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第4話

Author: 白団子
涼音の怯えきった顔が、西洲の心臓を鋭く抉った。もう他のことなんてどうでもいい。彼はそのまま彼女を横抱きにして駆け出す。

「車を用意しろ! 病院へ行く!」

だが病院で全身検査を終えた医者は、こう告げた。

「戸原さんはとても健康です。少し栄養失調気味ではありますが、他に異常はありません」

「そんなはずがないだろう」西洲は即座に拒む。「さっき吐血したんだ!」

医者は困ったように眉を寄せ、逡巡した末に、重く口を開いた。

「藤瀬社長。実は、それは血のパックです」

「血の、パック?」西洲は一瞬きょとんとし、漆黒の瞳に驚愕を浮かべる。

「ええ」医者は涼音の上着を差し出した。「信じられないなら、匂いを嗅いでみてください。甘くて、鉄の匂いがまったくしないです。これは人工血漿です。本物の血ではありません」

この病院は藤瀬家の経営で、検査を担当したのも彼の主治医だ。彼の言葉なら、西洲は信用する。

だが、さっきの涼音の、あの怯え切った目が頭から離れない。思わず、もう一つ問いが漏れた。「栄養失調って、最近の数日でなるものじゃないよな?どうしてこんなに痩せ細ってる?」

「西洲……全部、私のせいなの」月綺の目が瞬く間に赤くなる。「一年前に病院の院長から連絡があって、涼音が絶食しているって。あなたが会いに来ないなら食べないって、院長を脅したって。

本当はその時あなたに言いたかった。でも、あなたは私が涼音の話をするのを嫌がった。少しでも名前を出すと怒るから、結局伝えられなかったの」

そう言って、月綺はスマホを取り出し、一本の動画を見せる。

動画の中で、涼音は膝を抱えてベッドの端にうずくまっている。その正面のテーブルには、色とりどりのご馳走がずらりと並んでいた。

動画は三十分に及ぶ。だがその間、彼女はずっとベッドの端で縮こまり、一度もテーブルには手を伸ばさない。

「これ、院長から送られてきたの。毎食、このレベルで用意しているのに……涼音はあなたに会うためにずっと絶食して、何も食べないのよ」月綺はため息を落とした。

西洲の怒りは、その瞬間、頂点に達した。ちょうどその時、涼音が病室から出てくる。

「涼音。精神病院でどれほど甘やかされていようが、戻ってきた以上は俺のやり方に従え!」西洲は低く冷えた声で脅すように告げる。「くだらない小細工はやめろ。俺には通用しない。これ以上わがままを続けるなら、また戻してやる。今度は、院長に誰かが口利きして特別扱いしてくれることもない」

涼音はきょとんとした。胸の奥が、急にぎゅっと締め付けられる。

そうか。おじさんが、あらかじめ院長に話をつけていたから。だから、介護士たちはあんなにも残酷にしたのか……

言われた通りに大人しくしていても、毎日欠かさず電撃を流され、針で刺された……わざと部屋いっぱいにご馳走を並べておいて、ひとたび手を伸ばせば、容赦のない電撃と暴力が待っていた。

だから彼女は触れなくなった。砂を混ぜたご飯や、床に投げ捨てられた食べ物だけを、おとなしく口にするようになった。

彼らは嘲った。「やっぱり狂ってる」と。

全部、おじさんの指示だったんだ。瀕死の心臓は力を失い、もう誰かを憎むことさえできない。

どうしておじさんを憎めるの?この命は、おじさんがくれたものだよ。

だからきっと悪いのは自分自身。もう考える力も残っていないけれど、何を間違えたのかも分からないけれど、おじさんは間違わない。おじさんは、世界でいちばんいい人……

家に戻ると、涼音はまたこみ上げてきた。けれど今度は学んだ。皆の前では吐かない。洗面所へ駆け込み、鍵をかけてから、堰を切ったように吐く。

目の前がぐらぐら揺れて、意識が戻った時、便器の中は真っ赤に染まっていた。

もう、限界かもしれない……死ぬ前に、もう一度だけ。おじさんに、抱きしめてほしい。

でも、その願いも、きっと、叶わない。
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