共有

第155話

作者: 雨の若君
彼女は受け入れないし、受け入れたくもない。

人の心は肉でできている。過ちって、ひとことの謝罪で水に流せるような、そんな簡単なものじゃない。

「出てって!」

司野はとっさに口にする。「説明させてほしい……」

きっと何か言い合いになると思っていた。けれど、素羽はあっさりと、「いいよ、説明する機会をあげる」と返す。

「俺は……」

司野は言葉を探して、上手く取り繕おうとする。けれど、今はどんな言い訳も思い浮かばない。

沈黙が部屋を支配する。その空白を、素羽が代わりに埋めてやる。

「どう言えばいいか分からないのね?じゃあ私が代わりに言うよ。どうせまた、美宜は心臓が悪いから、体がもたないって言うつもりでしょ?

あなたの中で、何が大事か天秤にかけて、私は耐えられるから、私は待てるから、まず彼女を助けてから、後で私を助けるって、そう思ったんでしょ?

でもさ、もし途中で何かあって、私がもう二度と待つ機会すらなかったら、考えたことある?」

司野の喉が詰まるようで、やっとの思いで言葉を絞り出す。「そんなこと、ない……」

それが素羽に向けてなのか、自分自身への言い聞かせなのか、彼自身も
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第454話

    周囲のざわめきに気づき、素羽もゆっくりと振り返った。その凛とした面差しには、須藤一家の出現に対する感情の揺らぎはほとんど見られない。彼女は正座していた座布団から静かに立ち上がった。一歩前へ進み出ると、素羽は冷え切った声で、露骨な拒絶を突きつけた。「幸雄様、お引き取りください。祖母が亡くなった後まで、これ以上邪魔をされたくありません」その言葉に、松信の顔色が再び険しくなる。この娘は、どこまで自分に逆らえば気が済むのか。来客は客として扱うべきだというのに、こんな追い返し方があっていいはずがない。須藤家という存在が江原家にとってどれほどの価値を持つか、分かっていないのか。だが素羽は、松信の思惑など一切意に介さなかった。司野であれ、他の須藤家の人間であれ、誰一人として弔いに来てほしくはなかったのだ。幸雄たちに対しても、素羽の胸には一様に怒りが渦巻いていた。もし彼らが司野を抑え、自分を解放してくれていたなら、祖母が美宜の手にかかって命を落とすこともなかったはずだ。須藤家の面々も、さすがに厚顔無恥ではない。ここまで拒絶されてなお留まり、さらなる不興を買うような真似はしなかった。松信は込み上げる怒りを持て余し、喉の奥に何かが詰まったような不快感を覚えた。やはり素羽とは、どうしても相容れない。とはいえ、彼女に礼を欠かれたからといって、自分まで同じ土俵に立つわけにはいかない。松信は自ら須藤家の面々を外まで見送った。須藤家の一行が去り、素羽に無視された形となった司野も、失意の色を隠せぬまま、その場を後にした。江原家の外では、須藤家の車はまだ発車せず、司野が出てくるのを待っていた。夏場ゆえ衣服は薄く、司野の体に刻まれた傷は隠しようもなく、誰の目にも明らかだった。琴子は包帯の巻かれた彼の手を見て、痛ましげに眉をひそめた。「どうしたの、その手」素羽が刃物を振るった件は司野によって伏せられており、家族は誰も、彼らが死闘を繰り広げたなど知る由もない。司野はその問いには答えず、ただ祖父と祖母に挨拶をした。車内に座る幸雄は、横目で彼を睨み、抑揚のない声で問いかける。「……何があった」あの素羽という娘が放った憎悪の強さは、幸雄にとっても見たことのないものだった。かつてこの孫に追い詰められた時でさえ、彼女の瞳にあったのは主に

