Chapter: 北街道の盗賊 一週間が経ち、露店は順調に売り上げていった。 そのために、品物はまた足りなくなっていく。 仕入れないといけないけれども、共同倉は売ってくれるのだろうか。 私は不安になりながら、北街道の共同倉へと向かっていく。「大丈夫なの?」 アプリルが問いかけていた。 前回、「今回だけだ」と言われていたため、余計売ってくれるか心配になる。「分からないの」「断られる可能性があるのね」 呆れながらそう返事をしていた。「あれ?」 倉へと向かっているのに、道が妙《みょう》に静かだった。 荷車の音すら聞こえない。「に、荷車が!?」 近くでは荷車が横倒しになっていた。 積み荷が散乱していて、明らかに何かがあった感がある。 どうしてこんな事が……。 すると、大きな声が聞こえてきた。「やめろ!」 争《あらそ》っている音だ。 そして袋を抱えてこっちに向かって走ってきた。 姿は、明らかに盗賊らしき男性。 目が血走っていて、焦りと苛立ちが混ざっている。 ただの悪党というより、追い詰められた獣のようだった。 彼が言っていた盗賊の一員なのかな。「どけ!」 明らかに私達とぶつかる。「うわわ……」「サフィー!」 避けないと。 こんな急に盗賊と出会うなんて。 でも、震えてしまって動けない。 あの断罪の場で、視線を浴《あ》びたときと同じ感覚。 身体が凍りついて、思考だけが空回りする。 盗賊は短刀を持っていて、避けないと刺されてしまうかもしれない。 なのに……恐怖で動けなかった。(やばいやばい……動けないよ) そのまま刺されてしまうのかなって思ったけれど……。
Terakhir Diperbarui: 2026-02-24
Chapter: 安定した露店 私達は商品を仕入れて、宿へ帰ろうとする。 空に明るさは残っているけれども、夜風が冷たくて、少し震えが起こる。「あっ……」 荷車の車輪に血痕《けっこん》があった。 あの荷車も被害に遭ったのかもしれない。 車輪が削れていて、無理に停めようとしたのかな。「……ニコラさん、大丈夫だよね」 ふと、気になってしまう。 私が代理でいるけれど、ずっとという事にならないよね。「”運が悪ければ”という言い方が引っかかりますわね」 歩きながら私達は会話をしていく。「そうだよね」 少しだけ笑みを出して、不安を抑えようとする。「もしも戻らなかったら?」 私はまた誰かの場所を奪《うば》うことになるのかな。 代理のはずなのに、その席に慣れてしまう自分が少し怖かった。「北街道、昨日封鎖時間があったって聞きました」 手伝いのためにロータスもやってきて、仕入れた品物を運んでもらっている。「結構深刻な状況ね」「あたし達も気をつけないと」 そう思いながら気をつけて帰ったからか、この日は何事もなく戻ることが出来た。 でも、危険と隣り合わせなんだろうね。「仕入れたのって凄いですね」「まあね、また手に入れられるか分からないけれど」 苦笑いしながら、ロータスの言葉に返事する。 数日後、仕入れの甲斐《かい》もあって、品切れになることはなく露店を続けられていた。 でも、また仕入れられるかな。 まだ日数はあるけれど。 断られたりしないかな。 それが気がかりだったりする。「どうしたの?」 ほんのちょっとだけ、聞き覚えのある感じで聞こえて、考え事をしていた頭を切り替える。 黄色髪の女性が露店の前にやってきていた。 先日も来ていましたね。
Terakhir Diperbarui: 2026-02-23
Chapter: 北街道の倉 夕方、店仕舞《みせじま》いをした後に私は言われた北街道の共同倉へとやってきた。 隣の店主から貰った紹介状を貰って。 街道に面して作られた大きな石造りの倉庫、夕方だけれども。「ここで仕入れているのね」 アプリルがそう訊いてきた。 仕事が終わったから、一緒に来ていた。「そうみたい」 この倉庫は荷車や商人、帳簿係などこの時間においても、ある程度の賑《にぎ》わいがあるようだった。 私はそこへ向かって歩く。「用件は?」 倉庫番らしき男性が訊いてきた。「干し葡萄と干し肉などの補充をお願いしたくて……」「登録番号は?」 私が用件を伝えた途端、即答するように問いかけてきた。 そんなもの、私は持っていない。「……ありません」 私はそう答えるしかなかった。 一気に空気が冷えたような気がする。 アプリルはこの様子をじっくりと見ていた。「登録商人か、正式代理でなければ卸せん」 倉庫番はそう答えた。「私はニコラ・コロシェツの代理です」「証明は?」 言われたから、紹介状を出すことにした。「隣の露店の署名か」「はい。短期ですが店を預かっています」 紹介状を見るけれども、態度は変わらなかった。「……紹介状? 露店主の私文書では通らん」 突っ返すような態度だった。「責任は誰が取るんだ?」 それに対して、私は一瞬だけ言葉に詰まってしまった。「……私が払います」 でも言葉を絞り出す。「焦げついたら、あんたが全財産をはたいても払うのか?」「足りなければ、どんなとこで働いてでも返します」 私は本気でそう伝える。「&helli
Terakhir Diperbarui: 2026-02-22
