「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」
声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。
「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」
隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。
「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」
僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。
スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。
特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。
しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。
「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」
僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。
「まずは、下処理」
エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。
「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」
彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。
だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。
「では、開いていく」
そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。
口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。
スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。
長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。
ズズズ、ズズズ。
なおも続く絶叫に、僕は思わず耳を塞いで顔を背けた。
やっぱり駄目だ。こんなの耐えられない。やっていることは拷問じゃないか。
「……い。おい、助手君。何をしている」
呼びかけられていたことに気づいてエルドリスを振り向くと、彼女は血塗れの内臓を手にしていた。長い腸がその手に余り、だらりと垂れ下がっている。
「職務をサボるな。そこのバケツを取ってくれ」
「は、はいっ、すみません」
僕は急いで金属のバケツを拾い、彼女に駆け寄る。
ボタッ、ボタタッ。
僕が抱えたバケツの中に赤黒い内臓が入れられた。胃液が一気にせり上がる。
「うっ……ぐ、げぇぇっ……!」
堪えきれずに僕は身をよじらせ、逆流してくるものを吐き出した。胃の中身が床に散らばり、酸っぱい匂いが鼻を突く。手で口を覆いながら、荒い息を整えようとするが、吐き気は収まりそうにない。
「ふむ。なかなか繊細な助手だな」
冷静な声が降ってくる。力を振り絞り、なんとか顔を上げると――
内臓を抜かれたスクリームバードのうつろな瞳と目が合った。死んだような目。なのに生きている。昨日のトロールと同じ、延命魔法をかけられているのだ。
ガタガタガタッ……!
鳥の爪が、流れ出る血で真っ赤になった鉄台を引っ掻く。
「時間があればこのまま血が抜けるのを待ってもいいが、今日は30分しかないため時間短縮だ」
彼女は冷静に説明しながら、手早く肉を揉み、残った血を絞り出す。傷口からドロリとした濃い血が垂れ、鉄台に上塗りされていく。
スクリームバードは、口枷越しに詰まった鳴き声を漏らす。
「さらに、湯をかけて促進する」
エルドリスは鍋からぐつぐつ煮える熱湯を汲み、スクリームバードの開かれた腹にバシャッと掛けた。
ジュウッ。
音を立てながら肉が痙攣し、表面に赤黒い血が滲み出す。それをまた熱湯をかけて洗い流していく。
「煮込みには骨付き肉が最適だ。今日はもも肉を使う。まずは邪魔な羽毛を取り除く」
エルドリスはスクリームバードのももをしっかりと掴み、根元から羽毛をブチブチと引き抜いていく。羽根が空中を舞い、血濡れた床へと落ちる。
痛みに反応し、スクリームバードがくぐもった鳴き声と共に身じろぐ。
「仕上げに火で焼き切る」
エルドリスはバーナーに火をつけると、羽毛の残った部分を炙った。ジュッと焦げる音とともに、細かい毛が黒く縮れ、スクリームバードは熱さから逃れようと激しくもがく。
僕は気がおかしくなりそうだった。
「次は切断だ」
エルドリスはそう言いながら、解体鉈《なた》を手に取った。鳥の脚の関節部分に刃を当て、ゆっくりと力を込める。
メリメリ……メキッ!
