LOGIN流石に朝起きたままの格好で、みなとみらいのオシャレなパンケーキ屋に行くわけにはいかないということになったので、各々一度家に戻り、シャワーを浴びて、再び大学から一番近い駅に集合することになった。
しかしまぁ、急転直下とは、まさしく今日のような日を言うのだろう。
朝目覚めたら、入った覚えのない大学の教室で、見知らぬ少女とおっさんが居て、そして人間であるはずの僕は、異人とかいう化け物になっていて......
まったく、一夜にして色々なことが起き過ぎている。
女子とパンケーキ屋に行くという、今までにないことを経験できると考えれば、この状況も案外そこまで悪くないのかもしれないけれど、それでも流石に、『もう君は人間ではない』と、そんな風に言われるこの状況は、明らかに異常な筈である。
そう、異常なのだ。
それなのに......
「どうして僕は、こんなにも落ち着いているのだろう......」
ポツリと、シャワーを浴び終えた僕は問い掛ける。
しかしそれに応える声は、なにもない。
当たり前だ。
だって完全に、それは僕が一人だけの空間で言い放ったモノなのだから。
いわゆる自問自答。
端的に言えば『独り言』
身支度をしながら、僕は考える。
昨日の状況を聞いてみても、僕に落ち度があるようには思えなかった。
強いて言うなら、夜中に大学の敷地内に入ったくらいで、それ以外は何もない。
何もないのに、殺された。
要はそういうことだ。
今の僕はココに居るけれど、人間としての僕は、あまりにも理不尽な形でこの世を去ったらしい。
それなのに......
それなのにどうして僕は、それをなんとなく、納得してしまっているのだろうか......
納得して、受け入れて、理解しようとしているのだろうか......
わからない。
どんなに考えてみても、それに的確な答えを出すことは出来なかった。
っというよりも、最初から出せるわけがなかった。
だって今の僕は、自分が殺されたことも、自分が一度死んだことも、自分が人間ではなくなったことも、自分が異人という化け物になったことさえも、それら何一つに、実感が持てないでいるのだから。
そんな状態で、答えなんて出せるわけがないだろう。
「考えるだけ、時間の無駄だな......」
そんな風に、身支度を一通り終えた僕は、また独り言を呟いて外に出る。
そして外に出て、待ち合わせの駅に向かって歩くとき、不意に快晴である青空を見上げて、何故だか僕はこう思った。
なんだか、気持ち悪い天気だな......
待ち合わせ場所に着いたとき、既に彼女はそこに居た。しかしその時の彼女の姿は、出会ったときのような寒々しい薄着の格好でもなければ、一緒にコンビニに行った時のようなラフな格好でもない。
彼女の華奢な細身のスタイルが、それでいて、たぶん女の子の中ではそれなりに高いのであろう彼女の身長が、春を少しばかり通り過ぎた今の季節に着るような、いわば普通に可愛く、普通に美人な、女子大生の春ファッションを着こなしていたのだ。
しかしそれを、彼女が着こなせば。
人間ではない彼女が着れば、その洋服もまた、人間味を無くしてしまう。
人間味を無くして、通常性を無くして、異常なまでの綺麗さを、異常なまでの美しさを、その洋服に与えてしまう。
そう思えるほどに、駅前で佇む彼女の姿は、目立っていたのだ。
「ごめん、待たせた」
声に気付いた彼女は、携帯電話から視線を僕に移して、一言
「おそい」
ごめんって......
電車で数駅ほど乗って、みなとみらい駅に到着する。
異常なまでの近い距離に、こんな観光地があることに、変な気分になってしまう。
実家のある九州は、都会の人から見ればそれなりの観光地なんだろうけれど、それが常に近い所にある感覚はなかった。
むしろそういうモノは、物理的な距離は近くても、精神的な距離は遠かったのだ。
だからかもしれない。
僕は少しだけ、ワクワクしていた。
「それで琴音さん、そのお店の場所って一体......?」
少しだけ気を引きながら名前を呼んで、ついでに店の場所も聞く。
しかしそれらは、案外雑に返された。
「いや、私も昼間にここに来るのは初めてで......あっ、ちょっとまってね......」
そう言いながら彼女は、再び携帯電話を取り出して、地図アプリで場所を検索する。
なんだろう、普通こういうことは、男である僕がやるべきなのだろうか......