Chapter: 仕入れ先「在庫《ざいこ》なんだけど、足りるのかしら?」 アプリルは帳簿《ちょうぼ》の内容を確認しながら、私に問《と》いかけた。「分からない。でも難しいかも」 どこで仕入《しい》れたら良《い》いのか分からない。 このままだと在庫切れになるのは、目に見えている。「干し葡萄《ぶどう》も干し肉も、かなり減っていますね」 ロータスは帳簿を見ながら、呟《つぶや》いていた。「だよね」 追加はしていないし。「嬉しい誤算、ですが」「……このままだと、三日も持たない」 売れすぎて、在庫が足りない。「えっ」 ロータルが驚く。 思ったよりも短いから。「ニコラさんが戻ってくるまで、二週間はあるから……」 このままでは、持たせられないということ。「棚、空いちゃう」 私達に沈黙《ちんもく》が流れた。「売れているのに、続けられない……?」「うん。それが、今の現実」 じゃあ仕入れればいいって思うけれども、あの商品がどこから仕入れているのか分からない。「勝手に仕入れをすれば、揉める可能性もありますわ」 そう、私は代わりにしている。 マッサージはともかく、元々の商品を別の場所から仕入れれば、質とかも違うことになる。 いつも買ってくれるであろう人から、クレームになるかもしれない。「だよね」「でも、何もしなかったら、露店は止まりますわよ?」 アプリルに言われ、悩んでしまう。 私自身、商売経験が無かったし。「…………」 少しだけ言葉が出せない。「悩むのは正しいですわ。でも、情報が足りませんわよ」 アプリルはそう述べた。「情報…
Terakhir Diperbarui: 2026-02-12
Chapter: 三人で見る売り上げ 宿に戻る頃には、街はすっかり夜の顔になっていた。 石畳の通りには橙色の灯りがともり、昼間の喧騒が嘘のように落ち着いている。「ふぅ……」 部屋に入った瞬間、私は思わず息を吐いた。 身体は疲れているはずなのに、どこか心地よい。「お疲れ様です、サフィーさん!」 ロータスはそう言いながら、窓を少し開けて夜風を入れる。 アプリルは椅子に腰を下ろし、静かに手袋を外した。「さて……本日の成果を確認しましょうか」 その一言で、空気が少し引き締まる。 私は露店で使っていた布袋を、そっと机の上に置いた。 一瞬だけ、私達は言葉を止める。「じゃ、じゃあ……これが、今日の売り上げ」 袋の口を開くと、銅貨と銀貨が控えめな音を立てて転がった。 思っていたよりも、ずっしりとしている。「……思った以上ですわね」 アプリルは一枚一枚、丁寧に貨幣を数えていく。 その手つきは、メイドとして学院で書類を確認していた頃と同じくらい落ち着いていた。「干し果物が一番出ていますね。次が干し肉、香草袋も、伸びています」 ロータスは帳簿を開きながら、素早く計算していく。 こんなに能力があるなんて、一緒にいて頼もしいね。だから学院のメイドとして働いていたのかもね。 紙の上で数字が整っていくたびに、私の胸が少しずつ高鳴った。「……合計すると、日銭としては十分すぎるくらいです」「え、そんなに……?」「そうね。二日目としては、かなり良い売り上げですわ」 アプリルは顔を上げ、はっきりと言い切った。 その声には、評価と安堵が混じっている。「サフィー、貴女はちゃんと”商い”をしていますわよ」 アプリルのその言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。 この街の人達に顔を覚えてもらった、この事に私は嬉しくなる。「私、失敗すると思ってた」 ぽつりと零れた本音。 二人は何も言わず、続きを待ってくれる。「ギルドに止められて、怒られて……何も出来ずに終わるんじゃないかって。ニコラさんの露店を潰してしまう事になるのかなって」「でも、終わらなかったですよ! 続いています!」 ロータスが、ぱっと笑顔を向ける。 本当に元気ね、ロータスって。「むしろ、始まった感じです!」 その明るさに、思わず笑ってしまう。「ええ」 アプリルも小さく頷いた。「貴女は今日、”誰かの役に立つ”ことを
Terakhir Diperbarui: 2025-12-20
Chapter: 夕方の露店 太陽が斜めに傾き始め、露店通りに長い影が伸びる頃だった。 今日もだいぶ売れた商品を整えながら、私はほっと息をついた。(……こんなに売れるなんて、思わなかったな) 干し果物の箱はもう底が見えているし、干し肉も半分以上無くなっている。 香草袋も、午前は全然出なかったのに、午後に入ると立て続けに そこへーー「……これは、想像以上ですわね」 聞き慣れた、芯のある気品を含んだ声が背中から届いた。「アプリル……!」 振り向くと、淡い旅服の裾を揺らしながら、アプリルが立っていた。 仕事の疲れがあるはずなのに、その赤い瞳は驚きと嬉しさで輝いている。「サフィー、随分と繁盛しているじゃないの。まさか……ここまでとは思いませんでしたわ」「え、えへへ……ちょっと頑張っただけで……」 と言いながらも、褒められて胸がくすぐったい。「サフィーさん! 本当に……すごいです!」 息を弾ませながら、ロータスも駆け寄ってきた。 ワインレッドの髪を揺らし、手には自分の帳簿道具が抱えられている。「見てください、在庫……! もう半分以上減っていますよ!」「う、うん……売れちゃった」「売れちゃった、ではありませんわ。これは立派な”成果”ですわよ」 アプリルは棚の上をざっと確認し、頷く。「商品がなくなり始めたということは、客がついた証です。しかも見てくださいな、通りすがりの人が何度も看板を見ていますわ」 確かに。 看板の前で立ち止まって、覗き込む人が増えている。 午前とは比べ物にならない反応。(すごい……こんなに見られてるんだ)
Terakhir Diperbarui: 2025-11-23
