Masukしかし、司野が身を翻そうとした時には、すでに琴子に腕をしっかりと掴まれていた。逃げようと思った時には、もう後の祭りだった。個室の中。司野は一人、片側の席に座り、残る四人の女性たちは二人ずつ向かい合っている。まるで三者面談でも始まるかのような異様な配置に、司野の眉間にはさらに深い皺が刻まれた。一体これは誕生日の食事会なのか、それとも何か別の目的があるのか。司野には他意などなく、ただ早く食事を終えて、この場から離れたいだけだった。だが、世の中そう都合よくはいかない。「女三人寄れば姦しい」とはよく言ったものだが、四人も集まれば、その騒がしさはさらに拍車がかかる。琴子が口を開いた。「司野、菜穂子さんは北町に来るのが初めてで、何も分からないのよ。お母さんの代わりに、あなたがしっかり面倒を見てあげなさい」当事者である司野が返事をするより先に、隣にいた美玲が割り込んだ。「もう二十歳を過ぎた大人なんだから、口くらいついてるでしょう。分からないことがあるなら、自分から聞けばいいじゃない。私だって十代で海外に行った時は、自分のことは全部自分で何とかしたわ。彼女にできないことなんて、そうそうないでしょう」そう言いながら、美玲は横目で菜穂子を見やり、冷ややかな笑みを浮かべた。「それとも、菜穂子さんは成長が遅れていて、自分のことすら一人でできないの?もしそうなら、私の知り合いのお医者さんを紹介してあげてもいいけど」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、琴子が鋭い声を上げた。「美玲、いい加減にしなさい」この子は本当に礼儀というものを知らない。どうして口にする前に少し考えられないのか。「菜穂子さん、この子の言うことなんて気にしないでね。まだ子供だから、言葉遣いが分かっていないのよ」菜穂子は表情を変えることなく、静かに首を横に振った。「大丈夫です。分かっていますから」その返事を聞いた琴子の笑顔は、さらに本物のものへと変わった。「本当にいい子ね」なんて素直で、できた女性なのだろう。家柄も申し分なく、容姿も美しい。それだけではなく、性格まで穏やかだ。この縁談に、琴子はこれ以上ないほど満足していた。一方、美玲は口を尖らせ、作ったような笑顔を浮かべる菜穂子を横目で見ながら、心の中で吐き捨てた。
琴子は言葉を失った。どうして私は、こんなにも身内より他人をかばう娘を育ててしまったのだろう!千尋は気まずそうに口を開いた。「美玲ちゃん、私、実はちょっと用事があって……」だが、美玲は容赦なくその言葉を遮る。「用事なんてないことくらい分かってるわよ。お母さんの言うことなんて気にしないで。この人、すぐ人に突っかかるんだから。ほら、早く座って」そんな張り詰めた空気の中、菜穂子がプレゼントを手に姿を現した。「琴子さん、お誕生日おめでとうございます」ついさっきまで不機嫌そのものだった琴子は、菜穂子の顔を見た途端、表情を一変させた。曇っていた顔は嘘のように晴れ渡り、満面の笑みで彼女を迎える。「菜穂子さん、よく来てくれたわね。さあ、早く座って」琴子の菜穂子と千尋に対する態度は、まさに雲泥の差だった。その露骨な扱いの違いに、千尋の瞳は静かに曇る。「美玲さん、初めまして。こちら、私からのご挨拶です」菜穂子は人当たりのいい笑みを浮かべ、手にしていたプレゼントを美玲の前へ差し出した。琴子は終始にこやかな笑顔を浮かべ、菜穂子をすっかり気に入っている様子だった。「あら、来てくれるだけで十分なのに。こんなに気を遣わなくてもよかったのよ」しかし、琴子が満足そうな一方で、美玲は面白くなかった。美玲は遠慮なく菜穂子を頭の先からつま先までじろじろと眺め、その探るような視線を隠そうともしない。最後にプレゼントの箱へ目を落としたものの、手を伸ばすことすらせず、無礼な口調で言った。「見たところ、私とそんなに歳も変わらないみたいだけど。どういう物好きで、うちの兄なんかを気に入ったの?わざわざバツイチの男を選ぶなんて、何?うちの財産でも狙ってるの?」琴子は顔色を変え、きつくたしなめた。「美玲!」なんて口の利き方をする子なの。だが、母親に叱られても、美玲は唇を尖らせるだけで、まるで意に介していなかった。自分は何か間違ったことを言っただろうか。二十代そこそこの女性が、もうすぐ四十歳になるバツイチのおじさんを選ぶのだ。お金目当てでもなければ、まさか本気で惚れたとでも言うつもりなのか。よほど物好きとしか思えない。しかし、菜穂子は怒るどころか表情ひとつ変えず、穏やかな微笑みを浮かべたまま静かに答えた。「美玲
