LOGINShare
第1話
Latest chapter
浮雲の舟、落日の契り 第7話
文を読み終え、彼はしばし呆然とし、魂が抜けたように立ち尽くしていた。やはり、妻はとうに死を決意していたのだ。彼の浅はかな知恵が、彼の妻を自らの手で死に追いやった。この七日間、妻の一挙手一投足は、すべてが別れの挨拶だったのだ。それなのに彼は、愚かにもその異変に全く気づかなかった。使用人たちが床にひざまずき、口々に声を上げた。「旦那様、どうかお気を確かに――」すべてが、裴淮之に現実を突きつけていた。彼の綰は、もう本当にいないのだと。彼らの子、この世で深く愛し合った証と共に、彼のそばから無慈悲に消え去ってしまったのだと。彼女はもう話すこともなく、彼が買ってきたおやつを笑って食べることもなく、彼が彼女を抱き上げて回した時に、はにかんで頬を染めることもない。彼女は、彼が別の女のもとへ向かうのを見送る時、心の中で何を思っていたのだろうか？そして自分は、彼女を気遣うと言いながら、結局彼女のもとへは帰らなかった。もし昨夜、彼が去らなければ……綰、俺の綰。目の前の視界が次第にぼやけていく。涙なのか、雨水なのか、もはや区別がつかなかった。裴淮之は胸を押さえ、ごぼりと一口、血を吐いた。そして目の前が真っ暗になり、意識を失った。……裴淮之は何日も寝台に横たわっていた。目の下には黒い隈が刻まれ、身体は痩せこけ、まるで生ける屍のようだった。孟清寧との情事に溺れた日々は、とっくに彼の身体を蝕んでいた。そして虞綰の死は、紛れもなく致命的な一撃となった。雲州では蝗害が収まらぬうちに、時疫まで発生した。民は不満の声を上げ、口々に彼の無策を非難した。彼は以前、孟清寧の唆しで災害救援の食糧を横領していた。後に、怒れる民衆に騙されて蝗害の田に誘い込まれ、蝗の群れに噛まれた。そのせいで、子孫を望むことは、この生涯で二度とできなくなった。聖上は汚職役人を何よりも憎んでおられた。すべてを知った帝はお顔を曇らせ、彼の官職を剥奪した。裴淮之は都へ戻り、老いた母を連れて屋敷を明け渡さねばならなくなった。雲州を離れる前、孟清寧が泣きながら彼に会いに来た。彼女は懐妊したと告げた。医者もそれを証明したという。「淮之様、わらわを都へ連れて行ってくださいませ。どんなに苦しい日々でも、淮之様と共におります！今、わらわのお
浮雲の舟、落日の契り 第6話
裴家の使用人たちは走り回り、火を消せと叫び続けたが、天を衝く火勢は一向に衰えなかった。虞綰の部屋はまるで風に煽られているかのように、燃え盛る勢いを増していく。誰も知らなかった。彼女が侍女に命じ、壁の角に沿ってぐるりと、燐の粉と油を撒かせていたことを。燃え方が不十分であることを、何よりも恐れて。慌てふためいた人影が、衣も整えぬまま、燃え盛る炎へと突進してきた。孟清寧の寝台から下りてきたばかりの、裴淮之だった。「綰！綰！」天を焦がす火勢を前に、彼の目は怒りで裂けんばかりだった。「何をぼうっとしている！妻がまだ中にいるのだぞ！早く助けに行かんか！」しかし、灼熱のうねりを前に、誰もが怖気づき、一歩も前に出られない。裴淮之はよろめきながら数歩後ずさり、そばにいた下男が持っていた桶の水を頭からかぶった。「いいだろう、お前たちが助けられぬなら、俺が助ける！」人々は彼を止められず、もはや止める勇気もなく、ただ必死に水をかけて消火に努めるしかなかった。だが、濃い煙が行く手を阻み、彼は中に飛び込もうとしても、一寸たりとも進めなかった。