ログイン大学からほど近い、『目の前』と表現するのが妥当なくらいの立地で存在するこのコンビニは、朝から夜まで休みなく、閉店することなく、二十四時間営業し続けているようだった。
まぁ、こんな目の前に大学があるのなら、昼も夜も、それこそ丑三つ時の様な夜中も、学生をはじめとする多くの人が利用するのだろう。
そんな誰もが利用するコンビニで、僕はサンドイッチを二個と、ペットボトルの飲み物を二本買って、店の外に出た。
外に出ると、流石にあの薄着の格好ではない、その上から白い大きめのパーカーを、ワンピースのように着ている女の子。
あの綺麗な深紅髪の、得体の知れない女の子。
『佐柳』と呼ばれていた少女が、待っていたのだ
「あの......」
「......」
店の窓に貼られている、『バイト募集』のチラシを見ながら。
「佐柳さん?」
「えっ......?あぁごめんごめん。ありがとね、買って来てくれて......」
「あぁ、うん。それはいいんだけどさ......」
「ん?」
そのあとに続く言葉を、続ける筈だった言葉を、僕は少しだけ考えて、飲み込んだ。
「......いや、やっぱいい......」
そう言いながら僕は、足を前に動かした。
そしてそうすると、何かを言い掛けてやめた僕のことを不思議そうに見ながら、彼女は僕の横を歩く。
僕はそれを、なるべく気にしないようにしていた。
彼女が一体、どういう存在なのか......
その時はそういうことを、なんとなく、今は本人に聞いてはいけないように思えたのだ。
「やぁ遅かったね。待ちくたびれたよ~」
そう言いながら、『専門家』の男は机に座って、もう一つ別の机には、自分が買ってきたのであろう菓子パンと珈琲を置いていた。
どうやら僕等二人が買い出しから帰ってくるのを、彼は待っていたようだ。
しかしそんな彼を見て、少女は辛辣に言い放つ。
「別に、もう消えてくれててもよかったのに......」
その彼女の言葉に、男はまた、のらりとした口調で言葉を返す。
「まぁそう言うなよ、食事は皆でした方が楽しいじゃないか~」
そしてその言葉の最後に、男は僕の方を見て言った。
「君もそう思うだろ? 荒木 誠 君」
「えっ......」
男はたしかに、そう言った。
「ん?」
教えていないはずの僕の名前を、寸分の狂いもなく、躊躇いもなく、まるで初めから知っているように、僕にそう、呼びかけたのだ。
「なんで......僕の名前、知っているんですか?」
そう聞き返した僕の言葉には、その男はくらりとした口調で言葉を返す。
「あぁ、そうか。そりゃあそうだよね。昨日のあんな出来事、まともに覚えている筈がないか......」
そう言って、男は座っていた机から降りて、そして入り口で未だに立ったままの僕たちに向かって、手招きをしながら言う。
「まぁ、とりあえずこっちにおいでよ。食べながら話そう。昨日君に何が起きたのか、僕や佐柳ちゃんは一体何者なのか、全部教えてあげるよ」
そう言いながら、不敵に口元を緩ますその男の表情が、この時はなんだか妙に、化け物染みて見えたのだ。
『食事は皆でした方が楽しい』なんて言葉を、本当に信じていたわけではないけれど、それでも、こんなにも食べ物が喉を通らないといことも、予想していなかった。元々朝食は抜きがちな生活をしているとはいえ、それでも、自分が食べるために買ったサンドイッチくらいは、ちゃんと食べられると思っていた。
今は食事をはじめて三十分くらいだろうか......
未だに一つだけ、綺麗な手付かずのサンドイッチは、開けたフィルムのビニールの上で、倒れている。
ほんとうに、食欲がまるで湧かない......
