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第4話

Author: 雨の若君
素羽は琴子が孫の顔を見たいがために、どれほど執念深くなれるかをよく知っていた。だからこそ、自分の寝ているところまで見張られるなんて絶対にごめんだった。

「お義母さん、ここは会社から遠いし、毎日早起きしなきゃいけません。そうなると、司野の睡眠時間にも影響が出ちゃいますよ」

今や息子は琴子の命そのもの。素羽はその点を上手く利用して、自分の自由を守ろうとする。

案の定、琴子は少し躊躇した。

司野は横目で素羽を睨む。その瞳にはわずかな陰りがあり、自分を盾に利用されていることを見抜いているのだろう。

しかし素羽はその視線を感じ取っていたものの、あえて無視した。まるでさっきの司野の振る舞いを真似るかのように。

結局、屋敷に住む話はそれで流れたが、琴子は簡単には引き下がらない。今度は本家の家政婦である梅田(うめた)を送り込んできたのだ。

素羽はもう一度やんわり断ろうとしたが、琴子の態度は頑なで、話し合いの余地もなく決定された。

「梅田さん、お腹空いたわ。ご飯はまだ?」

そう声が響いた瞬間、すらりとした美少女が現れた。司野の妹――須藤美玲(すどう みれい)だ。

彼女は素直に挨拶した。

「お兄ちゃん、お義姉さん」

司野は軽く頷く。「おかえり」

素羽も微笑みを返す。

美玲は今年十六歳で、康平の晩年に生まれた子だ。須藤家の本家で一番下のお嬢様だから、家族から溺愛されている。

琴子はすぐに食卓の準備を指示する。

食卓で、美玲は無垢な笑顔を浮かべて言う。「お義姉さん、今度の金曜日、学校の保護者会があるんだけど、代わりに来てくれない?」

その声を聞いて、素羽の手がわずかに止まる。

美玲と司野はあまり似ていない。美玲は母親似で、司野は父親似。でも二人とも康平の特徴的な目を受け継いでいる。

司野の目は冷たくて温度を感じさせないが、美玲の目はいつも笑っていて、自然と親しみを感じさせる。

けれど素羽は知っている。それは全部、彼女の作った仮面に過ぎないと。

素羽はやんわりと断った。「金曜日は仕事があるから、お義母さんに行ってもらったらどう?」

美玲はそれでも諦めず、今度は司野に甘えた声で頼んだ。「お兄ちゃん、一日だけお義姉さん貸してよ。いい?」

素羽は心の中で司野が断ってくれることを期待したが、その願いはあっさり打ち砕かれる。

司野が口を開く前に、琴子が代わりに決めてしまった。「美玲がそこまで言うなら、金曜日は仕事休みなさい」

素羽に向かってそう言い放つ。

美玲の頼みなら、琴子は何でも聞くのだ。

司野は最初から最後まで一言も発しない。まるでこんな些細なことには一切関わりたくないかのように。

何年経っても、この家で素羽は自分の意見すら言えない。自分のことですら、勝手に決められてしまうのだ。

素羽は急に、ご飯が喉を通らなくなった。

この昼食は、まるで紙を噛んでいるような味気なさだった。

……

屋敷を出て、会社に戻る車の中で、素羽はついに我慢できず、想いを口にした。

「保護者会、行きたくない」

司野は淡々と言った。「一日休んでも給料は引かれない」

お金の問題じゃないのに。

素羽はもう一度言う。「司野、私は行きたくないの」

素羽の頑なさに、司野はようやく横を向き、首をかしげる。「これが初めてじゃないだろう?」

初めてじゃないからこそ、もう嫌なのだ。

司野は諭すように言う。「美玲はお前のこと、本当に好きなんだ。がっかりさせるな」

好き?

家族だけがそう思い込んでいる。

仮面は人を騙せる。まして家族として十数年一緒に育った血縁の彼女たちと違い、自分はただの外から来た他人だ。

素羽が美玲に敵意を持たれていると言ったところで、誰も信じない。むしろ素羽が揉め事を起こしているとしか思わない。

素羽は静かに尋ねる。「司野、私の意見なんて、この家では少しも大事じゃないの?」

行きたくない。行かなくてはいけないの?

