第0860話

「もし目黒さんが条件を飲まないなら……このお姉さん、ここから無事に出られないかもしれませんね。ねぇ、美人のお姉さん？」

得意げに勝ち誇った表情を浮かべる楓と、冷たい表情を崩さない瞬。瑠璃はどちらにも味方する気はなかった。

今の彼女が助けたいのは――自分自身と隼人だけだった。

瞬が判断に迷っているとき、瑠璃はゆっくりと立ち上がり、明るく笑みを浮かべた。

「誰がここを出るなんて言ったかしら？」

その一言に、瞬も楓も同時に目を見張った。

二人の男の視線が、その美しい笑顔に注がれる。驚きと疑念が入り混じった目で、じっと彼女を見つめた。

「千璃、君は今……なんて言った？まさか、ここに残るつもりなのか？」

瞬が信じられないといった口調で問いかけると、

瑠璃は彼を冷ややかに一瞥し、楓へと優雅に視線を移した。

「こんなにも丁寧にもてなしてくれた弟くんを置いて、姉さんが出ていくわけないでしょ？」

楓の目が輝いた。

「美人のお姉さん、本当に……本気でそう言ってるの？」

「もちろんよ」

瑠璃は冷然と瞬を見やりながら、唇の端をわずかに上げた。

「もう、あの男と一緒にいるのはうんざり。もし弟くんにその気があるなら、私を奪ってみせて？」

楓は意味ありげに彼女を見つめた。まるで裏に何か隠しているのではと、探るような視線。

だが瑠璃は平然とした顔で言い放った。

「どうしたの？まさかビビってる？彼が怖いの？」

「はっ、俺があいつを怖がるとでも？」

楓は鼻で笑った。若くて血気盛んな男にとって、挑発は何よりの燃料だった。

「目黒瞬、聞いたか？お前の女はお前に帰る気はないらしいぜ。まあ約束は守ってやる。南米の案件はくれてやるよ。ブラックマーケットは……うちのもんだ」

瞬は楓の挑発を無視し、ただじっと瑠璃を見つめた。

「千璃……本当に、行かないんだな？」

「どこに行ったって、どうせ監視されて牢屋みたいな生活するなら……新しい牢屋で気分転換したっていいでしょ？」

その皮肉に、瞬の目には怒気が満ちた。拳を握りしめ、何も言わずに踵を返して出ていった。

楓は満足げに笑い、上質な赤ワインを開けてグラスに注いだ。

「姉さん、本当に面白い人だ。さて……どうしてここに残るって言ったのか、聞かせてくれよ？」

その率直な問いに、彼はどうやらただのチンピラではないことを感じ