「あんまり食が進まないかい?荒木君」
既に自分の菓子パンを平らげたその大人の大学生は、まるで僕の心の中を見透かしているような台詞を吐きながら、こちらを見る。
「えぇ、まぁ元々、朝食は抜きがちな生活をしていたので、多分そのせいだと思うんですけれど......」
「ハハッ、それはあまり良くないねぇ~。食事はちゃんとしないと、何処かで倒れてしまうかもよ?」
「それは......」
それは少し、大袈裟ではないのだろうか......
そういう風な言葉を言い掛けて、それでも、その言葉を飲み込む。
あながち、それが無いとも言い切れない。
なんたって今が、こんなわけのわからない状況に、なってしまっているのだから......
「そんなことよりも、説明してくれるんですよね。えっと......」
「あぁ、相模でいいよ。
「四十歳!?」
聞き間違いだろうか、耳を疑った。
僕と同い年ではないにしても、明らかに年齢は二十代だと思っていたからだ。
その男の言葉に唖然としている僕に、隣に座る少女が口添えをする。
「気を付けた方がいいよ。そいつの顔面はマジでそれだから......」
「それを君が言うのかい、吸血鬼なんてのは、不老の最たる例だろうに」男の言葉に、少女は睨みつけるようにして無言を返す。
っていうか......今、なんて言った......
「えっと......吸血鬼って......一体......?」
その俺の言葉に、男はまた、口元を薄く緩めた表情で、彼の目の前に座る少女を、視線で示して返答する。「彼女のことだよ」
その視線の先には、当たり前だけど、『佐柳』と呼ばれているその少女しかいない。
そしてそれを肯定するように、彼女は僕から、視線を逸らす。
その様子を見ながら、男は少し呆れたような表情をしながら、「やれやれ」と言いながら、さらに続けた。
「彼女はね、世にも恐ろしいあの吸血鬼の、体質と性質を兼ね備えた、異端の生き物なんだ」
「吸血鬼の......体質と性質......?」
そう言いながら、僕はその少女を見て、「人間とは、違うのか?」と訊いてしまう。
そしてそんな僕を見て、男は返答する。
「うん、人間じゃないよ。まぁ正確に言うなら、
「つまり、お化けとか、妖怪とか......」
『化け物とか』と言おうとして、それを僕は飲み込んだ。
なんだかその言葉は、今は言ってはいけないような気がしたからだ。
けれどそれを、多分この相模という男は、僕よりも理解している。
だから理解しているその男は、さらに話を続ける。
「でも一応、姿形は人間だからね。だから僕は、彼女のような存在を、
そう言いながら、男は自分の飲みかけのコーヒー牛乳を飲み干して、飲み干した後にこう言った。
「まぁでも、いわゆる
化け物じみた顔面を持つその人は、さっき僕が飲み込んだ言葉を、いとも簡単に吐き出したのだ。
言葉の後の、数秒の沈黙。気まずい以外の何者でもないけれど、そんな僕たちの様子を見ながら、相模さんはまたそれを、弄ぶような声色で話を続ける。
「それでだ。荒木 誠 君。そんな話をどうして、君なんかにしたかって話なんだけれど......あと昨日の夜、君に何が起きたかって、話なんだけれどさ」
「あぁ、はい......」
そうだった、そういえばそれを、僕は訊かなくてはいけなかったのだ。
僕の記憶から抜け落ちてしまっている、昨日の出来事を、僕はこの人から訊かなくてはいけなかった。
それのために、わざわざこんな形で、朝食を食べているのだから。
まぁそれでも、相変わらずサンドイッチは、残ったままだけれど......
「もし君が、僕や彼女とはまったく関係のない、普通の人間なら、わざわざこんな話なんかしないんだ。異端の存在ってさ、関わらなければ関わらない方が、言ってしまえば無関係のままで居た方が安全だし、安心だから」
「はぁ、まぁそれはそうですよね......」
あれ、でもこの言い方だと、なんだかおかしくないか......
「うん、けれどね、荒木君」
まるでその言い方だと、僕がもう......
