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第3話

作者: 雨の若君
司野は岩治が選んだネックレスを手に、家へ帰ってきた。しかし、家に入ると素羽の姿はなく、彼女が出張に出ていると聞かされた。

普段から素羽は出張に慣れているため、特に気にせず、一人でダイニングで晩ご飯を済ませる。

食事を終え、いつものように誰かがハンカチを持ってきてくれるのを待ってしまい――ああ、今日は素羽はいないのだと気づき、自分でハンカチを取りに行く羽目になった。

「彼女は、いつ帰るって言ってた?」司野が訊ねると、家政婦の森山は「奥様はおっしゃってませんでした」と答える。

以前なら、素羽は必ず司野にスケジュールを伝えてから出張に行っていた。今回に限って何も言わずに出かけたことが、司野の眉間にささやかな不機嫌を刻む。

その頃の素羽はというと、一人で夕食を済ませ、家のゴミを片付け、風呂を済ませてベッドに横たわる。

新しいベッドも新しい部屋も、特に違和感なく、夢も見ずに眠りについた。

翌朝。

素羽は会社には行かず、芳枝のお見舞いに病院へ向かった。

芳枝は珍しい病気を患っており、完治は難しく、毎日高価な薬で命を繋いでいる。親戚の間では「お金持ちの病」などと冗談めかして呼ばれることもある。

素羽のお見舞いに、芳枝はとても喜び、しばらくすると「素羽は痩せたんじゃない?須藤家で辛い目にあってない?」と心配する。

素羽は笑顔で「そんなことないよ。お義母さんたち、よくしてくれてる」と答える。

「辛かったら、何でもおばあちゃんに言いなさい。一人で抱え込むんじゃないよ」と芳枝は言う。

素羽が、何でも心に溜め込む子だと、彼女はよく知っていた。

本当は、江原家が素羽に申し訳ないことをしたのだ。

あの時、司野のために「縁起直しの花嫁」として嫁がせたこと――芳枝は何度思い出しても胸が詰まる。自分にもっと発言力があれば、止められたかもしれないのに。

けれど、素羽は運がよくて、死地から司野を救ってみせた。未亡人にならずに済んだのは、彼女の強さゆえだった。

「おばあちゃん、素羽は辛くないよ」

あの時、司野に嫁いだことも、素羽には少しも後悔はない。あれが、彼と結ばれる唯一の機会だと知っていたから。

今、離婚しようとしていることも、素羽は自分の意思で決めたことだ。すべては自分で選んだ道。だから、辛くなんてない。

病院を出る前に、司野から電話がかかってきた。彼が何の用か、素羽には分かっていた。きっと、離婚協議書が彼のもとに届いたのだろう。

電話に出ると、司野の声が怒りを含んで響いた。「今どこにいるんだ?」

素羽は話をそらすように「もう、離婚協議書にサインした?」と返す。

「ふざけるな」司野の声には苛立ちがにじむ。

「今から役所に行けば、すぐ離婚届も出せるよ」

そう言い切ると、電話越しにも彼の呼吸が荒くなるのを感じた。

素羽、なかなかのものだな――あの司野をここまで怒らせるとは。

数秒後、司野の声が落ち着きを取り戻し、再び同じ質問を繰り返した。「今、どこにいる?」

素羽も、早く離婚を成立させたかったので、もうこれ以上は彼を逆なでするつもりはなかった。素直に居場所を伝える。

三十分後、司野の車が病院前に停まる。

素羽はため息をつきつつ助手席に乗り込んだ。

「おばあちゃんの体調はどうだ?」司野が尋ねる。

素羽は横目で見ながら、「見舞いにも来ないくせに、よく聞けたものね」と皮肉を込めて返す。

司野はじっと素羽を見つめ、まるで取り調べのように問いかける。「昨夜はどこに泊まってた?どうして家に帰らなかった?」

彼は、素羽が出張になど行っていなかったことを、すでに知っているのだ。

自分のことは棚に上げて、よく言うものだ。夜遊びが好きなのは、どっちだったか。

「私はあなたと違って、けじめはつける。離婚が成立するまでは、他の男とは関わらないよ」

素羽の皮肉交じりの言葉に、司野は「言うことさえ聞いていれば、須藤家の奥様の座は誰にも渡さない」と返す。

家では本妻の地位を守り、外では自由に遊ぶつもりか?

素羽はもう、そんな結婚生活はごめんだ。

「夜は家に帰れ」

素羽が口を開く前に、司野は「お母さんが一緒にご飯を食べようって」と続けた。

それを聞いて、素羽は黙るしかなかった。離婚が決まるまでは、琴子に余計な心配をかけたくなかった。

北町(きたまち)、須藤家の屋敷。

須藤家は戦前から続く旧家で、町でも有数の資産家。その勢力は侮れない。

司野は本家の息子で、ほかにも分家や親戚が多い。

今の当主は司野の祖父――須藤幸雄(すどう ゆきお)。彼らが帰宅したのは、本家の屋敷だった。

司野の父親である須藤康平(すどう こうへい)は五年前、彼と同じ事故で亡くなり、今の本家に残る男性は司野一人。他は皆、女性ばかりだ。

だからこそ、司野を死の淵から引き戻した素羽は、琴子から特別に重用されている。

その重用ぶりは、帰宅早々「子宝の薬膳」を差し出されるほどだった。

「これ、港町(みなとまち)の知人からもらった秘伝の薬。飲めば、男の子が生まれるって」琴子はそう言って、薬膳を素羽に手渡す。

途端に鼻をつく匂いに、素羽の呼吸が止まりそうになる。

こんな薬、もう何度目だろう。

結婚初夜から、琴子はずっと孫の誕生を待ち続けてきた。その年月は四年半。もし素羽の運が強くなければ、一年目に子を授からなかっただけで、追い出されていただろう。

四年半、待ったのは琴子だけじゃない。素羽もまた、司野との間に子どもができることを願っていた。

時間が経てば、愛情も生まれると信じていたのだ。

でも、現実は違った。

好きじゃないものは、好きになれない。

今の素羽には、もう司野の子どもを産みたいとは思わない。

素羽は薬膳を手で避け、少し拒否の色を見せて司野に助け舟を求めるように視線を送るが、彼はコートを脱ぐのに夢中で、全く気づく気配がない。

素羽は諦めて、「お義母さん、今は風邪薬を飲んでいますから、他の薬は控えた方がいいのです」と断る。

琴子は眉をひそめ、「また風邪?子どもができないのは、体が弱いせいだって思うのよ。

しばらく家で過ごしなさい。食事もきちんと管理して、体を作っていかないと、もう二十八歳なんだから、これ以上遅れると高齢出産になってしまうわ」と説教を始める。

そして視線を司野に向けると、彼は「俺は問題ない」と一言。

今さら良い息子のふりをしても意味がないでしょう……

素羽は心の中で苦笑した。ここまで来て、離婚直前にこの家に戻るなんて、わざわざ苦しむこともないじゃないか。自分から地獄に足を突っ込むなんて、馬鹿らしい。

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U Tomi
何故に子宮外だったことを言わないのかわからない。
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