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第5話

Author: むずむずむ
渡のその一言で、私の心は完全に砕け散った。

冷たく笑って、私はそのまま踵を返し、何も言わずにその場を去った。

昔、誰かが私に言ったことがある──「約束なんて、この世で一番意味のない言葉だ。大事なのは行動だけ」

あのときは信じなかったけれど、今は信じている。

私はタクシーに乗って今江家へ向かった。渡の父親の顔を見たらすぐに帰るつもりだった。

途中、景山林(かげやま りん)からビデオ通話がかかってきた。

「幸、見て、道路脇のチューリップがすごく綺麗だよ。

イギリスって本当に素敵なところだね。君は本当に帰ってこないの?」

彼は私の同級生で、私がイギリスに交換留学していた一年間、ずっと私を追いかけていた。

聞いたところによると、彼は幼い頃からイギリスで育ったらしく、考え方もかなり自由でオープンだ。

彼が告白してくるたび、必ずプロポーズの形だった。

「父さんが言ってたんだ。好きな人ができたら、すぐに勇気を出して奪いに行けって。じゃないと他のやつに取られちゃうぞって!」

「ちゃんと帰るよ。三日後には戻る」

そう言うと、彼の目がぱっと輝いた。

……

今江家に着くと、使用人たちが式場を準備している。

家のあちこちに、結婚式に関連する装飾がびっしりと飾られている。

「お嬢さま、お帰りになったんですね?」

使用人の一人が驚いたように声をかけた。

渡の父親も驚いた様子で近づいてきて、「どうして急に帰ってきたんだ」と聞いてきた。

「少しだけ顔を見に来ただけです。すぐにまた戻らないといけないので」

「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。お前の兄さんが結婚するんだぞ」

渡の父親は満面の笑みで私を見つめている。

彼は私が渡を好きだなんて、これっぽっちも知らない。

「いえ、学業がまだ忙しいので……」

「そうか、まあ仕方ないな」

彼は残念そうにため息をついた。

「そうだ、お前の未来の義姉さんが三日前に出産してな、男の子だったんだよ。

知らせようと思ったけど、お前の兄さんが『学業に集中させたい』って言って、知らせるなって」

彼は知らない。渡が意図的に私に隠していたことを。

私が騒ぎ立てるのを恐れてのことだ。

私は微笑みながら言った。

「それじゃあ、お義姉さんにくれぐれもお体を大切にって伝えてください」

「おう、もちろんだとも」

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