「君はもう......」
普通の人間ではなくなってしまっている様な......
「
「えっ......」
呆気をとられてというか、思いもよらないというか......
とにかくこのとき、僕はこの男から、何を言われているのか理解が出来なかった。
けれど相模さんは、さらにそのまま話を続ける。
「結論から言ってしまえば、今の君はもう、普通の人間ではなくて、異端の存在である、いわゆる異人になったんだよ」
その言葉に対しても、僕はどう反応を示するべきなのか、わからなかった。
わからなかったけれど、それでも、何か言わなくてはいけないような、そうしないと、思いもよらないこんな展開に、全て飲み込まれてしまう様な、そんな気もしたのだ。
だから僕は、自分が理解をするために、確認をするために、口を開いた。
「えっと......つまり僕は、死んでいるって......ことですか?」
そしてその、僕が吐いた言葉に対して、わざとらしく少女が笑う。
笑いながら、もう一つの事実を、僕に突きつける。
「ハハハッ......そんなわけないじゃん、私が助けたんだから」
「助けたって......どういう意味......?」
「どういう意味も、こういう意味もない。助けるために、私は君を異人にした。そうしないと、
「......」
どうすればいいだろうか......
言語としては日本語を話している彼女の言葉を、文章を、僕はこのときまるで、理解ができなかった。
そしてそれを見かねてか、相模さんがまた言う。
「まぁとりあえず。何が起きたのか、順序立てて説明しようか。もっとも......その時の当事者は、君と彼女の二人だけだけれどね」
順序立てて説明された内容はこうだった。あの晩、僕が散歩のコースとして歩いていた道の頭上、正確に言えば、すぐ傍にあった大学施設の屋上に彼女は居たらしく、僕と同じように、夜の散歩をしていたらしい。
しかしそこで、彼女は踏み外した。
漫画のようにバナナの皮で足を滑らせたとかでは決してなく、ただ単に、足がもつれてしまった影響でそうなったらしい。
しかも彼女は、屋上の淵の部分、少し身を乗り出せば飛び降りれるような所を歩いていたそうだ。
基本、大学施設の屋上は立ち入りができないようにされている。
禁止されているとかではなく、そもそも立ち入ることが出来ないのである。
一般の生徒が施設の階数を行き来する時に使うエレベーターでは、システム上入れないようにされているからだ。
もちろん、階段で行こうとすれば、そもそも扉に厳重な鍵が施されているから、入れるわけがない。
しかしそれは、
それこそ彼女のように、吸血鬼の異人の体質で授かった身体能力を用いて、
そんな彼女が、足がもつれたことで踏み外し、落ちてしまった。
そして丁度その位置に、タイミング悪く、僕の頭部があったというわけだ。
さすがに......