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第453話

    線香の熱い火種が、司野の手の甲をじりじりと焼いた。だが焼かれているのは皮膚ではなく、むしろ彼の心そのもののようで、鋭い痛みが胸の奥を貫いた。司野は彼女を見つめ、震える喉から声を絞り出す。「……俺はただ、おばあさんを供養したいだけなんだ」憔悴しきり、いっそう大きく見える素羽の黒い瞳が、冷酷に彼を突き放す。「あなたに、その資格はないわ」松信は、娘が何を血迷っているのかと語気を荒げて叱りつけた。「素羽、何を言っているんだ!どきなさい!」多くの参列者の前で騒ぎ立てるなど、体面に関わる。松信は新しい線香を手に取り、司野に差し出そうとしたが、彼が受け取るより早く、素羽がそれを叩き落とした。「消え失せろと言っているのよ!!」彼女はただ、祖母を静かに見送りたかった。最期の場所まで、この男に穢されたくはなかったのだ。赤く腫れた自らの手の甲を一瞥し、松信は不快感を露わにしながら、親の威厳で彼女を押さえつけようとする。「素羽、正気か?お前も人の子なら、おばあちゃんの葬儀でこんな真似はやめろ。安らかに見送ってやりたいとは思わないのか!」裏で揉めるならまだしも、この公の場で大局も見られないのか。恥をかくのは勝手だが、江原家の顔を潰すな。松信は、この養女に対して、以前にも増して強い不満を募らせていた。だが、素羽の漆黒の瞳に宿る冷徹な光が、まっすぐに彼を射抜く。「おばあちゃんを死に追いやったのは、この男よ。仇に、おばあちゃんの葬儀へ参列させるつもりなの?あなたは、おばあちゃんが浮かばれなくてもいいと言うのね」松信が何を企んでいるかなど、素羽には透けて見えていた。その言葉に、松信は呆然と立ち尽くした。耳を疑ったのか、それとも祖母の死の衝撃で素羽の精神が壊れたとでも思ったのか。「……何をデタラメを言っているんだ!?」司野が犯人だと?そんなはずがあるわけがない。素羽は容赦なく言葉を重ねる。「私はもう、司野と離婚したわ。自分のものでもないものに執着するのはやめなさい。彼は今、『おばあちゃんの仇』なのよ。少しでも骨があるなら、腰抜けみたいな真似はやめることね!」「……っ!」松信の老いた顔は、青から紫、紫から赤へとめまぐるしく色を変え、この上なく醜態をさらした。言い終えると、素羽は手元の線香を司野へ投げつけた。

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第452話

    あの二人なんて、この先一生離れず、共倒れになればいいのよ。互いに地獄へと道連れにしてしまえばいいわ!「……出て行って!素羽はもうあなたと離婚したのよ。今の二人には、これっぽっちの関係もないわ!これ以上彼女に無理強いするつもりなら、こっちだって命がけでやり返す。みんなまとめて道連れにして、終わりにしてやるわよ!」楓華はそう言い放つと、司野の体を力任せに突き飛ばし、病室の外へと叩き出した。さらに、室内で呆然と立ち尽くしていた亘にも、鋭い声を向ける。「……あなたも、出て行って!」今の彼女を敵に回すのは得策ではないと悟り、亘は尻尾を巻くように大人しく部屋を後にした。扉が閉まると、楓華はベッドの上で傷だらけのまま横たわる素羽を見つめた。胸が締めつけられるような痛みに、思わず涙を拭う。それでも、無理やり気持ちを奮い立たせた。――しっかりしなきゃ。私が、この子を支えないと……病室の外では、司野が魂の抜けたように立ち尽くしていた。「子宮外妊娠」という言葉が、頭の中で何度も何度も反響している。楓華の言葉を、すべて否定したかった。自分と美宜の間には何もない。彼女を愛してなどいない。亡き友との約束を守るため、人一倍気にかけていただけだ。それ以上の意味など、なかったはずだ。亘は、抜け殻のようになった親友を見て、胸の内で深くため息をついた。何を言えばいい。何も言えやしない。ただ一つ言えるのは……自業自得だ、ということだけだ。この破滅的な状況は、すべて司野自身が招いた結果であり、誰のせいでもない。亘は彼を現実へ引き戻すように、低く告げた。「祖母の死は、素羽にとって一生解けない呪いになる。今のところ、美宜が関わっているという決定的な証拠はない。だがな……俺の知る限り、素羽は理由もなく発狂するような女じゃない」美宜を殺そうとするほど追い詰められていたのだ。あの女が潔白なはずがない。「この一大事に、もう二度と判断を誤るな。美宜であろうとなかろうと、拉致を実行した犯人を必ず引きずり出せ。そして、素羽のためにケジメをつけろ」その言葉を受け、ようやく司野の意識が一点に収束した。美宜が黒幕なら、容赦はしない。たとえ違ったとしても、芳枝を死に追いやった真犯人を必ず突き止め、相応の代償を払わせる。---死者は、決して戻らない。どれほ

