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無意識の優しさ-01

last update Last Updated: 2024-12-20 18:48:44

紗良は悩んでいた。

「うーん……」

仕事中だというのにときどき眉間にしわを寄せて、思いつめたように唸る。

「紗良ちゃんお昼いこーって、どした?」

お昼休みに突入しても自席でうんうん唸っている紗良に、同僚の依美が不思議そうに声をかける。

「ねえ依美ちゃん、男の人にお礼するときって何を渡したらいいと思う?」

「え、どうしたの、急に。はっ!  もしかしてついに紗良ちゃんにも春が来た?」

ニヨニヨと楽し気な笑みを浮かべられ、紗良は慌てて否定する。

「違う違う。そんなんじゃなくて」

「えー、本当にぃ?」

「ちょっとお世話になっただけで。海斗にコンビニスイーツいっぱい買ってもらっちゃったから、何かお礼した方がいいよなーって思っただけで」

「ほーん」

「本当だってば」

「コンビニスイーツごときでお礼だなんて、紗良ちゃんって律儀なのね」

「だって、貰いっぱなしじゃなんだか落ち着かないんだもん」

それに、父の日の似顔絵を受け取ってもらうためにわざわざ近くのコンビニまで来てくれた。

さすがにこの事は依美には言えないけれど。

でも何かお礼をすべきだと思うのだ。

「そうねえ、その人の好きな食べ物は?」

「……わからない」

「家族はいるの?」

「独り身だって言ってたけど、実家暮らしか一人暮しかはわからない」

「じゃあ年齢は?」

「わからないけど、同じくらいか少し年上かなぁ」

依美の問いに真面目に答えていた紗良だったが、依美の顔は質問を重ねるごとに曇っていく。

「ちょっと、わからないことだらけじゃないの。どんな関係なのよ」

「海斗のプール教室の先生なの」

「プール教室? じゃあプロテインとか?」

「いや、それはないでしょ。もう飲んでそうだし」

「じゃあ、お酒?」

「飲むかわかんない」

「タバコ?」

「吸ってるのは見たことない」

依美は深いため息を落とす。

「もー、やっぱりわからないことだらけじゃないの。難しいわ」

「でしょ。だから困ってるのよ。依美ちゃんはいつも彼氏に何をプレゼントしてるの?」

「え? うちの彼氏は甘いもの好きだからチョコさえ与えておけば機嫌がいいわよ。あとは、私自身、とか?」

「……?」

キョトンとした紗良の背をバシンと叩く。

「もー、冗談が通じない子っ。ウブなのか真面目なのか、どっちなのよ」

一呼吸おいてようやく理解した紗良は頬を赤く染めて慌てる。

「え、ええっ、ごめ
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    カシャカシャカシャッその音に、紗良と杏介は振り向く。そこにはニヤニヤとした海斗と、これまたニヤニヤとしたカメラマンがしっかりカメラを構えていた。「やっぱりチューした。いつもラブラブなんだよ」「いいですねぇ。あっ、撮影は終了してますけど、これはオマケです。ふふっ」とたんに紗良は顔を赤くし、杏介はポーカーフェイスながら心の中でガッツポーズをする。ここはまだスタジオでまわりに人もいるってわかっていたのに、なぜ安易にキスをしてしまったのだろう。シンデレラみたいに魔法をかけられて、浮かれているのかもしれない。「そうそう、海斗くんからお二人にプレゼントがあるんですよ」「えっへっへー」なぜか得意気な顔をした海斗は、カメラマンから白い画用紙を受け取る。紗良と杏介の目の前まで来ると、バッと高く掲げた。「おとーさん、おかーさん、結婚おめでとー!」そこには紗良の顔と杏介の顔、そして『おとうさん』『おかあさん』と大きく描かれている。紗良は目を丸くし、驚きのあまり口元を押さえる。海斗とフォトウエディングを計画した杏介すら、このことはまったく知らず言葉を失った。しかも、『おとうさん』『おかあさん』と呼ばれた。それはじわりじわりと実感として体に浸透していく。「ふええ……海斗ぉ」「ありがとな、海斗」うち寄せる感動のあまり言葉が出てこなかったが、三人はぎゅううっと抱き合った。紗良の目からはポロリポロリと涙がこぼれる。杏介も瞳を潤ませ、海斗の頭を優しく撫でた。ようやく本当の家族になれた気がした。いや、今までだって本当の家族だと思っていた。けれどもっともっと奥の方、根幹とでも言うべきだろうか、心の奥底でほんのりと燻っていたものが紐解かれ、絆が深まったようでもあった。海斗に認められた。そんな気がしたのだ。カシャカシャカシャッシャッター音が軽快に響く。「いつまでも撮っていたい家族ですねぇ」「ええ、ええ、本当にね。この仕事しててよかったって思いました」カメラマンは和やかに、その様子をカメラに収める。他のスタッフも、感慨深げに三人の様子を見守った。空はまだ高い。残暑厳しいというのに、まるで春のような暖かさを感じるとてもとても穏やかな午後だった。【END】

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