LOGIN偽りの結婚生活を五年――小湊結月(こみなと ゆづき)は冷遇と謀略に苦しめられ、ついには娘まで失った。 結月は迷うことなく、すべてを捨てて去ることを決意した。 ところが、クズ夫から脅しを受ける。 「大人しく俺の愛人になれ。娘がいなくなったなら、また産めばいい」 復讐のため、結月は自らクズ男の親友を誘惑した。 利用する者と、利用される者。 結月には求めるものがあり、男にはずっと胸に秘めた企みがあった。 そこから結月の人生は一気に好転していく。 鑑定眼を身につけ、珍しい宝を見抜き、クズ夫とその不倫相手を容赦なく叩きのめす。 誰からも嫌われていた女は、やがて華麗な逆転を遂げ、頂点へと駆け上がっていった。 そして後に、世間の注目を一身に集める鑑定番組で、元夫は過去の過ちを悔やみ、卑屈なまでに愛を乞う。 「結月、君が戻ってきてくれるなら、愛だって捧げる。命だって君にやる」 結月は淡く笑った。 「いらないものばかり押しつけてくるのね」 --- 鷲森市の誰もが恐れる狂犬じみた宮野家の次男、宮野慎也(みやの しんや)。 そんな慎也は喜んで利用され、燃え上がるのは遅かった分、いったん火がつけば結月を骨の髄まで溺愛する。 人前では白々しいほど距離を保ちながら、人目のないところでは夜な夜な彼女の腰を抱き寄せ、「ゆづ」と呼ぶ。 「ゆづ、ほかの男は欲張りすぎる。俺は違う。ただ一つ、夫としての立場が欲しいだけだ」
View More涼介にとって、自分はいったい何なのだろう。ただの玩具にすぎない。涼介は自分を愛してはいない。それなのに所有物のように扱い、愛情を注ぐこともなければ、自由にするつもりもないのだ。満がまだ元気で、これほど涼介を憎んでいなかった頃なら、きれいに別れてそれぞれの道を歩むことも考えた。実際にそうしようと思ったこともある。けれど、過去をひとつひとつ思い返すたびに、しまい込んでいた傷口を自らえぐることになる。自分を傷つけるだけで、誰への復讐にもならない。だから、口にはしたくなかった。ましてや、慎也の前で話すつもりなど毛頭ない。時には、沈黙こそが一つの答えになる。運命を受け入れ、妥協することと同じだ。慎也は驚きの入り混じった目で、長いこと結月を見つめていた。信号が変わり、車が再び走り出してようやく前へ視線を戻すと、慎也は口元をわずかに歪めて尋ねた。「そこまであいつを愛してるのか?」結月は取り合うのも面倒になり、適当に答える。「ええ、そうね。死ぬほど愛してるわ」――死んでほしいと思うほどに。「へえ。その偉大な愛に、乾杯」結月はふんと鼻で笑った。「どうも」慎也は返す言葉もなく、その後は車中ずっと口を閉ざしたままだった。ようやく静かになった車内に、結月はほっと息をつく。慎也のようなろくでもない男は、口を開かないほうがずっとマシだ。深夜、黒いカリナンが桐山家の屋敷の前に停まった。結月が車を降りようとしたとき、慎也が不意に口を開く。「結月、俺のことをどう思う?」大人の男女の間では、何もかもをはっきり口にする必要などない。結月は振り返り、慎也をちらりと見た。「脳みそを診てもらってきたら?」慎也は気だるげに返す。「俺が自ら差し出しても、いらないというのか?」今度ばかりは、結月も呆れて慎也をまじまじと見つめ返した。じっくりと値踏みするように見てから尋ねる。「何が目的なの?」「スリルがあったから」慎也は切れ長の眉をわずかに上げ、どこか軽薄で女慣れした雰囲気を漂わせていた。結月は「頭おかしいんじゃない?」と吐き捨てると車を降り、勢いよくドアを閉めて立ち去った。慎也は結月が邸宅の中へ入っていくのを見送る。その姿が見えなくなってから、ようやく窓を開けて煙草に火をつけた。そこへ一輝から電話
春奈の悲鳴が響く中、結月の体は慣性で前へ投げ出され、次の瞬間にはシートベルトに強く引き戻された。結月は呆然とした。まさか、自分の願いがこんなにもあっさり叶うなんて。車は制御を失い、横のガードレールに激突した。強い衝撃に襲われ、結月の視界は激しく揺れ、頭がくらくらした。一方、横からの衝撃を受けた春奈は、涼介にしっかりと抱きかかえられており、かすり傷ひとつ負っていなかった。明は体勢を立て直し、バックミラー越しに後方を確認すると、驚愕したように声を上げた。「社長、相手は慎也さんの車です」結月はふらつく頭を軽く振った。少し眩暈がする。ドアを押し開けて車を降りると、道端で何度かえずいた。振り返ると、慎也が車から降りてくるところだった。両手をポケットに突っ込み、自分の車のフロント部分の損傷を確認している。そして、何気ない様子で結月へ一瞥をくれた。涼介は春奈を落ち着かせてから車を降り、慎也を問い詰めた。「慎也、どういう状況だ?」慎也は眉を上げると、気だるげな口調で答えた。「失恋してな。ちょっとぼんやりしてて、気づかなかった。奥さんたち、大丈夫か?特にそっちの奥さん、腹の子には気をつけろよ」「慎也、余計なことを言うな。結月が変に勘違いするだろう」涼介は無意識に結月へと目を向けた。結月は伏し目がちに、冷ややかな表情を浮かべている。慎也の言った「奥さんたち」という言葉など、まるで気にしていないようだった。その瞬間、涼介の中にまたしても苛立ちが込み上げてきた。自分でも理由の分からない怒りだった。まさにその怒りをぶつけようとしたとき、春奈の切羽詰まった声が響いた。「涼介、早く来て。私、お腹の調子がおかしい……」春奈は両手でお腹を押さえ、今にも倒れそうになっていた。涼介の顔色が変わる。慎也の相手などしていられず、春奈のもとへ駆け寄ると、そのふくらはぎを伝う血が目に入った。「落ち着け。すぐ病院へ連れていく。明、車を出せ!」明はちょうど、結月にペットボトルを一本渡したところだった。躊躇いがちに口を開く。「社長、奥様も怪我をされています……」涼介が振り返る。結月の顔は紙のように真っ白で、頬には先ほど叩かれた跡がくっきりと残っていた。街灯に照らされたその姿は、ひどく弱々しく