さすがに華奢な女の子だとしても、高い所から重力加速度的に落下速度が増した状態で、人間の頭に落下物の一番固い部分(彼女の頭)がぶち当たれば、それはミサイルに直撃したようなモノで、しかもその相手が、体質的に普通の人間よりも頑丈な吸血鬼であれば、普通の人間である僕の方がダメージを負うのは当たり前だ。
アニメや漫画のように、空から美少女が降ってくるというシチュエーションは、とても危険極まりないのである。
それこそ致命的な、絶命を余儀なくするほどのダメージを負うことになるのだから...... だから僕は、もうこの時には
しかしそこまで説明されたところで、加害者である彼女の言い訳が入る。
「いや、流石にこんな、完全に私の不注意の事故で、何の関係もない人間を殺してしまうのは気が引けたんだよね......だから......」
だから彼女は、彼女が持つ、吸血鬼の性質である『吸血』を上手く利用して、僕の『血』ではなく、『人間性』を吸い取ったのだそうだ。
そしてその代わりに、彼女の中にある『異人性』を、半分ほど僕に与えた。
吸血鬼の体質の一種である『不死身』を、このときの僕は、半分ほど彼女から貰い受けた。
その影響で僕は今、半分は人間で、半分は異人という、専門家から見ればかなり不安定な状態で、生かされているということなのだ。
しかしここまで聞いて、ようやく僕は声を大にしてこう言える。
覚えていないだけで、僕が何かやらかしたから、こういうことになってしまったのかと危惧していたが、これなら問題なくこう言える。
たとえ相手が、華奢で可憐な吸血鬼だとしても、僕は言ってやる。
「って......完全にお前のせいじゃねえか!!!」
閑話休題「さて、そんなわけだから、君は今後、僕に管理されながら生活をするわけだけれど、いかんせん、僕もずっと君の傍に居てやれるわけではない。これでも色々と忙しくてね」
「はぁ......」
傍に居て欲しいとは思わなかったけれど、それでもこんな身体になったのだから、不安がないといえば嘘になる。
そうなると、このゴールデンウィーク期間中は、大人しくしていた方がいいのだろう。
そんな風に考えていると、相模さんは思いもよらないことを言い出す。
「そこでだ、しばらくの間、少なくともゴールデンウィークの間は、君等は常に行動を共にするようにしていて欲しい」
「えっ......」
反射的に出た自分の反応の後、僕は少し間を置いて、言葉の意味を確認する。
「行動を共にって、それは一体どういう意味ですか?」
「どういう意味も、こういう意味もない。言葉通りの意味だよ」
そう言った後、相模さんは僕と僕の隣に座る少女を見比べて、話を続ける。
「僕から見れば、君もそうだけど、佐柳ちゃんも十分に不安定な状態だ。何が起きるかわからないし、何が起きても不思議じゃない。だから君たちには、互いを管理し、監視し合って欲しいんだ。」
その相模さんの言葉に、少女は意外にも同意する。
「......私は別にそれでもいいよ......っていうか、こんな専門家じゃなければ誰でもいい」
「ひどいな~そんなに嫌うなんて~おじさん傷ついちゃうぞ~」
わざとらしくおどける相模さんに、少女は冷ややかな視線を送る。
こういうときって、第三者である僕は、何を言えばいいのだろうか......
あぁ、何も言わないのが正解なのか?
「......」
うん、多分なにも伝わらねえな......
そんな風に思っていると、特に傷付いた様子がない相模さんが、さらに話を進める。
「あぁでも、『常に行動を共にしろ』とは言ったけれど、本当にずっと一緒に居る必要もなくて、なんて言うのかな......外で遊んだり、家以外の場所で過ごしたりする時は、必ず君達二人で行動して欲しいって......まぁそういうことだから」
「はぁ、まぁそれは流石にわかってますけれど......」
そう言いながら僕は少しだけ視線を外して、言葉を続ける。
「僕は特に、このゴールデンウィークに予定を立てていないので、問題はありません。でも......」
その僕の言葉で、少女は何かを察したのか、口を開く。
「私だって、別に予定があるわけじゃないよ......っていうか、昼間の予定なんて立てられるわけがなかったし......」
そう言いながら、彼女は僕の方を見る。
その彼女の視線で、彼女が何を言いたいのか、なんとなくわかってしまう。
あぁそうか
だってその頃の彼女にとって、太陽は文字通りの天敵なのだから......
一通り話し終え、残っていたサンドイッチも何とかお腹の中に収めて、時刻は既に、午前十一時近くを指していた。「それじゃあ早速だけど、今日から二人で行動するように、僕は別件でしなくてはならない仕事があるから、またそのうちに顔を見せるよ」
そう言い残して、相模さんは僕と彼女を二人、空き教室に残して、何処かに行ってしまった。
っていうか、なんだこの状況......なんだこの状況!?
ただでさえ大学では友達がいないのに、いきなりこんな女子と二人きりにされて、一体どうしろっていうんだ。
何を話せばいい?
何か話題は??
