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第7話【土下座は前世を知っているものだけが使う】

last update Last Updated: 2026-03-01 19:00:39

「お嬢様は戻りました」

 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。

 既に謝罪をする相手は、居なくなっている。

 だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。

「出口までご案内いたします」

 使用人に案内されて、屋敷の外へ。

 屋敷の雰囲気が冷たく感じた。

 丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。

 出ると、扉は静かに閉じられる。

 だが音が重かった。

(終わった、のか?)

 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。

 拒絶された実感すらない。

 それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。

 扉から門へと向かっていく庭の間にある道。

 太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。

(謝罪、受け取ってもらえなかった)

 ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。

 『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』

 『”安心したい”だけですわ』

 『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』

 はっきりと、俺に突きつけた言葉。

 正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。

 でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。

 明らかに俺が間違っていた。

 時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。

(俺は、許される前提で来ていた)

 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。

 それで許されて、戻れると思っていた。

 ゲームと同じような世界だから。

 パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。

 でも結果は違っていた。

 俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。

 壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。

 だからこそ、『謝ったから戻る』と思っていた。

 ゲームにも存在しないし、この世界にもないが。

「拒絶されたんだな」

 罵倒もされず、感情もぶつけられなかった。

 怒りでもない、失望でもない。

 距離を取られ拒絶された。

 俺が運営だったら、強制的に関係を戻せたかもしれない。

 でもそうじゃない。

 ゲームと同じであるが、セーブポイントに戻るということも出来ない。

「殿下」

 視線の先には、門の外でクレア嬢が待っていた。

 俺を見て、何かを考えているようだった。

 そのまま門を通って、ルイッツホーフ家の敷地を出る。

「クレア嬢」

 彼女へ最後が聞こえないような声を出した。

「お疲れ様でした」

 表情に感情は持っていなくて、ただ俺に話しかけただけ。

 しかも王宮へ戻る道では、何も会話をしなかった。

 俺は落ち込んでいたから、クレア嬢は考え事をしていたから。

(ーーああ。俺は、まだ取り戻していない)

『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』

 頭の中で響く声。

 ユリアナ嬢が言い放った声、そっくりそのまま聞こえてくる。

「こちらで問題ないでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」

 ルイッツホーフ家での土下座後、公務があるのでそのまま仕事を。

 クレア嬢もいつも通りの補佐をしていた。

 ただ、口数は少なくて空気が気まずかった。

 彼女は門の前で待機していたはずだ。

 確かに土下座を見たわけでもないが、戻ってきてからクレア嬢の様子が重々しい。

 謝罪したことを知っている。

 なのに、どうしてだ?

 それでも公務は進めないといけない。

 王太子として必要な事だから。

(許してもらえなかったな……)

 公務をしていても、俺の中でその事が残り続けていた。

『”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』

 その言葉が夕方になっても反芻していた。

 ユリアナ嬢からは許してもらえなかった。という事実が残っている。

 夜明けのくらいに謝罪をしたが、まだ立ち直れなかった。

 夕陽が綺麗で空は橙色が大部分を占めている。水色は少しだけ。

 綺麗なのに俺の心は曇っていた。

 でも、『”二度と捨てられない未来”』、それさえ約束できれば、戻れるはずと思ってはいた。

(ユリアナ……)

