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第2話

Autor: 一匹の金魚
「パンッ——」

足元にふわっと柔らかいものが落ち、ぼんやりしていた真衣の意識がはっと覚めた。

呆然と目を落とすと、そこには青いフォンダンケーキが転がっていた。

「ママ、誕生日ケーキは作らないでって言ったのに!」翔太の不満げな声が耳に刺さる。彼は真衣を見上げながら言った。「不細工でまずいんだよ。ママ、話聞いてるの?」

これは……

真衣は思わず息を呑んだ。

戻ってきたのか?!

本当に戻ってきた!

一年前――翔太の誕生日パーティーに。

翔太はまだ文句を言い続けていた。「萌寧さんの作ったケーキが食べたい!」

「ママ、千咲はママのケーキ、美味しいって思うよ。お兄ちゃんが食べないなら、千咲が一人で食べる」

娘の甘えるような柔らかい声が、再び耳に届く。真衣はその幼く痩せた頬を見下ろし、溢れる涙で視界が滲んだ。

彼女はしゃがみ込み、娘の小さな顔をそっと両手で包み込んだ。その温かな感触が、確かに自分が本当に戻ってきたのだと、はっきりと教えてくれた。

今世では――絶対に、もう二度と娘を傷つけさせない。

千咲は翔太を見つめて言った。「ママにそんな言い方しちゃダメだよ。ママがもうケーキ作ってくれなくなったら、どうするの?」

「自分で食べれば?僕はそんなのいらない」翔太は不機嫌そうに言いながら、萌寧の手をぎゅっと握った。「僕は萌寧さんをママにしたいんだ!

萌寧さんは美味しいものいっぱい作ってくれるし、乗馬もロッククライミングも連れて行ってくれる。ママは乗馬のことも知らなくて、すっごく恥ずかしいんだ。

パパも萌寧さんが好きだし、僕も好き!」

礼央は眉をひそめた。「何を馬鹿なことを言ってるんだ?」

萌寧はシャープなレザージャケット姿で、気さくに笑ってみせた。

彼女は左手で礼央の肩を抱き、まるで男同士のように親しげな仕草を見せながら、もう一方の手で翔太の頭を軽く撫でる。「翔太のパパの奥さんになるのは、そんな簡単なもんじゃないよ。私と彼は兄弟のような親友だからね。

それに翔太、前にも教えたでしょ?ママにそんな言い方しちゃダメだって。言うこと聞けないの?」

翔太は口を尖らせ、さらに萌寧の方へと身を寄せた。そして、真衣が贈った誕生日プレゼントを再び地面に投げ捨て、不満げに言った。「だってママのプレゼントは、いつも安っぽい万年筆ばっかり。おもちゃなんてくれないし。萌寧さんの手作りの飛行機の方がずっといいんだよ!ちゃんと飛ぶんだ!ママのプレゼントより、ずっと価値がある!」

パパが言ってた。萌寧さんは、将来大きな飛行機を設計するんだって。その飛行機に乗れるんだよ?めっちゃかっこいいじゃん!

ママみたいに、何も知らない田舎者とは違うから。

真衣は、自分がこれまで一生懸命育ててきたその子が、あっさりと萌寧のそばに立つのを見て、ふっとおかしくなった。

どうして、昔の自分は、こんな単純なことにも気づけなかったんだろう。

翔太は萌寧の実の子で、彼女と親しいのは当然のことだ。たとえ翔太自身が、自分の本当の母親が萌寧だということを知らなくても。

前世では、真衣は翔太を実の子のように育て、ただ礼央の機嫌を取るためだけに必死だった。

けれど、彼らはそれを当然のことだとしか思っていなかった。

でも今の彼女は、もう我慢して千咲と一緒に傷つき続けるようなことは、絶対にしない。

真衣は静かに身をかがめ、地面に落ちたペンを拾い上げた。怒りの色は一切浮かべず、ただ淡々と微笑むだけだった。「外山さんは確かに子育てが上手だね。じゃあ、これから翔太と礼央は、あなたにお任せするわ」

その言葉に、萌寧は一瞬、呆然とした。真衣がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだ。そこには、争いも、反論も、卑屈さも、弱さも――何もなかった。

ただ、静かで淀みのない笑みだけが浮かんでいた。

次の瞬間、萌寧は礼央を見て言った。「礼央、私の言葉が真衣さんに誤解されたね……もう変なこと言わないわ。余計なお世話だった」

礼央は眉をひそめ、真衣に冷たく視線を向けた。「いい歳して、子供みたいにわがままを言うな。そんなこと、軽々しく口にしていいはずがないだろう」

彼は明らかに萌寧をかばっていた。真衣が萌寧の顔に泥を塗ったとでも言いたげだった。

真衣はその視線を正面から受け止めた。薄情で、冷淡で――何一つ変わらない。大勢の前でも、平然と萌寧を守り、彼女にはほんのひとかけらの情けさえも与えようとしない。

それは、彼が「この女は絶対に自分から離れない」と、心の底から思い込んでいるからだ。だからこそ、こんなにも傲慢に、当然のことのように振る舞えるのだ。

今の彼女は、もう二度と、前世のようにはしない。娘が「パパと一緒に誕生日を過ごしたい」という小さな願いを叶えるために、屈辱に耐え、笑顔を貼りつけ、必死にその場にとどまり続けるようなことは、絶対にしない。