その後、彼らがどんな方法で消火しようと、どれほどの水を注ごうと、大火は一向に鎮火しなかった。黒煙がもうもうと立ち込め、夜が明ける頃、空から雨が降り注ぎ始めた。火勢はようやく大半が消し止められ、裴淮之は命懸けで屋内に飛び込んだ。しかし、そこは焼け落ちた壁と梁が残るのみで、中は空っぽだった。彼はまだ熱を帯びた木材も構わず、濃い煙に激しく咳き込みながら、崩れ落ちた梁の間を探し回った。両手は真っ赤な水ぶくれができるほど火傷していたが、それでも妻の遺骨は見つからなかった。孟清寧が衣を整えて駆けつけてきたが、その光景に言葉を失った。「淮之様……」裴淮之はかぶりを振った。「ありえない、綰が死ぬはずがない。なぜ故なく火事など起こる？なぜこれほど激しく燃え上がるのだ？」彼は、途切れそうな理性の糸に必死にしがみつきながら、思考を続けていた。なぜ一夜にして、彼が誇りとしていた幸福が、突然にして崩れ去った。孟清寧は、狂乱する彼の姿をただ呆然と見つめていた。ついに、裴淮之は部屋中を探し尽くし、その日虞綰が着ていた衣の、燃え残った布切れを発見しただけだった。彼は地面に残った骨灰をす
浮雲の舟、落日の契り 第5話
裴淮之は虞綰に、急務の処理がある故、すぐ戻ると告げた。しかし彼は、孟清寧のもとで夜半まで求め続けた。そして不覚にも、そこで虞綰が彼のために刺繍したお守り袋を失くしてしまった。孟清寧は、彼が二年もの間、外で愛玩してきた籠の中の鳥だ。彼女の身体はしなやかで媚態に満ち、閨事においては極めて大胆で、虞綰とは全く異なる悦びを与えてくれた。昼間、彼はその蛇のような身体つきを見て、心を掻きむしられるほど疼いた。今夜、彼女はまた新たな手管を弄し、彼を部屋に引き留めた。「淮之様！この夜を尽くさずしてどうなさいますか」裴淮之は憎々しげに彼女の腰を抱きしめ、肌を寄せ合った。女が甘ったるい声でこう言うまでは。「淮之様、わらわ、もう奥方様にははっきりとお話しいたしましたわ。いつになったら、わらわをお屋敷に迎えてくださるのかしら？」女の半ば本気、半ば戯れの喘ぎ声を聞いた瞬間、彼の瞳にあった温情は瞬時に冷え切った。理由もなく湧き上がった殺意が、彼の手を彼女の首へと伸ばさせた。容赦など、微塵もなかった。孟清寧はすぐに呼吸ができなくなり、顔を赤黒くさせ、必死に彼の手を振りほどこうとした。次第に体力が尽き、白目を剥き始めた。裴淮之はようやく手を離し、女が咳き込みながら弁解するのを許した。「わらわ、ただの冗談でございます。淮之様が口止めなされば、わらわがどうして奥方様に楯突くことなどできましょうか？」彼はついに、冷たい声で口を開いた。「今後、そのような言葉を二度とお前の口から聞きたくはない。俺はかつて妻に約束したのだ。一生涯、彼女ただ一人を愛すると。もし他に女を作れば、彼女は俺のもとを去ると。俺は命に代えても、そのような事態は起こさせん。もしお前が妻に己の存在を知らせ、胎に障るようなことがあれば、その命、もはや不要と思うがいい」孟清寧は目を見開き、完全に呆然としていた。いつか都の屋敷に迎えるという甘い約束は、一瞬にして砕け散り、冗談のように地に転がった。自分は怜悧な心を持つと自負していたが、この男の心だけは、どうしても見通せない。彼女の目にはみるみるうちに涙が浮かび、やるせない思いと、納得のいかない気持ちでいっぱいだった。「それほど奥方様をお好きなのでしたら、なぜわらわを？」裴淮之は目を伏せ、答えを避けた。「