 彼女の顔は見なかったが、どんなものだったんだろう。

 冷たい言葉だったのだけは覚えている。

「殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」

 突然、クレア嬢が話しかけてきた。

 どうしたんだろうか。

 俺達は誰もいない書庫へ行って、話を聞くことにした。

「今朝、殿下はユリアナ様に謝罪をされましたよね?」

「ああ」

 その確認から会話は始まった。

 静かで落ち着いた言葉。

 問い詰めている雰囲気ではなさそう。

「許されたのでしょうか?」

「分からない。ただ、拒絶されたのは確かだ」

 それだけははっきりと。

 クレア嬢はため息を吐きながら、俺を見ている。

「殿下は、許されると思って、行かれたのですね」

「そうだ」

「確かに私も上手くいくと良いって、言いました。で、殿下は何をおっしゃったのでしょうか?」

 俺はクレア嬢へユリアナ嬢に俺が前世の記憶を取り戻した事や、前世から好きだったこと、そして婚約破棄が間違っていた事を伝えた。

 驚いている様子だったが、受け入れていた。

 特に前世の事なんて、クレア嬢は信じてもらえないはずなのにな。

 空想過ぎるから。

「そうですか。ですが、それは謝罪ではありません。ただの”確認作業”です」

 クレア嬢はそれを聞いて、言葉は荒げていないが、はっきりとした怒りを見せていた。

「自分がまだ救われる側かどうかを、ユリアナ様に委ねただけです」

 俺は何も言えなかった。

「殿下は、捨てたことを後悔したのですか? それとも、”捨てたのに戻らなかったこと”に動揺しているのでしょうか?」

 また、何も言えなかった。

 正論のボスラッシュだ。

「あの方の痛みを、”自分が楽になるための材料”にしたことが問題なのです」

 クレア嬢が言っている事。

 正しかった。

 何も言い返せない。

(ユリアナの気持ちじゃない。”俺が救われるかどうか”しか見ていなかった)

 彼女は”未来”の話をしていたんじゃない。

 ”覚悟が無いまま来るな”と言っていたんだ。

「それよりも、どうして殿下は”土下座”をしたのですか?」

「あの、それはーー」

「殿下はありえないことをしたんですよ!?」

 クレア嬢は一気に声を荒げる。

 やはり見ていたのか。

「しかもあれは、”あなたの国”の謝罪方法です! この国ではしません! どうしてそれを行ったんですか!?」

 荒げた声。

 今まで聞いたことの無いような感じだ。

「俺の中では、それが最も強いものだと思っていた」

「強いもの、だからそれはあなたの国で行うことだからです!」

 クレア嬢は俺を刺してくるように暴走している。

「ユリアナ様には、言葉や頭を下げるといったことで、問題なかったのでは!?」

 確かにクレア嬢が言っている事も正しい。

 ユリアナ嬢は土下座を知らなかった。

 確かに謝罪の意志は伝わっていたが。

「なのにどうして」

 怒りを通り越して呆れながら、俺を見ている。

 クレア嬢が怒ったのは、土下座をしたことに対してのようだ。

 あれ?

「クレア嬢、どうして”土下座”を知っているんだ?」

 俺はふと気になったことを質問してみた。

 すると、一瞬だけ動揺していた。

「そ、それは」

 クレア嬢の声が震えている。

「君に土下座という言葉を言っていない。なのに、君は土下座って言っていた」

 しかもこの世界に土下座という謝罪方法は知らない。

 なのに、知っているっていうことは……

「君ももしかして、転生したのか?」

「……はい。殿下と同じように」

 やはりか。

 というか、”土下座”で発覚するなんてな。

 だから知っていたのか。

「何だろうな。転生した人に出会ったのって、不思議な繋がりだな」

「こっちも同じ気分よ」

 はにかみながら、疲れた表情をしている。

 クレア嬢に怒りの表情は無くなっていた。

 転生バレで、それどころじゃ無くなったかもしれないが。

「ゲームのヒロインになれて、王太子と結ばれると思っていたのに……」

 確かにそうだよな。

 その姿って、ヒロインだから。

 あのゲームの主人公って、ヒロインだったし。

 レオポルドは攻略対象だったから。

「ユリアナと婚約破棄したから、これで結ばれると思ったら、謝罪するなんて……」

 完全に呆れていて、クレア嬢も狙っていたんだなって思った。

 ヒロインだからそうなるよな。

 王太子と結ばれるのが、ハッピーエンドの一つだったから。

「謝罪をするのも良くなかったのか?」

「そんなことはない、と思いたいだけれどね」

 乾いた笑いを見せるクレア嬢。

 やっぱり嫌だったんだな。

 ハッピーエンドフラグが立ったのに、折れようとしているからな。

 それでも、クレア嬢は背中を押そうとしていた。

 謝罪が成功するのも祈っていた。

「だけどそれで殿下とユリアナが幸せなら、私は我慢しようかなってね」

 よくあるのは、何が何でもハッピーエンドを狙うっていう感じなのにな。

 俺を言いくるめたり、惚れ薬を使ってたりして、結ばれようするとか。

 でも彼女は違っていた。

 それでいいんだ。

 気持ちを押し込んでいるだけかもしれないが。

「まあ、攻略対象はまだいるんじゃないのか?」

「うるさいって」

 はにかみながらクレア嬢は、そう言い放った。

 そしてクレア嬢は一瞬だけ視線を落とし、何か言いかけて、やめた。

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