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第50話

Author: 雨の若君
翌朝。

司野が目を覚ますと、自分が床で寝ていることに気がついた。

ぼんやりとした頭で起き上がり、痛む後頭部を押さえながら、どうしてこんなところで寝ていたのか思い出せない。

服にはまだ酒の匂いが染み付いている。司野は眉をひそめた。

ひとまずシャワーを浴びて着替え、階下に降りる。

森田はまだ美宜の世話をしていて、家の中は梅田が切り盛りしていた。

「素羽はいつ出かけた?」

司野が尋ねると、梅田は不思議そうに首をかしげて逆に問い返した。

「奥様、上にいらっしゃらないんですか?」

どうやら、素羽が昨夜のうちに家を出たことを梅田は知らないらしい。

司野は少し眉をひそめた。昨夜の記憶は曖昧だが、素羽が自分の世話をしてくれたことだけはぼんやりと覚えている。でも、それ以上のことは思い出せなかった。

硬い床で一晩過ごしたせいで全身がだるく、気分も最悪だ。素羽のことを探す気にもなれず、朝食も食べずにそのまま会社へ向かった。

司野が知る由もないが、素羽は昨夜、家を出て楓華を訪ねていた。

自分と司野のことを一番よく理解しているのは楓華だけ。唯一、素直に打ち明けられる相手でもある。

素羽は楓華に相談したかった。どうすればうまく離婚できるのか、何か良い方法はないかと。

素羽に一晩つき合ったせいで、翌朝の楓華は少し寝不足気味だった。

事務所。

楓華がコーヒーを淹れたばかりで、まだ一口も飲んでいないうちに、鬱陶しい奴が給湯室に入ってきた。

「聞いたぞ、お前、素羽の離婚の手伝いをするんだって?」

そう言いながら現れたのは、見た目はまともなのに中身は最低な佐伯亘(さえき わたる)だった。

楓華は彼を横目で睨む。「あんたに関係ある?」

亘は金縁眼鏡を押し上げて言う。「同僚として忠告するけど、その件にはあまり首を突っ込まないほうがいい」

「何、司野の手先にでもなったつもり?」

楓華が皮肉を言うと、亘は口元を歪めて笑った。「お前をこの業界から消すのに、誰も手を汚す必要はないさ」

楓華は無言で睨み返す。

亘は肩をすくめて続けた。「他人の夫婦のことに、部外者が口を挟むもんじゃないよ。

長年弁護士やってるくせに、どうしてそんなに感情的なんだ?離婚して素羽に何の得がある?司野の奥さんでいることで十分得をしてるだろうに。

女なんて、愛か金か、どちらか一つ選べばい
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