로그인あの日から、猫柳家と狗飼家は神蛇家について徹底的に調べ始めた。祐巳一族の血を引く祐里さんの協力もあり、なぜ今、神蛇家が蛇一族の代表となっているのか——その全貌が少しずつ明らかになっていった。本来、蛇一族の長を務めていたのは祐巳一族だった。祐巳一族は古くから神に仕え、人々の病を癒す研究を続けてきた一族だ。その功績から、長きにわたり蛇一族の頂点に立っていたらしい。だが、時代が変わるにつれ、一族の中には祐巳一族の“研究だけに生きる姿勢”に不満を抱く者たちが現れ始めた。利権に関わろうとしない祐巳一族を愚かだと笑い、強い野心と私利私欲を抱いた者たちだった。祐巳一族は彼らに警告した。『神のご意向に反する行いをするのなら、一族から追放する』と。だが彼らは結託し、祐巳一族が自分たちに呪いをかけ、反逆を強いたかのような偽りの文書を作り上げた。長い時間をかけ、少しずつ嘘を積み重ね——それを“真実”へと変えていったのだ。「これって……」思わず呟いた僕に、来人が横から資料を覗き込む。「実際、祐巳一族の断罪については、当時から疑問視されていたらしいのよ」母さんの言葉に、僕と来人は顔を見合わせた。「蛇一族以外の十二家紋は、“真偽を確認してから”と言っていたらしい。……でも、神蛇を名乗る一族が、他の十二家紋の意見を無視して、一方的に祐巳一族を根絶やしにしたそうだ」苦々しい表情で呟いた狗飼家当主の言葉に、僕と来人は溜め息をこぼすしかなかった。遠い過去の争いは、現代になった今もなお、生き残った者たちを苦しめ続けている——。竜ヶ峰や祐里おじさんの気持ちを思うと、胸が痛んだ。いつの時代も、利権争いに巻き込まれて苦しむのは、何の罪もない人たちだ。納得なんて、できるわけがない。資料によれば、祐巳一族は研究さえできれば利権には興味を示さない一族だったらしい。利権を求める者同士が争うだけならま
祐希が失踪して二月《ふたつき》が経過した頃、狗飼家の縄張りに瘴気溜まりが頻発するようになった。その瘴気が瘴気を引き寄せるように広がり、あちこちで瘴気溜まりが発生し始めた。まさか祐希が……。胸がざわつく中、今度は静が怪我をしている姿を見掛けるようになった。嫌な予感がした。再び神蛇に祐希が狙われているのではないか——そう思い、静に詰め寄った。しかし静は、「今はまだ、何も言えない」としか答えなかった。それ以上は何も聞けず、不安と焦りを抱えたまま、俺は竜ヶ峰家の縄張りに現れる瘴気溜まりを祓うことで精一杯だった。このまま何も知らされず、取り返しのつかないことになってしまうのではないか——そんな恐怖が、じわじわと胸の奥に広がっていた。──そんなある日、猫柳家から一本の電話が入った。祐希が、意識不明の重体だという知らせだった。親父と共に駆け付けた病室には、青白い顔をした祐希が眠っていた──。あれから半年の月日が流れた。祐希は目を覚まし、十三家紋の裁きを受けない代わりに、霊山に籠もることになった。静は迷うことなく祐希についていくと言い、親父とお袋に伴われて霊山へ向かった。時折届く便りには、祐希との穏やかな日常が綴られている。……こうなるなら、最初から二人を認めてやれば良かった。今さらながら、そんな後悔が胸をよぎった。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、祐希から短い便りが届いた。「遠回りしたからこそ、静に辿り着いたんだと思うよ。だから兄さんは、自分を責めないでね」なぁ、祐希、静。俺は、お前たち二人が幸せであることを、心から祈っている。
結婚式の招待状を見て、静がブチ切れた。「祐希がいるのに、どういうことだ!」怒り狂う静を宥め、俺は祐希に連絡を入れた。祐希は落ち着いた様子で「偽装結婚だ」と話してくれたが……あいつの性格だ。春菜さんに対する嫌味や皮肉が、悪意として受け取られなければいいが。——その不安は、一年後に的中した。猫柳春菜さんが心を患い、離婚したと風の噂で聞いた。「そもそも、祐希がいるのに結婚するからそうなるんだ」静はそう言い捨てたが、俺は祐希のせいで春菜さんが追い詰められてしまったことに、胸を痛めていた。それでも、祐希は帰ってくる気配がない。電話をかけると、祐希は淡々と言った。「来人は春菜じゃなくて、僕を選んだんだ」……俺の知る狗飼来人は、どこか脆さを抱えた男だった。自分の妻が心を病んで、本当に平気でいられるのだろうか——。