Se connecter一連の話を聞いたベガは、顔をしかめた。「いき……いや、シンゴ。コトラの存在は掴めるか?」「コトラ? なんで」「サーラはこの街にいるはずなのに、気配が全く感じられない」「まさか、死……」「いや、違う。コトラとも心話ができるほどに信頼関係と信仰心が深まっているならば、コトラの声も届くはずだし気配も感じ取れるはず」 俺は小さな灰色虎を念じた。 だけど、あの元気なコトラの返事は帰ってこない。「そうか」 返事を聞いたベガは難しい顔をした。「ならば、属性で捕らわれたな」「属性?」「シンゴは我々の属性で力を揮えることは知っているだろう?」 頷く俺に、ベガは丁寧に説明してくれた。「そう。普通の薬であれば我々には絶対に効かない。だが、属性を設定して作られた薬であれば別だ」「属性・獣!」 俺は目を見開いた。「そっか、ベガがコトラのことを聞いたのは……」「コトラは獣たちの中では唯一の神子だ。そのコトラまで引っかかっているとなれば、獣の属性で括った薬か魔法の可能性がある」「思い出した!」 それまで目の前で繰り広げられる事態についていけていないと思っていたスシオは、突然大声をあげた。「プセマのヤツ、属性で括る薬を作るって言ってた!」「属性で括る薬?」「うん、それなら生物でも死物でも関係なく効くからって言ってた!」「間違いないな」 ベガは怖い顔をした。「しゅ……サーラの正体を知って捕らえたなら、何をしでかすか分からん。とにかく薬を遠ざけなければ。属性括りの薬とは言え相当な量与えなければサーラを潰せない」 ベガはスシオを見た。「スシオと言ったな。我々をその薄汚いノームの元へ案内してはもらえまいか」 頭を下げるベガに、スシオは心底驚いた顔をした。「ちょ、頭下げんなよ。あんたみたいな偉い人が俺なんかに頭下げても……」「我の真実の姿を知っているのか?」「いや、知らない、知らないけど」 スシオは難しい顔をした。「風の中から突然出てくるなんて、相当レベルの高い魔法使いだってのは間違いないよな。プセマなんか目じゃないってくらいに。そんなお偉い魔法使いさんが俺みたいなスラムの小僧に頭下げて……」「これは君にしかできないことだ、スシオ」 ベガは真剣に言った。「どうか、我々を、仲間の元へ、案内してはもらえないだろうか」「……ああ、もう
わびしい造りに見せかけて、実は何重もの織りと魔法で強化されたテントの布が、あっさりと切り裂かれた。「ななな、な?」「俺の大事なみんなに手ぇ出してくれるとは……」 次の瞬間、吹き込む暴風。「いい覚悟してんじゃねーか嘘つかないプセマさんよぉっ!」 飛び込んできたのは、脚。 鋭く蹴りつけられ、貧弱なノームの身体は吹っ飛んだ。 その間にも暴風は秘薬の鍋をひっくり返して蒸発させ、その薬効を遠くに運んでしまっている。「大丈夫か、サーラ」 軽く頬を叩かれ、覚醒したサーラが叫んだ。「ベガ!」 ケンタウロスの草原で別れたベガが、そこにいた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 俺は、スシオからプセマに関することを聞いた。 プセマはノームの魔法使いで魔法を売る行商人なのは、この街の皆が知っている。 そして、スラムの人間などを捕えては何処かに連れて行くことも知っている。 ただ、プセマが持ち帰る食糧や魔法の恩恵にあずかっている街民は、スラムの人間や余所者が被害者の間ならと目を背けていた。 スシオは、プセマに掴まっていたことがある。 何かの実験を受けて、逃げてきたはいいが、自分の身体に何が埋まっているか分からず、スラムに留まるしかなかった。 そして、プセマの被害者が増えないように見張り、プセマが実験体として執着する若い女ばかりの行商人……俺たちが来たのを見て、絶対にプセマが手を出すと思い、しかしプセマの恩恵を受ける街民がその妨害を知れば最悪殺される可能性もあると、俺たちの周りにいる人が消えるのを待っていたけど、人が消えたら消えたで近付きようがなく、俺が離れたのを見て声をかけてきた、のだそうだ。 本能的に、それは真実だと思った。 ノームは嘘を吐けないと【鑑定】に出ていた。 だけど、「本当を言わない」ことは可能だとも。 仲間たちが連れ去られたと分かり、心話でもサーラに繋がらないと知った俺は、シャーナを呼んだ。 シャーナとは心話は無事に繋がり、「それならわたくしより頼れる神子がいらっしゃるのでは?」と答えてくれて、それでやっとベガの存在を思い出した。 目を閉じたり開いたりしている俺を見上げていたスシオに、この街で人目につかない、風の吹く場所を知らないかと聞いて、立入禁止だけどスシオが隠し入り口を知っている崖に案内してもらって、そこで
ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中身は、獣を眠りに落とすとっておきの秘薬だ。 コトラと呼ばれていた灰色虎や、グライフと呼ばれていたグリフォン、ブランと呼ばれていた新種の生物も、この秘薬で眠りに落とした。 他の人間どもには、パンが買えない程貧しい暮らしを送るあの鬱陶しいスラム街の人間に渡した銅貨を使った。 接触性の眠り薬。皮膚から吸収された薬は、疲れをトリガーに対象を深い眠りに落とす。パン一欠片すら手に入れることのできない貧民は大喜びで銅貨を受け取り、店に走った。 自分が手を出したら、怪しまれる。だから自然に眠りに落ちるように待った。獣たちが異変に気付いた時にすぐ傍で秘薬の蒸気をかがせてやればイチコロだ。 それにしても、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、フェザーマンか。「わたくしの研究に、非常に素晴らしい検体です……。どれもこれも、女で、一級品です」 検体は女でなければならない。男など物の役にも立たない。だから奥で何をやっていたかは知らないがあの青年が街を探索に行ったのを確認して、眠りこけた人と獣を捕えた。 まさか、金髪の美しいヒューマンが獣の本性を持っているとは思いもしなかったけど。 本性が獣で人の姿を取れると言うのは、実は死物では珍しくない。人熊や人鼠と言う魔族は人と獣の二つ姿を持つ。 だが、彼女は間違いなく生物で、獣でありながら、完璧に人の姿を取る。 そこで思い出したのだ。彼女らと会った時のことを。 どの種族からも失われたと思われた守護獣から、下った審判。 まさかと思いでも自分の秘薬は完璧で獣の属性を持つ全てを眠りに落とせるのであれば、よもやといつもの伝で連絡を取り、交渉……する必要もなかった。 あのけち臭い商売相手が言い値で買い取ると言ってきたのだ。 だから、無茶なことを言ってやった。 まさか、完璧に生物である自分が魔人になれるだなんて思っていない。自分は世界が滅亡した後も生き残りたいのだ。自爆したがる死物の内心なんて分からない。 でも、捕らえたこれには、商売相手が上に聞いてくる、と言うほど……価値があることが分かればそれでいいと。 もし交渉が決裂したとしてもそれはそれで問題ない。自分の研究に使うまでだ。「ふほほほ……どちらに転んでも、わたくしは痛くない」 男は笑って、眠るサー
魔族が同じく守護獣である天馬を捕えていたように、地上にある守護獣にちょっかいをかけられるようになったのは知っている。しかし、あの時、天馬は自ら仕込んだ封印で休養状態になっていた。その為上から封印をかけられ、守護対象を守れなくなっていたのだ。 完全覚醒を果たした守護獣が眠るなんてありはしない。 出来るとすれば、それは……。 サーラは目を閉じた。 気息を整え、眠っているような状態に自分を持って行く。 ただし、見た目だけだ。意識は完全に覚醒している。「ふほほ。よく眠っているです」 わずかに聞き覚えがある声。「この女はどのくらいの価値があるですか?」「言い値で買おう」「では…………」 低い声だったが、聴力に集中したサーラの耳にはしっかりと届いていた。「わたくしを、魔人にして頂ければ、お譲りいたしますです」 魔人。 目を閉じたまま、サーラはその言葉を頭に刻む。「じょ、冗談ではない」 相手の声が焦っている。「生物の貴様が死物、しかも魔人などとは!」「冗談も休み休み言え!」「わたくしが嘘を言えないのは、皆様方がご承知の筈ですが」「本気ならなお悪い!」「おやあ? ではこの女はいらないと言うことです?」