「やっぱこうなるじゃねぇか、気まずいだろうが⋯⋯」 助手席に座ったケンが呟いた。 「だからって、放って行く訳にもいかないだろ」 「⋯⋯っせぇ。俺は"偽プロ"と違って一人でもやれる」 不貞腐れたように、暗闇へ染まった夢洲都市を見つめるケン。さらに奥には、煌びやかではなくなったカジノが微かに見える。 「あのー、さっきは助けて頂いて、ありがとうございました⋯⋯」 その気まずさを裂くように、モアが一言置く。 「⋯⋯おう」 そういえば、さっきケンは"銃らしきもの?"を持ってたっけ。ちょっと聞いておくか。 「なぁ、ケン。さっき銃を使ってなかったか?」 「はぁ? お前知らねぇのか?」 「⋯⋯何がだ?」 「ついさっきの最新アップデートで、プロ専用のハイスマートグラスが、"簡易小型銃"になるようになったのを」 ⋯⋯そんなのあったっけ? 後ろに座る女子二人も全く知らない様子だった。 この情報はどこを調べても出回っていない、一部しか知らないらしい。 「まぁ、いきなりだったから、見てねぇヤツがほとんどか。今度からは常にチェックしとけ、死にたくねぇならな」 「あ、あぁ⋯⋯」 高低差での有利を活かすために、ハイスマートグラスをよくカスタマイズしているこいつにとっては、このくらい朝飯前だったのかもしれない。 そのアップデート内容とやら、今のうちに確認しておくか。 「ってか、スアちゃんごめんな。後で話したいって言っときながら、いきなりキャンセルしちまって」 「あ、ううん⋯⋯全然いいよ。⋯⋯⋯ケン君、私たちは天王寺駅に向かってるけど、このまま一緒でもいい?」 「⋯⋯俺は途中で降りるわ。スアちゃんの邪魔したくねぇし」 「別にそんな⋯⋯ねぇ、みんな? せっかく助けてもくれたし」 俺は、そっぽ向いたままのケンの方を向いた。 「今だけ睨み合うのはやめようぜ。嫌かもしれないが、協力する時じゃないか」 「⋯⋯ちっ、安全になったらすぐ抜けるからな。んな事より、天王寺駅まで行って何すんだ?」 「知り合いの先輩が迎えに⋯⋯」 その時、一つのメッセージが入った。大会延期のお知らせだった。いくら全体の主催がAI総理とはいえ、運営側が中止を申し出たようだ。 当然だ、明日の大会なんてもの
ネット上でウワサだけは聞いていた。 AIだけで作られた近未来な高校があると。 まさかこんなとこに、しかもうちの学園のだったなんて⋯⋯ ⋯⋯そこに"アイツら"がいるのもさらに意味不明だ。 そういえば、あまり考えてなかったけど、全てAIによって賄われているアフターバンパクシティで、警備員がいるって事はそれほどヤバいって認識でいいんだよな。 ⋯⋯この状況からして、それしかないか 一呼吸し、無理やり息を整える。 「あと残り10階降りれば、地上の方のホテル出口から出られる。西出口にタクシーが来てるから、そこを目指そう」 「うん⋯⋯ごめんね、取り乱して」 「すみません⋯⋯」 「しゃぁねぇって、あんなの見たら⋯⋯俺もまだ気が狂いそうだし⋯⋯」 ⋯⋯とにかく、あと10階だ 25階から下は、アフターバンパクシティの地下ホテルの方へと切り替わるため、そっちには行く必要は無い。つまり、1~24階は地下、25~50階が地上という構造になっている。 それにしても、警備員以外には誰とも会わないな⋯⋯ 律儀に部屋に籠っているのだろうか。まぁそりゃそうか、殺人鬼が付近にいるかもしれないのだから。 でも、気付く奴は気付いてる。この異常事態の中、警察が来ることすら既に怪しい。なぜなら、大阪から出ようとした人たちを、止めている警察もいるという点がどうも引っかかる。 もしかすると、日岡知事の指示のよって動いている部隊と、従わない部隊で内乱が発生しているんじゃないか? リアルタイムに流れてくるSNS情報を見るに、そう仮定していいはず。 と考えを巡らせながら、工事中の"大阪都波裏学園/夢洲校"から脱出するエスカレーターへと乗った。 ちなみに、この高校はホテルハブのような役割もしていた。 これまで降りる途中、何ヶ所か簡易的なハブポイントはあったが、この高校が一番大きなハブといっていい。 さっき俺たちは最上階の4つ出口のうちの1つから出たが、それらは独立しており、他の出口とは繋がっていない。だから、"撃ったアイツ"とまた遭遇、なんて事はそうそう無いわけだ。 34階へと降り、また客室廊下が始まった瞬間だった。 「な⋯⋯ッ! 停電!?」 突如フロア全体が真っ暗になり、何も見えなくなっ