そんな風に、たぶん傍から見ればしょうもないこと(いや、僕にとっては一大事なんだけれど)に頭を巡らせている僕に向けて、少女はポツリと言う。
「あのさ......とりあえず、ここ出た方がいいよね?」
思いもよらない彼女の何気ない一言が、僕の思考を一瞬止める。
「へ?」
そして僕がそんな反応をしたから、彼女は驚いた様子で聞き返す。
「えっ?」
束の間の沈黙、ようやく思考が、再び動く。
「......うん、そうだね。そうしようか......」
僕、こんなに女の子と話せなかったっけ......
外に出た後、とりあえずどうすればいいいのか、今日一日をどう行動するべきか分からなかったから、それを彼女に尋ねようと試みる。「あの、佐柳さん......」
「琴音」
「えっ?」
「佐柳って名字、好きじゃないんだ。呼ばれるのも書くのも言うのも嫌い。だから下の名前で呼んでくれる?私も君のこと、誠って呼ぶから」
oh......
再び止まりかける思考よ、耐えてくれ......
「いや、いくらなんでもそれは、距離の詰め方がおかしくない?」
「そう?大学生って、皆そんなもんじゃない?」
皆そんなもんなの!?
友達居ねぇからわからねぇよ!!
「まさか誠、友達いないの?」
「......ちがう、作らないだけだ......」
「作れないの間違いでしょ?」
「......っ」
「あぁ、なんかごめん」
「謝られると、余計に辛いよ......」
「うん、ごめん......あっ......」
「今の絶対わざとだろ?」
「そんなことないよー、無意識だよー」
なるほど、どうやらこの吸血鬼は、無意識に人を殺せるようだ。
まぁ、今の僕はもう、人ではないらしいけれど......
そして、そんなしょうもないやり取りを終えた後、僕は再び、訊きたかったことを彼女に尋ねる。
「......それで今日はどうすればいいんだ?」
「どうすればって?」
「いや、僕は本当に今日は何も予定がないから、もし佐やn......」
「......」
一気に視線が怖くなるのは止めて欲しい......
「もし琴音さんが行きたい所とかあるなら、僕は付き合うけれど......」
そう言うと、琴音さんの表情は一気に明るくなった。
「えっ、マジで?」
表情豊かだな、この吸血鬼。
「マジで......っていうか、そうした方がいいって、あの人に言われてるし」
そう僕が言うと、彼女は携帯を取り出して、すぐさまSNSのアプリを開いて、そして何かを検索して、それを僕に見せた。
「じゃあ、ここ行きたい!」
「......」
その画面に映し出されていたのは、明らかに男が行くには場違いの、とても内装がオシャレな、パンケーキのお店だった。
どうやらこの吸血鬼は、いわゆる『イマドキの女子大生』らしい。
大学という教育機関は、中学までのような義務教育ではなく、また高校のような場所とも違い、全国の様々な場所から、様々な年齢層の奴等が集まる場所だ。 だから別に、同期の中で多少の歳の差が生まれることも、しばしばあることなのだ。 だから僕は、そんな彼女に対して、小言の様に言うつもりはないけれど… やはり友人なら、思ったことは隠さずに言うべきなので、言おうと思う。 「あのな…そういうことは出来れば最初に言うべきじゃないのか…残念ながらもう僕は柊のことを歳上として扱うことが出来る気がしないんだけど…」 結局、小言になってしまった。 しかし当の彼女は、それを聞いても何も思うところが無いような声で、無いような表情で、応答する。 「あら、別にいいわよそんなこと。荒木君とだって学年は同じなんだし、それに今さら歳上扱いされる方が、なんか変な感じがして気が休まらないわ」 「…そういうモノなのか…?」 「そういうモノよ。それに私たち、そもそも出会いがあんなんだったんだから、そんなことにまで気が回らなかったのも無理はないでしょう?」 「あっ…」 柊のその言葉で、僕は思い出す。 