嫌な音が響いた。スクリームバードの身体がびくんと跳ねるが、拘束具がそれ以上の抵抗を許さない。
エルドリスはさらに鉈の柄尻を拳で叩き込み、完全に関節をへし折る。
肉だけで繋がった足が不自然な角度に曲がった。その肉をも、鉈から持ち替えた長ナイフで苦もなく切断していく。
スクリームバードの瞳が絶望に染まり、揺らいでいた。残された片足でも立ち続けられるのは、魔物の生命力ゆえか、エルドリスの延命魔法の力ゆえか、僕にはわからない。
「では、煮込んでいく」
エルドリスは骨付きもも肉を、煮えたぎる鍋の中へと落とした。
グツグツグツ……。
「スクリームバードの骨から出る旨味が、煮込むことで染み出し、他の食材と混ざって濃厚な風味を生み出す」
エルドリスが僕に目をくれた。その視線が何かを催促している。
僕はハッとして立ち上がり、頭に叩き込んでいた台本の台詞を吐いた。
「き、今日は時間短縮のため、鍋の中では事前に、刻んだナトラルート、フィルベリーの果実、ローゼ草を煮込んでいます。先生、ここで味つけですね。赤蜜酢、大さじ2。シャグリッドの辛香粉、小さじ1。ダークモルトソース、大さじ3。塩、少々」
僕の台詞に合わせるように調味料が投入されていく。
エルドリスはレードルを手に取り、鍋の中をゆっくりと混ぜた。
「赤蜜酢の甘みとフィルベリーの果実が調和し、シャグリッドの辛香粉が後味に刺激を加える。じっくりと煮込むことで、味が染み込み、より深いコクが生まれる」
鍋の中で、スクリームバードの肉が甘辛い煮汁を吸い込み、表面が照り始める。そのタイミングで僕は調理台によろよろと駆け寄る。
「今日は一時間煮込んだものを用意しています」
調理台の下に隠してあった完成品の鍋を、ふらつきながら取り出した。エルドリスがその蓋を開け、中身のもも肉と食材をレードルで深皿に盛りつけていく。
「完成だ」
カメラが深皿を映し出す。
エルドリスは深皿の中の骨を掴むと、
「見てみろ、簡単に外れる。ほろほろだ」
と言いながらフォークで骨から肉を剥《は》いでいく。
そして残った骨を掴み、にっこりと微笑む。
「骨は食べないから返してやろう」
片足で死んだように立つスクリームバードの、足のない側へ、骨を置く。
僕は、笑顔でそんなことをやってのける彼女の異様さに唖然とし、言葉を失った。
しかしすぐに彼女の視線に咎められ、エンディングに入る。
「わ、わあ……美味しそうですね! 本日の料理は、スクリームバードの甘辛煮込みでした。では材料と調理道具のおさらいと、本日のポイントです」
【材料】
音楽隊の少年の鼓膜を破ったスクリームバードの骨付きもも肉 600グラム
ナトラルート(根菜) 1本
フィルベリーの果実(甘みを加える) 2個
ローゼ草(香りづけ) 適量
赤蜜酢(甘みと酸味を加える) 大さじ2
シャグリッドの辛香粉(辛味を加えるスパイス) 小さじ1
ダークモルトソース(甘じょっぱい) 大さじ3
塩 少々
【調理道具】
長ナイフ(解体用)
解体鉈(切断用)
鍋(煮込み用)
レードル(かき混ぜ用)
【ポイント】
血抜きには熱湯を使うと早い!
「それでは皆さま、また次回お会いしましょう。良い食卓を――」
◆
赤い魔導カメラの光が消えた。
僕は崩れ落ちるようにその場にへたり込む。そんな僕に一瞥もくれず、仕事を終えたエルドリスはエプロンを脱ぎ、調理場を去ろうとする。
「ま、待ってください」
彼女が足を止め、振り向く。その無感情な顔に一瞬怯みつつ、僕は言う。
「エルドリス・カンザラ、あなた、こんなことして平気なんですか。こ、こんな、拷問紛《まが》いなこと……」
「平気だ。良心に一部の呵責《かしゃく》もない。奴らは罪を犯した魔物だ」
「でもっ……こんなのは」
「私も罪を犯している。気に入らなければ、お前が私を"開け"ばいい。それで仕舞だ、監督官殿」
彼女は踵を返して行ってしまう。僕はその背に、何も言い返すことができなかった。
