Masuk困ったなぁ……と呟きながら頭をかく帝太郎に、今まで彼の様子を遠巻きに伺っていた玉郎が、足音を轟かせながら大股で歩み寄って来た。「貸せ!」 帝太郎から半ば強引に受話器を奪い取ると、「悠長に兄弟喧嘩してる場合じゃねぇんだよ、このアホが! ったく、今更言うまでもねえだろーけど、一応お前の兄貴は玉封師なんだよ、俺の主人のな! その玉封師様がわざわざしたくもない電話まで掛けてんだ。いい加減ことの重大さを察しやがれっ!」 珍しく恐ろしい剣幕で怒鳴り散らした。 普段から言葉遣いの綺麗なほうではない玉郎だが、ここ『つくしんぼクラブ』でこんな態度をとったことは一度もない。「玉ちゃんセンセ、こわーい!」 日頃の「どうした? さあ来い、チビども!」調の玉郎とは全く違った雰囲気に、子供たちがにわかにあちらこちらで泣き始めてしまう。「わぁ~! な、泣くな! 俺が悪かった、な? そ、そーだ! 泣き止んだらお馬さんしてやるぞ~?」 途端、この変貌振りなのだから、帝太郎でなくとも吹き出してしまう。「あ! こら、テメェ、笑いやがったな!?」 子供たちの間を右往左往して走り回りながら、玉郎がクレームをつける。 その様子を見て、菜奈子が隅っこのほうでクスクス笑っているのだが、さすがにそちらにまでは気が回らないらしい。「もしもし? ごめん、佐太ちゃん。ちょっと今、トラブっちゃって」 玉郎の言葉を電話での会話で誤魔化す帝太郎に、『今のって兄さんトコの玉封じの鬼?』 きょとんとした顔が浮かんできそうな、空ろな声音で佐太郎が返す。「え? うん、そうだけど……?」『やっぱ、迫力あるね~。いいなー。俺も早く玉封じの鬼、欲しいなぁー』 佐太郎が心底うらやましそうな口調でそうつぶやいたのも無理はない。二条院家の直系でありながら二十歳を過ぎた今もなお波長の合う鬼と出会えずにいる弟は、ある意味一族の中では異端だったから。少なからずそこにコンプレッ
『はい、二条院です』 電話から聞こえてきた声音に、ホッと安堵の溜め息を漏らす帝太郎。「佐太郎……だよね?」『……? もしかして……兄さん?』「うん、……久しぶり」 受話器の向こうで弟が息を飲む気配が伝わってくる。 無理もない。 帝太郎のほうから実家に電話をかけるのは、実に七年ぶりなのだから。「父さんが電話に出たら切っちゃおうって思ってたんだ。佐太が出てくれてホント良かった」 何だか父親と話をするのが気まずくて、家出をしたわけでもないのに疎遠になってしまっている実家。 時折母親から他愛のない電話がかかってくるが、それも帝太郎のことを気遣ってか、父のいない時を選んでいるらしく、ここ十数年、電話で父親の声は聞いていない。 もしかすると、父は母の隣に黙して座っているのかも知れないが、表立って受話器を握ることがないので、帝太郎としては助かっている。「父さんたちは?」『ちょっと出かけてる』 佐太郎の声にホッと一息つくと、帝太郎は少しトーンを落として話し始める。「実はさ、佐太郎に内密なお願いがあるんだ」 帝太郎の話にしばらく耳を傾けていた佐太郎が、『それ、直接父さんに頼んだほうがいいんじゃない?』 こともなげにそう告げた。 それは予想していた言葉ではあったけれど、そう出来るのなら最初から佐太郎には言わないわけで――。「だからね、それが出来たら苦労しないんだって。僕、佐太みたいに良い息子してない分、後ろめたさありまくりなんだよ。それにね、この件に関しては父さんが首を縦に振らないの、分かってるんだ……」 そう。〝あの事件〟以来、帝太郎は御霊屋への立ち入りを禁止されてしまっているのだから。 まるでそこへ帝太郎たちが立ち入った事実すらなかったとでも言う風に、二条院家ではその事件自体が隠蔽されてしまってい