Chapter: 第7話【土下座は前世を知っているものだけが使う】「お嬢様は戻りました」 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。 既に謝罪をする相手は、居なくなっている。 だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。「出口までご案内いたします」 使用人に案内されて、屋敷の外へ。 屋敷の雰囲気が冷たく感じた。 丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。 出ると、扉は静かに閉じられる。 だが音が重かった。(終わった、のか?) 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。 拒絶された実感すらない。 それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。 扉から門へと向かっていく庭の間にある道。 太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。(謝罪、受け取ってもらえなかった) ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。 『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』 『”安心したい”だけですわ』 『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』 はっきりと、俺に突きつけた言葉。 正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。 でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。 明らかに俺が間違っていた。 時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。(俺は、許される前提で来ていた) 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。 それで許されて、戻れると思っていた。 ゲームと同じような世界だから。 パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。 でも結果は違っていた。 俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。 壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。 だからこそ、『謝ったから戻る
Terakhir Diperbarui: 2026-03-01
Chapter: 第6話 殿下は再び床に頭をこすりつけた【ユリアナ視点】 この日、夜明け後にわたくしへ使用人のサルチャクから報告があった。 まだベッドで起きてすぐに。「殿下がお見えです」 朝早くから? そして報告したサルチャクは、諦めているような目をして疲労を見せていた。 ただ、わたくしにとっては驚きもしなかった。(やはり来ましたのね) それだけの感情。 もう一度来るって事は予想できた。 先日の謝罪、殿下は頭を床につけて謝罪の言葉だけを伝えた。 跪いて、わたくしに許しを請《こ》うて。 明らかにおかしな状況。 しかも、何に対して謝罪をしようとしているのかを、何も言わず。 だからわたくしは、謝罪を受け入れられなかった。 婚約破棄に関する事かもしれない。 でも、それならば言ってほしかった。 理由も訊きたかったから。 謝罪だとすれば、今日は言ってくれるのだろうか。「通しなさい。でも客間とは違う場所に」 わたくしはそうサルチャクに伝えた。「かしこまりました」 寝間着から着替えて、殿下が通されたであろう部屋に行ってみる。 殿下が通されたのは小さいながらも庭がよく見える部屋で、わたくしにとってはお気に入りだったりする。 彼はどんな言葉をわたくしに言うのだろうか。 そう思いながら部屋に。 部屋に入ってみると、そこには既に先日を同じような体勢を取った殿下が。「殿下」 わたくしは元婚約者でありながらも、冷たく淡々と言葉を話していく。 そして近くにある椅子に座って、話を聞くことにした。「また謝罪ですのね」「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」 やはり謝罪は、婚約破棄に関することですのね。 分からなくなったって。迷っているじゃないの。 だからこそ謝っているのだろうけれど、なら婚約破棄する前に、気づかなかったのかしら。 私は何も言わずに聞いていく。 すると、殿下は前世に関することを話していた。 前世ーー伝承等《でんしょうとう》で見聞きしたことがある。 別世界の人物が転生することがあると。 本当にあるのね。 しかも、殿下がその人物だなんて。 わたくしはそれでも驚きを見せず、ただ聞くだけ。 ”推し”って分からないけれど、前世ではわたくしを好いていたのね。 確かにわたくしも
Terakhir Diperbarui: 2026-02-21
