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第0526話

Author: 十六子
その言葉を聞いた瞬間、瑠璃の顔色がわずかに変わった。

「今すぐ君ちゃんを連れてきて。さっき、あなたの従妹が私にどういう態度を取ったか見てたでしょう?私は、第二の蛍が現れるのは絶対に嫌なの。私への憎しみを、君ちゃんにぶつけるようなことは絶対にあってはならないわ」

隼人は何かを言いかけたが、結局何も言わず、そのまま素直にうなずいて、君ちゃんを迎えに上の階へと向かった。

隼人が君ちゃんを抱えて出ていこうとしたとき、青葉が扉のところまで追いかけてきた。

「隼人、どうして急に君ちゃんを連れて行くの?」

隼人は何も答えなかった。

代わりに、後からついてきた雪菜がすかさず口を挟んできた。

「おばさま、全部あの瑠璃のせいよ!さっき下でばったり会ったんだけど、私をいじめるだけじゃなくて、お兄様に向かって、君ちゃんが危ないって言って今すぐ返せって言ってきたの!」

その言葉を聞いた青葉は、歯ぎしりしながら怒りを露わにした。

「このクソ女、昔からまともじゃなかったけど、今はもっとひどくなってるじゃない!絶対に思い知らせてやるわ、私の怖さを!」

青葉が怒りに震えるその姿に、雪菜は満足げに、不穏な笑みを浮かべていた。

……

君秋は熟睡していて、別荘に戻ってきても目を覚まさなかった。

瑠璃は彼をそっとベッドに寝かせ、優しく布団をかけてあげた。

眠っている小さな顔を見つめながら、彼女は身をかがめて、その額にそっとキスを落とした。

部屋を出ようとしたその時、ふと周囲に目をやった。

部屋にはおもちゃや文房具が整然と並び、君秋がどれほど恵まれた生活をしているかが一目でわかった。

——けれど、本当にこの子が笑顔を取り戻したのは、彼女と再会してからのことだった。

その事実が胸に刺さり、瑠璃の心はぎゅっと痛んだ。

そんなとき、机の上に置かれた一枚の絵が視線を引いた。

手に取ってよく見ると、それはクレヨンで描かれた、君秋の手による絵だった。

絵には、大人が二人と男の子が一人。三人とも手をつないで、花が咲き誇る草原の上を歩いている。皆の顔には、幸せそうな笑顔が浮かんでいた。

大人二人は明らかに彼女と隼人、そして小さな男の子が君秋自身。

——意外だったのは、その隣にもう一人、小さな女の子の姿が描かれていたことだった。

その子は棒付きキャンディを手に持ち、満面の笑顔で並
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