しかし馴染みのない場所で慣れていない事をすれば、琴音さんに迷惑を掛けてしまうかもしれない、けれど普通に考えて、全て彼女に任せっきりなのもどうなのだろう......
んー......わからん......
「あーここら辺か、よしわかった」
そんなことを僕が考えている間に、どうやら琴音さんの方は道が分かったようだ。
「おーい誠、道わかったから行くよ~」
「えっ......あ、うん......」
戸惑いながら、考えをまとめられないでいる僕は、彼女の後ろを付いていく。
それがどれだけ異常なことなのかを、知る由もない状態で......
その話は唐突だった。みなとみらいの海沿いを歩きながら、唐突にそういう話になった。
もし周りの人が聞いていたら、きっと変に思うだろうに、彼女はそういうことを一切考えず、一切考慮せず、ついでに言えば、その話題になる前に、何かしらの前置きだとか予兆があったわけでも決してなく、彼女は唐突に言い出したのだ。
「誠はさ、やっぱり人間に戻りたい?」
前を歩いていた彼女は、こちらを少しだけ振り向いて、僕にそう尋ねた。
「えっ......」
それに対して僕は、どう言葉を返せば良いのか、わからなかった。
でもその時の彼女に、テキトウな言葉を返してはいけないと、それだけはなんとなく、わかった気がした。
だから僕は、自分の今の心境を、そのまま彼女に伝えた。
「......正直、わからない......」
その僕の視線を逸らした解答に対して、琴音さんは少し笑って言い返す。
「わからないってなんだよ。自分のことだろ?」
「......いや、そうなんだけど、なんか......」
「ん?」
「今だに実感が持てないんだ。自分がその『人間じゃなくなった』っていう......だから......」
言葉を迷いながら話している僕に、彼女は平然とした様子で言葉を返す。
「誠の場合は『異人』になったっていうよりも、
そう言いながら、潮風に髪をなびかせて、彼女は僕を見ていた。
そしてそんな彼女に対して、僕は訊いてしまう。
「こっち側って......?」
そして訊かれた彼女は、まるでそれが当たり前のことの様に、平然と言い切る。
「決まっているでじょ、異人っていう化け物、私達のことだよ」
「......」
自分のことをそういう風に自覚しているからなのか、それともそれが当たり前だからなのか、もしくはその両方か......
とにかく彼女は、このとき悲観的な表情でもなければ、化け物じみた表情でもなくて、ただの、本当にただの女子大生だったのだ。
もしかしたら『異端の存在』というのは、案外こんな感じなのだろう......
このときの彼女を見て、僕はそう思った。
そして少し間を置いて、彼女はまた言葉を続ける。
「まぁでも、誠は人間に戻れるから、大丈夫だよ」
「えっ、そうなの?」
そう尋ねた僕の表情は一体どのようなモノだったのだろうか、安堵していたのだろうか、それとも残念そうにしていたのだろか......
自分ではどうしても、わからないモノである。
けれど尋ねた僕の言葉に対して、彼女は少し笑ってこう言った。
「あぁ、保障するよ」
そしてその言葉を最後に、彼女はまた振り返って、目的地であるパンケーキ屋を目指して再び、歩き始めたのだ。
目的地到着生クリームがこれでもかという程に盛られたパンケーキを見て、目の前に座る吸血鬼は瞳を輝かせて、それの写真を何枚か撮った後に、満足そうな表情で食べていた。
なんだかこうしていると、本当に何度も思うのだけれど......
本当に何度もそう見えてしまうのだけれど......
やはり普通の女の子に、見えてしまうのだ。
それこそ、彼女が吸血鬼だということも、彼女が好んで飲む筈の人間の血のような......
それら自体が真っ赤な嘘だと思えてしまう。
そう思えるほどに、今すごい勢いでパンケーキを食べている彼女は、どこにでもいるような女子大生、そのものなのだ。
しかし、そんな彼女とは裏腹に、僕はというと......
「なぁ、誠は本当に食べなくて良かったの?」
ほんとうに、どうしたものだろうか......
「あぁ、今はそんなにお腹は空いていないんだ......」
そう言いながら、僕は自分が頼んだコーヒーを口に含む。
なんだろう......