「……それは」「あのエルフも、ドワーフも、ハーフリングも、フェザーマンも、獣たちも、同じ波長がありますです」 粘っこい声。「この女を捕えたのはわたくしの秘薬です。あなた方も御存知ではない秘薬の効果です。この女一人に、どれほどの価値があるか……ああそれは言われなくても分かっているですね」 おっと、と小さな声。「いけないです、さすがと言うかなんというか、湯気が薄れた途端に目を覚ましておりました」「なっ」 サーラは目を開いた。 肉体が完璧に眠りの状態に入っていたのに、意識は覚醒していると気付かれた。なら寝たふりは必要ない。気配でここに皆がいないのは分かっている。さっさとこの不埒者共を片付けるのだ。 炎水を呼び寄せ、部屋の中にいる全てを焼き払おうとする。 だが、次の瞬間。「ぶっ……!」 部屋に立ち込めていた湿気が、サーラの身体にまとわりつく。 ダメだ、これはまずい。危険なものだ。 守護獣の本能が警鐘を鳴らし、咄嗟に壁を破壊しようと炎をぶつけようとして……。 炎が熱気をより濃い蒸気に変えてしまった。(ま…
「君は?」「スシオ。薄汚いスシオってみんなは呼ぶよ」 確かに、髪は洗ったことがないようにぺかぺかのバリバリだし、服にもカビが生えているし顔も泥や垢で薄汚れている。ツン、と据えた匂いもする。 だけど、そう呼ばれる彼は、「薄汚い」と言う形容とは裏腹に、真摯で真面目な目をしていた。「あんた、プセマと一緒に来た行商人だって話だけど……」 スシオは俺を見上げて言った。「プセマの仲間か?」「仲間? んー……」 多分これは重要なことだ。俺がプセマさんの仲間かどうかで、彼の進退が決まるかもしれない。「違う」「言い切れるのか」「ドワーフの山賊に襲われていたところを助けに入って、その後一緒にここに来ただけだ。どうせ目的地が同じならってだけ。だから、同行者ではあっても仲間ではない」「なら」 スシオはキッと俺を見上げた。「仲間連れて、すぐ逃げろ」 ケファルのスラムから、スシオの知る裏路地を走って、俺は中央広場へ戻った。 そこには、仲間がいるはずだったけど。 何もない。 誰もいない。 レーヴェも、ヤガリも、アウルムも、コトラやブラン、グライフ、サーラまで、そこにいた気配すらなく消えていた。「くっそ! 遅かったか」 スシオが塀の壁をガン、と殴る。「あいつに気取られないようにってあんたが十分離れてから安全な場所まで行って話したロスタイム……俺のせいだ、済まない兄ちゃん」「いや、スシオのせいじゃない」 俺はスシオの洗ったことがないだろう頭に手を乗せた。「君は、何にも、悪くない」 俺の言った言葉に、スシオは目を見開いて俺を見上げた。 そして、自分の頭に乗った手から逃げようとする。「や、やめろよ、薄汚い俺に触ったら、あんたまで汚れる」「こんなの、汚れなんて言わないよ」 俺は店を開いていた辺りを見ながら呟いた。「本当に汚れているっていうのは、あいつらの腹の奥だ」「兄ちゃん……」「っあ~久しぶりに人間相手に腹立った。これは本気で報復すべき案件。よって俺、全力で動く」「でも兄ちゃん」 スシオが心配そうな顔で見上げてくる。「あいつらはただの人間じゃない。俺にしたように、あいつらも」「分かってる。似たようなことをやらかしたヤツも知っている。そいつはきっちり冥土に送ってやったけど」 ぎ、とこぶしを握り締める。少し伸
アウルムが一生懸命お金を数えているが、量が多すぎて筆算しても追いつかない。バーコードレジや表計算ソフトがないこの世界でこの金は……どうしよう……。「この銅貨、持ち歩くのか?」 さすがにヤガリも不安そうだ。「安心しろ、道具箱に突っ込むから」 なるほど、道具箱には財布代わりの使い方があるのか。「世界に滅亡が迫っている時に金などあっても仕方はないが……」 金がなくてもちっとも困らないサーラが道具箱に硬貨を突っ込みながら言った。「等価商売と言うことにしておこう」 最後の銅貨を放り込むと、サーラの道具箱の中は金銀銅貨でずっしり。でもまだ余裕はあるっぽい。「サーラ、今度、俺に道具箱のやり方教えて」「構わんよ」 あちこちで焼き立てパンの匂いがする。多分、街の人が全員買いに来て、家に戻って、食べているんだろう。すごいことだ。