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第451話

    司野の顔は、失血のためすでに蒼白だったが、その言葉を聞いた瞬間、完全に血の気を失った。奥歯を強く噛み締め、静かに目を閉じる。やがて再び瞼を開いたとき、その瞳には滲む湿り気と、赤く浮き出た血走りが入り混じっていた。亘は彼の肩を軽く叩き、無言のまま慰める。――この状況で、「子供ならまた授かる」などという言葉は、口が裂けても言えない。そもそも、二人の関係に「次」があるかどうかさえ危ういのだから。司野は布団を跳ね除けると、亘の制止も振り切り、よろめく足取りで素羽のもとへ向かった。病室の前では、楓華が般若のような形相で立ち塞がっていた。もし人を殺しても罪に問われないのなら、素羽が手を下すまでもなく、彼女が真っ先にこの男へ「天罰」を下していただろう。ベッドに横たわる素羽は、先ほどまでの狂乱が嘘のように静まり返っていた。胸のかすかな上下がなければ、息絶えているのではないかと錯覚するほど、その存在は薄い。司野は震える手を伸ばし、痩せ細った頬に触れようとする。だが、指先が届く直前、楓華の鋭い平手がその手を弾き飛ばした。楓華は司野を突き飛ばし、二人の間に割って入ると、雛を守る親鳥のように彼を睨み据えた。そして、積もりに積もった怒りを言葉の刃へと変え、叩きつける。「触らないで!!」その声は、憎悪に震えていた。「素羽に、あなたの今さらの偽善なんていらないの!彼女があなたを必要としていたとき、あなたはどこで何をしていたのよ!」司野の蒼白な唇がかすかに動く。だが言葉は出てこない。胸を刺す罪悪感が、彼の声を奪っていた。楓華は目を真っ赤に腫らし、嘲りを含んだ声で吐き捨てる。「素羽が冷たい霊安室でおばあちゃんに付き添っていたとき、あなたは美宜とキャンドルランチを楽しんでいたんですってね!どれほど甘くて幸せな時間だったのかしら!」「……違う、そんなつもりじゃ……」司野はかろうじて弁明しようとする。それはただの送別の食事だったのだと。だが楓華にとって、その言い訳は汚物にも等しかった。「そんなに愛し合っているなら、どうして素羽に執着するの?自分が惨めなのは勝手だけど、なぜ彼女まで巻き込んで地獄に落とすのよ!知ってる!?素羽の人生は、あなたに壊されたのよ!好きでもないなら、どうして手放してあげなかったの!?彼女の意思なんて無