今僕が空腹ではないということは、たしかに紛れもない事実なんだけれど、しかしそれ以上に、どうしても嫌悪してしまう。
別に甘いモノが嫌いなわけでも、特別に生クリームがダメなわけでもない筈なのに......
それなのになぜか、このお店に入った途端に、
これでは少し、お店に申し訳ない気がしてしまう。
しかしそんな僕を気にもせず、目の前の彼女はそれを、とても美味しそうに食べて、幸せそうな顔をしている。
そんな彼女の表情が、あまりにも絵に描いた様なそれだったのだで、僕はつい一言、彼女に言った。
「ほんとうに好きなんだな......」
「いいや、そうでもないよ」
「えっ......」
思っていた言葉とは違う言葉が返ってきたので、僕は少し困惑してしまう。
しかし彼女は、そのまま話を続ける。
「いつもよりは美味しそうに見えるだけで、味は凄く美味しいって程、感じられない」
「感じられないって......どういうこと?」
「んーなんて言えばいいのかな.....」
少し考える彼女は、パンケーキを切る手を止めて、僕の方をしっかり見据えて、説明する。
「私は今、誠に異人性を半分渡して、逆に誠から半分、人間性を吸い取っている状態で......だから私と誠は、今は半分人間で、半分は異人の、不安定な状態で生きている」
「あぁ、それはさっき、あの相模さんっていう専門家が言ってたよね......」
その名前を出すと、彼女は少しだけ嫌そうな表情をする。
どんだけ嫌いなんだよ......
「うん、だからさ......」
その後に続いた彼女の言葉で、僕は少しだけ怖くなった。
しかし怖くなったのは、吸血鬼としての彼女に対してでもなければ、専門家である相模さんに対してでもでない。
「普段の、完全な吸血鬼の異人の私だったら、きっと
確実に半分だけ、異人に成り代わっている、僕自身に対してだ。
琴音さんから話されたことをまとめると、こういうことだ。普段の完全な、吸血鬼の異人である琴音さんは、そもそも人間が食べるような食事ができない。
人間が甘いと感じるモノや苦いと感じるモノ、もっと簡単に言ってしまえば、美味しいと感じられるモノや不味いと感じられるモノ。
それら全てが、普段の吸血鬼の異人である彼女にとっては、味や匂い以前に、
たとえるなら、人間は肉を食べるけれど、それは豚や鶏や牛が殆どで、それ以外のモノを、たとえ同じような肉だとしても、食べようとはしない。
まぁ、人間の場合は生まれ育った環境に影響されるところもあるけれど、それでも、たとえばペットとして飼っている犬や猫、さらには同じ人間を、肉ではあるのかもしれないけれど、食べようとは思わない。
それが彼女にとっての、『パンケーキ』なのだ。
食後の紅茶を飲みながら、彼女は少しだけ、ため息交じりに口を開く。
「人間が食べているから、それが食べ物であることは理解できる。知識としても、小麦粉から作った生地や、果物から作ったソース、牛乳を原料としている生クリームやバター。それらが人の手によって、美味しいケーキになることも、理解はできる。でも......」
そう言って、一拍置いて、彼女は僕を見据えて言う。
「でもそれを、普段の私はどうしても、
けれど今の彼女は、僕の人間性を半分吸い取って生きている。
そしてそれが、普段よりも半分ほど、彼女のことを人間らしくしているということで、だから今の彼女は、普段の彼女よりも、パンケーキを食べ物として認識して、食べることが出来るのだ。
それを話した直後の、僕を見据えていた彼女の視線は、人間離れしたモノになっていて、そしてそれを感じたから、僕は彼女に訊いてしまった。「......じゃあ」
「ん?」
「じゃあ普段の、吸血鬼の異人である琴音さんは、一体何を食べ物だと認識しているの?」
そう尋ねた僕の言葉は、あまりにも稚拙だった。っというよりも、『なんでこんな当たり前のことを訊いてしまったのだろう』と、そう後悔するべきことである。
だって返答は、言わずもがな、あまりにも当然な回答だったからだ。
「そんなの決まっているだろ?」
そう言いながら、彼女の口元には、到底人間のモノとは思えない鋭い牙が、存在していた。
初めて正面で彼女のことを見据えたから、それは僕の視界に入ったのだろう。
けれど彼女は、そんなことは一切気にせずに、そのまま続きを僕に話す。
「人間の血だよ」
そしてそれはあまりにも、当然な回答だったのだ。
「けれどそれは逆に、誠にも当てはまることなんだよ?」そう言いながら、彼女は口元を少しだけ緩ませる。
その彼女の表情は、僕があまりにも見事に、その事実に気付いていないから、それを嘲笑していたのだ。
そして本当に気付いていない僕は、間抜けにもその彼女に尋ねてしまう。
「......それは、どういう意味......?」
「言ったでしょ?今の私は半分ほど、誠から吸い取った人間性を持っている。でもそれは、逆に言えば今の誠は、半分ほど人間性を失って、その代わりにその半分を、私から流し込んだ異人性で、補って生きているんだよ。だからきっと、いつもよりも、普段食べている人間の食事に、食欲を刺激されなかったんじゃないの?」
そう言われて、今までのことに少しだけ、納得した。
あぁ、そうか......