琴子の誕生日は、外で祝うことになった。盛大なパーティーを開くわけでもなく、招待客を呼ぶわけでもない。ただ家族三人で食事をするだけ――いや、正確には三人だけではなかった。琴子と美玲が、それぞれ別の人を呼んでいたのだ。琴子が招いたのは菜穂子、美玲が招いたのは千尋。その意図は、誰の目にも明らかだった。琴子は千尋の姿を目にした瞬間、あからさまに眉をひそめた。何の相談もなく千尋を呼んだ美玲への不満と、空気も読まずにやって来た千尋への不快感を隠そうともしない。つい数日前まで自分と言い争っていた美玲が、ようやく機嫌を直してくれたばかりだ。ここで彼女を責めて面目を潰し、また騒ぎになるのだけは避けたかった。せっかくの祝いの日に、自分から水を差すような真似はしたくない。だから琴子は、矛先を千尋へ向けるしかなかった。「千尋さん、お祝いの言葉をありがとう。そのお気持ちだけ、ありがたく受け取らせてもらうわ。でも今夜は家族だけの食事なの。あなたまでおもてなしするのは少し都合が悪くて。また改めて私からお誘いするから、それでいいかしら」そう言いながらも、千尋が差し出したプレゼントに手を伸ばそうとすらしなかった。今の琴子は、息子がこれ以上千尋と関わることを少しも望んでいなかった。この五年間、二人の関係がそれ以上進展する気配はなかった。その様子を見て、息子には千尋とやり直すつもりなどないのだと確信していた。司野が過去に区切りをつけ、未練を断ち切ったというのなら、母親である自分も覚悟を決めなければならない。千尋と親しく付き合うなど、もってのほかだった。それに今の息子には、新しい相手の候補もいる。菜穂子と千尋、どちらを選ぶべきかなど、まともな判断力があれば誰にでも分かることだった。千尋も当然、琴子の拒絶を感じ取っていた。瞳の奥に、一瞬だけ気まずさと焦りがよぎる。招かれてもいないのに押しかけるのが良くないことくらい、彼女自身も分かっていた。それでも、もう長い間、こうした場で司野の顔を見ていなかった。ただ一目、彼に会いたかったのだ。だが、彼女が口を開くより先に、隣にいた美玲が動いた。まるで実の母親の顔を潰すように言い放つ。「お母さん、何言ってるの?誕生日なんだから、賑やかなほうがいいじゃない。千尋さんは私がわざわざ呼んだのよ。このまま帰らせるなん
誠矢はくりくりとした大きな目をくるりと動かすと、慌てて最強の味方である素羽の胸へ飛び込んだ。「ママ、パパがおかしくなっちゃったよ。怖いよ。おばあちゃんが言ってたもん、頭のおかしいのはうつるんだって。早く逃げよう……」ティラノサウルスのように凶暴な父親と、か弱い子羊を演じる息子。その二人を見比べた素羽は、思わず笑みをこぼし、誠矢を抱き上げた。「ええ、早く逃げましょう」誠矢は白い歯を見せてにっこり笑うと、小さな顔いっぱいに得意げな表情を浮かべ、奏へ思いきり挑発的な視線を送った。「俺が抱くよ」奏は大股で数歩進んで母子に追いつくと、素羽の腕の中から誠矢をひょいと抱き上げた。「だから言っただろ。こいつ重いんだから、抱っこしてたら体に負担がかかるって」「ママ、僕、パパの抱っこなんか嫌だよ。パパにぶたれちゃうもん」誠矢は子豚のように体を丸め、素羽のほうへ身を乗り出して、必死に魔の手から逃れようともがく。奏はそのぷくっとしたお尻を、ぺしんと軽く叩いた。「これ以上騒ぐなら、このまま道端に置いていくぞ。パパはママと二人でご飯を食べに行くからな」誠矢は奏の首にぎゅっとしがみついた。「ふん、ママは僕を置いていったりしないもん」奏は意地悪そうに歯を見せた。「パパがおかしくなったって言ったのはお前だろ。だったら、ちゃんとおかしくならないと割に合わないじゃないか」誠矢は実に世渡り上手な子だった。奏の頬にちゅっと大きなキスをすると、透き通るような瞳を一瞬でキラキラと輝かせた。「パパ、僕、本当にパパのこと大好きだよ。どうして僕のパパってこんなに最高なの?僕、世界で一番幸せな子どもだよ」しかし奏は、その甘い言葉の連続攻撃にもまったく屈せず、ふんと鼻を鳴らした。「もう遅いね。今さらご機嫌取りをしても無駄だよ」誠矢は無邪気な笑顔で言った。「もう外は真っ暗だもんね。じゃあ、また明日の昼間にご機嫌取ってあげるね」「……」この大馬鹿野郎が。これのどこが賢いっていうんだよ。素羽は口元に穏やかな笑みを浮かべ、その眉間にはこれ以上ないほど柔らかな表情が宿っていた。今夜の月は、丸く、そしてひときわ明るかった。---奏の身辺調査は、岩治の手によって驚くほど迅速に進められた。わずか一日ほどで、彼の経歴