その答えは、間もなくやってきた。猫柳春菜の訃報だった。葬儀に伺ったが門前払いで、祐希が原因だと思われているのは明らかだった。やはり……祐希が、追い込んでしまったのか。それでも祐希は戻らず、半年が過ぎた頃——ようやく、祐希が帰ってきた。傷ついていたであろうあいつを、温かく迎えてやるべきだった。美津にも「良いですか。何があっても、祐希さんを叱ってはいけませんよ」と釘を刺されていたし、わかっていた。わかっていたのに——いつも通りの飄々とした祐希の顔を見た瞬間、積もっていた感情が一気に溢れ出した。美津の制止も耳に入らないまま言い争いになり、気づいたときには俺は祐希の頬を叩いていた。「祐希様!」静が慌てて割って入り、揉み合う中で、祐希は涙を浮かべて叫んだ。「兄さんなんか、大嫌いだ!」そのまま家を飛び出した祐希は——母親と共に、姿を消した。
そんな中、俺に縁談の話が舞い込んできた。「え? 兄さんに縁談?」祐希が唇を尖らせる。見合い写真を覗き込み、「え……こんな地味な人が兄さんの相手?」露骨に不満を口にした。見合い当日、祐希は当然のようについてきた。だが、見合い相手の美津は、とても利発な女性だった。祐希の嫌味にも動じず、にこやかに受け流す。そして気付けば──結婚する頃には、祐希が「姉さん」と呼ぶほど信頼されていた。ある時、美津に聞いてみた。「祐希さん、最初はずいぶん辛辣でしたよね」そう言うと、美津は小さく笑った。「綾人さんが大好きなんですよ。だから、最初は警戒していたんだと思います」「……警戒?」「えぇ。でも、私の気持ちに気付いてからは、優しくなりましたよ」「美津の気持ち?」「はい。私、綾人さんのこと、ずっと好きでしたから」そう言って微笑む美津に、思わず顔が熱くなる。「それに……」くすりと笑いながら続けた。「小林さんに近付きたくて、綾人さんを利用しようとしていた女性たちを、祐希さんが全部追い払っていたんですよ」その言葉に、俺は言葉を失った。守っていたつもりだった。だが──守られていたのは、俺の方だったのかもしれない。「仲の良い、素敵なご兄弟ですよね」美津の優しい笑顔に、俺は何度救われただろう。穏やかな日々が続いた。 やがて子供が生まれ、祐希はそれはそれは可愛がってくれた。ある日、祐希がぽつりと呟いた。「僕は、子供は望めないと思うから……父さんに孫を抱かせてくれて、ありがとう」美津に向けられたその言葉の意味を、この時の俺は理解できなかった。やがて祐希は、狗飼来人と出会い——恋に落ちた。その時、俺はようやく、あの言葉の意味を知った。祐希が狗飼家に住み着くようになると、静の落ち込み方は尋常ではなかった。幸せそうに並んで歩く祐希の背を、静はただ──黙って見つめていた。その後ろ姿には、言葉にできないほどの悲壮感が滲んでいた。俺は、このまま静が祐希を諦め、別の誰かと結婚してくれることを願った。実際、神社の跡取りでもない静には、娘しかいない神社からいくつもの縁談が来ていた。だが、静はその全てに目も通さず断っていた。何度「諦めろ」と言っても、首を縦に振ることはなかった。祐希が狗飼来人と付き合って八年目──狗飼来人と猫柳春菜の結婚式の招待
中学に入学してから、長期休暇で帰省する度に、祐希から笑顔が消えていった。 あれは中学二年の夏。真夏だというのに長袖のタートルネックを着ていた祐希に違和感を覚え、風呂場に乗り込んで——俺は絶句した。見なかったことにするには、あまりにも衝撃的だった。俺はすぐに親父に相談し、祐希を転校させた。すると今度は、神蛇家が祐希を養子に欲しいと言ってきた。その名を聞いた瞬間、祐希の目が揺れた。──あいつの傷は、神蛇にある。そう確信した。だが母さんは、そんな祐希を神蛇家に預けると言い出し、親父と衝突を繰り返した。祐希は、そんな両親の姿に静かに心を痛めていた。(兄の俺が言うのもなんだけど、優しい良い子なんだよ……祐希は) 母さんが祐希を使って神蛇家に復讐しようとしていると親父から聞き、俺は祐希を守ると決めた。親父が祐希を全寮制の学校に入れた理由も分かる。だが、その選択が祐希をさらに傷つけたのも事実だった。そんなある日、小林が声を掛けてきた。「祐希の護衛をさせてくれないか?」思わず首を傾げる。「護衛って……」苦笑する俺を、小林は真っ直ぐに見つめ返した。その日を境に、小林が怪我をしている姿を見かけるようになった。そして──怪我が増えるほどに、あいつは“神蛇に対抗する力”を求めるように、神道へと沈んでいった。
