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第 23 話

Author: 燈ちゃん
凛は、英治が去っていく背中を見つめながら、わずかに眉を寄せた。

3年間、ずっと耐えてきた。今日くらいは、胸の奥に溜め込んできたものを吐き出したっていいだろう。

それに、もうすぐ離婚するのだ。今さら桐生家の人間に嫌われることを恐れる必要なんてない。

「意外だったな」

背後から伸びてきた腕が、彼女の細い腰を抱き寄せる。振り向くと、真也が楽しそうに目を細めていた。「みんなの前で、俺のことを庇ってくれるとは思わなかった」

凛はすぐさま彼を押し返し、上から下まで冷めた目で眺める。「ただの社交辞令だよ。勘違いしないで」

「社交辞令?ふん、素直じゃないな」

真也は小さく息を漏らした。

……

その後、広間には桐生家と親交のある夫人たちが集まっていた。凛は持ち前の明るさとこれまで磨き上げた会話術で、瞬く間に夫人たちの輪へ入り込んだ。

そしてわずか30分ほどで、5件もの仮予約が決まった。中には、自分の娘の花嫁衣装を仕立ててほしいという依頼まであった。

凛にとって、それは思いがけない発見だった。

名家令嬢の結婚式。花嫁が両家へ挨拶をする際に着る衣装。そういった分野も、今後展開の余地があるかもしれない。ただ、今は事業の基盤をしっかり整えることが先だ。

一方、少し離れたソファでは、真也が足を組みながら座り、視線を凛へ向けていた。

彼女が会場へ来た理由が、ようやく分かった。

――客層を広げるためだったのだ。

その時、使用人が近づいてきた。「真也様、木下さんがお見えになりました」

真也は頷き、迎えに行こうと腰を上げる。だが、その必要はなかった。

ほどなくして、玄関から柔らかな笑みを浮かべた伊織が姿を見せた。彼女は迷うことなく英一のもとへ向かい、丁寧に頭を下げる。

「英一さん、お久しぶりです」

「伊織か。よく来てくれた」英一は穏やかに笑い、彼女を座らせると、彼女の父・木下裕泰(きのした ひろやす)の近況を尋ねた。

手術が無事に終わり、経過も順調だと聞くと、ようやく安心したように表情を緩める。

「それも真也のおかげです。真也が色々と手を尽くしてくれなければ、ここまで順調にはいかなかったでしょう」

その言葉に、英一は少しだけ目を伏せ、静かに首を振った。「礼はいいよ。真也はなすべきことをしたまでだ」

そして、少し間を置いて続ける。

「これで……少しでも償いになれたらいいがな」

伊織は慌てて首を横に振った。「英一さん、そんなふうに言わないでください。真也がしてくれたこと、本当にありがたいと思っていますし、昔のことは、もう気にしてませんから……」

そこで、場の空気が少し重くなる。伊織はすぐに話題を変え、持参した贈り物を取り出した。

「英一さん、お誕生日おめでとうございます。心ばかりですが、気に入っていただけると嬉しいです」

そう言って笑顔を見せると、再び会話は和やかなものへ戻っていった。

……

伊織の様子を少し離れた場所から見ていた凛は、胸の奥が重くなるのを感じていた。手にしていたみかんをそっと置く。そして、ゆっくり立ち上がり、広間を出た。

また、父のことを思い出してしまった。

伊織を見るたびに思い知らされる。父がなぜ、あんな最期を迎えることになったのか。

桐生家の人間が伊織へ向ける温かな態度は、凛に現実を突きつけるようだった。自分は、桐生家に一度たりとも本当の意味で馴染めていなかったのだ。

父が亡くなったことを、本当に悲しんでいる人間は――

自分以外には、誰もいなかった。

時々、考えることがある。

もしあの時、真也と結婚していなかったら、今頃、自分はどうしていただろう。

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