素羽の反発に、司野は顔をしかめた。「美玲はお前を家族だと思ってるんだ。保護者会ぐらい出てやれよ。お前はお義姉さんなんだから、それぐらいできないのか?」

まるで自分が非常識な義姉であるかのような言い方。

素羽は自嘲気味に口を歪める。「私が断ると、わがまま扱い?じゃあ美宜があんたと不倫してるのは何?恥知らずだと思わない?」

その言葉に司野の顔が険しくなった。「それとこれとは関係ないだろう。何で美宜を持ち出す?

人の名誉を傷つけるようなこと、女なら尚更分かるだろ?」

素羽は静かに返す。「あんたたちがやっていいこと、私が言ったら駄目なの?」

司野は低い声で言う。「これだけは言っておく。俺と美宜は何もない。妹として見てるだけだ」

素羽は嘲るように言った。「本気でそう思ってるの?」

妹?どう見ても愛人だろう。

この言い争いは、結局うやむやに終わった。

会社に向かう車の中、身分を知られたくない素羽は途中で降りた。

遠ざかる車を見送りながら、素羽は皮肉な気持ちだった。

正妻の自分が、コソコソとまるで泥棒のように行動しなければならず、世間から非難される愛人の方が堂々と威張っている。

世の中、なんてひっくり返ってしまったのだろう。

美宜が司野のアシスタントになったという噂は、あっという間に会社中に広まった。

誰もが美宜を司野の奥さん、つまり自分たちの社長夫人だと思っている。

素羽は耳を塞ぐようにして、周囲の雑音を遮断し、黙々と引き継ぎ業務をこなした。

くだらないことに構っている暇はない。ただ、一刻も早く離婚したい、それだけだった。

あっという間に金曜日がやってきた。

素羽は美玲の保護者会には行きたくなかったので、その日はわざと携帯の電源を切り、会社にも行かなかった。

司野が「有給でいい」と言っていたのだから、自分を甘やかしてもいいだろうと、芳枝のお見舞いに病院へ向かった。

だが、美玲の執念を甘く見ていた。連絡が取れないと分かるや、今度は司野を頼った。司野もさすが妹思い、すぐに岩治を使って素羽を病院まで迎えに寄越した。

病室で、岩治はまず芳枝に挨拶し、それから素羽に言った。

「奥様、社長が学校までお送りするようにと」

岩治の登場で、素羽の笑顔はすっと消えた。

本当に、どこまでもしつこい。

隠れていても、すぐに見つけ出される。

芳枝は不思議そうに尋ねた。「学校に何しに行くんだい?」

岩治が説明する。「お嬢様の保護者会に、奥様が出席されるんです」

それを聞いた芳枝はすぐに素羽に言った。「それなら早く行っておいで。大事なことなんだから」

須藤家の人に素羽が軽んじられていないか心配していた芳枝は、これで安心したようだった。保護者会に呼ばれるということは、家族として認められている証拠だと思ったのだろう。

芳枝の笑顔を見て、素羽は心配をかけたくなくて、結局岩治についていくことにした。

美玲が通う学校は、名門の国際私立学校。生徒は皆、裕福で地位のある家の子ばかりだ。

素羽はなぜ自分が美玲に目の敵にされるのか、最初は分からなかった。だが、やがて気づいた。人を嫌うのに理由なんてない。ただ、いじめっ子は弱そうな人間を狙うだけ。自分は美玲にとって、まさに「いじりやすい」存在なのだと。

湖のそばを通るとき、素羽は背後で物音を感じた。目を細めると、不意に近づく気配。とっさに身を翻し、伸びてきた黒い手をかわす。

素羽は幸運にも襲撃を避けたが、襲ってきた相手は運が悪く、湖に落ちてしまった。

バシャッと水音が響いた。

「何してるの?どうして人を湖に突き落としたの!?」すぐに叫び声が上がり、次々と十六、七歳の少年少女が駆け寄ってきた。美玲もその中にいた。

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