」彼は言葉を切った。「あの時はうるさいと思ってた。でも後で実験室に誰もしゃべる人がいなくなって、初めて気づいたんだ。あれはうるさいんじゃなくて、賑やかだったんだって」上の階から父の料理の匂いが漂ってきた。肉じゃがの匂いだ。「綾華
もう振り返らずに、家へと歩いた。ドアを開けると、両親がベランダの窓に張りついて、必死に下を見ていた。父は口の中で何やらぶつくさ文句を言っている。「あの野郎、まだ来る度胸があるのか!うちのマンションの下で20分も突っ立って、ドラマの主人公気取りか!言っとくが、父さんが若い頃お母さんを口説いた時だって、こんな情けない真似はしなかったぞ!」母がすかさず割り込む。「あなたが私を口説いた時、初日で追い返されたくせに。その後、工場の前で待ち伏せしてきたから、私、塀乗り越えて逃げたのよ」「娘の前でそんな話をすんな!」「先に言い出したのはあなたでしょ」スリッパに履き替え、リビングの真ん中まで歩き、咳払いをひとつした。「叔母さんのところで、半年間インターンすることにした」「深川市へ?」「うん」「半年?」「うん」「勉強しに行くの」私は鍵を靴箱の上に置いて、テープでぐるぐる巻きにされた宅配便の荷物も、ついでに端へ寄せた。「叔母さん、インテリアデザインの仕事してるでしょ。専攻とも合ってるし。家で一週間寝てばっかりだったし、そろそろ真面目に動かないと」母は何も言わなかった。しばらくスマホをいじっていた。ピロン。口座に100万円が振り込まれたという通知。「お母さん!インターンに行くだけなのに、なんでこんな大金くれるの?」「インターンついでに、気晴らししてきなさい!焦って帰ってこなくていいから」「向こうは物価高いんだから、けちけちしないで、食べたいもの食べて、飲みたいもの飲みなさい」母の声が、冷蔵庫の開閉音に混じって台所から聞こえてくる。「うん、ありがとう」そう答えながら、部屋に戻って荷造りを始めた。スマホが不意に鳴った。地元の番号。特に気にせず出た。「もしもし?」電話の向こうからは、何も聞こえない。ただ、かすかな息づかいだけが聞こえる。ため息をついた。「愛美?」電話の向こうが、一瞬静まった。「綾華ちゃん……」愛美の声には、涙の気配が混じっていた。「何か用?」私は本当に、4年間、彼女を友達として大切にしてきた。何かにつけて気にかけてきた。こんな状況になった今、彼女に何を言えばいいのか、本当に分からなかった。「綾華ちゃん、ごめんね」愛美が唐突に
実家で1週間、甘え放題タイムを満喫した。期間限定の「甘え放題タイム」も、そろそろ期限切れらしい。両親が私を見る目に、少しずつ棘が混じり始めていた。「見てみなさいよ。食べた後のお茶碗も洗わないし、布団も畳まないで、ソファに寝そべってばっかり」父は掃除機をかけながらぶつぶつと私を責める。掃除機の先が足元をかすめ、慌てて足を跳ね上げた。母は横で火に油を注ぐ。「私、昨日言ったでしょ。この子を甘やかしちゃダメだって。ほら見なさい、たった1週間で本性丸出しじゃない」私はクッションを抱きしめて、堂々と反論した。「私を穀潰しにしたのはふたりでしょ。お母さん自分で言ったよね、痩せた分の肉は全部戻してあげるって」父が横でへへっと笑った。掃除機を二、三往復させてから、また我慢できずに言う。「なあ、今日ちょっと出かけてきたらどうだ?ずっと家に閉じこもってるのもよくないぞ」私は目を細めて父を見た。「父さん、それって私を心配してるの?それともテレビを見る邪魔だから?」父はちらりとテレビを見て、それから私を見た。何も言わなかったけれど、答えは顔に書いてあった。午後、母にゴミ出しを言いつけられて外に出た。パジャマにサンダル、髪は適当にクリップで留めただけ。両手に生ごみの袋をぶら下げて、エントランス前に斜めに停められた電動バイクをよけようとした、そのとき。彼を見つけた。真が、うちのマンションの下にある古いエンジュの木の下に立っていた。ポケットに手を突っ込んで、うつむいてスマホを見ている。空港から直接来たのか、隣にはスーツケースが一つ。着ている服は、アイスランドで着ていたあのマウンテンパーカーのままだった。少しやつれた様子で、顔を上げた瞬間、目が合った。「綾華」先に口を開いたのは彼だった。声が少しかすれている。私はその場から動かず、右手のゴミ袋を左手に持ち替えた。ゴミ箱は彼の2メートルほど後ろにある。ゴミを捨てるには彼の横を通らなければならず、それが少し気に食わなかった。「帰ってきたんだ」私は言った。真は、私のこの淡々とした態度に戸惑っているようだった。昔の私なら、彼を見かけた瞬間、すぐに駆け寄って後をついて回っていた。彼の機嫌がよかろうと落ち込んでいようと構わず、ぺちゃくちゃと話しかけ続けていたは