撮影が終わると、ネイヴァンは転移魔法で帝都へと帰っていった。 午前十一時。十二時のランチタイム開始まで、あと一時間。「イオルク、冷凍室から牛のヒレ肉を取ってきてくれないか」 食材の準備をしていたエルドリスに頼まれる。僕は別に『エルネット』の調理助手《アシスタント》ではないのだが、土曜日で時間もあるし、断る理由もないので手伝うことにする。 キッチンの隅には、鈍い光沢を放つ金属製のドアがある。以前にネイヴァンとこの店に不法侵入したときには、施錠されていて開かなかった。それをこじ開けようとするネイヴァンを慌てて止めたのも、今ではいい思い出だ。エルドリスには言えないが。 今は開錠されているドアを開けて、地下へと続く階段を下りていく。あの不気味な館と同じで、このレストランも魔導冷凍庫とは別に、長期保存用の冷凍室を地下に持っているという。 最下部へたどり着くと、また金属製のドアがある。それを開けた途端、氷点下の冷気が一気に流れ出てくる。 僕はヒレ肉を探して棚の間を歩いた。 あっ、と思った時にはもう、床に流れ出た水が凍っているのを踏んでいた。つるりと滑って近くの棚にぶち当たる。 ガタンッ、ガタタ「あいっ……たた」 ドサッ 棚の最上部から革袋が落ちてきた。重い音がしたが、中身は何だろうか。 卵や瓶など、割れモノだったら大変だ。 中身の無事を確かめるべく、僕は革袋を覗く。 言葉を失った。 それは――若い男の生首だった。苦悶の表情を浮かべたままカチカチに凍っている。「何をしている」
「お役人さん、最近うちの畑にモグラが出て困ってるんだ。助けてくれるかい?」 町役場の受付カウンターで書類を整理していた僕が顔を上げると、そこに立っていたのはネイヴァンだった。「また来たんですか。言っときますけど僕、午後五時まで上がれませんからね」「別に構ってくれなんて言ってないじゃあないか。『エルネット』にランチを食いに来たんだ」「エルドリスにも、また来たのかって言われますよ」「別にいいだろう。帝都から一瞬なんだ」「転移魔法使いは便利でいいですね」「ツンツンするなよ。俺の顔が見られて嬉しいだろう?」「毎週末、見てますけどね」 エルドリスは結局、レオネウスを開かなかった。 開く代わりに、気絶した僕を叩き起こして回復魔法を掛けさせた。 彼女はレオネウスをしこたま辛辣に罵倒したあと、彼の嗜虐趣味とあの夜のアブノーマルな会合を世間にバラさない代わりとして三つの条件を提示した。 ひとつ、エルドリスの罪は冤罪だったと明言して彼女を解放すること。 ふたつ、僕たち三人が皇帝である彼に刃向かったことを不問にすること。 みっつ、僕を第七監獄《グラットリエ》からどこかの町役場へ異動させること。 レオネウスは最後まで気味の悪い笑みを浮かべていたが、仕方なしといった様子で条件を飲んだ。 そして僕は今、エルドリスの故郷――セリカの町の町役場に勤めている。 エルドリスは第七監獄《グラットリエ》から釈放されたあと故郷に戻り、レストラン『エルネット』を再開した。 ネイヴァンは今も帝都で脚本家兼演出家を続けている。生きた魔モノを開く『30分クッキング』は人気調理人だったエルドリスの釈放とともに終わってしまったが、彼は新しい番組を撮り始めた
エルドリスはレオネウスへまっすぐ突き進む。途中、白仮面の男が食い止めようと割り込むが、「邪魔をするな!」 僕の魔力を受け取り強化された彼女は、ナイフの柄尻でいとも容易く殴り飛ばした。男が派手に転倒し、小石のごとく床を転がっていく。次の瞬間―― ガキィイイン! 甲高い音を立てて、ナイフと短剣の刃《やいば》が激しくかち合った。 レオネウスが、ここにきて初めて、僅かに顔をしかめる。「なるほど、これは防御一辺倒ではいられないな」 エルドリスのナイフが素早く閃き、連続して斬撃を放つ。 レオネウスは巧みに短剣を操り、襲い来る刃先を逸らしながら反撃を試みる。 刃と刃がぶつかり合って悲鳴を上げる。「答えろ。あのアンフィモルフは本当に人間だったのか」 鋭い突きを放ちながら問う。それをかわしたレオネウスが、意趣返しとばかりに深く踏み込み、「いいや、アレは私が弓の修練で捕らえた、ただの魔物だ」 突き出した短剣でエルドリスの胸元を狙う。が、彼女は上体を捻りナイフを盾にして軌道を逸らす。 反撃の刃がレオネウスの頬をかすめ、浅い切り傷から赤が一筋、焦げ茶色の肌を伝った。「では、私とリュネットは無実の罪で捕らえられたと?」 次の瞬間、エルドリスは横へ飛び、サッと姿勢を低くして足払いの奇襲を仕掛ける。 レオネウスは咄嗟に後方へ飛ぶが、追いかけるエルドリスが速い。空中の不安定な体勢のまま打ち合いとなり、エルドリスに押し込まれるように着地する。「悪かったね。他にきみを終身刑にできうる冤罪を思いつかなくて」 刃が