彼女との出会いを、思い出す。 夏休み前の前半最終… あれはどう考えても、散々な日々だった… なぜなら僕は、今日この場に同席している僕の友人 自分のことを押し殺すことで他人をも惨殺するようになってしまった… 僕とは違い、殺人鬼の性質を持ってしまった少女… それでいて今はもう、都合よくも普通の女子大生である、謂わば元異人 あの血の匂いが絶えない、青春の日々を共に過ごしたこの少女 柊 小夜 (ひいらぎ さや) に、殺されていたからだ。 ころされて、コロサレテ、殺されて… それでいて僕もまた、死ねない身体の、不死身の体質を持った異人であるばっかりに、彼女との関係を持ち続けてしまっている。 あのときに、あんなことをされたのに… あんな風に、殺されたのに… 未だに僕は、この柊という少女との関係を、裁ち切れずに大切に持ち続けてしまっているのだ。 出会い頭に殺されて、その後は付きまとわれて、それで最後も殺されて… そんな咽返るような、血の匂いが絶えなかった、あの日々を思い出す。 女の子と共に、同じ部屋で寝た、謂わば青春の日々を… 僕はその柊の言葉で、思い出したのだ。
「さて......こういう時は一体、何から話せばいいんだろうね......」 そう言いながら佳寿さんは、手元にある食事の類から一度視線を完全に外して、僕の方を見る。 見られている僕は、その視線に身に覚えがあるから、佳寿さんとは対照的に、視線を外す。 そして苦し紛れに、口にするのだ。「いや、そんなこと......僕に言われても困りますよ......大体アルバイト自体が初めてで、何を質問すればいいのかさえ、わからないんですから......」「......」「......っ」 何も嘘は吐いていないから、問題はないだろうけれど、それでもやはり、この人のこの視線に覗かれることだけは、やはりどうしても、避けたいと思う。 なんせ覗かれれば最後、コチラの考えていることを全て、抜き取られてしまうからだ。 抜き取られて、取り除かれてしまうかもしれないからだ。「いいや、そんなことはしないから安心しな、不死身の兄ちゃん」 唐突に、そんな風な思考を巡らせていた僕に対して、佳寿さんはそう口にする。「......っ」 そしてそう口にされた僕は、やはりどうしても、こういう風になってしまうのかと、少しばかりの落胆の後に、相当量の諦観が、自分の気持ちを占めていることを自覚して、もうどうにもならないと思いながら、彼女の方に視線を向ける。 けれど彼女は、そんな僕のその視線に対して、まるで何も考えていない様な声色で、言葉を返すのだ。「ん?なんだい?」「いいえ......べつに......」 言った後に僕は、自分の手元に運ばれてきたウーロン茶を一口、ゆっくりと流し込む。 そして佳寿さんは、そんな僕とは対照的に、恐らく彼女にとっては普通の速度で、手元のビールを空にするのだ。 空にした後に、僕の方を見ながら、また口にする。「まぁ......無いなら無いで構わないよ。質問は随時受け付けてやる。その方が仕事の進みもいいだろうから、アタシ的にも好都合だしね......」 言いながら、静かに口元に余裕を添えるその表情は、やはり姉弟だからで、しかも双子だから当然なのかもしれないけれど...... まったくと言って良い程に、同じそれなのだ。 そう思っていると、その思考に対しての返答を、佳寿さんは口にする。「まぁ、不本意だが仕方ないわな。あんな愚弟でも、双子の弟であることは変わら