人生をやり直したのだから――もう、あんな馬鹿なことは絶対にしない。

今度こそ娘の支えとなり、誰かが持っているものは、全部この手で千咲に与えてやる。

真衣は無表情のまま視線を逸らし、そっと娘の手を取った。「千咲、行きましょう。ママが、千咲の誕生日を祝ってあげる」

この人生では、もう二度と――娘に白い目を向けさせたり、理不尽な仕打ちを受けさせたりはしない。

千咲は名残惜しそうに一度だけ礼央を振り返ったが、最後にはママについて行くことを選んだ。

だが、ほんの数歩も歩かないうちに、二人の前に立ちはだかる者がいた。「高瀬社長のご命令です。坊ちゃんの誕生日パーティが終わるまで、誰一人退出は許されません」

真衣は自分の行く手を遮る腕をじっと見つめ、胸の奥が重く沈んだ。

礼央は、翔太に面子を与え、溺愛し続けた。そのあまり、誰もが翔太こそ礼央の実の息子であり、千咲はただの婚外子だと思い込んでいた。

今では、翔太の誕生日にたったの早退すら許されない。

だけど、礼央の心の中に、今日が千咲の誕生日でもあることは、果たして残っているのだろうか。

……覚えているはずがない。

千咲を出産したあの日――難産で大出血し、母子ともに命の危険にさらされていたその時、彼は萌寧の出産に付き添っていた。

「萌寧には頼れる人がいないから、そばにいてやらないと」と、もっともらしい理由を口にした。子供が生まれた後、萌寧はすぐに海外へ渡り、キャリアアップのために進学していった。

今――彼女は金融テクノロジーと航空宇宙工学の二つの学位を手に帰国し、各大手企業から次々とオファーが届いている。

だが、どれにも目もくれず、北城航空研究所・第五一一研究所への参加を目指しているらしい。第五一一研究所は規律が厳しく、新人への要求も極めて高い。そのため、礼央が彼女のために動き、推薦を行っているのだ。

前世では、真衣はそんなこと、何ひとつ気にも留めなかった。ただひたすら礼央に尽くし、萌寧のキャリアがどうなっていようと、知ろうともしなかった。

愚かにも、他人の子供を五年間育て、子供のため、男のために自分の未来を捨て、家に縛られ、良き妻、良き母として生きることを、当たり前のように受け入れていた。

――今思えば、哀れなほど、愚かだった。

真衣は唇を引きつらせ、冷たく笑った。「高瀬社長の規則なんて、私には通用しないから」

かつての彼女は、礼央のことを気にしすぎて、高瀬家でいい妻として振る舞うことに、疑問さえ持たなかった。

生まれ変わったこの人生で、もう二度と礼央にすがって、ただの小さなアシスタントで終わるつもりなんてない。必ず、娘と一緒に輝いて生きる。キャリアを取り戻し、もう一度――頂点に立ってみせる。

その言葉を聞いた瞬間、礼央の顔色は明らかに陰り、その身からは冷え切った気配がひしひしと漂い始めた。

真衣は心の中で冷たく笑った。

きっと彼も不思議に思っているはずだ。これまで従順な妻だったはずの自分が、なぜ突然、公の場で彼に逆らうのか――怒るのも、無理はない。

でも今の彼女は、もう二度と、誰かのために自分を犠牲にする良き妻を演じるつもりはなかった。

次の瞬間――

真衣はためらいもなく結婚指輪を引き抜き、そのまま床に叩きつけた。指輪は滑らかな床で、カン、カランと何度か跳ねる。

乾いた金属音が響き渡り、場の空気が一気に凍りつく。あちこちから、驚きの息を呑む音が聞こえた。

「礼央。私たち、離婚しましょう。

翔太はあなたに、千咲は私に。離婚届は、明日の朝、取締役会に届けるわ」

彼がそこまで翔太と萌寧を大事にしたいのなら――この人生では、彼女がその願いを叶えてやるまでだ。

真衣は大勢の人の前で、礼央に恥をかかせた。

彼は冷えきった目で彼女を見つめ、低く言った。「真衣、いつまで騒ぎ続けるつもりだ?翔太はまだ子供だぞ。こんな些細なことで離婚を言い出す必要があるのか?」

愛されていない男の目には、何をしたって、ただの我が儘にしか映らない。

彼女はもう二度と、同じ過ちを繰り返さない。もう、娘を連れて彼の冷たい世界で生きていくことはしない。もう、息子――いや、養子を育てることも、しない。

礼央も、養子も、彼女にはもう必要ない。

「ええ、もちろん必要があるわ」

真衣は冷ややかな目で警備員を見やり、静かに命じた。「今すぐ、どきなさい」

警備員はその場の緊張に怯え、震える手で道を開け、もうそれ以上止めようとはしなかった。

真衣が千咲の手を引き、迷いなく背を向けて去っていく姿を見送りながら、礼央の顔は、ひどく陰鬱に歪みきっていた。

「真衣さん、何か誤解してるんじゃない?」萌寧はそう言った。「私が説明してくるわ。今日のことを小さなことだなんて思わないで。女って本気で怒ると、何だってやりかねないんだから」

そう言いながら、彼女は今にも真衣のもとへ説明しに行こうとした。

「説明する必要はない」礼央は冷たく言い放った。「彼女は、俺と離婚なんかしない」

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Comentarios (2)
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おすがさま
翔太は礼央と萌音の子供なの......
goodnovel comment avatar
おすがさま
真衣はどうして礼央と結婚したの... 意味がわからない...
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