Chapter: 第5話 王太子は推しを切ったのか?【ユリアナ視点】「……殿下」 |あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。 静かだったけれども、今までよりも冷たかった。 足音は遠ざかっていく。 わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。 遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。 聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」 机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。 はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。 殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。 偽造なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」 わたくしは殿下との婚約を破棄された。 その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。 殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。「どうしてなの?」 何が原因だったのかしら。 思い出そうとしても、心当たりがない。 いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。 そのきっかけって何だったの。 わたくしはその際に、何をしてしまったのか。 思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。 でも、見当たらない。 何がいけなかったのだろうか。 気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。 わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。 もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。 考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。 けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」 思い出してみるけれども、失言はしていないはず。 言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。 婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。 なのに、どうして。 ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」 だから、さっき殿下が言っていた事を思い出す。 『君のためだ』
Terakhir Diperbarui: 2026-02-05
Chapter: 第4話 二度目の謝罪「う~ん」 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。 あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。「それにしても」 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。 今の状態としては、別の事で悩み中だ。「ユリアナ嬢、許してくれるかな」 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。 すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。 だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。 でも、どのタイミングで? それが一番の悩みだ。 顎に手を当てながら考えていた。「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」「すまない。変なところを見られてしまって」 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。 しまったな。 彼女は当事者じゃないのに。 俺とユリアナ嬢の問題だからな。「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」 分かるのか。 確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。 だから察しがつくだろうな。「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。「ま、間違いですか」 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。 まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」「せ、先日のってそれですか……」「ああ、そうだ」「ゆ、ユリアナ様と……」 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……? それに言葉が震えまくっている。 何が起きているんだ。「大丈夫か?」「は、はい」 落ち着かないな。 さっきまでは平常だったのに。 悪いことでも言ってしまったのか?「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」 数日後か。 確かにそれが良いかもしれない。 やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。「ありがとう」「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」 ぎこちない微笑みを見せながら