『嘘をつく子供』というイソップ寓話を、皆はご存知だろうか いや......もしかしたら『羊飼いと狼』や『オオカミ少年』というタイトルの方が、聞き馴染みがあるのかもしれない。 もしくはタイトルを覚えてはいないが、そんな感じの御話を、どこか遠い昔に聞いたことがあるという人も、それなりにいるだろう。 物語の内容は、羊飼いの少年が、退屈しのぎに『狼が来たぞ!!』と嘘をついて騒ぎを起こし、その嘘に騙された村人は武器を持って外に出るが徒労に終わり、その大人たちの姿を見た少年は面白がって、繰り返しにそんな嘘を吐き続け、いつしか村の誰からも信用されなくなり、最後は本当に狼が来た時には誰からも助けてもらえず、村の羊は全て狼に食べられてしまった。 そんな御話しである。 なんだろう...... なんだかこういう風に語ってしまうと、物凄く簡単で明瞭で、まるで当たり前のような結末で、随分と単純な物語のように思えてしまう。 まぁ実際、「嘘を吐けば信用を無くす」なんてことは、簡単で明瞭で当たり前のことなのだから、それはそれで間違いではないのだろう。 そう、なにも深い意味など考えなくても、この御話が伝えたいことは「嘘吐きは信用を無くす」というモノで、概ね間違いではない。 さらに付け加えるならば、「嘘吐きは信用を無くすから、人は常日頃から正直に生きるべきである」という、人として生きるなら、誰しもが心掛けるべき、当たり前のそれらなのだ。 けれど僕は、この歳になってからこの寓話を聞くと、どうしても考えてしまう。 どうして誰も、狼が村の羊を襲う時の外の異変には、見向きもしなかったのだろうか。 どうして誰も、その少年の言葉を嘘だと信じて、疑わなかったのだろうか。 たしかに嘘を吐き続ければ、それで信用がなくなることも理解できるし、それでたまに言う本当のことも、それがどんなに重要なこであろうと、誰からも信じてもらえないということも、理解できる。 しかしながら...... しかしながらそれでも、村の羊が全て食い尽くされる時に、外に何も異変が起きないなんてことは、果たしてあるのだろうか...... いや、常識的に考えれば、そんなことは、ある筈がないのだ。 だからそのときに、もし誰かが一人でも外の様子を確認して、「おい、本当に狼だぞ!!」という風に言ってしまえば、村の羊が全て
顔色があまりにも悪過ぎていたらしく、目を覚ますや否や、先に起きて身支度を済ましていた若桐に心配された。 まぁ......あんな夢を見た後なら、そうもなるだろう。 覚えている限りではあるけれど......いや、ずっとすごい剣幕で睨まれ続けていたことだけは、夢の中だろうが、すごく覚えている。 妹のことを想うが故なのだろうけれど...... それでもずっと......ずぅっとだ......「はぁ......」 溜め息を吐く僕の方を見て、心配そうに見つめながら若桐が、言葉を紡ぐ。「あの、荒木さん......大丈夫ですか......?」 「あぁ......うん。大丈夫だよ......心配かけてごめんね......」 そう言いながら、彼女の小さな頭を優しく撫でる。 そしてゆっくりと、眠気眼のまま布団から身体を起こして、洗面台まで行き、顔を洗う。 冷たい水しぶきで、次第に正気に戻る頭をゆっくりと、ゆったりと巡らせながら、僕は若桐の方に向けて、言う。「朝ごはんでも、食べに行こうか......」 そんな僕の提案に、少しだけ驚いた彼女の表情は、次の瞬間にはパッと晴れて、しかしその後に、僕の体調を心配している。 ほんとうに、せわしなく表情をコロコロと変える彼女は、今こうしている僕なんかよりも、ちゃんと生きている様な、そんな気さえしてしまう。 でも、だからだろう...... だからこの 若桐 薫 という少女は、死してなお、この世に残された想いの強さに引っ張られて、それ故に、自身の重さを残してしまったのだ。 表情豊かで、感情豊かの、浴衣姿の女の子。 あんな兄に愛されたのはまぁ、家族であるのだから良しとして...... 最早結末を、今回のこの一件のネタバレを、そんな兄から夢の中で聞かされたモノだから、今はこんな風に思うのだ。 ほんとうに、どうしようもない程に、傍迷惑な三文芝居でもしている様な、そんな気分である......と...... まったく..
