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第6話

Author: 月の鹿
遼介を見送ると、私はまっすぐ寝室に向かい、スーツケースを取った。

悠真がついてきた。

彼はベッドのそばに置かれたスーツケースを見て、目を瞬かせた。口調はまだ少し幼い。

「ママ、出張に行くの?」

仕事の都合で、私と遼介は時々出張に出る。

そのため、家には常に家政婦が悠真の世話をするように手配されていた。

彼は私がスーツケースを持っているのを見て、再び出張に行くのだろうと自然に思ったのだろう。

私は説明をせず、ただ頷いた。

悠真は何かを思いついたのか、踵を返して走り去った。

私は彼を気に留めず、テーブルの上の証明書を片付け、部屋の中を一回り見渡して、何も忘れ物がないことを確認してから、スーツケースを引いて家を出る準備をした。

リビングに着いた時、書斎に隠れている悠真が電話している声が聞こえた。

「パパ、ママは出張に行くみたいだから、そんなに早く帰ってこなくてもいいよ」

「うん……分かってる。家政婦さんが僕の面倒を見てくれるから」

「そうだ、高木先生が買ってくれたおもちゃ、気に入ったって伝えてね」

「……」

残りの言葉は聞かなかった。

ただ、あまりにも心が冷え切っていると感じただけだった。

……

一カ月後には海外へ出発するため、新しい家を探すことはしなかった。

代わりに、ホテルで一カ月間過ごすことにした。

昼間は通常通り出勤し、夜はホテルに戻る。悠真や遼介のことを考えずに済む日々は、奇妙なほど気楽だった。

一方の遼介は、私が家を出た最初の夜に、メッセージを送ってきた。

口調は相変わらず甘く、恋しい、会いたいと。

だが、今の心境はもう違うのだろう。

そのメッセージを見ながら、彼がメッセージを送っている時も、あの女と絡み合っているかもしれないと考えると、言葉にできないほどの吐き気を覚えた。

私は仕事の傍ら、すぐに信頼できる弁護士を探し、離婚協議書の草案を作成してもらった。

この関係において、有責なのは遼介だ。

だから、私に帰属するすべての利益について、私は一歩も譲るつもりはない。

協議書が作成されるまでは、家に帰るつもりはなく、会社で同僚に業務の引き継ぎをするのに忙しくしていた。

だが、まさか出国前に、遼介の愛人に出くわすとは思いもよらなかった。

仕事の都合で、同僚の山田朝子(やまだ あさこ)と一緒に夕食の約束をして
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    言ったはず、この関係において、有責なのは私ではないと。だから、私に帰属する利益は、私は一歩も譲らない。そして、この録音は、もし本当に揉め事が起こった場合に、私が正当な権利を守るための武器となる。「遼介、最後まであなたを軽蔑させないで、お願い」私の言葉を聞いて、彼は突然黙り込んだ。長い沈黙の後、ようやく顔を上げて私を見た。「お前がそれを望むなら、受け入れよう。だが、俺の心は永遠に変わらない。たとえ離婚しても、俺の心の中にはお前という妻しかいない。お前が帰国するのを待って、もう一度お前を追いかける。俺には、お前に許してもらえる自信がある」これに対して、私は「随分と図々しい」としか言いようがなかった。その自信はどこから来るのだろうか?そしてこの日、私たちはついに離婚届を受理させた。財産分与は、私が事前に作成した離婚協議書通りには実行されなかった。彼は、自分の決意を証明するためなのか、悠真の学費分だけを残し、それ以外はすべて財産放棄を選んだ。彼は無一文だ。だが、それはもう私には関係のないことだ。なぜなら、この日の午後、私は海外行きの飛行機に乗り込み、新しい人生をスタートさせたのだから。……海外に着くと、私は会社の指示に従って積極的に研修に参加した。たまに国内の噂を耳にした。遼介は麗奈と完全に別れるつもりだったらしい。だが、麗奈は妊娠していた。それだけでなく、私は出国前に、彼女が私にくれたあの写真の束を、ダンス教室に送付していた。私は善良な人間ではない。過ちを犯した者は、当然その結果を負うべきだ。写真は二部作成した。もう一部は、遼介の会社に送付した。彼が不倫を選んだのだ。ならば、名声などというものは、彼にはもういらないと思う。それ以降、私は国内の事情にはあまり関心を持たなかった。ひたすら仕事に打ち込んだ。そして三年後、研修を終えた私が帰国し、正式に上司のポジションを引き継いだ。その日、私は空港で遼介の姿を見た。彼は車椅子に座っており、ズボンの下は空っぽになった。隣にいた悠真はとても痩せていて、かなり苦しい生活を送っているように見えた。私を迎えに来た同僚も、私と遼介のことを知っていた。その同僚は軽蔑の表情を浮かべ、遠慮なくその場で嘲笑した。「おや?

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