浮雲の舟、落日の契り 第4話
あの日、菱に堕胎薬と船の切符を持ってこさせた時、私は彼女に尋ねた。一緒に故郷へ帰る気はあるかと。「お嬢様のお供をすること、もちろん望むところでございます！」彼女は涙を拭いながら言った。「お嬢様が都に嫁いでこのような屈辱をお受けになるくらいなら、初めから嫁がなければよかったのです。二人で荔枝をもいだり、蓮の花を愛でたり、あの頃はどれほど楽しかったことでしょう」菱は、私と共に育った生え抜きの侍女だ。幼い頃、私たちは共に嶺南（れいなん）の叔父の家で、荔枝を食べて大きくなった。私は笑って彼女の頬をつまんだ。「嶺南の荔枝も、もうすぐ熟す頃でしょうね。もう何年も食べていないわ」彼女は不安そうに尋ねた。「お嬢様、しかし雲州の至る所に旦那様の息がかかった者たちがおります。私たちは本当に、帰れるのでしょうか？」私は、静かに、しかし断固として言った。「帰れるわ。必ず、帰ってみせる」あの日の宴、私はすべての者の酒に薬を混ぜておいた。皆が深く眠りこけ、私の部屋の火事に気づくのが遅れるように。今、私は遥か彼方で天を焦がす炎を見つめ、涙が出るほど笑っていた。この世から、虞綰という人間は、永遠に消え去ったのだ。私は外套を羽織り、夜陰に紛れて渡し場へと急いだ。どうにか最後の船に間に合った。揺れる船室の中、私は衰弱しきって菱の肩に寄りかかり、次第に眠りに落ちていった。眠りは浅く、夢うつつの意識の中は、乱れ飛ぶ過去の光景で満ちていた。私は将軍家の生まれで、幼い頃から誰にも屈しない気性だった。初めて淮之に会ったのは、私が十歳の年。高熱で意識を失っている、絵のように美しい顔立ちの少年を見つけたのだ。裏門で彼を見つけた私は、こっそりと彼を薪小屋へ運び、甲斐甲斐しく看病した。その時の淮之はうわごとを言っていた。家族に捨てられたのだと思った私は、急いで彼を慰めた。「怖がらないで。あの人たちがあなたをいらないなら、私があなたを貰ってあげる」数日養生し、いよいよ隠しきれなくなった頃、裴家の者たちが若様を捜しにやってきて、ようやく彼は見つけ出された。私は父にこっぴどく叱られ、しょんぼりしていた。その数日後、全快した淮之が、一箱のおやつを抱えて訪ねてきた。涼やかな目元に、淡い笑みが浮かんでいた。「綰、あの日の言葉、ま
浮雲の舟、落日の契り 第3話
あの夜、淮之が帰ってくることはなかった。腹の痛みで一晩中輾転反側し、夜が明ける頃にようやく深い眠りに落ちた。目覚めると、淮之が私の冷たい手を握っていた。私の蒼白な顔を見て、彼は罪悪感に満ちた声で言った。「すまない、遅くなった。昨夜は急務の処理に手間取ってしまって。医者も言うには、妊娠三ヶ月目まではつわりが酷いそうだな。これからは必ず毎日、お前のそばにいよう」彼は身をかがめ、私の手に口づけをした。その時、彼の首筋に浅い紅い痕が刻まれているのが見えた。まるで、無言の挑発のように。私は力なく目を閉じた。彼は知らない。私たちの子は、もういないということを。そして、私たちに「これから」など、もうないということを。五日後、奇しくも私たちの祝言から丸三年となる日だった。淮之は屋敷で宴を催し、私を喜ばせるために、雲州で最高と名高い芝居の一座を大枚をはたいて招いた。「我らの今日この日が年々歳々続きますように。俺と綰は幼き頃に髪を結った仲。この情は深く、金石の如く揺るぎない」彼は杯を掲げ、一気に飲み干した。しかし、談笑の最中、淮之の顔色が突如として変わった。