Terakhir Diperbarui: 2026-01-27
Chapter: 第3話 婚約破棄 数日後、王宮にある応接室。 そこで俺は立ってある人物を待っていた。 侍女を通じて、やってくるように伝えている。「失礼いたしますわ」 やってきたのはユリアナ嬢。 礼をしながら応接室に入ってくる。 いつもと変わらない表情をしていて、何も不安に思っていない。「来てくれてありがとう。時間は取らせない」「殿下、どういった用件でしょうか?」 一呼吸置いて、伝えることにする。「君との婚約を、ここで解消したい」「……っ!」 ユリアナ嬢は驚いた表情をしていた。 確かにそうなるよな。 でも取り乱すこともなく、ただ考えているようだった。「理由を、お聞きしても?」 次に彼女が口にした事は理由を訊ねるもの。 彼女には心当たりが無いようだ。 俺は彼女に視線を合わせず、書類を差し出す。 それは、婚約を解消する旨を書いたもの。 これによって、完全に俺とユリアナ嬢は婚約を解消することになる。「理由か。これは、君のためだ」「わたくしのため?」 きょとんとしている。「君は、正しい王妃になる人だ」 それは間違っていないと思う。 ユリアナ嬢と結婚すれば、彼女は正しい王妃になれるだろう。「だが、俺にはそれを受け止めきれなかった。それ以上の説明は、出来ない」 俺は謝罪をせず、ただ理由を伝えていく。 それを感情もぶつけずにユリアナ嬢は聞いていた。 言葉を遮らず、ただ淡々と。 俺の言葉が終わると、ユリアナ嬢が口を開く。「わたくしが、殿下のお役に立てなかったのでしょうか?」「いや。何も」 その問いかけに対して、俺は間を置かずに答えていく。 即答と言ってもいいくらいに。 確かに彼女は悪くない。 役に立っている。立てなかったことはない。「これまでの尽力に、感謝している」 俺はユリアナ嬢に一礼をして出ていこうとする。 彼女は俺に縋るわけでもなく、ただ俺を見ていた。「必要な手続きは、後日こちらで行う」「分かりましたわ、殿下」 彼女は泣くことはなく、怒るわけでもなく、俺に対して一礼を返した。 姿勢は正しく、王太子の婚約者としては相応しいように思える。 だが、少なくとも今の俺には受け入れられなかった。 俺は応接室を出ていく。 この時点で、俺とユリアナ嬢の婚約関係は終わったのだった。「何故なん
Terakhir Diperbarui: 2026-01-26
Chapter: 第2話 正しいより楽 時間は数週間前に戻る。 いつものように公務が忙しかった。「この部分だが、君はどう思う?」 俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、青髪の子爵令嬢《ししゃくれいじょう》のクレア・ユングホルツ嬢に意見を求めた。 資料の確認をするためだ。「私は、殿下のご判断が最善だと思います」「そうか」 クレア嬢は決断をしなかった。 俺の判断が正しいと言ってくれた。 その途端に、肩の力が抜ける。「君の意見で確信が持てた。ありがとう」「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」「王太子、か。確かにな」 俺はちょっとクレア嬢に笑みを見せる。 すると彼女も微笑み返した。「ふふ、そういったところ、魅力的です」「そう言ってくれると嬉しい」 クレア嬢は肯定的に捉えてくれる。 それが俺の心を惹きつけた。 婚約者がいるのにな。 クレア嬢は、迷うことそのものを否定しなかった。 それが、俺にはありがたかった。「そうだよな」 俺は彼女に対して、そう呟いた。 だからこそ、意見を訊くんだよな。(俺だって迷うよな)「クレア嬢、ちょっと良いだろうか?」 何日かして、彼女に意見を求めた。 ちょっと遠慮がちに。「迷われていますのね」「ああ」 彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。 少々安心する。「俺だってただの人間だからな」 先日クレア嬢に言ってくれた事を返した。「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」 クレア嬢は頷きながら俺の事を肯定してくれる。「私としてはーー」 そして意見を言ってくれた。 俺は楽になった気持ちになる。「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」 笑顔を見せてくれるクレア嬢。 水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。「君は縛らないな」「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」 彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」 少し経って、業務が終わったタイミング。 そこでクレア嬢は話しかけてきた。「疲れか。そう見えるのか?」「はい」 俺では気づかなかったが。 彼女は気がつくのか。 確かに自分の事を気づきにくいってよく言われるが
Terakhir Diperbarui: 2026-01-25