本当に美紀のことが心配で仕方がなかったのだろう。 考えてみれば、昨日圭吾は会社を休んでまで美紀を探したのだ。そんな彼が、娘のことを思っていないはずがない。「美紀、ほら、先生にご挨拶して」「……」 昨日父親に嫌と言うほどどやされたので、文句こそ口にしないが、美紀にとってここで帝太郎に挨拶をすることは完全なる敗北を意味しているのだろう。 二枚貝のように口をつぐんで、かたちばかりの抵抗を試みている様子だ。「美紀!」 その態度に、圭吾が声を荒げるのを、帝太郎が片手で制した。それから小さく首を横に振って、彼女を怒らないで下さいと言外に含ませる。「美紀ちゃんのことはお任せ下さい。僕たちが責任を持ってお預かり致します」 そう言ってにっこり微笑むと、部屋の戸を開け、圭吾にやんわりと退出を促す。「……それではお願いします……」 どこか不安げな表情で、スーツ姿が『つくしんぼクラブ』を出て行く。 後には一口も口をつけられなかったコーヒーが残された。「さ、美紀ちゃん、あっちの部屋に行こ?」 圭吾が出て行ったのを確認すると、おいでおいでをしてみんなが遊ぶプレイルームへと誘う帝太郎。 その言葉が聞こえているのかいないのか、無言で机の上を見詰める美紀に「それともココア飲んでからにする?」 のほほんとした口調でそう問いかける。 途端、「あたし、別に誰かにお世話してもらわなくても平気だもん!」 吐き捨てるように美紀が叫んだ。 父親が居なくなったことで、思いのたけをぶつけられるようになったらしい。 その声に、子供たちと楽しそうに遊んでいた菜奈子と玉郎が、一瞬ぎょっとしたように動きを止める。 大丈夫だよ、というニュアンスをこめて二人に微笑むと、帝太郎は部屋の戸を再び閉めた。(この子はこう言う所も君にそっくりだね……) 自分の知る子と言動がそっくりな美紀。扱いは
相沢圭吾が娘――美紀――を伴って『つくしんぼクラブ』を訪れたのは、翌日木曜日のことだった。 圭吾に連れられた美紀を見て、思わず息を呑む帝太郎。 (……似てる) 美紀には昔帝太郎が失ってしまったある人物にどことなく重なる部分があって……一瞬その子がそこに居るかのような錯覚を覚えてしまった。 (でも……そんなはずない……) 彼女を失ったのはもう二十年以上前の話。だから眼前の少女とは年齢が噛み合わない。 そう思い直してよく見れば、やっぱり別人だ。 たまたま美紀と、自分の知る少女とが身にまとうオーラが似ていたからちょっと戸惑ってしまっただけ。この子とあの子は同一人物じゃない。 気を取り直して微笑むと、帝太郎は他の子供たちを菜奈子と玉郎に任せ、相沢親子を奥にある小部屋――応接室――に通した。「昨日はどうもすみませんでした!」 娘の頭を半ば強引に押さえるようにして自分も深々と頭を下げると、圭吾は開口一番そう謝罪した。 「あ、いえ、お気になさらず……ッ」 そういう場面に慣れていない帝太郎は、しどろもどろの口調で二人に面を上げてくれるよう促す。 圭吾が顔を上げたのと、ドアがノックされたのとが殆ど同時。 帝太郎の、「どうぞ」の声に、コーヒーとココアをトレイに載せて菜奈子が部屋に入ってくる。 圭吾の前にコーヒー、帝太郎と美紀の前にココアを置くと、お辞儀をして退室する。 普通こういった場合、大人にはコーヒーが出されるものだが、帝太郎はあの苦さがどうも好きになれない。だから今、帝太郎の前にココアが置かれているのは単に菜奈子の配慮に過ぎないのだが、少し場違いな飲み物の登場に、室内の空気が若干和む。 しばし、カップから立ち上る湯気を見詰めていた圭吾が、意を決したように口を開いた。 「実は私、来週から五日ばかり出張を控えておりまして……」 そこで自分の傍らで不貞腐れたようにそっぽを向いている娘をちらりと見遣る。 「今までは美紀が嫌がりましたので不安に思いながらも家で一人留守番をさせていたんです。……でも……」 「五日も家を空けなければならない、となるとさすがにご心配になられた?」 こちらも美紀のほうに視線を注ぎながら帝太郎が言葉を紡ぐ。 四歳にしては少し大人びた雰囲気のその子は、ショートカットがよく似合