笙と弦の音が響き渡り、水色の衣をまとった女形がしなやかに舞台へ上がってきた。墨のように黒い髪、揺れるたびに艶めかしい姿態。甲高い声で婉然と歌い始める。案の定、その女は孟清寧だった。そして何より、今日私が着ていたのは、淮之が私のために特別に誂えさせた、同じ水色の衣だった。瓜二つと言っても過言ではない。満座は騒然とし、人々の視線が私と役者の間を行き来する。ついに、淮之は我慢の限界とばかりに立ち上がり、杯を卓に叩きつけた。「ふざけるな！早くそやつの衣を剥ぎ取れ！」弦の音は、ぷつりと途絶えた。その役者は柳のようにか弱くひざまずいたが、その瞳の奥に恐れの色は微塵もなかった。「わらわは仕立屋でこの衣を買いました。奥方様のお召し物と被ってしまうとは、露ほども存じませんでした……」彼女は自ら上着を脱ぎ捨て、中衣だけになった。しなやかな身体の曲線があらわになり、小刻みに震えている。淮之の顔は、氷のように冷え切っていた。「下がれ！」彼は明らかに私を庇っていたが、私の心には一片の温もりも生まれなかった。裴家の屋敷の警備は極めて厳しい。孟清寧は一
浮雲の舟、落日の契り 第2話
「生涯ただ一人を愛し添い遂げる」というあの日の誓いは、まるで水鏡に映る花のよう。地に落ちて、跡形もなく砕け散ってしまった。目の前の景色が次第にぼやけていき、私は唇を固く結んだ。腹の奥が、微かに痛む。侍女の菱（りょう）が、ついに堪えきれず、憤然として言った。「お嬢様、旦那様はあまりにも酷すぎます。お嬢様がご懐妊中であることも顧みず、このような裏切りを……。旦那様にお伝えしなくてよろしいのですか？」「いいえ、その必要はありません」私は首を横に振り、心が恐ろしいほど静まり返っているのを感じた。「菱、薬を用意してください。それから、南へ下る船を一艘、手配してちょうだい」その日、私は役所を通じて淮之を訪ね、彼と再会した。「綰、どうしてここへ？」私の姿を見るなり、彼の瞳は輝き、驚きと労りに満ちた色を浮かべた。「あなた様のことが気掛かりで、夜も眠れず、会いに来てしまいました」私は微笑んだ。「……私が来ては、ご迷惑でしたか？」「まさか。綰がそばにいてくれるなら、これ以上の喜びはない」淮之は愛おしそうに目を伏せ、私の額にそっと口づけを落とした。「ただ、雲州は災害で暮らしも厳しい。お前に苦労をかけるのが心苦しいが、必ずや、最高の暮らしをさせてみせる」私はその笑顔を見つめながら、心の中では別のことを考えていた。七日後、この世から虞綰（ぐ えん）という人間は、いなくなるのだ、と。裴淮之、私にはもう、あなたは要らない。翌日、淮之はすべての仕事を手放し、私を夜市に連れて行ってくれると言った。彼は道中ずっと私の後ろに付き添い、時折、衣の裾についた埃を払ってくれるなど、細やかな気遣いを見せた。その時、籠を抱えた絹花売りの少女が近づいてきた。「お役人様、奥様に絹花を一ついかがですか？お二人がいつまでも仲睦まじくいられますように！」淮之は眉をひそめた。「以前は生花を売っていなかったか？」少女はうつむいて言った。「今は災害で畑も荒れ果てて、どこにも生花など……」私は持っていた銀をすべて彼女に渡し、ただ一輪、水色の絹花を手に取った。「俺が挿してやろう。何を考えている？」彼は楽しげに笑いながら、その花を私の髪に挿した。その眼差しは、どこまでも優しいものだった。すべてが、かつての愛し合っていた頃に戻ったかのようだった。
You may also like