よりによって50階ってのが⋯⋯ まずはエレベーターまで行くしかないな。 俺が水色のハイスマートグラスを構えると、また海銃へと変化した。 何やら構えるとこの姿になるらしく、コイツをリアルでも活用するしかなさそうな感じがする。 ⋯⋯頼む。今だけでもいい、俺たちを守ってくれ それからは慎重に、なるべく足音を立てないよう、歩く事にした。 この辺にもまだいるかもしれない。俺とスアが見たあの人型AIは、夥しい量だったからな⋯⋯ だが意外とエレベーター前へはすぐ辿り着き、非接触パネルから下降ボタンをタッチする事に成功した。そしたら⋯⋯ 「⋯⋯なんでだ? これ、動いてないぞ⋯⋯?」 いくら押そうと、微動だにしない様子が見て取れた。 「え、そんな⋯⋯そんなわけ」 スアも俺と同様に下降ボタンを押しまくっているが⋯⋯ ⋯⋯最悪だ、ここ以外で考えるしかない 「先輩! あっちのエスカレーターなら動いてるみたいです!」 そう言うと、モアは俺たちをそっちへ誘導した。 「ここなら階段よりは早いはずですよね⋯⋯!」 「だな。こっから行こう」 俺たち3人はエスカレーターを突っ走り、素早く降りて行った。 これによって、どうにか40階までは一気に来る事が出来た。 しかし、40階からは"新設予定の学校?"が入っているらしく、それが35階辺りまで続いているようだった。 「これってさ、高校⋯⋯っぽいよね⋯⋯? ザイ、知ってた⋯⋯?」 「いや、全然知らねぇ⋯⋯」 L.S.から館内マップを見ても、"工事中により立ち入り禁止"とだけある。 そういや、さっきのエスカレーターは非常時用だったけど、ここに繋がってるのか。 ここからさらに降りるには⋯⋯ 「えっと、左に曲がって、広間みたいな場所にエスカレーターがあるみたいだよ。もっと奥にエレベーターっぽいのがあるけど⋯⋯たぶん動かないよね」 展開したL.S.で何かを確認しながらスアが言った。 今日の大会で酷使していた、超小型ドローンのバッテリーが復活したらしく、それを使って先を見ているそうだ。 「さすがです、スア先輩⋯⋯!」 「なんとか間に合ってよかったよ~。モアちゃんのドローンはまだ充電が必要そ?」 「そうですね⋯⋯
三人で一旦俺の部屋へと集まり、状況を確認する事にした。 さっきの警備員が、実は"ProtNeLT"というアレだった事も伝えると、スアの顔は青ざめていった。 「ねぇどうしよ⋯⋯ここにいても、また来るかもしれないよ⋯⋯」 「⋯⋯このホテルから出た方がいいか」 「待ってください! その"ProtoNeLT"というのはなんですか?」 「あ、あぁ、モアは知らないんだったよな。昨日、新大阪大学にオープンキャンパスに行ってきたんだよ。そこに"赤と青の謎のドア?"があって、中には"訳分からない人型のAI"が大量に並んでたんだ。それが"ProtoNeLT"って名前が付いてた。確かあれは略された名前で、本当の名前は"Prototype/Next time Living the Things"だったような⋯⋯」 「な、なんですかそれ⋯⋯?」 「俺たちもよく分かってない。ただ、あの場所で見ただけで⋯⋯」 話してる途中、スアが後ろから抱き着いてきた。 「な、なにして!?」 「ごめん、ちょっと許して⋯⋯。ザイの首筋の匂い嗅ぐとね、落ち着くの⋯⋯」 「そのクセまだ治って無かったのかよ!?」 「うん。我慢してただけ⋯⋯」 スアが俺の首元で大きく深呼吸し、その度になんとも言えない感覚が走る。 モアはというと、口をポカンと開けたまま、唖然とこっちを見ている⋯⋯。 これはこいつの昔からのクセで、こうすると何事も上手くいくような落ち着きを得られるそうだ、意味分からなすぎる。 高校生になってから治ったと思ってたのに、全然治ってねぇし⋯⋯! でも嫌いってわけでもないから、別にいいんだけど⋯⋯ ⋯⋯もしかして、エンナ先輩に頭嗅がれたせいで戻ったんじゃ あ、そういや先輩の方は何も起きてないよな⋯⋯? 俺はスアに嗅がれながらも、L.S.ですぐさまXTwitterを確認した。 すると、なんとここだけでなく、各所で"常軌を逸した事件"が多発しているという情報が流れ込んできた。 いきなり殴られたというところもあれば、ナイフで刺されそうになったところも、爆炎が起こったなんてのもある。 さっきまでいた竜星天守閣内でも、同様の事で混乱しているようだった。 さらにヤバいのが、大阪以外には連絡が取れなくなっているらしく、その上、大阪から出ようとしたところ