だからだったんだ......
だから僕は、朝食に買ったサンドイッチも、彼女が食べていたパンケーキも、そこまで食べたいと思えなかったんだ。たしかにそれなら、納得できる。
しかしそれだと、今度は別のことが気になるのだ。
いや、問題定義の括りとしては、もしかしたら一緒なのかもしれないけれど、それでもまだ、感覚的には人間側であるはずの僕は、やはりそれを別問題として捉えるべきである。
だから僕は、それを少しだけ、今までよりも丁寧な声色で質問した。
「じゃあ、もしかしたら今の僕は、人間の血を吸いたいと、そんな風に思ってしまうのか......?」
その僕の言葉は、もしかしたらそれを当たり前として生きてきた、彼女の生き方そのものを侮辱してしまう様な、そんな風な声に聞こえたかもしれない。
それを怖がって訊いてしまっている時点で、彼女にそう受け取られていても仕方ない。
しかしきっと、僕がそれに予め気付いていたとしても、僕は彼女に、こんな風に尋ねたのだろう。
けれど尋ねられた彼女は、そんな僕とは対照的に、あっけらかんとした声で言う。
「安心してよ、そんなわけないから」
「......ほんとうに?」
「ほんとうだよ。そもそも私も、普段から人間の生き血を吸って生きているわけじゃない。あの顔面詐欺の専門家に頼んで、専用の血液パックを送って貰って、それで補給してるの」
専用の血液パックって......
「えっ、そんなのがあるの?」
「そうだよ。それで補給して、吸血衝動を緩和する。そうしないと、私みたいな吸血鬼の異人なんて、こんな普通に暮らせないでしょ?」
そう言って、彼女はもう一度紅茶を口にする。
そしてその時の彼女の口元には、あの人間離れした吸血鬼の牙は、見事に姿を隠していて、まるでそうすることに、彼女自身が慣れている様な、そんな風に、僕には見えたのだ。
柊はそう言いかけて、口を噤んだ。「……柊?」「……っ」 正確に言えば、口を噤んだというよりも、開いた口が塞がらない様な、そんな表情だった様に、僕には見えた。 そしてその彼女の視線が捉えている景色は、一向に変わらない。 ただ単に正面を、真っ直ぐと、見つめていた。 そしてそんな風にしているモノだから、僕も自然と、柊の視線を追いかけて、彼女と同じ方を見る。 大学の構内は人が多く、それでいて混雑している。 だからきっと、普段の僕なら、わかるはずはなかっただろう。 しかしながら、どういうわけか……この時ばかりは、柊が見据えている先に居る人物が誰なのか、わかってしまったのだ。 名前すら知らないはずなのに、姿も見たことないはずなのに、何故だかその視線の先の人物を、僕も見据えてしまった。 そして見据えられていたその人物は、僕等に気付くと、コチラにゆっくりと歩いて、近づいてくる。「やっぱり、柊さんだ……」 そう言いながら、その人物は柊に向けて微笑んだ。 眼鏡を掛けた短髪の、短髪と言っても、艶のある黒髪が、肩ぐらいまでの長さはあるけれど、それでいて落ち着いた様子の、僕等と同じ年齢くらいの、女の子である。 そんな彼女とは対照的に、柊の視線を冷たくて、それでいて意図的に、鋭い言葉を口にする。「......どうしてアナタが、ココに居るのよ?沙織」 相変わらず、友人に向ける様な声色じゃないな...... しかし沙織と呼ばれたその子は、そんな柊の物言いに対して、微笑みながら言葉を返す。「今日の午後に会う約束をしたのは覚えてるでしょ?コッチの予定が早目に終わったからさ、柊さんの大学に来てみたの。ただそれだけだよ?」「……そんなこと、べつにしなくても……」
