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第 5 話

Autor: 燈ちゃん
北青山へ引っ越してからの数日間。

凛は、真也の独りよがりの歩み寄りに、まったく反応を示さなかった。

日中はいつも通り仕事に向き合い、それ以外の時間は、今の自分にとって何より大切なもの――「結華」にすべてを注いでいた。

それは、かつて父が母の名前を冠して立ち上げた、着物のブランドだった。華やかな刺繍と繊細な仕立てで、かつては業界でも確かな評価を得ていた。

けれど、父が病に倒れてから、ブランドは長い眠りについた。

腕の良い職人たちは少しずつ離れていき、長年付き合いのあった生地メーカーとも連絡が途絶えた。公式サイトの更新も、何年も止まったままだった。

それでも凛は、両親が残した願いをもう一度形にしたかった。失われたものを、もう一度取り戻したかった。

もちろん、以前からの顧客たちもSNSで声を上げてくれていた。「また結華の着物を着てみたい」、「どこから買えるの?」という声は、今も絶えず寄せられている。けれど、それだけでは長く止まっていたブランドを再び動かすには足りなかった。

失われた信頼を取り戻し、結華をもう一度輝かせるためには、土台から作り直す必要がある。

凛がまず取り掛かったのは、離れてしまった古参の職人を探し出すこと。そして、高級生地の供給ルートを再構築することだった。

それから数日間、凛はあらゆる人脈を頼り、生地メーカーを一つずつ当たった。しかし、生地の品質が凛の求める水準に届かなかったり、発注量の少なさを理由に断られたりと、交渉は思うように進まなかった。

それでも諦めずに探し続けた結果、ようやく正絹を扱う老舗サプライヤーへ辿り着いた。

その日の午後6時。

凛は車を走らせ、「松月」という料亭へ到着した。商談の場として用意されたのは、最上階の個室だった。

松月は、古い家屋を生かし、伝統的な趣を残す格式ある料亭だ。落ち着いた和やかな雰囲気と上質な空間から、政財界やビジネスの会食場所としてもよく利用されている。

受付スタッフに個室の場所を確認してもらうと、凛はエレベーターへ乗り込んだ。

扉が閉まる、その瞬間。

別の入口から、一人の男が数人に囲まれながら店内へ入ってきた。

「桐生社長、こちらへどうぞ」

……

事前に連絡を取っていた相手の会社の秘書は、こう話していた。「弊社の代表は結華についてよく知っています。以前、若葉さんのお父様とも面識があったそうです」

その縁もあり、相手会社の社長は凛からの面会依頼を聞くと、すぐに了承してくれた。

だからこそ、凛は少し気になっていた。一体、どんな人物なのだろう、と。

スタッフへ軽く会釈をすると、凛は個室の前へ近づいた。すると、パンツスーツ姿の女性がすぐに歩み寄ってくる。「若葉さん、初めまして。光永商事で社長秘書を務める、小林遥です」

聞き覚えのある声。商談の日程調整で何度も連絡をくれた人物だ。

けれど――

光永商事?今までやり取りをしていた会社は、株式会社南川繊維のはずだ。

凛の疑問を察したのか、小林遥(こばやし はるか)は穏やかに微笑みながら説明する。「南川繊維は半月ほど前、光永商事の傘下に入りました。

弊社はもともと海外市場を中心に事業を展開していましたが、近年は国内市場への進出にも力を入れております。そのため、今回の商談や業務調整も弊社が引き継ぐことになりました」

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