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第252話

Author: 雨の若君
真紀から警告を受けたあの一件で、事実はこれ以上ないほど明白になっていた。

素羽の計画など、司野には最初からすべて見透かされていたのだ。闇に身を潜めた彼は、ただ道化のように騒ぎ立てる素羽を眺めていただけだった。

現実に打ちのめされ、他人に踏みにじられる素羽の姿を見て――さぞ、面白かったことだろう。

素羽は、そんな司野に対して、生まれて初めてはっきりとした憎しみを抱いた。視線を逸らし、踵を返して反対方向へ歩き出す。

数歩も行かないうちに手首を掴まれ、胸の奥に溜め込んでいた怒りが一気に噴き上がった。反射的に振り向きざま、逆手で平手打ちを食らわせる。乾いた音が、鋭く空気を裂いた。

素羽は目を血走らせ、歯を食いしばって叫んだ。

「司野……あんた、それでも人間なの!?」

司野は痺れる頬の内側を舌でなぞり、暗い眼差しのまま言った。

「チャンスはやった。それを無駄にしたのは、お前自身だろう」

昨夜の、試すような司野の態度が脳裏をよぎり、素羽の胸底から怒りが噴き出す。彼を睨み据え、吐き捨てるように言った。

「いい?たとえ死んだって、私はあんたと離婚するんだから!」

掴まれていた手を
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