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第450話

    司野はその言葉を耳にした瞬間、全身を硬直させた。信じ難いという表情のまま、耳の奥では激しい耳鳴りが鳴り響いている。「……何と言った?今、何と……」彼は再び、狂気に取り憑かれたような素羽を見つめた。心臓を力任せに握り潰されたかのような痛みが走り、息をすることさえままならない。「誰だ……誰がやったんだ!なぜ誰も俺に教えなかった!」楓華は憎しみを込めて美宜を睨み据えた。「あなたの隣にいる、その卑劣な女よ!」司野の視線が美宜へと向けられる。彼女は両目に涙を溜め、必死に首を横に振った。「司野さん、私じゃないわ。何が起きたのかさえ知らないの。分かっているでしょう?私は昨日ずっと病院にいたの。私じゃない、私は何もしていないわ!」司野は喉を鳴らし、苦しげに声を絞り出した。「……何かの誤解じゃないのか?」――美宜は昨日、俺が自ら病院へ送り届けたんだ。彼女が人を殺めるなど、そんなことが……素羽の掠れた声が、静かに響く。「……離して」楓華は手を緩めない。素羽は続けた。「もう刃物はない。誰も殺せないわ」その言葉に、楓華は震える手をゆっくりと解いた。素羽の漆黒の瞳が司野を射抜く。そこには一片の温もりもなく、ただ凍てつく冷気だけが宿っていた。「いっそ今ここで私を殺して、二度と逆らえないようにすればいい。私が生きている限り、美宜の命は必ず奪ってやる」司野は息を呑んだ。その冷酷な眼差しに、胸の奥が締め付けられる。そのとき、警察が到着した。警官たちの鋭い視線が一同に注がれる。血なまぐさい惨状は、誰の目にも明らかな事件現場だった。店員の証言により、素羽は犯人として指名され、警察は法に則って彼女を連行しようとする。素羽は抵抗しなかった。だが、それを司野が許さなかった。周囲がどれほど言葉を交わそうと、素羽は何一つ関心を示さない。やがて遮る者がいなくなると、彼女はふらつきながら外へと歩み出した。一歩進むごとに、足元には血の足跡が刻まれていく。異変に気づいたのは楓華だった。視線を足元からゆっくりと上へ辿ると、素羽の茶色のワイドパンツがどす黒く染まっているのが目に入る。血の出所は――彼女の股間だった。「……素羽、血が出てる……っ!」素羽は無表情のまま視線を落とした。湿った感触が、この血がどこから流れて

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第449話

    血に濡れたナイフが、再び司野の腹部を貫いた。遅れて襲いかかる激痛が、ようやく彼の思考を現実へと引き戻す。だが、彼には理解できなかった。なぜ素羽が、これほどまでに自分を憎み、殺そうとするのか。「司野さん!」美宜は、刃を突き立てられた司野の姿を目にすると、迷わずテーブルの花瓶を掴み上げた。そして、それを素羽の頭部めがけて叩きつける。花瓶は凄まじい音を立てて粉々に砕け散った。素羽の頭を濡らした水滴は、透明から淡い桃色へ、そしてやがて鮮血へと変わっていく。左目は流れ落ちる血に染まり、視界は真紅に塗り潰された。彼女はゆっくりと首を巡らせ、まるで地獄の亡者のような形相で美宜を睨み据えた。その悪鬼のごとき眼光に、美宜は息を呑み、恐怖に身を震わせる。「……素羽、司野さんはあんたの夫なのよ!それなのに殺そうとするなんて、正気じゃないわ!あんた、狂ってる!」素羽は何も答えない。ただ司野の体からナイフを引き抜くと、今度はその切っ先を美宜へと向けた。いまの彼女は、目に映るすべてを屠ろうとする殺人鬼そのものであり、凄まじい殺気をまとっていた。岩治と楓華たちが駆けつけたのは、ほぼ同時だった。車を止めるや否や、彼らの目に飛び込んできたのは、パニックに陥りレストランから逃げ出してくる客たちの姿だった。事情を掴めないまま、楓華の胸に言いようのない不安が渦巻く。群衆の中から「人殺しだ!」という叫び声が響き、彼女は人波をかき分けて中へと突進した。そこで目にしたのは、素羽が司野の腹部に刃を突き立てている光景だった。楓華はその場で凍りついた。亘も、そして何も知らない岩治も同様だった。岩治は、目の前の非現実的な光景に思考を完全に奪われていた。――奥様が……正気か!?美宜は迫り来る刃に怯え、後ずさった拍子に自分の足に躓き、無様に床へと倒れ込んだ。だが、素羽は逃がさない。ナイフを振り上げ、そのまま彼女の心臓めがけて一気に突き下ろす――その場にいた全員が、絶望の中で息を呑んだ。「素羽、やめろ――っ!」司野の声が響き渡る。刃先が美宜の胸元まで数センチに迫ったその瞬間、司野は素手でナイフの刃を掴み取った。鋭利な刃が彼の掌を裂き、拳を伝って滴り落ちる血が、美宜の服を赤く染めていく。美宜は瞳孔を見開き、呼吸を忘れ、死

