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帰宅

Author: 紅城真琴
last update Last Updated: 2025-06-15 19:29:50

久しぶりに帰った実家。

無言のまま荷物を運ぶ大樹。

玄関を開けるとすぐに、梨華が顔を出した

「どうしたの?仕事は?」

平日の昼間に自宅にいる梨華に、いつもの癖で言ってしまう。

「どの口が言うかなあ。人のことより自分の心配をしなさいよ」

嫌みっぽく言われ、私は黙るしかなかった。

確かに、今の私は梨華に説教できる立場ではない。

「いいから上がりなさい」

後ろから母も顔を覗かせた。

その瞬間涙があるれ出した私は、玄関を上がり母に抱きついた。

「母さん、ごめんなさい」

「いいのよ。無事でよかった」

母さんも涙声になっている。

リビングへとはいると、そこはいつものままだった。

何ひとつ変わっていない空間に、私の緊張も少しだけほぐれる。

「じゃあ、俺は仕事に戻るから」

荷物を運び終えた大樹が部屋を出て行く。

ああ、忙しいのに私のために迎えに来てくれたんだ。

そう思うと申し訳ない気持ちで一杯になった。

「樹里亜、マンションの荷物は納戸にしまってあるからな」

「え?」

納戸って・・・

「マンションは引き払ったのよ」

母が教えてくれたけれど、私は素直に受け入れることができない。

「そんな、私のマンションを何で勝手に」

あそこには渚との思い出が詰まっていた。

私にとって大切な場所だったのに・・・

「仕方ないでしょう?」

梨華の冷たい言葉。

確かに、勝手に家を出た私が一番悪い。

わかっているから何も言い返すことができない。

娘が妊娠して家出したとなれば親として実家に連れて帰るのは当然で、住んでいたマンションを引き払われても仕方がない。

それでも、やはり悲しくて私はボロボロと泣いた。

***

その日のう
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