俺には、五つ年下の弟がいる。弟は母親に似て容姿が美しく、天使のように愛らしい純粋無垢な子だった。そんな祐希に邪な感情を持つ輩が近付かないよう、俺はありとあらゆる手段で排除してきた。そんな俺をブラコンだと馬鹿にする輩が多い中、「綾人は、本当に弟が可愛いんだね」唯一、親友の静《せい》だけは、俺の行動を否定しなかった。静は名前の通り物静かで穏やかな性格だ。男五人兄弟の下から二番目だからか、出会った頃から妙に落ち着いていた。誰に対しても優しく、その穏やかな性格から女子からの人気も凄まじかった。そんな静と仲良くなったのは、席替えで隣になったのがきっかけだった。神社の跡取り息子である俺に対しても偏見のない、フラットな態度に、俺は自然と心を許していった。いつしか無二の親友となった静を、我が家に招いたのが運の尽きだった。俺は、静なら弟もいるし大丈夫だろうと祐希を紹介した。祐希は俺の親友を紹介されるのが嬉しかったらしく、いつも以上に可愛らしい笑顔で「はじめまして。竜ヶ峰祐希です」と、光り輝くような笑顔で挨拶した。その瞬間、静が固まった。ピクリとも動かず、瞬きすら忘れているようだった。そんな静を心配した天使の祐希が、首を傾げて「あの……?」と、無反応の静を上目遣いで見上げた。(あぁ……今日も、うちの祐希《天使》が可愛い……!)なんて感動していると、突然、静が祐希の両手を掴み「好きです! 結婚して下さい!」と言い出した。祐希はその勢いに驚いたらしく「怖い~~~!」とギャン泣き。俺はすぐさま祐希を隠すように抱き締め「静、お前は祐希に近付くな!!」と叫んだ。今思えば、これが運命の出会いというやつだったのだろう。静は中学でも高校でも、それはそれはモテた。しかし、どんなに女子が告白しようが
僕は深い深い海の底にたゆたっていた。 「春馬……春馬……」優しい声が聞こえる。誰?……僕を呼んでいるのは、誰?ふわりと、優しい手が僕の頭を撫でた。「頑張ったね」大きい手が、父さんの手だと……なんとなく分かった。 「春馬……きみたちには、この先たくさんの試練が待っている。だからね、きみの番には最終課題を与えようと思うんだ」そう言われて、僕は父さんを見あげた。彰兄さんが、父さんに面差しが似ているって聞いていたけど、実際は父さんの方がガッシリしていて男らしい。 「……あまり虐めないであ
「それで、だけど……」と、母さんと僕の会話を黙って聞いていたばあちゃんが口を開いた。「突然、春菜が消えて春馬が現れたら、偽装結婚がバレちゃうでしょう?だったら、春菜は死んだことにしましょう」ばあちゃんは、黒い笑顔で言い出した。さすが猫柳家の血を引く女だ。『うちの春馬を傷付けて、あんなはした金で許されると思うなよ』そんな顔をしている。「亮二には悪いが、きちんと息子を育てられなかった落とし前、着けてもらわないとねぇ……」「あら、お母様。悪いお顔」そう言っ
「なぁ……来人」「ん?」「母さんが言ってた神蛇家って、何なの?」母さんたちを見送り、ライトのブラッシングをしながら尋ねると、本を読んでいた来人が静かに本を閉じた。「春馬は、十三家紋のことをどこまで知ってる?」逆にそう聞かれてしまう。ぶっちゃけ、僕は何も聞かされていない。それは……じいちゃんたちが、僕を外部に出すつもりがなかったからだ。あの日、来人が現れなければ、僕は猫柳家の保護下で、今も何も知らずに生きていたのだろう。黙り込んでいる僕に何を思ったのか、来人が自分の隣のソファーを軽く叩いた。その瞬間、ライトが耳をピクリと動かすと「わん!」と鳴いて、来人が叩いていた場所に
「異議申し立てが来た!」それは、狗飼家本家に僕と来人が呼び出された日のことだった。どうやら神蛇直己が、狗飼家と猫柳家に異議申し立ての書類を送りつけてきたらしい。内容は、元猫柳家当主の咲月と、その息子である春馬を狗飼籍に入れることは、十三家紋の均衡を損なうというものだった。しかも――竜ヶ峰祐希の力は、来人のせいで失われたと記されていた。だから、僕の力も来人のせいで失われるのではないか。そんな主張だった。来人は、その抗議文を黙って聞いていた。「まったく、何を勝手なことを言っているのかしら!だから私、爬虫類の苗字の人って嫌いなのよ!」怒り心頭の母さんに、僕は心の中でツッコミを