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生まれ変わっても、あなたの影には戻らない
生まれ変わっても、あなたの影には戻らない
Author: ごはんまん

第1話

Author: ごはんまん
その一言に、稚菜の心臓は凍りついた。

立ち尽くしたまま、着ぐるみの覗き穴から外の様子を窺う。そこにはピンクのロングドレスをまとった女性に、まるで壊れ物に触れるように大切そうに寄り添う恭太の姿があった。

その眼差しに滲む優しさは、自分には一度も向けられたことのない、深く濃密な慈しみだった。

ほんの数時間前、兄の茅野健吾(かやの けんご)から写真が届き、電話が鳴った。

「恭太のやつ、浮気してるぞ!」

あの時彼女は写真に目もくれず、そのまますべてゴミ箱へ捨てた。

「この世の誰が私を裏切ろうと、恭太だけはあり得ないわ」

なぜそう言い切れたのか。理由は単純だった。彼女は本当に、一度死んだことがあるのだから。

前世、雪の舞い散るあの日。恭太は彼女の冷たい墓石にもたれかかり、静かに囁いたのだ。

「稚菜、そっちは寒いだろう。大丈夫、俺もすぐ行くから」

銃声が響いた瞬間、彼女は必死に彼を抱きしめようとした。だがその手は、次第に冷えゆく彼の身体をただ虚しくすり抜けるだけだった。

それなのに今、個室に響くあの朗らかな笑い声が、まるで鋭い刃のように彼女の心を切り刻んでいく。

「それって、稚菜さんのこと?」

あの女性の声だった。柔らかな響きに、戸惑いが滲んでいる。

かつて自分を慕い取り巻いていた面々が、今や我先にとその言葉に頷いた。

「そうだ、稚菜さんのことだよ!」

「綾奈さんは知らないでしょうけど、あの人ったら恭太さんへの想いが重すぎて、見ていて痛々しいほどだったんですから」

「恭太が何気なく『目の下のほくろが可愛い』って言ったら、血が止まりにくい体質だってのに、わざわざほくろを入れたんだぞ!」

「恭太さんがピンクが似合う人だって言えば、それきり他の色は一切着なくなって!」

「本当は綾奈さんの目の下にほくろがあって、綾奈さんがピンク好きなだけだって、あの人ったら知りもしなかったんですから」

着ぐるみの中で、稚菜は無意識に目の下のほくろへ指を這わせた。

あのほくろを入れた日、施術スタッフに何度もリスクを念押しされても聞き流し、彼女は恭太の手を握って笑ったのだ。

「恭太が可愛いって言うなら、怖くなんかないわ」

あの時、彼は稚菜の目尻に唇を寄せた。その瞳の奥にはたしかに、深い愛情が湛えられていた。

なのに、あのとろけるような濃密な優しさは、最初から自分に注がれたものではなかったのだ。

自分が本当に愛していたのは赤だったのに、彼のためだけに庭一面をピンクのバラで埋め尽くし、丸5年、ピンク以外の服には袖を通さなかった。

それがふたりだけのロマンスだと信じ切っていたのに、今になってようやく悟る。彼が愛していたのはピンクという色そのものではなく、ピンクを愛する綾奈だったのだと。

「綾奈さん、安心してください。恭太さんの心の中には、ずっと綾奈さんしかいませんでしたから」

「あいつ、まだ本家に迎えられる前、綾奈はもうこの世にいないんだと思い込んでさ、死に物狂いで働いて北陵霊園にふたり分の墓所を用意したんですよ。ひとつは綾奈の供養塔に、もうひとつは自分のためにって」

墓所……

震える指でスマホを握りしめたまま、稚菜は北陵霊園の管理事務所に問い合わせた。

しばらくして確認が取れると、職員から告げられたのは、その墓所が恭太と橋本綾奈(はしもと あやな)のために用意されたものだという事実だった。

その瞬間、稚菜の中で何かが音を立てて崩れた。

「生きている間はずっと一緒にいて、死んだら同じ墓に入ろう」

それは結婚式の日、恭太が自分に誓った言葉だった。

なのに、死んだあとまで一緒にいられると信じていたその場所さえ、最初から自分のために用意されたものではなかったのだ。

稚菜の目から、涙が一気に溢れ出した。

前世、息絶えた後もわずかに残った意識の中で、恭太が毎日墓前に立ち、苦しげに「なっちゃん」と呼び続ける姿を見ていた。その深い想いに、彼女は何度も胸を締め付けられた。

だが今になって、ようやく理解した。彼が命を賭したのは彼女のためではなかったのだと。彼が繰り返し呼んでいた「なっちゃん」という名は、稚菜のことではなく、綾奈のことだったのだと。

自分は、ただの身代わりに過ぎなかった。

前世は死者の身代わり、そして今世は生きている人間の身代わり。

稚菜の目頭が熱くなり、胸が締め付けられ、息をするのさえ苦しかった。

手にはまだ、あのベルベットの指輪ケースが握られていた。中には、恭太が半年もかけてデザインにこだわり抜いた、5周年の記念に贈るはずだった指輪が納まっている。

だが今、この愛と誓いの証であるはずの指輪は、ひどく滑稽に思えた。

力の抜けた足を叱咤し、稚菜は今すぐこの息苦しい場所から逃げ出したかった。ついでに、この馬鹿げた贈り物も投げ捨ててしまいたかった。

だが、ようやく一歩を踏み出したその時。手の中の指輪ケースが、何気なくすっと抜き取られた。

呆然と顔を上げた稚菜の目に映ったのは、恭太がそのダイヤモンドの指輪を手に取り、周囲が囃し立てる中、優しく真剣な面持ちで綾奈の薬指へとはめる姿だった。

「綾奈、これはお前への贈り物だ」

彼の声は甘く、愛おしさに満ちていた。

「戻ってきてくれてよかった。もう二度と、俺の前からいなくならないでくれ」

着ぐるみの中で、稚菜は低く笑った。

なるほど。彼が半年もの間、製作の進み具合を自ら確認し、細部までこだわっていたあの指輪も、自分のためのものではなかったというわけか。

だが自分もまた、本当のことを言えば、密かに彼だけのための特注の指輪を用意していた。今夜、サプライズとして贈るつもりだった。

もっとも、今となっては——彼にはもう必要のないものだろうし、私自身も、もう欲しいとは思わなくなったが。

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