奏は急に機嫌を損ねたようで、恨めしそうな視線を素羽へ向けた。「?」素羽は小首をかしげる。どうしたのだろう。そんな複雑そうな顔をして。しかし、奏の恨めしげな表情は少しも変わらなかった。「どうして君は、あいつのことをそんなによく分かってるのさ。俺、名前なんて一度も出してないのに、なんで分かったんだよ」「……」いつも司野のことをそう呼んでいるのは自分なのに、それを忘れたのだろうか。むしろ分からないほうがおかしい。奏は彼女の目を見ただけで考えていることを察したのか、小さく鼻を鳴らした。「君のそういうところ、あんまり良くないと思うな」「何が良くないのよ」話が唐突すぎて、何を言いたいのかさっぱり分からない。その時、奏が答えるより先に、ずっと二人を見上げていた誠矢が口を開いた。「ママ、パパはヤキモチ焼いてるんだよ」奏は歯をむき出しにし、誠矢の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。「お前、本当にませた小悪魔だな」誠矢はその大きな手を払いのけると、奏の真似をして鼻を鳴らした。「ヤキモチならヤキモチって素直に認めればいいのに。おばあちゃんも言ってたよ。好きって気持ちはちゃんと伝えなきゃダメなんだって。パパって全然男らしくないね」奏への説教を終えると、誠矢はもう一度小さな顔を見上げ、甘く澄んだ声で言った。「ママ、だーいすき」素羽は優しく彼の頭を撫で、微笑んだ。「ママも大好きよ」誠矢は子猫のように、自分から彼女の手のひらへ頬をすり寄せる。奏に向ける態度とは、まるで別人だった。その様子を見た奏は、今度こそ本気で顔をしかめ、素羽の手から息子の頭を引き離した。「チビ助、そんなにパパからママを奪うのが楽しいのか?」俺が撫でると嫌そうな顔をするくせに、素羽が触れば犬みたいに尻尾を振って甘えてくる。本当に犬か、お前は。誠矢は誰に対しても平等だった。適当に愛情表現を返してやる。「パパ、僕もパパのこと好きだよー」「……」このガキ、その見え見えのお世辞に俺が騙されるとでも思ってるのか。まあいい。俺は大人だ。こんなガキと同じ土俵で張り合うつもりはない。奏はポケットの中で、素羽の手をもう一度ぎゅっと握り直した。「ほら、ご飯食べに行こう」素羽は手を引き抜こうとする。
奏は司野の脅しなど意にも介さず、妖しく艶めく瞳に薄い嘲笑を浮かべた。「司野社長、北町を自分たちの庭だとでも思ってるわけ?先輩風を吹かせて、新参者をいじめるつもり?」司野は再び目を細めた。相手から向けられる敵意は明らかだった。だが、その敵意がどこから来るものなのか、彼にはまったく見当がつかない。少なくとも、自分はこの男を知らない。会った覚えもない。司野は冷ややかに言い放った。「商売をするなら、ルールを守れ」その言葉が終わるや否や、奏は口角をつり上げ、傲慢で挑発的な笑みを浮かべた。「それは残念だったね。俺は昔から、自分のやりたいようにやるのが一番好きなんだ。さて、どうしたものかな」この場にいる者は誰一人として愚かではない。火花が散るような険悪な空気など、感じ取れないはずがなかった。取引先の相手も異様な空気を察し、途端に背筋へ冷たいものが走る。どうやら、この棚から牡丹餅の話は、そう簡単に飛びつける代物ではなかったらしい。司野の瞳の奥に一瞬だけ冷たい光が走ったが、それが表情に表れることはなかった。まるで彼と争うこと自体が時間の無駄だと言わんばかりに視線を外すと、一度も振り返ることなく部屋を後にした。「あ、司野社長……!」「お待ちください、このプロジェクトについてもう少し――」しかし、今さら話し合えるような空気ではなかった。取引先の相手は振り返った。「西嶋社長……」奏はその言葉を遮るように口を開いた。「明日、うちの会社へ来てよ。プロジェクトマネージャーと提携の細かい条件を詰めよう」取引先の相手は、その一言で奏がこの案件を引き受けるつもりなのだと悟った。「はい、承知しました。明日の朝一番に伺います」ちょうどその時、店員が料理を運んでもよいかと尋ねてきたため、取引先の相手は慌てて笑顔を作った。「西嶋社長、まずはお食事にしましょう」だが、面白い玩具はもう帰ってしまった。奏には、これ以上ここにいる理由などない。しかも、この後には別の食事の約束が控えていたため、彼はあっさりと誘いを断った。取引先の相手も気を悪くする様子はなく、そのまま店の外まで見送った。一方、司野は車に乗り込むなり命じた。「あの西嶋奏という男を調べろ」以前、石森商社の表向きの責任者は彼ではなく、後