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第182話

Author: 雨の若君
琴子は入口の方へと絶えず意識を向けていたため、素羽と翔太が続けて姿を見せるのを当然のように感じていた。細めた目は、まるで値踏みするかのようだった。

司野もほどなく戻ってきた。今回の式は、彼の采配によって滞りなく終えることができた。

……

翌日、大晦日を迎えた。須藤家で過ごすのは、これで五度目の新年だった。

須藤家では年越しを共にするのが習わしで、当主である幸雄が座している以上、他の者が先に席を立つことなど許されなかった。

普段、裏側でどれほど荒れていようとも、それはあくまで普段の話だ。この日ばかりは須藤家全体が穏やかに見え、和やかな空気が家中を満たしていた。

新年の鐘が鳴り響き、夜空には鮮やかな花火が咲いた。

素羽はその光の束を仰ぎながら、心の奥でそっと自分に語りかける。

「明けましておめでとう、素羽」

その瞬間、隣から司野の声がした。「明けましておめでとう。正月のプレゼントだ」

そう言いながら、彼はまばゆい光を放つネックレスを取り出した。夜の闇でさえ、その輝きを覆い隠すことはできなかった。

司野は素羽の首筋にかかる髪をそっと掻き分け、自らそのネックレスをつけてやった。

冷たく硬いダイヤモンドに触れながら、素羽は胸に湧き上がる疑問を口にした。「どうしてそんなに、私にダイヤモンドを贈りたがるの?」

司野は答えず、問いで返す。「嫌いか?」

素羽は短く答えた。「好きよ」

全部お金なんだから。嫌いなわけがない。

家のあちこちから子どもたちの元気な「あけましておめでとうございます」の声が響き、幸雄は一人ひとりにポチ袋を手渡していた。

結婚している素羽たちにも、例年通り家族の一員としてのしきたりが続けられていた。

素羽は両手で赤い封筒を受け取り、「おじいさん、ありがとうございます」と丁寧に礼を述べた。

普段は厳しい表情を崩さない幸雄の頬も、この時ばかりはふっと緩んでいた。

「来年は子どもを連れてくるといい。家族が増えれば、そのぶん福も増えるからな」

司野も自分の分を受け取り、幸雄の言葉に合わせるように言った。「来年こそは、家族が増えるよう頑張りますので」

こうした催促にも、素羽は笑顔を崩さず応じた。

ふたりが席を下がると、また別の者が新年の挨拶にやって来た。

「お義姉さん、明けましておめでとうございます」

ずっと人目を避けていた
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Mga Comments (2)
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中村 由美
200話迄に離婚しなかったら、もう読むのやめようか。素羽ちゃんにも興味無くなりそう。
goodnovel comment avatar
智恵子
早よ、別れろや いつまでもいつまでも…
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