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第 17 話

Author: 燈ちゃん
「……言いたいことがあるなら直接言って」凛は飾り棚にもたれ、腕を組んだ。

何もかもを調べ尽くしているのに、核心には触れず、意味ありげな言葉だけを投げてくる。以前の真也なら、こんな回りくどいやり方はしなかった。

「喧嘩をするために来たなら悪いけど、今は付き合っている暇はない。何かを確かめに来たなら……もう十分でしょう?」

凛の冷めた声に、真也の指がわずかに止まった。手にしていたグラスの中で、氷が小さく音を立てる。

だが、真也は何も答えなかった。しばらく沈黙が流れたあと、彼は静かにグラスをテーブルへ置いた。

「親父が来週、60歳の誕生日を迎える」唐突な言葉に、凛はわずかに眉を動かす。「実家で誕生日パーティーをする……一緒に来い」

相談ではなく、まるで決定事項を伝えるような口調だった。

凛は迷うことなく答えた。「行かない」

真也の父親の誕生日パーティー。以前なら、妻として当然のように参加していたかもしれない。けれど今の凛にとって、そこへ足を運ぶ意味などどこにもなかった。

桐生家の人間と親しく交流できるわけではない。

名家の令嬢でもなければ、何か誇れる家柄があるわけでもない。ただ「真也が選んだ妻」という立場だけで、その場に座り続ける。

親戚たちの視線にさらされ、遠回しな言葉の奥にある侮蔑を受け止める。3年間、何度も繰り返してきたことだった。

――どうして真也さんは、あなたを選んだのかしら。

――あなたのどこが気に入ったの?

あの人たちは、笑顔のままそんな言葉を投げてきた。

凛はそのたびに笑って受け流した。真也の妻として、恥をかかせないように。

けれど、もう十分だった。これ以上、自分を必要以上に小さく見せる場所へ行くつもりはない。

――そんな時間があるなら、デザイン画を一枚でも多く描いたほうがいい。

凛はそう思った。

「今年は叔父さんと叔母さんも帰ってくる。親父が、家族全員来るようにと言ったんだ」

真也の叔父、桐生英治(きりゅう えいじ)。そして、叔母の美里(みさと)。

その2人の名前を聞いた凛は、眉をひそめた。

彼らのことならはっきり覚えている。結婚式の時に一度だけ顔を合わせたことがあるが、終始険しい表情を崩さず、祝杯の酒にさえ口をつけなかった。

聞いた話では、真也の父・英一(えいいち)と弟の英治――2人の仲は昔から良くなかった。

先代が亡くなる前、桐生家の事業を英一に託したことで、英治は激怒し、そのまま海外へ渡った。先代の葬儀にすら戻らなかったという。

その後、英一が脳卒中で倒れ、桐生家が揺らいだ時、大学を出たばかりの真也は半ば強引に社長の座へ押し上げられた。

そこへ英治が戻り、経営権を奪おうとした。大勢の人間を引き連れ、最上階の社長室で騒ぎを起こしたこともあった。

真也が祖父から残された株を手に入れるため、焦った末に凛と結婚したのも、その時だった。

――つまり。

今、離婚が知られれば、真也の立場が危うくなる。だから、一緒に実家へ帰るよう凛にお願いしに来たのだろう。

「私に何のメリットがあるの?」凛は率直に尋ねた。

真也は、彼女がそこまで単刀直入に聞いてくるとは思っていなかったのか、わずかに笑う。「一緒に行ってくれれば、欲しいものをあげるよ。何がいい?家?車?それとも他の何かなのか?」

その言葉を聞いた瞬間、凛の胸に冷たいものが広がった。この人にとって、自分はそんなにも浅はかな人間なのだろうか。

彼女はまっすぐ真也を見つめた。「私が欲しいのは、あなたが署名した離婚届と離婚協議書だけ」

一字一句、はっきりと言い切る。

その瞬間、真也がソファの肘掛けを叩いていた指がぴたりと止まった。喉仏がわずかに動く。

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