外へ出る途中、結月のそばを通り過ぎても、涼介は一瞥すら向けなかった。ただ、自分の秘書兼ボディガードである桐山明(きりやま あきら)を呼び入れ、冷ややかに言いつける。「あいつを見張っておけ」明は頷いた。「はい」涼介が出ていくと、明は入口に立ち、結月に申し訳なさそうな視線を向けた。もし結月がここから出てしまえば、叱られるのは明だ。明はいい人で、これまで何度も自分を助けてくれた。だからこそ、自分のせいで明を巻き込みたくはなかった。結月はソファに腰を下ろすと、スマートフォンを取り出し、パズルゲームを始めた。それを見た明は少し考え、外へ出てスタッフに頼み、保冷剤を二つもらってきた。一つは春奈の付き添いのスタッフに、もう一つは結月に渡す。結月は受け取って礼を言い、保冷剤を頬に当てた。涼介がいなくなった今、春奈の涙を気にする者は誰もいない。春奈は涙を拭うと、不意に笑った。「私があなただったら、厚かましく涼介に縋りついたりしないわ。もう離婚したんだから、さっさと涼介の妻の座を明け渡したら?」結月は頭のてっぺんからつま先まで、春奈を眺め回した。「知らないの?」春奈の笑顔が止まる。「何が?」「厚かましいのはあんたと涼介でしょ。一人はしつこくまとわりついて私を離さない。もう一人は自ら進んで愛人に収まってる――」結月の言葉に、春奈の顔からさっと血の気が引いた。どの一言から反論すればいいのか、一瞬で分からなくなる。ようやく言い返す言葉を思いついた頃には、すでに絶好の反撃の機会を逃していた。ほどなくして、岳人の秘書がやって来て、春奈に岳人のもとへ来るよう告げた。春奈はさっきまでの憂鬱な表情を一変させ、勝者のような傲慢さを浮かべながら立ち上がる。そして、ゆっくりと結月の前まで歩み寄ると、二人にしか聞こえない声で言った。「あんたがどれだけ必死に私を嵌めようとしたって、どうってことないわ。涼介が全部片づけてくれるもの。結月、あなたのすべては私のもの。そしてあなたは、一生私の身代わりでしかない。涼介の妻の座も、いずれは私のものよ」結月の指先がぴたりと止まった。ゲームが終わった。春奈は小さく笑うと、勝ち誇ったようにその場を後にした。明が歩み寄り、困ったように告げる。「奥様、社長が車の中で待つように
渋江骨董商工会の会長にして、業界でも名の知れた著名な収集家が放った言葉だ。その一言だけで、春奈が大物たちの仲間入りを果たす道は完全に断たれた。春奈は全身を強張らせた。自信に満ちた華やかな笑顔が、見る間にひび割れていく。彼女は反射的に弁明しようと口を開いた。「そんなつもりじゃ……私は……」だが、岳人はもう聞く耳を持たなかった。スタッフに展示品を片付けさせると、そのまま立ち上がって席を後にする。ほかの者たちも、次々と春奈から距離を取っていく。先ほどまで満席の会場から称賛の声が上がっていたのが嘘のような、あまりにも対照的な光景だった。この二年間、春奈はあまりにも順風満帆すぎた。周囲から持ち上げられ、高いところへと祭り上げられていた。だからこそ、これほど無視され、冷たくあしらわれる屈辱を味わうのは随分と久しぶりだった。そして、そのすべては結月のせいだ!春奈は反射的に結月のいる方向を睨みつけた。すると、隠しイヤホンから結月の軽やかな嘲笑が聞こえてくる。「満足?あんたに贈るサプライズよ」今日の鑑定会は、まだ始まったばかりだ。この二年間、春奈が奪い取っていった、本来なら自分のものだったすべてを、一つずつ自分の手で取り戻していく。同じ頃。岳人は足を止め、春奈の視線を追うようにして振り向いた。そして、思いがけず結月と目が合う。結月は物怖じすることなく、静かに小さく頷いた。その冷ややかで淡々とした佇まいに、岳人はどこか見覚えがあるような気がした。---パシッ――!結月が休憩室に入った途端、正面から春奈の平手打ちが飛んできた。「あんた、わざとね!よくも私を陥れてくれたわね!」打たれた勢いで、結月の顔が横を向く。視界の端に、ソファに腰掛けている涼介の姿が映った。眉間に皺を寄せ、こちらを見る目は冷ややかで、感情が読み取れない。結月は顔を上げ、乱れた髪を耳にかけると、容赦なく春奈の頬を打ち返した。春奈はその勢いで隣の衝立にぶつかる。信じられないとばかりに頬を押さえ、怒りに満ちた目で結月を睨みつけた。「あんた、私を殴ったの?」結月はヒリヒリと痛む手を振りながら、冷たく言い放つ。「ええ、殴ったわ。それがどうしたの?」春奈は唇を噛みしめると、涙を浮かべたまま涼介の胸へと飛び込んだ。