朝のやり取りを終えた後、授業へと出席した僕と柊は、その授業をいつも通り、普通に受講していた。 しかし大学の授業というのは、どれも高校生だった時と比べて時間が長い。 その分野の研究者である教授陣からすれば、そんな時間の長さなど、なんとも思わないのかもしれないけれど、僕等学生は、少なくとも僕という奴は、そんな時間の長さがやはり、些か苦痛なわけで...... しかし別に、授業の合間を縫って何かをしなくてはならないわけではないから...... だからまぁ自然と、今朝の自分が住んでいるアパートに残された、あのペンキ塗料について考える。 あんな...... あんなあからさまな赤色を、しかもそれがすぐに、ペンキだとわかる程の異臭を放ちながら、あそこまでわざとらしく壁にぶちまけられていたアレを...... いくらあの場所が住宅街の、しかもかなり入り組んだ場所にあるからと言っても、流石にアレでは、数少ない通行人も気が付くだろう。 少なくとも、あのアパートに住む他の住人くらいは、気が付きそうなモノだけれど...... そこまで考えを巡らせて、僕は少しだけ、考える。 そういえば、僕はあのアパートに引っ越して、もう半年程の時間が経過しようとしているけれど、未だに他の住人と遭遇したことがない。 あれ......住んでいる......筈だよな......? そんな風に、考えても仕方のないことを考えて、気が付いたら授業は終わりを迎えていた。 退屈な授業の合間に考えていた事柄を、授業が終わった後の昼食頃に、僕は何気なく、柊へ口にする。「そんなの......たまたまというか、タイミングが合っていないだけでしょう?」 言いながら、昼食で買ったパンを、彼女は口にする。 そんな姿を横目に、僕は野菜ジュースを飲みながら、「そういうモノなのか......」と、ため息に似た言葉を口にする。「そんなことよりも、荒木君。ありがとうね......今日。わざわざ時間を作ってくれて......」「......なんだよ、改まって......」「......」「べつにかまわないさ。何もない時間が無くなっただけでも、僕としてはありがたい。まだバイトも、本格的に仕事をしているわけでもないし......それに、ただ単に人に会うだけだろ?」「えぇ......そうね。どうしても荒木君に会って
言葉の後に、コチラの方に声を向けながら、彼女は言う。「それで、君が荒木君だよね?」「はい……」「初めまして、花影 沙織(はなかげ さおり)です。柊さんから、色々と聞いているよ」 そう言いながら、コチラを見つめる彼女の瞳は、覗き込む様な視線で、僕を捕らえる。 捕らえられた僕はといえば、そんな彼女の視線に対して、どういう反応をすれば良いのかわからなくて、困惑する。 困惑しつつ、僕はなんとか、言葉を紡ぐ。「色々って……柊が一体何を言っているのか、気になるところではあるけれど……」 そう言いながら、僕は花影さんから、柊に視線を動かす。 しかしそんな僕の反応に対して、柊は目を逸らすだけで、何も応えようとはしてくれない。 えっ……怒っている……? 無反応の柊に代わって、花影さんは言葉を紡ぐ。「夏は一緒に旅行に行ったんでしょ?けっこう楽しかったって、話してくれて……その話を聞いて、私も君に興味が湧いたの」「興味って……」 そう言葉をたじろがせると、彼女は僕の方に顔を近づけて、さらに言葉を続ける。「高校時代の友人が、大学に入って、どんな生活をしているのか。どんな人と仲良くしているのか。何を楽しんでいるのか。そういうことを知りたいって、思っただけだよ」 その言葉の後に、彼女は微笑を浮かばせて、再び僕のことを、覗き込む様にしながら、見つめていた。