俺もここまで立て続けで神威を使ったのは初めてだ。「はー……疲れた」 誰が言ったか分からない程、疲労困憊。 疲れとは程遠い所に生きているはずのサーラでさえ、くったりしている。 「ぅなーお」 看板猫も疲れたと一声鳴いた。ブランやグライフも突っ伏している。「とりあえず……休もう」 サーラが言った。「俺は街の様子見てくるよ」 【増加】しかしてない俺は立ち上がった。「困っている人を見つけられるかもしれないし、この街で起きている問題が見つかるかもしれない」「そう……してくれ」 レーヴェの声に見送られて、俺は街へと繰り出した。 街はそこそこ大きかった。 行き来する人にもそこそこ活気があるけど、よそ者である俺たちは警戒されている。それは当然だと思う。 だけど。 何だろう、この違和感。 街に入る前ミクンも言っていた、何だかよくわからない感覚。「何だろ」 街なのか、人なのか。「ちょい兄ちゃん」 小さな声が耳に引っかかって、俺は足を止めた。「こっち、こっち」 俺がやっと聞こえるくらいの小声。 視線をめぐらすと、物陰から手が突き出て俺を招いていた。 お化けか、と一瞬身構えたが、俺もお化けみたいなもんだと思いなおし、その手の付いている方を見る。 少年……と言うか、まだ男の子と呼べるくらいの子供が、俺を呼んでいる。 姿を隠している様子を見る限り、他の人間には知られたくないらしい。 何か教えてくれる気配。だとす
「これは?」「本当に鳴るラッパスイセン」 黄色と白の綺麗な華は、俺が地球で好きだった花だ。ちょっと地球産のとは違うけど。 軽く足先で触れると、「パパ―!」と鋭い警告音を鳴らした。「なるほど、ラッパスイセンね」「それを乗り越えてこようとする者を、捕縛する、と言うわけか」「そう。正規のルートの他にも、堀にも仕込んでおいた方がいいな。槍はいずれ錆びる。植物は太陽と水さえあれば生きていける。穀倉地帯ってことは、水にも困らないって言うことだろう?」「は、はい」「普段は地面に張り付いて大人しくしてる……侵入者に絡みついて動きを封じる。暴れれば暴れるほど束縛はきつくなる。最終的には絞め殺す
封印の扉の向こうで待っていてもらった村人さんたちは、大量の種を残して誰もいなくなった地下倉庫を見て絶句し、そして泣いて喜んだ。「もう……ここを出て大丈夫なのでしょうか」 それでも地上は危険だと思っている村長に頷いて、俺は一人、地上に出た。「シンゴ!」 ヤガリくんが駆け寄ってきた。「どうした、その恰好は」「封印された聖域にあった神具。もらった」「シンゴ様、御無事で!」 シャーナも駆け寄ってくる。「キガネズミは?」「様子を見ていたが、大体種で潰れて、残っていたのも散っていった」 レーヴェは冷静に答えてくれた。「あー、やっぱワー・ラットが死んだら逃げるかー」「ワー・ラッ
顔は平然としているけど、俺は比較的焦りとか心配とかそういう感情が表情に出ない方。内心では、ワー・ラットちょっと強いよなー水流でキガネズミ一掃してから一対一に持ち込んでもレベル差あるしなー今から自在雲の上で待ってる神子を呼んで戦ってもらってもなー……とグダグダ考えていた。 だけど、民が立ち上がった。「まさか……生神様では!」 キィ、と鳴くネズミが立ち上がろうとし……。「正解、からの水流!」 空中から現れた水の流れに、キガネズミはあっさり流され、壁に叩きつけられてノックアウト。「こっちへ! 早く!」 俺は村人に声をかけた。 六人が走って寄っていく。 俺が一番後ろを走って水流使
ネズミがメルクとか言うワー・ラットの方を見ていて、村人も目をそらせなくて、ワー・ラットがこっちに気付いていないので、俺は階段の一番下の段に座って考え込んだ。 ワー・ラット……人鼠とでも言うのかね、そいつがネズミを操ってるって言うけど、そこまで操っているかだな……。 キガネズミは常に空腹状態だから、ほぼ二十四時間物を食っている習性があるらしい。だからこそあの種が効くわけだけど、そのネズミが人間を食ってないってことは、食欲を我慢させるだけの影響力があるってわけで。 俺が戦うとしても、ワー・ラットとはレベル差があり過ぎる。キガネズミは水流で一掃できても、ワー・ラットが生きていたらいくらでも