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第2話

Author: 無言の約束
私は朋美の唇の輪郭を丁寧に描きながら、鏡の中に映る悠馬の姿がはっきりと見えた。

彼は相変わらずドアの前に立ち尽くし、まるで彫像のようだ。かつては気だるげな色を湛えていたその瞳が、今は私の背中を射抜くように見つめている。

その視線は、背筋に穴が開きそうなほど熱を帯びていた。

化粧室では、ブライズメイドたちが意味ありげな視線を交わし、空気が一気に重くなった。

私はただ少し身をかがめ、指先で朋美の口角に広がる鮮やかすぎる赤をそっとぼかした。

その瞬間、ふと心が遠のいた。

かつて、私は別の男に、同じように丁寧に口紅を塗ったことがあった。

ただ違うのは、あのときは街のネオンを見下ろせる彼の最上階のマンションで、そして、それは私たちだけの深夜だったということ。

五年前。

消毒液の匂いと取り立ての電話にまみれた泥沼のような日々。悠馬は私をどん底から救い出し、金と権力で守られた宮殿に住まわせた。

彼は私に、これまで感じたことのない安心感を与え、夢のように甘いロマンスをくれた。

あの頃の私は、ただ彼の胸の中にもたれ、窓の外の夜景を眺めながら、何気なく「海を見に行きたいな」とつぶやいただけだった。

三か月後の誕生日、彼はなんと一つのプライベートアイランドを丸ごと貸し切った。

ヘリが柔らかな白い砂浜に降り立つと、悠馬は私の手を取り、指を絡めたまま、誰もいない海辺を並んで歩いた。

夜の帳が完全に降りたその瞬間、海岸線が一斉に光を放ち、漆黒の空を背景に無数の花火が轟音とともに咲き乱れ、やがて私の名前のイニシャルを描き出した。

NNM。

色とりどりの光に包まれる中、彼は背後から私を強く抱きしめ、顎を私の頭にそっと乗せた。声には溢れるほどの優しさが滲んでいた。

「気に入った?」

私は彼の胸の中に身を預け、目の前に広がる一瞬の、けれど息をのむほど美しい光景を見つめた。胸の奥が、現実とは思えないほどの幸福で満たされていた。

彼は、私のささいな好みまで全部覚えていた。

コーヒーには角砂糖を三個。一個多ければ甘すぎて、少しでも足りなければ苦すぎること。

寒がりの私のために、冬の夜はいつも、冷えた足を彼の温かな胸元で包んでくれること。

そして、ある日ふと花屋の前で「このバラの香り、素敵」と口にしただけで、家に恒温のガラス温室を作り、世界中の名高いバラを集めてくれた。窓を開けた瞬間に、その香りが私を包み込むように。

彼は、私に彼の世界での数えきれない「特権」を与えてくれた。

彼の、絶版本で埋め尽くされた書斎を、私は自由に使うことができた。

重要なクライアントとのビデオ会議の最中でも、素足のまま歩み寄って彼の胸に飛び込み、甘えることもできた。

ほんの些細なことで拗ねて見せても、彼はいつもプライドを捨て、根気よく、あらゆる方法で私を笑顔にしようとしてくれた。

彼の周りのすべての人、たとえ目線の高い名門の御曹司たちでさえ、私の前では傲りを収め、「江口さん」と丁寧に呼んでくれたのだ。

彼は私のために、温かく明るいガラスの温室を丹念に築き上げた。塵の中で必死に生きようとしていた小さな種である私を、そっとそこへ移し替え、最も高価な養分と、最も繊細な愛情で大切に育ててくれたのだ。

私はそれが唯一無二の偏愛だと思っていた。

彼にとっての私は、特別な存在だと信じていた。

彼が紡ぎ出した優しさの網に完全に囚われ、私はまるで彼に寄り添って生きる蔦のように、彼に絡みついていた。

彼が与えてくれる陽の光と雨露を、貪るように吸い上げていた。

彼のくれる究極のロマンと安心感の中で、私は少しずつ自分という存在の形も、居場所も忘れていった。

そして気づかぬうちに忘れていた。花を育てる者が、温室の中で最も貴い薔薇に注ぐ惜しみない手間は、決して愛とは限らないということを。

それはきっと、所有物への丁寧な手入れにすぎない。

自分を喜ばせるために、その花が最も美しい姿を保つよう仕組まれた、長期的な投資のようなものだったのだ。
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