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第8話

作者:
目を覚ますと、日南は病室のベッドに横たわっていた。

ちょうどその時、看護師が点滴の準備をしながら病室へ入ってくる。

日南は慌てて身を起こした。

「明音は......助かったんですか?」

看護師は頷いたものの、その表情には不満が浮かんでいた。

「ええ、助かりましたよ」

そう言うと、小さくため息をつく。

「でも、あなたの旦那さんもひどいですね。妹さんのためにあなたに献血させておいて、あなたが死にかけている間もずっと向こうの付き添いなんですから」

その言葉を聞いても、日南は怒らなかった。

むしろ、どこか肩の荷が下りたように微笑んだ。

彼女はスマホを手に取り、義一へメッセージを送る。

【明音の自殺未遂のことは、もうご存じですよね。この数日間私と淳人が過ごした結果もご存じだと思います。彼はやはり私を愛することはできませんでした。私は淳人と離婚します。お義父さん......いいえ、義一さん。約束してくださいましたよね。二人を認めると】

しばらくして返信が届いた。

【もういい。私も口を出さない。好きにしなさい】

その文面を見た瞬間、日南は大きく息を吐いた。

胸の奥にあった重石がようやく消えていく。

淳人の三つの後悔。

そのすべてを彼女は変えた。

皆の結末も、もう変わっている。

そして、自分も去る時が来たのだ。

入院中、淳人は一度も見舞いに来なかった。

看護師たちは口々に、彼が明音にどれほど献身的かを話していた。

けれど日南は腹を立てなかった。

むしろ穏やかな笑みを浮かべていた。

......

退院の日。

彼女は離婚届の手続きも終え、正式な書類を受け取った。

両親には先に空港へ向かうよう連絡を入れる。

そして自分は最後の荷物をまとめるため、一度家へ戻った。

......

夕暮れ時。

荷造りがほとんど終わった頃、淳人が帰宅した。

スーツ姿のまま部屋へ入ってきた彼は、積み上げられた荷物を見て驚いたように眉を上げる。

「もう知っていたのか?」

日南は首を傾げた。

「何を?」

「俺が君にしばらくここを出てもらおうと思っていたことだ」

淳人は珍しく柔らかな口調だった。

「明音が退院するんだ。でもまだ体調が万全じゃない。しばらく俺のそばで面倒を見たいと思っている。日南がここにいると、彼女を刺激するかもしれない。だから北区の別荘で暮らしてほしい」

日南は一瞬だけ目を伏せた。

だがすぐに頷く。

「いいよ」

あまりにもあっさりした返事だった。

淳人は逆に戸惑う。

こんなにも簡単に受け入れるとは思わなかった。

今さらながら気づき始める。

彼女はあまりにも寛容すぎるのではないか、と。

自分が明音を愛していると知っている。

それでも騒がず、責めず、明音を救うために大量の献血までした。

さらに自ら家を出ることまで受け入れている。

いったいどれほど自分を愛していたら、そこまでできるのだろう。

そんなことを考えているうちに、日南は荷物をまとめ終えていた。

彼は慌てて意識を戻し、荷物を持つ。

「送るよ」

日南は何か言いかけた。

しかし結局、言葉を飲み込む。

「......ありがとう」

道中、二人はほとんど会話をしなかった。

そんな中、明音から電話がかかってくる。

お湯で火傷したらしい。

それを聞いた瞬間、淳人の表情が変わった。

指先が焦ったようにハンドルを叩く。

その様子を見て、日南は静かに口を開いた。

「行ってあげて。私は一人で行けるから」

またしても彼女の寛容さを見せつけられた。

なのに、なぜか胸の奥が重い。

淳人自身、その理由が分からない。

彼は頷いた。

だが彼女が降りようとした時、不意に呼び止める。

「日南。もう君と結婚した以上、俺は明音を忘れる努力をする。北区の別荘にいるのは一か月だけでいい。その間は連絡しなくていい。一か月後になったら、俺が迎えに行く。その時になったら、ちゃんと夫婦としてやり直そう」

日南は何も答えなかった。ただ静かに車を降りる。

そして去り際、離婚書類のコピーをそっと車内へ置いた。

淳人は気づかない。彼は一刻も早く明音のもとへ向かいたかった。

車はすぐに走り去っていく。

遠ざかるテールランプを見つめながら、日南はふっと笑った。

薄く開いた唇から、誰にも届かない言葉が零れる。

「あなたは明音を忘れられないわ。そして私も、もう戻ってこない。

これでようやく。あなたは望みを叶えられる。私はもうあなたを愛さない。だから自由にしてあげる。これが最後よ。さようなら、淳人」

日南はタクシーを拾い、そのまま空港へ向かった。

車が橋の上を通り過ぎる。

彼女は左手の薬指から結婚指輪を外した。

そして窓を開けて、指輪を夜空へ向かって放り投げた。

銀色の軌跡を描きながら宙を舞い、やがて静かに闇の中へ消えていった。

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