「やっぱり、柊さんだ……」そう言いながら、その人物は柊に向けて微笑んだ。しかしそんな彼女とは対照的に、柊は視線を冷たく、鋭くして言葉を返す。「どうしてアナタが、ココに居るのよ?沙織」「今日の午後に会う約束をしたのは覚えてるでしょ?予定が早目に終わったから、柊さんの大学に来てみた。ただそれだけだよ?」「……そんなこと、べつにしなくても……」 そう言いながら、柊は彼女から視線を逸らす。 しかしそんな彼女とは裏腹に、目の前のその人物は、穏やかな視線で彼女を見つめる。 そして綺麗に、流れる様に視線を滑らせて、僕の方へ向けるのだ。 向けながら、その人は言う。「それで、君が柊さんが言っていた、例のお友達?」 その人の視線は、その人の瞳は、あまりにも綺麗で、けれどその綺麗さには不釣り合いなほどに、彼女は普通の女の子だった。 そんな女の子は、僕の方へ続けて、言葉を紡ぐ。「初めまして、花影 沙織(はなかげ さおり)です。柊さんから、色々とかりは、柊が見据えている先に居る人物が誰なのか、わかってしまった。名前すら知らないはずなのに、姿も見たことはないはずなのに、何故だかその視線の先の人物を、僕も見据えてしまった。そして見据えられていたその人物は、僕等に気付くと、コチラにゆっくりと歩いて、近づいてくる。「やっぱり、柊さんだ……」そう言いながら、その人物は柊に向けて微笑んだ。しかしそんな彼女とは対照的に、柊は視線を冷たく、鋭くして言葉を返す。「どうしてアナタが、ココに居るのよ?沙織」「今日の午後に会う約束をしたのは覚えてるでしょ?予定が早目に終わったから、柊さんの大学に来てみた。ただそれだけだよ?」「……そんなこと、べつにしなくても……」
柊はそう言いかけて、口を噤んだ。 「……柊?」 「……っ」 正確に言えば、口を噤んだというよりも、開いた口が塞がらない様な、そんな表情だった様に、僕には見えた。 そしてその彼女の視線が捉えている景色は、一向に変わらない。 ただ単に正面を、真っ直ぐと、見つめていた。 そしてそんな風にしているモノだから、僕も自然と、柊の視線を追いかけて、彼女と同じ方を見る。 大学の構内は人が多く、それでいて混雑している。 だからきっと、普段の僕なら、わかるはずはなかっただろう。 しかしながら、どういうわけか…… この時ばかりは、柊が見据えている先に居る人物が誰なのか、わかってしまった。 名前すら知らないはずなのに、姿も見たことはないはずなのに、何故だかその視線の先の人物を、僕も見据えてしまった。 そして見据えられていたその人物は、僕等に気付くと、コチラにゆっくりと歩いて、近づいてくる。 「やっぱり、柊さんだ……」 そう言いながら、その人物は柊に向けて微笑んだ。 しかしそんな彼女とは対照的に、柊は視線を冷たく、鋭くして言葉を返す。 「どうしてアナタが、ココに居るのよ?沙織」「今日の午後に会う約束をしたのは覚えてるでしょ?予定が早目に終わったから、柊さんの大学に来てみた。ただそれだけだよ?」「……そんなこと、べつにしなくても……」
「そんなことよりも、荒木君。ありがとうね......今日。わざわざ時間を作ってくれて......」「......なんだよ、改まって......」「......」「べつにかまわないさ。何もない時間が無くなっただけでも、僕としてはありがたい。まだバイトも、本格的に仕事をしているわけでもないし......それに、ただ単に人に会うだけだろ?」「えぇ......そうね。どうしても荒木君に会って欲しいのよ......」「......その人は、一体どんなヤツなんだ?」「......そうね、なんて説明すればいいのかしら......」大学という教育機関は、中学までのような義務教育ではなく、また高校のような場所とも違い、全国の様々な場所から、様々な年齢層の奴等が集まる場所だ。 だから別に、同期の中で多少の歳の差が生まれることも、しばしばあることなのだ。 だから僕は、そんな彼女に対して、小言の様に言うつもりはないけれど… やはり友人なら、思ったことは隠さずに言うべきなので、言おうと思う。 「あのな…そういうことは出来れば最初に言うべきじゃないのか…残念ながらもう僕は柊のことを歳上として扱うことが出来る気がしないんだけど…」