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第193話

    森山は、ジムにこもり、正気を失ったかのように体を動かし続ける素羽の姿を見て、思わず心配そうな視線を向けた。これほどまでに身体を酷使する運動は、常軌を逸している。素羽は、ただ運動をしているのではなかった。胸の奥に渦巻く狂気を、必死に吐き出そうとしているだけだった。止まりたくなかった。一度でも動きを止めれば、あの写真の光景が、容赦なく頭の中に押し寄せてくるからだ。司野は言った。美宜とは何の関係もない、と。彼女のことは妹のように見ているだけだ、と。だが、その言葉はすべて、彼自身の行動によって無残に打ち砕かれた。特別な関係でもない異性と、二人きりで旅行に行く。それは、本

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第187話

    芳枝が手術室へ運ばれていったというのに、松信はなお、何を優先すべきか理解していない。母親を案じる素振りも見せず、ただ商売への執着だけを剥き出しにしている。司野が電話に出るために外へ出ただけなのに、松信は首を長くして彼の帰りを待ち構えていた。「もうすぐ司野くんが戻ってくるから、お前も俺と一緒に彼を説得してくれよ」背後で赤々と灯る手術中のランプに、どうして気づかないのか。素羽は、芳枝があまりにも不憫でならなかった。「何見てるんだ?お前に話しかけてるんだぞ、聞いてんのか?」松信は白目を剥き、怒気を帯びた声をぶつけた。「この前お前が妹のためにうまく事を運べなかったから、

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第192話

    夜、素羽は自分でハンドルを握り、家へ戻った。天候が優れず、必要でもない限り、彼女はほとんど外出しない日々を送っていた。司野は、彼女が雑誌をめくりもせず、同じページをじっと見つめ続けているのに気づき、ふと声をかけた。「ここ、気に入った?」雑誌に載っていたのは、ある海島の観光地だった。かつて素羽は、司野とこの場所でハネムーンを過ごすことを夢見ていた。「気に入ってるなら、行けばいい。今は休み中だろ?」結婚して五年。素羽は、自分の結婚生活にも、そろそろ区切りをつけたいと考えていた。雑誌から視線を外し、初めて自分から夫を誘った。「……一緒に来てくれる?」司野はその言葉

  • 流産の日、夫は愛人の元へ   第191話

    目上の人をなだめるのは、どうやら司野の得意分野らしい。彼があの手この手で巧みに言いくるめたおかげで、芳江は自分がどうやって手術室に入ったのかさえ忘れてしまうほど、すっかり機嫌を良くしていた。男の言うことは嘘ばかり。そんな言葉も、決して伊達ではないのだろう。芳江はやはり手術を終えたばかりで、意識がはっきりしていられる時間は長くなかった。ほどなくして、再び深い眠りに落ちていった。夜の付き添いは素羽が自ら引き受けることになり、実家で予定されていた食事会には顔を出さなかった。窓の外は一面の雪景色に包まれていたが、病室の中は暖かい。ベッドで安らかな寝息を立てる祖母の顔を見つめなが

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status