「若桐」 通話を切った後、海辺を歩く若桐に近づいて、僕は彼女を呼び止める。 そして呼び止められた若桐は、小さく進めていた歩みを止めて、静かにコチラを振り返る。「......」「......若桐、お前......」 けれど振り返る彼女の瞳には、戸惑いや不安や焦りという類のモノはなくて、代わりに、何かを決めた様な......そういう類のモノがあった。 そしてその瞳のまま、彼女は言う。「荒木さん、もう......やめましょう......こんなこと......」「えっ......」 こちらを見つめる彼女の瞳には、薄っすらと涙膜が張られていて、けれどそれを、決して僕の前では溢していけない様にしている彼女は、僕から視線を逸らして、言葉を紡ぐ。「ごめんなさい。こんなに付き合わせてしまって......勝手なことを言っている自覚はあります。でもこれ以上......こんなことをしても、もう意味がないんだって......わかってしまって......」 そう言いながら、今まで見たことがない様な、強く自らの拳を強く握りしめている彼女のその姿は、その小さな姿には似つかわしくないほどの、静かな苛立ちを孕ませていた。 そしてそうなると、やはりここに来ても、此処まで来ても、彼女は何も思い出すことが出来なかったのだろう。 そう思いながら、僕は言葉を選びながら、彼女に言う。「そんな......また違う場所に行けば、今度こそは何か思い出せるかもしれないだろ?まだ行けていない所があるなら、そこを訪れてから結論を出してもいいんじゃないのか?」「......」「......それに今更、そんな気を遣わないでくれ。僕だって乗りかかった船だ。ちゃんと最後まで若桐に付き合うつもりで......」「違うんです!!」「えっ......?」 言い掛けた僕の言葉に対して、彼女は顔を横に振って、僕の言葉をハッキリと、食い気味に否定した。 そしてそんな彼女の言葉に、彼女の様子に、少しばかり驚いてい
その日の夜、寝床に着いてからしばらくして見た夢は、悲痛なモノだった。 身体中が、まるで鉛で出来ている様に重く、炎で焼かれている様に熱く、それでいて、そんな自分を見届ける者は、きっと家族なのだろう。 多くは居るけれど、その中に一番傍に居て欲しかった人間が居ない現実が、堪らなく悔しくて、悲しい。 けれどそんな心境を知る由もない、傍に居てくれる誰かが、自分の手を取って、何か話す。 けれど音は、少しづつ擦れて、まるで水の中に居る様な、そんな感覚で......薄れていく感覚は、だんだんと、その体温を奪う様に冷たくなって...... 夢の中にしては、あまりにもその生な感覚と心境が、僕をどうしょうもない程に、理解させた。 あぁ......そうか...... ほんとうに死ぬ間際というのは、こういうモノなのか...... 不死身の異人である僕は、幾度となく殺されはしたけれど、死ぬことは出来ない僕が、恐らく今のままでは一生、こんな一生が続く限りは永遠に、縁がない様な、そんな感覚。 重苦しさと、熱さと、悔しさと、怖さと、冷たさと...... そんなモノ達がまるで、渦を巻いて一つの化け物に姿を変えて、自分のことを食い荒らしている様な...... そんな感覚だった。 朝、目が覚めると、見知らぬ天井に視線を向ける。 布団から身体を起こして、正面に視線を向けると、もう身支度を整え終えた若桐の姿が、そこにはあった。 布団から身体を起こした僕に気が付き、彼女は言う。「あぁ、おはようございます。荒木さん」「......」「荒木......さん......?」 そう言いながら、俯く僕の顔を覗き込む彼女を、僕は何も言わずに、静かに抱き寄せた。「えっ、どうしたんですか......」「......」「......荒木さん、震えてますよ......?」「あぁ......大丈夫......大丈夫だよ......」「えぇ......あ