⋯⋯よし、誰もいない 急いで露天風呂の方に走った俺は、何事も無くスアの近くへと辿り着く事ができた。「その声⋯⋯ほんとに来たの!?」「当然だろ。この階は何とも無さそうだから、今のうちに着替えて部屋に戻るぞ」「分かった。モアちゃん、行こ!」「はい⋯⋯!」 その間、俺は辺りを警戒しながら、風呂の出入口付近の壁にもたれかかって息を整えた。 疲れと緊迫感とが混ざり合い、全身からさらに汗が噴き出る。 まさか間近で殺人事件に遭遇するなんて⋯⋯よりによってなんでこんな時に⋯⋯とにかく冷静に、冷静にだ。きっと三船コーチだったら、絶対そうする。 ⋯⋯そうだ、三船コーチに連絡してみるか? こんな時にどうするのか、あの人の方法を聞きたい。 そう思い、すぐさま通話を飛ばしてみた。 すると⋯⋯「⋯⋯なんで、こんな出ない事無いのに⋯⋯!」 一向に出る気配が無く、メッセージの返信も全くない。 これまで一度もそんな事無かったのに⋯⋯もしかして、"東京の方"でも何かあった⋯⋯!? その気持ちに畳みかけるようにして、俺が走ってきた奥角の方から不穏な足音がした。 ⋯⋯こっちに⋯⋯来てる⋯⋯? 徐々に近付いてくる足音に、鼓動がさらに激しくなっていく。 なんで⋯⋯こっちに⋯⋯ ついに足音が壁一枚隔てた先まで来た時だった。 スアとモアが女子更衣室から現れ、二人の足音が響いてしまった。 俺が静かにするよう合図するも遅く、真横で響いていた足音は静かになってしまった。 バレ⋯⋯たか⋯⋯?『そこで何をしていますか? 部屋から出ないようにとお伝えしましたよね?』 防弾着のような厚めのチョッキに、全身黒の服装、左手には赤く光る警棒。 唐突に入って来たのは、どうやらここの警備員で、ここまで安全の見回りに来てくれたらしい。「さっきまでお風呂に入っていまして、突然アナウンスが⋯⋯」『それは災難でしたね。私が付いて行きますので、安全なうちに部屋へ戻りましょう』 スアに対して笑顔で対応する警備員。 ⋯⋯ふぅ、なんだよ。てっきり、殺人犯が来たかと思って焦ったじゃねぇか⋯⋯ モアが俺の傍へと寄ってくる。「(入って来た時はびっくりしましたね)」「(いやまじ焦りすぎて冷や汗かいたわ⋯⋯)」 そして部屋へ戻ろうと、出入口から廊下へと出た時にある事が起こった。『ところで、一
「あ、帰って来た! 何の用だったの?」 「明日の打ち合わせ的な」 「な~んだ。それじゃ、豪華ホテルへGO~!」 「楽しみですね⋯⋯!」 嬉しそうにスアとモアが先を歩いて行く。 ふと、スアがこっちを向いてきた。 「なに後ろで一人ニヤニヤしてるの?」 「ん、なんでもねぇよ」 「もしかして、まだ何かあったりするぅ~?」 「なんもねぇって」 「宿泊券以外なんかあるでしょ! 早く出してぇ~!」 「だからなんもねぇって!」 そうこうしている内に、宿泊券に記載された豪華ホテルへと辿り着いた。 これが凄い事に、用意されていたのは"最上階の部屋"だった。 「こんなにいい部屋、本当に泊まっていいの⋯⋯!? ザイ、一体何やったの!?」 「⋯⋯俺にも、何が何やら」 「スア先輩! こっちに貸切の露天風呂ありますよ!」 「わぁ!? モアちゃん一緒に入る?」 「はい! 入りましょう!」 そこからは各々の部屋へと分かれ、二人は早速露天風呂へ。俺は一人ベッドに横たわった。 さて、もうすぐAI総理のスペシャル対談が始まる。L.S.から配信でも見れるから、待機しておこう。 竜星天守閣内で待ってる人も多い。なんたって、生でAI総理を見られるのは今回初だ。それを体験できるのは今後無いかもしれないと囁かれている。 まぁでも、俺はそこまで興味も無い上、疲れたからホテルに帰る選択を取った訳だけど⋯⋯ これがメインイベントではあるが、俺たちAR e-Sportsプロをメインに来た人もいるだろうし、人によって目的は違うしな。 そして、この対談配信は前半が無料になっていて、後半からは有料に切り替わる。サミットの入場券を購入した人、招待されている人は全て見られるようになっているため、俺のように帰宅しながら見る人もいると思う。 ただ一つ他と違うのは、家から配信だけを見る事も可能だが、それは"大阪府民のみ"に限られているところ。このサミットは、全体的に何かと"府民が優遇されているもの"となっているらしい。 そんな中、未だ対談相手は発表されておらず、かなり意外な人物が出てくると予想されている。 誰が来るのか気になるとこだけど⋯⋯それよりも、俺は"さっきのあの人とのバトルシーン"で脳内が埋め尽くされていた。 ♢「またやろうな、ザイ。今まで一番仕上