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第226話

Author: 一匹の金魚
礼央は一瞬立ち止まったが、萌寧を拒否することはなかった。

ただ、会場に用意されていたハサミは一つだけだ。

礼央は萌寧の横に並んで一緒にテープの前に立ち、俯きながら萌寧の手を握り、共にテープカットを行った。

壇下の記者たちはこの瞬間をカメラに収めた。

実は、一つのハサミで一緒にテープカットをするのは、珍しいことではない。多くのパートナーシップの締結や会社の開業の場面でも、よく使われる形式だ。

だが、礼央と萌寧が並んで立っていると絵になるので、どこか空気にほのかな色気というか、微妙な親密さが漂ってるように見える。

会場いる人々の表情も微妙に変化している。

誰もがわかっていながら、しかし口には出さない。

人々はひそひそ話をし出した。「高瀬社長は奥様を本当に愛してらっしゃるわね」

「外山さんと高瀬社長は確かに業界の模範とも言える存在だね。夫婦揃ってこれほど優秀だとは」

会話に出てきた言葉すべてが、一言も漏れずに真衣の耳に染み込んでいった。

真衣は淡々とした表情で、下を向いてメモを取っている。

記者による質疑応答の時間が訪れた。

記者がマイクを手にして質問した。「この会社は高瀬夫人のために作られたと聞いていますが、高瀬社長と奥さまはご結婚されて何年も経っていて、しかも双子の子供がいるという話もありますが、これは本当でしょうか?」

「しかし、高瀬夫人が誰なのかは、いまだに謎のままです。高瀬社長、お聞きしますが、外山さんがそのお相手だということなのでしょうか……?」

質問内容は仕事の話題からプライベートの話題へと移っていく。

萌寧は笑顔を保ちつつ、礼央の方をチラッと見た。

自分もまた、礼央がどう答えるのか少なからず期待している。

礼央と寺原さんはもうすぐ離婚する。

離婚するタイミングはいつでも良いのに、礼央はよりによって自分が帰国した後を選んだ。

これは何を意味するのだろう?萌寧は心の中ではっきりと理解している。

何より、自分と礼央との間には翔太がいる。

翔太は自分の実の息子で、そして礼央は翔太の父親なのだ。

その質問を聞いて。

礼央の瞳は静かに澄んでいて、薄く笑みを浮かべながら言った。「仕事の場ですので、プライベートには触れません。妻も恥ずかしがり屋なので、それ以上はご勘弁ください」

「お~」

会場にいた人たちはすぐにどっとざ
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Comments (17)
goodnovel comment avatar
asak
「つらいよ」って言ってるくらいだから何か事情があると思いたい
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ささき
クズ男もゲス女もまとめて成敗したい
goodnovel comment avatar
カネゴン
わたしと同じに思っている方がいて嬉しいです! 彼女がみんなに天才だと分かる日が楽しみです
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