「飛ばしたのか……? どこへ飛ばした」 エルドリスの声音は静かだが怒気を孕んでいる。レオネウスは薄く笑みを浮かべながら答えた。「心配ないよ。殺すには惜しい人材だからね。帝都に帰ってもらっただけだ」 それを聞いて、僕はネイヴァンの無事をひとまず安堵するとともに切迫感を覚えた。命の心配はなさそうだが、これでネイヴァンは完全に戦線離脱だ。この場所の座標がわからない以上、転移魔法を操る彼であっても、もうここには戻ってこられない。 ここからはエルドリスとふたりで戦うしかない。 覚悟を胸にエルドリスに視線を移すと、レオネウスと対峙してじりじり距離を詰めようとする彼女の動きが微妙に左足を庇っていることに気づいた。怪我をしているのかもしれない。 僕はエルドリスの前方に広範囲の鉄の守護《アイアンウォード》を張った。 不意に現れた防御結界に、エルドリスが怪訝な顔で振り向く。僕はすぐに彼女に駆け寄り、その足元で跪いた。 回復魔法を発動し、彼女の左足首をオレンジ色の魔力で包み込む。「ああやっぱり、痛めてますね」「大した怪我じゃない」 怪我の度合いは魔力を通じて明白に伝わる。「いいえ、折れてます。無茶しないでください。あなたは兵士じゃないんです」「お前もだ。ネイヴァンだってそうだった。だが戦う。兵士じゃないことは、無茶をしない理由にはならない」 言い返せないまま、僕は治療を終えて立ち上がった。 エルドリスは前方にいるレオネウスから目を離さないまま、低く言った。「強化魔法を掛けてくれ」「……駄目です。さっき一度掛けています」
エルドリスがナイフを構え、皇帝レオネウスへと踏み込もうとした瞬間、白仮面の男たちが一斉に彼女の前へ立ちはだかった。「チッ……そうすんなりとは、いかないか」 疾風の如く駆け出し、正面の白仮面の男へナイフを振り下ろす。男は素早く横に身をかわし、掌底でエルドリスの手首を狙った。彼女はわずかに体を捻りながら攻撃をかわし、返す刃で男の脇腹を斬り裂く。男が痛みに呻く隙にナイフを構え直し、刃先を急所へと向ける。 その刹那、背後から別の男が拳を突き出す。「鉄の守護《アイアンウォード》!」 僕は咄嗟に防御魔法を展開して、エルドリスの背部にオレンジ色の魔法陣型の防御結界を張る。その結界が男の拳を弾いた。「爆発的な一撃《バーストブロウ》!」 別の男と入れ替わりで突如その場に現れたネイヴァンが、赤い魔力をまとった一撃を繰り出す。彼は離れた観客席にいたはずだが、戦闘開始を見て交換転移《ステップジャンプ》で援護に来たらしい。 振り抜かれた拳が、エルドリスの背後にいた男の白仮面を打ち砕く。破片が飛び散り、男の体は数メートル先へ吹き飛ばされて、床をズザザザと滑ったあと、動かなくなった。 さらに迫りくる白仮面の男たち。ネイヴァンが次々と拳を振るい、エルドリスが華麗にナイフをひらめかせる。 僕は交戦する男たちの隙を狙い、俊足の鎖《ラピッドチェイン》でひとりずつ拘束していく。ネイヴァンに白仮面ごと顔面を砕かれたり、エルドリスに急所を刺されるよりは彼らもマシだろう。彼らに直接の恨みがあるわけではない。動きを封じられればそれでいい。 ネイヴァンと背中が触れた。僕は前方の敵を睨みつけたまま呟く。「皇帝に盾突くなんて、僕たちおしまいですね。なんだか笑えてきま
観客たちが次々と席を立ち、座席横から伸びる通路の奥へと消えていく。 やがて観客席はもぬけの殻となった。 男がパチンと指を鳴らす。 するとエルドリスと僕のドレスは元の白いエプロンに戻り、それぞれが着ていた黒のコック服と看守の制服も元通りになる。 男がエルドリスに向き直った。「お疲れさま。素晴らしい調理だったよ」「それはどうも」 エルドリスが形式ばかりの会釈をする。「……やはり、きみとケーキを切りたかったな」「ただのごっこ遊びだろう」「心外だね。初めてきみの料理を食べた日から、きみのことを忘れたことはないよ」 エルドリスの目が探るように男の白仮面を見る。だが男の表情を窺い知るのは難しい。「店に来た客か?」「いいや、セリカは遠いからね。それよりも、心当たりがあるだろう?」「まどろっこしい言い方はよせ。お前は誰だ」「このケーキも絶品だった。できることなら観客たちに分けたりせず、独り占めしたいくらいだ」「質問に答えろ」「あの拘束台の上、私の目には誰が映っていたと思う?」「興味はない」「きみだよ、エルドリス。ああ、やはりきみは、生きていても死んでいても美しいな」「……変態め」「きみが言うのかい? 私ときみとの違いは、口に出して言うか言わないかの違いだけじゃないか」 男はウエディングケーキの最上段に手を伸ばした。 僕にもはっきりとソレが見えた。 男の指が、碧い光彩を持つ目玉を掴み取り、口へと運ぶ。ねっとりと、味わうように顎を動かす。「もっと早くにこうしたかった。反対する側近たち