「ほら、もう三十分でしょう? 本当なら八時までにお父様と一緒に女の子が来るはずだったじゃないです か……」 予定では八時半受け入れ予定になっていた子だが、昨日になって、父親から「仕事の都合がつかないので八時過ぎに連れて行っても構わないでしょうか?」との問い合わせがあった。 子供たちをあやす帝太郎に伺いを立てると、のんびりとした口調で「いいよ」と返った。 それで「少しぐらいでしたら」と答えて受話器を置いたのだ。 いつもなら、帝太郎に忘れて欲しくないことは玉郎にも伝えておくようにしている。そうしなければ駄目だと言うのは分かっていたのに……。 忙しくて言いそびれてしまった。 だから今朝、菜奈子はいつもより気持ち早く出勤して来たのだ。 先ほど帝太郎に請われて本日の受け入れ予定のスケジュールを、意図的に変更前のまま読み上げてみたのだが、帝太郎は全く無反応だった。 あえて口に出すまでもなかったので黙っておいたのだが、やはり帝太郎は女の子の件をすっかり失念している風だった。 それで、内心、早く出ておいて正解だったなと思っていたのだ。 それなのに……。 帝太郎がやって来てしばらくしても、その女の子は一向に現れる気配がなくて――。 そうして今に至る。 「まだなの?」 それは、部屋にいるメンバーを見れば一目瞭然。 「名前は?」 「えっと……」 ガサガサと帝太郎のデスクの上を引っ掻き回す菜奈子。彼のデスクの上が散らかっているのはいつものことだが、そのお陰でこういう時に苦労する羽目になる。 「大事な資料は菜奈ちゃんの机に置いといたほうがいいぜ?」 なみたをあやしながら発せられた玉郎のセリフも、もっともである。 菜奈子はやっとの思いで帳簿を見つけ出すと、 「相沢美紀ちゃん。歳は四歳」 該当ページを開いて帝太郎にそれを手渡す。 「家には連絡してみた?」 「もちろん! 所長が買い物に行ってらっしゃる間にも数回。……携帯にもかけてみたんですよ」 「で?」 「駄目でした」 菜奈子の言
「たっだいまぁ~♪」 上機嫌で『つくしんぼクラブ』の入り口をくぐった帝太郎を、聞き慣れた声が出迎える。 「おかえりなさい! 帝ちゃんセンセ!!」 「なみた君、ただいまぁ~♪ 今日も一番乗りだね~♪」 足元に駆け寄ってきた三歳位の小柄な男の子を視界に捕らえて、満面の笑みを浮かべる帝太郎。 しゃがみ込んで彼の視線に自分のそれを合わせると、良い子良い子をしてあげる。 ここ、『つくしんぼクラブ』には、ほんの一日だけ預けられる子もいれば、一年契約で毎日のように預けられる子もいる。 今、子犬のように帝太郎にまとわり付いているのは、後者に属する子供で、名を青川なみたという。 「帝ちゃんセンセ、それ、なぁに?」 子供というのは実に好奇心旺盛な生き物である。 帝太郎が手にしたナイロン袋を目ざとく見つけると、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳で質問を浴びせてくる。 「これ? さ~て何かなぁ~?」 「ヒント1ぃ~。今日は節分で~す♪」 ニコニコと微笑みながら袋を高く掲げる帝太郎の言葉に、菜奈子が歌うような声で付け加える。 「ヒント2ぃ~。小さいくせに当たると滅茶苦茶痛ぇ……」 真剣な顔で帝太郎の手元を見上げるなみた。 そんな彼を軽々と抱き上げると、玉郎が顔をしかめてそう呟く。 「玉ちゃんセンセのきらいなものなの?」 「使い方にもよるな」 肩になみたを載せた格好で、玉郎が大きな溜め息を一つ。 「玉ちゃんはこれだから」 両手の人差し指を角のように立てて頭の両サイドにあてがうと、帝太郎はウインクをしてみせた。 「わかったぁ! おまめさん!」 「当ったり~♪」 突然両手を広げて叫ぶなみたに、玉郎が慌てて手を添える。 「じゃあ……玉ちゃんセンセ、ことしもオニさんやるの?」 「……」 肩の上から自分の顔を覗き込むようにして尋ねてくるなみたに、玉郎は思わず言葉に窮する。 「じゃ、なみた、オニはそと言わない。おまめさんも玉ちゃんセンセ







