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第9話

Author: むずむずむ
翌朝、林が朝食を買いに出かけた。

その隙に、渡が部屋を訪ねてきた。

「君、俺を怒らせたいだけだろ」

「……は?」

彼は嘲るように鼻で笑った。

「幸、そんな子どもみたいな真似、もうやめろよ。俺はもう君なんか好きじゃない」

「何の話か、よく分からないけど」

彼の顔を見つめながら答えると、彼の言葉はますます支離滅裂に聞こえた。

「君、俺の結婚式にも来なかったし、子どものお祝いにも来なかったよな。

で、今度は『自分が結婚する』ってわざわざ俺に知らせてきた。全部俺に見せつけて、苛立たせたいんだろ?

まぁ……賢くなったじゃない。ちゃんと策略を変えてきたんだな」

彼はそう言いながら薄く笑った。

「でもな、そんな手段、俺には効かないよ」

私はふと吹き出した。

「お兄さん、頭がおかしくなったんじゃない?

私は林と心から愛し合ってる。彼があなたの従兄だなんて、つい最近まで知らなかったのよ」

「君……」

彼の顔色が一瞬で曇った。

「幸、昔はあんなに俺のことが好きだったろ」

「そうね、昔はね。でも今はもう違うの」

「それより、せっかく来たんだし、あのお守り、返してもらえる?」

彼は一瞬言葉を失い、しぶしぶバッグからそれを取り出して投げてきた。

「……俺のこと、好きじゃなくていいさ。そうすれば、もう君にかき乱されることもない」

その瞬間、林が戻ってきた。

私は彼の前でそのお守りを差し出した。

「父が言ってたの。『本当に愛する人に渡せば、その人と自分の両方を守ってくれる』って」

かつては渡に渡すつもりだったものだった。

でも、私は気づいた。この人には、それだけの価値がなかったのだと。

林が受け取ったとき、渡の顔は凍りついたように冷えきっていた。

そのまま、彼は無言で部屋を後にした。

渡はこのまま帰るだろうと思っていた。

だが、彼は私の勤務先にまで現れた。

そして開口一番、こう言った。

「俺、君のファンだったんだ。たくさん投げ銭してた」

まさか、それが彼だったなんて――驚いた。

けど、どうしてそんなことを?

「それはどうも、お兄さん。ありがとうね」

私がそう返すと、彼の顔が一瞬で曇った。

数秒黙った後、口を開いた。

「……俺、思帆と離婚しようと思ってる。

最近は性格も体型も昔と違ってきたしさ。君だったら、子どもができ
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